エピローグ ~その掌に希望を抱いて~ Part.2★
城下町北側では騎士団と鉄虫による戦闘が行われたが、建物の被害は存外と少なかった。流血の痕跡は残っているものの、それも雨が降れば消えてしまうだろう。
かといって傷が消えたわけではない。『星渡りの蝗』による襲撃の痕跡は、建物よりも深く人々の心に傷を遺しており、通りを行くメアの足跡は、さながらその傷痕を撫でるようである。
憩いの場であった城下町の中心にある噴水広場は、いくつものテントが張られていて、復興作業の拠点として機能していた。忙しなく走り回っている、兵士や獣魔たちの邪魔をしないように指揮所のテントへと入ったメアは、丁度立ち去る所だった一人の騎士と目が合った。
グリム曰く5番手の男――守備隊長が一人、ロックフォードである。
丁度、報告を終えたらしい彼は、振り返った先にメアがいたことに驚いきながらも敬礼をしたのちに去っていった。
「これはこれは、メア殿。進捗状況の確認でしょうか」
「それか、あたい等がよろしくやってるか見に来たってトコかい、御ひい様」
地図を広げたテーブルの傍からウォーレンが彼女を出迎えると、彼の向かい側に座っているスカーレットが言葉を継いだ。
メアは迎えられるままにテーブルへと近づくと、地図に目を落としてから二人に応える。
「最も信頼できる同胞と人間にことを任せたのじゃ。余計な口出しは邪魔になる」
「嬉しいお言葉です、メア殿。しかし、視察でなければ何故こちらへいらしたのです?」
「あぁ、それなのじゃが――」
メアは二人に事情を説明した。用いた言葉はすこし難しかったかもしれないが、内容としては単純明快、グリムを探しているに尽きる。
ここだけ聞けば微笑ましくもある。しかしながら、騎士団長として似たような状況を経験したことのあるウォーレンの表情は険しかった。大勢の負傷者を診ている医者や回復師も、つまるところは人に過ぎず、医療の現場は静かに彼らを蝕んでいく。
「……言いたくはありませんが、グリム殿が心配ですね」
「坊やが馬鹿な真似をしないかって? それこそ馬鹿な考えってなもんさね」
ウォーレンの心配を他所に、スカーレットは楽観的である。
「坊やなら平気だよ。あいつの図太さは、みんな知ってる事じゃないか」
「人を癒やせる者にしか理解出来ない苦悩があるのですよ、スカーレット殿。それは到底、我々には思いも及ばぬ重責です。ましてや彼らは、それを他者へ溢すことが許されません。我々が敵前で弱味を見せないのと同じように、医療者たちは気丈に振舞います。その重荷は、心を病むのに充分すぎる」
「…………」
後悔滲むウォーレンの言葉にスカーレットは口を噤む。そして僅かな沈黙の後に彼女は声を発した。
「まぁ、なにはともあれ訊いてみようじゃないか」
スカーレットはそう呟くと、振り返ってテントの外へと声を張り上げた。
「アンタ達! 誰か坊やを見た奴はいるかいッ⁈」
この雷鳴が如き問いかけに、作業中の獣魔達が手を止める。だが顔を見合わせた獣魔達は、お互いに首を振るばかりであった。
「ふぅん、西側にはいないみたいだね。あたい達も朝からここにいるけど見かけてないし」
「東側も同様ですね。彼を見かければ誰かが気付いているはずです」
ウォーレンも部下に尋ねてくれていたが、目撃情報はやはりない。グリムのことだから人目を避けて移動している可能性もあり、そうなると益々行方が掴めなくなる。
メアの内に募る不安がテント内に、にじみ始めた頃、底抜けに明るい声と共に一人の女性がやってきた。三角巾が特徴的な彼女は、グリムがお勧めのレストランを営んでいるルイーザである。
「ウォーレンさん、お邪魔しますよ~! 軽食の配達で~す!」
「これはこれは、ルイーザさん。いつも有り難うございます」
畏まりながら、しかし当たり前のようにテントへ入ってきたルイーザは、ランチバスケットを置きながらスカーレットにも手を振った。
「スカーレットさんも、ご苦労様です」
「今日のメニューはなんだい、嬢ちゃん?」
「イチゴジャムサンドよ。お肉とかは、言われた通り、他のみんなに」
この数日で打ち解けていたらしく、どうやら、彼女とスカーレットの関係は良好な様子で、この場においてはむしろメアの方が呆気にとられていたが、すぐにウォーレンが間を取り持とうとしてくれた。
「あぁ、メア殿。ご紹介します。こちらの女性は――」
「ルイーザじゃろ。お主も無事でなによりじゃ」
「おや、すでにお知り合いでしたか」
意外そうなウォーレンに向けてメアは首肯したが、流れる空気はなんだか気まずそうである。というのも、ルイーザの方が目を丸くして戸惑っているのだ。スカーレットが口を挟まなかったら、この沈黙はまだ続いただろう。
「……どうにも嬢ちゃんは、初めましてって感じじゃないかい?」
「驚いてしまって。私は存じてましたけど、まさかお姫様にご承知いただいてるなんて思っていなくって」
メアは内心で首を傾げていた。
不思議な事を言うものである。ルイーザの店で食事をして、それそこお喋りもした。グリムに連れられて店を訪れたのだから、忘れられているという訳でもないだろうと記憶を辿ったメアだったが、すぐに理由に気が付いて冷や汗がでた。
そう、彼女の店を訪れたとき、メアはグリムの妹として、人間の姿に化けていたのである。
成り行きとして騙ったことだが、知られるのは都合が悪いとメアは焦る。いや別に知られても良いのだが、設定を知られることが恥ずかしかった。特にスカーレットに知れると何を言われるか分かったものではないので、とにかく彼女は誤魔化しにかかる。
「あ、あぁッ……! し、知らぬのも無理はない。グリムから聞いた話だったからのう、美味い食事処があると! そこの店主がちょうどお主のような姿というのを聞いておったから、妾も知っていただけじゃ。驚かせて、すまなかったのう」
「いえ、そんな。お話だけで覚えていただけてるなんて、恐縮しちゃいます」
ルイーザは、はにかみながら頭を下げたが、次いだ言葉に今度はメアが緊張する。
「そういえば、グリムさんを見かけたんですけど――……」
◆
テントを出たメアは、城下町南を進むあいだに、知らず早足となっていた。
ルイーザ曰く、どうにも彼の様子が普段と違っていたという。暗いというか塞いでいるというか、店を訪れている時のグリムとは明らかに異なる重苦しい雰囲気に、思わず声を掛けるのさえ躊躇ったらしい。
だからこそメアは急いていた。
黒い雲に豪雨の予感を感じるように、不穏な気配ばかりが募る。独り雨に打たれることの、どれだけ辛いことかと、些細な痕跡を求めて、彼女は目を見開いて瓦礫に埋もれた通りを見渡し、そして息を呑んだ。
壊れたベンチと折れた杖
渇いてしまった赤い染み
メアはそのベンチに近づくと辺りを見渡してみた。
城下町南は『星渡りの蝗』襲撃による被害が大きく、通りにはまだ多くの遺体が残されている。にもかかわらず、このベンチの傍にあるべき遺体だけが回収されているようで、彼女はその痕跡を辿るべく注意を払う。
におい、そして音。
たぐるには頼りない残り香を辿ってか、或いは直感に導かれるようにして、メアは瓦礫で塞がった路地へと入る。足場は悪く、きっと誰もが別の道を行くだろうが、グリムならばここを通り、きっと先へと行けるだろう。そうして進んだ先に見えてきたのは、崩れ掛けのアパートメントで、いかにも扉を蹴り壊されたらしいエントランスから、彼女は二階へ上がっていった。
「……グリム?」
返事を期待しながらも、自然と足音を忍ばせる。
それは、まるで死神のご機嫌でも伺うようで、一歩足を出す度に鳴き声を上げる床板から視線を上げれば、廊下の突き当たりにある扉が半開きになっていた。
メアは知らず、喉を鳴らしている。
たかが木製の扉一枚が、地獄への入り口に思えてならない。開けたら最後、引き返せない現実が広がるような気がして伸ばす手も強張ってしまう。しかしながら、引き下がるという選択肢は彼女にはなく、震える吐息を押し殺して、ゆっくりと、扉を押し開けた。
「…………入るぞ、グリム」
嫌な軋み方をした室内には、グリムがいた。
彼女に背を向けてソファに腰掛けており、その背中が確かに呼吸しているのを認めたメアは、人知れず安堵の息を漏らしていた。
そうして落ち着いてから室内に目を向けると、なるほど、グリムがこの部屋へやってきた理由が分かった。
いかにも老人が好みそうな家具たち。
壁にかかった古い絵の中では、家族に囲まれた妙齢の女性が幸せそうに笑っていた。
その絵を見つめていたメアは、次いで開け放たれたままの寝室を覗き目を伏せる。語ることなどありはしない、ただただ虚しいだけで、彼女は寝室の扉をそっと閉めた。
そして――
「…………座ってもよいか?」
そう問いかけると、ぼぅっと前を見ていたグリムが瞼で応じる。
だが、いざ横に腰を下ろしてみても、かける言葉が見つからずメアもしばらく沈黙を続けることになる。考えれば考えるほど、頭に浮かぶ励まし全てが安っぽいものに思えてしまうのだ。
息苦しい沈黙のなか、メアの葛藤をせっつくように建物が軋んでいた。
言われなくても理解っているのだ、このままではいけないことくらい。そうしてメアは、頭に響く雑音をようやく振り払い、細い声で、しかし明確に言葉を発する。
「お主のせいではない」
グリムは答えなかった。
「誰もができる限りを尽くした、文字通り命を賭して。その責めは上に立つ者が引き受けるもの、自分を責めてはいけないのじゃ。現にお主は大勢を救ったではないか」
メアの言い分を染みこませるようにグリムは目を伏せ、ついにぽつぽつと口を開いた。
「あの婆さん、苦労してたんだ。人間同士の戦争で旦那を亡くして、魔族との戦いで息子を亡くしてよ。それでも他人に優しくできる、根っからの善人でみんなから好かれてた。顔を合わせる度に、アメ玉くれてよ」
「……グリム」
「メアが訴えた通りに、人魔が仲良く出来るならそれにこした事はない、自分みたいに悲しい思いをする人が一人でも減るなら、犠牲になった家族も浮かばれるだろうって。そんな婆さんが迎えるなら、安らかな最後ってのがせめてもの筋ってもんじゃねえのかよ……!」
くしゃりと握りしめられたグリムの右手。
メアはその拳にそっと触れる。伝わる体温は失意と呼ぶにはあまりに熱を帯びていて、触れた両手が灼けてしまいそうだった。
「なにが、赦せないのじゃ?」
「全部かな。起きたすべて、出来なかったすべて。似たようなことは何度もあったが結果は同じ、弱い奴らが割を喰う」
グリムは怒っていた、自分自身の無力さに。
浴びせられる賞賛と感謝の数々。彼は確かに大勢の命を繋いだが、賞賛一つの裏には一〇の非難が。そして一つの感謝の裏には一〇〇の死者がいる。救われた者は「数の問題ではない」と言うが、まさしくその通り、数の問題ではない。
「……赦せぬのは自分自身という訳か」
「まぁ、な……」
「とんだ莫迦者じゃ」
眉を顰めたグリムをよそに、彼女は呆れ加減に続ける。
「覚悟は立派じゃと思う、無力を恥じ、落ち込んでばかりの妾には眩しいくらいにのう。しかしあれもこれもと背負うには、我らはまだ未熟に過ぎる。救った命は誇ってよいのじゃ、敵を討つのとは異なる誉れを得ても尚、影にばかり目を向けていては先に進めぬぞ。それにお主は忘れておる、一番労るべき者の存在を」
「……お前のことか?」
「気持ちはありがたく受け取るが、皆に充分労われた。これ以上を求めては贅沢じゃな」
メアはそう嘯くと、グリムの手を自分の膝へと置かせた。
「お主、自身じゃよ。それを赦せぬと言うのなら、赦しは妾が与えてやる。仮にも王女の言葉じゃぞ、よもや不満とは思うまい?」
立場や身分を抜きにしても、ここまで言われちゃあ引き摺る方が未練がましく、メアが浮かべた微笑みを見つめると、グリムは瞼を閉じながら静かな頷きを返した。
「妾は学んだ、助け合うことの大切さを。人も魔族も、本来はきっと独りでは生きられぬのじゃ。どんな強者であっても同じように、弱さを抱えている。完璧を求めても届かぬなら、手を借りればよい。妾に出来ぬ事はグリムに頼る、だからお主が出来ぬ事は妾に頼れ。絆とは……友とはそういうものじゃろ」
『星渡りの蝗』との戦いの果てに始まる人魔の共存。それは一人で描ききるには、壮大すぎる絵図であり、メアは同時に一人で描くべきではないと感じていた。人間と魔族で二色、国と部族で百色、さらに細かく分けていけば万では利かない複雑な色合いは、一人で扱うには幻想的かつ危険なものだ。
「前途は多難じゃが、叶えられる気がしておる。グリムは言ってくれたじゃろ、『妾の夢に力を貸してくれる』と。お主の何気ないあの一言が、どれほど嬉しかったことか想像も付くまい。まさに描いた夢の一筆目となってくれたのじゃからな」
窓越しに見える青空を見つめながら、メアはしみじみと語っていた。いまはまだこの程度だが、綺麗な絵がそこにはある。
「まだ、妾に出来ることは少ないかもしれぬが、お主の支えになることくらいは出来る。全てを一人で背負うことはないのじゃ、嬉しいときは共に喜び、楽しいときは笑い、辛く悲しい時は寄り添おう。人魔共存のためには……いや、妾にはお主が必要なのじゃ、グリムよ」
「…………」
返事はなかった。
だが、黙したままのグリムは静かに頭を傾げると、メアの肩に身体を預ける。返答に変わって彼の口から漏れているのは穏やかな呼吸音である。
いつの間にやら眠ってしまったグリムの寝顔を、メアは怪訝な顔で見つめていたが、彼の緩んだ口元に思わず笑みがこぼれた。
「……ふぅむ、結構いい話をしていたのじゃがなぁ」
そう溢しながら、メアは窓越しに空を眺める。
いつの日か、束の間の平穏を永久のものへ
皆が安らかに休める日を夢に見ながら
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ここまで読んで戴きましてありがとうございます!
【魔王女さまのレコンキスタ ~魔王女様と緋色戦姫~】はお楽しみいただけたでしょうか
かなり久しぶりの更新となりましたが、物語はまだまだ続きますのでよろしくお願いします!
よろしければ、感想などお聞かせください
単純に、自分が嬉しいのでwww
それから評価に関してなんですが 目安的なものがあるとしやすいかなと思うので 記載しておきますね。
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4 書籍化されたらいいな
5 アニメ化はよ
まぁ こんな感じでどうでしょう
0については 特に気にしないので 無表記です。
ここまで読んでくださってる方には不要でしょう。
最後になりますが、お読み下さった皆様に改めて感謝を
本当に、ありがとうございました。それでは、また次回のお話でお会いしましょう!!




