3日目
大学中退後、実家に帰省もとい移住した作者は相変わらず怠惰な数か月を過ごす。
家族や知り合いから積極的に動くために旅や遠出を共にしたが、楽しい思い出とそれを押しつぶさんとする疲労感を記憶している。
ただやはり、苦痛がありながらも楽しめると言うのは快復の兆候かもしれない。
さてここで作者に転機というか、心機一転が起こる。それは昔からの夢、死にたくない理由、本当の意味で作家になるべく動き出したのだ。
作家、そしていずれは書籍作家へと夢見た作者はついに小説を書き始める。
それまでは短編と二次創作ばかりの作者も、長編の構想は数年単位で悶々と妄想していた。
これならきっと絶賛される。そう夢見ていた作者は数か月して書き上げた作品で現実を見る。
なろうで投稿したところ、完結の時点でブクマ1。当然と言えば当然である。
SF、分かりにくい世界観、稚拙な文章、高望みした目標。
それらは作者の自信を崩した。とは言っても絶望してうずくまる、ということはなかった。
何故だろう、と自問自答してもよくわからない。ただ自分の力なさの自覚と果て無き夢の第一歩をやっと再び歩み始めたのだと実感したからかもしれない。
そんな作者のそれまでの執筆は、ひどいものだった。
大学生活の忙しさと趣味のゲームとネットと読書ばかりをし、何もアウトプットしない。作家というには怠惰すぎる生活だった。
その理由は作者の性格以外にもワケがある。それは現実の知り合いの誰一人として作者が小説家になることを擁護するどころか反対していたからだ。
反対、といっても小説家が食い扶持を稼ぐにはその副業のために資格を取るべきだという意見だった。
しかし頭ごなしに反対されたのは作家に抑圧的な心象を与え、小説家を夢見ても目指してはいけないという自己暗示をかけてしまった。
自業自得といえばそうである。環境のせいにするなと言うのは正しいのである。
ただその組み合わせが悪く、運が悪く、努力が足らず、作者は作者になるのを諦めていたのだ。
そんな作者が執筆を始めたのは、大学をやめることでもっと自由に生きてもいいのだと気づいたのだ。
それはその資格が家業を継ぐために必須だったからである。幼い頃は何となく家業を継ぐと考え、成長するうちにそれに疑問を持ち。それでも反対するための強い気持ちを持てずにいた作者は、いい子面をするために宙づりのコウモリのような生き方をしていたのだ。
それが、その仮面がやっと剥げた。という意味では作者は新しい価値観に気付いたのである。
ただしそうなると問題なのは、いかにして生活を立て直すかである。
小説家を専業とする作家は、残念ながら少ない。作者もその点は否定しないし、いずれは何かしらの仕事をしなければならないと考えていた。
そこで問題となるのはうつ病の改善である。
快復傾向にありながらそれ以上は気力が上がらず、人並みをこなすのも辛い。これで本当に社会復帰できるのかと自問自答するほどであった。
ただ幸いに、新しい心療内科の先生が処方してくれた薬があっていたのか。作者は現在執筆時点の元気を取り戻している。
元気になったら次は本格的な社会復帰である。まず精神障害者の雇用サポートしてくれる施設を回ってみる。
けれどもあまりサポートがなく、自助努力や申請が必要と分かる。
もし別の提案がなければ、作者は今頃どこかの施設で働いていたかもしれない。
その別の提案とは、漫然と自宅に引きこもる作者を見かねた家族が提案したものであった。
それは薄々考えていた作者にとっても、そうすべきかな。という勧めであった。




