S・O・S ~僻地からの救難信号~ Part.10
瓦礫と死体が散乱する城下町南を闊歩する影。戦斧を担いで城へと歩いて行くスカーレットの表情は苛立ちに満ちていた。意思無き鉄虫による殺戮の痕跡は、ただひたすらに彼女の神経を逆撫でするばかりである。
無論、スカーレットも多くの人間を手に掛けてきた。しかし老若男女を問うことはなく肉塊に変えてきた彼女でも、一度たりとも逃げる背中を切ったことはなかったし、また戦う意思を持たない者を襲うこともなかった。
切った相手はそれに値する強者か、命を懸けて向かってきた者たち。
または生かすに値しない卑怯者どもである。
線引きは、いってしまえば誇りの問題。そこに恥があるか否か。
スカーレットに挑んだ多くの獣魔が彼女に従うことを選んだのは、他を寄せ付けぬ圧倒的な力もさることながら、野蛮にして高潔な精神性に惚れてしまったことがその理由である。
であるからこそ、抵抗の意思も力も持たない人間を追い回し、弱者を殺して回るだけの殺戮機械に怒りを覚えていた。それはいっそ、戦場という名の聖域を陵辱されたに等しいのだ。
ふと、スカーレットが足を止め、戦斧を置いてから大きな瓦礫を持ち上げると、母親の腕の中で赤子が泣きじゃくっていた。しかし母親はぴくりともせず、見下ろすスカーレットはただ事実を口にすることしか出来ない。
「……もう死んでるよ」
似たような光景は幾度となく目にした筈なのに、どうしようもない無力感が彼女を襲う。母親の遺体に縋る子供から彼女がようやく目を離したのは、ゴリラ獣魔のGKが駆け寄ってきてからだ。それにこんな独特のリズムで話す奴は他にいない。
「YO! YO! 姐御! 無事だったのかYO!」
「GKかい……。城下町の様子は?」
「騎士団が西門から人間逃がして、俺等が鉄虫の退治CHU! ガロウの兄貴は城だYO!」
元よりやられる部下ではないが、獣魔たちが遊撃に出ているのなら西側の戦況は悪く無さそうだ。ケリも直に着くだろうから、拾える命は拾ってやる頃合いだった。
「GK。手隙なら、そこのチビを西門に連れて行ってやんな」
「人間のベイビーを?」
「そうさ、人間のベイビーをだ。むざむざ死なせちゃあ、御ひい様に顔向けできないからね」
GKはわざとらしく目を見開いて見せたが、納得したらしい。
「合点お任せだZE! 姐御はどうするんだYO?」
「城の様子を見てくるさ。まっ、ガロウが向かってンなら平気だろうけどね」
「違いねえ、姐御が着く頃には終わってるさ。んじゃあ、俺は行くZE!」
悲惨な光景の中でも調子を崩さず、GKは泣きじゃくる赤子を有無を言わせず小脇に抱えると、瓦礫の中をのしのし歩いて西門へ向かっていった。
なんとも、胸くそ悪い戦場だ。
戦場にあって心躍らず、むしろ不快感ばかりが募るなんて、スカーレットには初めてに等しいこと。ここに至り、彼女はようやくメアやテューレの危惧している理由を理解したのである。
復讐や反抗などではなく、ひたすらに殺戮のみを目的とした行為。戦いと呼ぶことさえ烏滸がましい、戦士の道を外れた非道は断じて許せるものではなく、ある意味でそれは、命を懸けて死合った全ての戦士に対する侮辱でさえあった。
憤りを抱きながら城へと向かうスカーレットの眉根には深い渓谷が出来上がっていたが、眼前に転がってきた鉄虫の残骸と、それをやった男の登場が僅かにだが谷を埋める。
現れたのはグリムであった。彼も似たような苦い表情をしていたが、スカーレットはそこに触れなかった。
「……なんだか酷いナリだね。負けたのかい、坊や?」
「馬鹿言え、勝ったに決まってんだろ」
反論するグリムに説得力がないのは、彼の服がボロボロになっているからだ。傷は魔法で治せても、衣服までは直せない。
「あの機械に乗ってる奴を生け捕りにしようと思ってよ。引き摺りだそうとしたら自爆しやがったんだ。クソがッ、おかげでこの様だぜ。……アンタの方は?」
「勝ったよ、もちろん。ラクにね」
「ンなことァ分かってんだよ。生け捕りにしたのか? デカい機械なら乗ってる奴がいただろ」
その問いにスカーレットは短く唇を鳴らすだけで、グリムも予想していたのか責めることはしなかった。
「……だと思ったぜ。機械ごとバッサリいったんだろ、どうせ」
「ご明察だね、坊や」
その手もあったなと思いつつも、切っちまった以上どうしようもないのでスカーレットは平然としていたし、何より雑談で潰す時間が惜しかった。城を覆っている獄炎を見る限りメアは無事だろうが、様子は気になるところである。
そしてそれは、グリムも同じようだった。
「メアも無事みたいだし、とりあえず城に向かうか? デカいのをやった時点でほとんど終わったようなもんだが、鉄虫が残ってるのも癪に障る。潰しながらボチボチ行こうや」
グリムはそう言いながらスカーレットを見上げていたが、段々と彼の表情が胡乱げになった。
「……なんだい坊や、そのツラは」
「俺の方が訊きたいね。つまらなそうだ、戦いだってのに」
「ガキがいっぱしの口を利く。あたいの腹を探ろうなんて百年早い」
「訊くなってことか、了解」
にべもなく突き放されてまで知りたいわけでもないグリムが大人しく引き下がると、二人は目抜き通りを城へ向けて進み出す。時折物陰から鉄虫が襲いかかってきたが、散発的な攻撃では彼らの障害とはならず、僅かに進行を遅らせるのが関の山である。
スカーレットはその過ぎた力と豪快な戦闘スタイル故に、誰かと組んでの戦闘が不得手なようであったが、その点は組慣れているグリムが上手く合わせていた。好き勝手に暴れる前衛とそれを支援する後衛。この二つがピタリと嵌まると、手を付けられない二人組からさらに隙が消えるため、道中は散歩といっても差し支えなかったろう。
ちぎっては投げる――、彼らの歩みにはそんな表現がシックリくる。しかし順調に進んでいる最中に、スカーレットが耳を震わせて立ち止まった。
「どうした?」
「いや……、何か聞こえないかい、坊や。なんかの足音みたいな……」
グリムも音を探ってみるが、如何せん周りが騒々しくて些細な音など拾いようが無いものの、首を横に振ろうとした直前に表情が緊張に固まった。
地面が揺れている。
建物が崩れる振動混ざってこそいるが、リズミカルな四拍子で揺れており、なによりグリムはこのリズムに覚えがあった。
「……おいおい、冗談だろ」
不吉な四拍子は、あの憎きタコ野郎の足音じゃないか。




