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予感

「本当に目がいいなお前は」

「あんな道の端でうずくまって何をしているんでしょう。まさか遊んでいるわけでもないでしょうし」


 掌を目の上に掲げながら同じ方向を見る鈴埜も、その人物を視界に入れたようだ。

 言われてから改めて観察すると、確かに少し気になる妙な動きをしている。

 道路脇にある溝の蓋を外し、中を覗き込んでいるようなのだが、そんな行動を何回も続けているのである。


「何か落としちゃったんじゃないかな? ミナ、ちょっと見に行ってくるのね」

「あ、おいミナ」


 言うより早く、ミナは駆け出して行ってしまった。

 俺は仕方なし、彼女の後を追う。ちょうど食い終わったところでよかった。


「……?」


 ドタドタと音を立てて走り寄る俺たちの気配に気付いたのだろう。ここでようやくその人物がこちらを振り向いた。

 視界に映ったのは、端正な顔付きをした女性のそれである。

 一瞬その女性の目には驚きの色があったように見えたが、すぐさま警戒に満ちたものへと変わった。

 とても友好的な態度とは思われなかったが、俺に先んじて彼女のすぐそばに近寄ったミナはそのことに気付いているのか、


「こんにちわなのっ!」


 いつもの調子で挨拶をする。


「……」


 ──が、しかし返答はなく、返ってきたのは鋭い視線のみ。

 続いて到着した俺からも彼女に何をか言うべきかとも思ったが、俺はこのとき、この人物の格好にばかり目が取られてしまっていた。

 身体は大きな外套ですっぽり覆い隠されているのだが、どうも一般的に見るコートとは趣がちがう。

 形容するのは難しいが、形だけで言うなら雨の日に着るレインポンチョに似ている。

 しかしあのような安っぽいものではなく、素材には上等な皮を使っているだろうことが傍から見ても分かった。


「……なに? じろじろ見ないでほしい」


 俺の視線に気付いたのだろう。彼女はすっくと立ちあがり、ミナから俺へと視線を移しつつ言う。

 立ち上がった姿を見ると、思ったよりも小柄だ。鈴埜と同じか、やや低いくらいか。

 目元付近にまで深いフードを被っているうえ、染めているのかグレーの色をした前髪に半分隠れた少女の表情は読み取り辛いが、その黄金色の瞳からははっきりした警戒が見て取れた。

 サイドからも同じく灰色の髪が伸びており、その長さは腰付近にまで達している。


「あーいや、俺──いや俺たちは……」

「あのね、あなたが何か探してるみたいだったから! だからミナ手伝おうと思ったの!」

「……要らない。どこかに行って」


 殆ど聞き取れぬほどのか細い声であったが、ぶっきらぼうなその言い方には取り付く島もない。

 よくよく見ると少女の目元はやや赤く腫れている。

 そう言えば、さっきミナが泣いているとか言ってたな……。

 彼女はそれきり俺たちに興味を無くしてしまったのか、またこちらに背を向け地面にしゃがみ込み、次の蓋を外し始めた。


「え、えっと……」


 見事なまでに振られたミナは、困ったように俺と謎の人物へ交互に視線を泳がせている。

 流石にここまで冷たくあしらわれるとは思っていなかったのだろう。


「ミナさん。こう仰られているのですから無理に首を突っ込む必要もないかと」

「そうだぜ。ありがた迷惑って言葉もあるしな」

「うん……」


 俺と鈴埜に諭され、ミナは悲しげに俯く。

 彼女を慰めるため、もう一言くらいかけようかと思っていると。


「──つっ……!」


 件の人物から小さく悲鳴らしきものが上がる。

 その声を聞くや、先ほどあんな冷たい態度を取られたというのにすぐさまミナは彼女の様子を伺う。


「どうしたの? ……あっ!?」


 今度は彼女の前に回り込んだミナの方が声を上げる。


「どうした?」

「ご、ご主人っ! こ、このひとっ、このひとの手から血が出てるの……!」


 彼女の言葉に促され俺も様子を伺うと、少女の人差し指から赤いものが流れ出でているのが見える。

 恐らくは蓋を持ち上げた拍子に切ったのだろう。

 切り傷の大きさそのものはそれほどでもないが、流れ出ている血の量から察するに、それなりに深く傷を負ったとみえる。


「……平気。気にしないで。どこかに行って」


 若干震える声でしかし、尚も少女は拒絶の言葉を発した。

 ミナだけでなく鈴埜までもが心配げな様子で、しかし未だ排他的な態度を取り続ける少女にどう対応したものか図りかねている。


「はぁ~っ……」


 俺は大きく溜息をつくと、今しがた来た道程を引き返す。

 このままじゃ俺はともかく、二人が後に引きずりそうだからな……。

 戻ってきた俺は、不思議そうな顔をする二人は無視し、ぶっきらぼうに少女へ言った。


「おい。手、出せ」

「え……?」

「いいから。ほれ」


 困惑する少女に構わず俺は彼女の手を取ると、怪我をした指先に絆創膏を巻いていく。

 無論そんなものを常時携帯しているほど俺の備えがいいわけもなく、これは今しがた駄菓子屋のばあちゃんに頼んで貰ったものだ。

 ああいう年寄りってのは常備薬とかといったものを揃えているだろうと思っての行動だったが、ズバリといったところだ。

 少女は手を取った瞬間こそ咄嗟に手を引く素振りを見せたが、俺がそうさせないよう力を入れて掴むと、諦めたようにされるがままになった。


「……」

「これも迷惑って言うのかもしれないけどな──ほら」


 無言を貫く少女を脇目に絆創膏を巻き終えた俺が中腰から起立姿勢に戻ると、またもか細い声が発される。


「……べつに、頼んでない」

「ああそうだな。だからこれ以上は首を突っ込まねえよ」


 相変わらずの調子だったが、先ほどよりは幾分か柔らかな声色に変化している気がする。

 もっともただの気のせいかもしれないが。


「お優しいことで。普段でもそれくらい気の利くようであってほしいところですが」

「うるせえよ」


 茶化してくる鈴埜を軽くあしらっていると。


「……あの」


 いつの間にか立ち上がっていた少女が俯きがちに話しかけてきた。

 表情はフードに、両手を含め身体はコートの中に隠れており、一見してどんな様子なのかを伺うことはできなかったが。


「……いちおう、感謝。……する」


 思いがけず発されたのは、感謝の言葉だった。

 今回のものはそれまで以上に小さいものだったが、確かにそう聞こえた。

 これには少々面食らってしまい、俺の返答もやや歯切れの悪いものとなってしまう。


「え。あ、ああ。気にすんなよ。邪魔して悪かったな」

「……」


 そしてまた無言に戻ってしまう。


「えーっと……手伝いはいらないんだよな? ならもう俺たちは行くけど」

「待って」


 少し声のトーンを上げて去ろうとする俺を呼び止めた少女は、なにやらコートの中でごそごそと探る様子を見せる。

 ややあって、中から何かを携えた手が差し出された。

 その手は、先ほど俺が絆創膏を巻いてやった右手である。


「……これ、あげる。お礼」


 差し出されたのは、少女の掌よりもやや大きな缶詰であった。

 缶の表面には瑞々しいパイナップルの絵が描かれている。


「いや、別に礼なんて……」


 俺はややしどろもどろになりつつも、その申し入れを断ろうとする。

 ……というか、そもそもなんで缶詰なんだ。


「……いいの。それ、開けられなくてイライラするから、いらない。……あなたはどうなの? あなたも無理なら別の──」

「いやまあ、そりゃ俺だって素手じゃ無理だけども。缶切りがありゃ開けられるだろこんなの」

「缶切り……」


 俺の言葉を反芻しつつ、少女はなにやら深く考え込むような素振りを見せる。

 そうした様子を見た俺は、なぜか背に妙な悪寒が走るのを覚えた。

 いや。実際のところ、この悪寒はこの人物を近くで見たその瞬間からあったものだ。

 ……珍妙な格好に、どこか噛み合わないやり取り。


「ん? どうしたのご主人?」


 俺の視線に気付いたのだろうミナは、きょとんとした顔でこちらを見上げてくる。

 まさかそんな都合のいい偶然があるわけがないとは思いつつも、つい先日ミナ関連の出来事があったばかりだ。


「……ま、くれるってんなら有難く貰っとくよ。おい二人とも、もういいだろ。行こうぜ」

「えっあっ、待ってご主人」

「先輩?」


 俺は言葉もそこそこにその場を後にする。

 早足で追いついてきた二人は当然のごとく、急な行動に出た俺を訝しげに見ていた。

 並び歩く形になって暫く後、先に声をかけてきたのは鈴埜の方だ。


「どうしたんです。妙に焦っていたように見えましたが」

「……万が一のためってやつだよ。お前の台詞じゃないが、俺にはどうも今まで危機感ってもんが欠けてたみたいだからな。あいつにもまたどやされないように、少しは俺も成長したってところを見せないとな」

「どういうことー?」


 ミナと鈴埜の声を聞きつつ、俺は先ほど貰ったパイン缶を眺めながら歩みを進めた。


「……なんでこんなベコベコなんだ。古いわけでもなさそうなのにな」

新キャラを出す回を投稿する時は毎回心臓が破裂しそうになります

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