再会
さて。
それからは特筆すべきこともなく、つつがなく学校での一日は終わろうとしていた。
HRの終了に伴い、教師から「それではまた明日」との言葉が発される――と同時。
「我が君―っ! もう終わったのであろー、入るぞー!」
扉を勢いよく開け放ち、回りの目も気にせず大声を上げて中へ入ってくる死神。
当然、クラス中の視線がその一点に集まる。
出て行こうとしていた担任もまた、足を一歩踏み出した姿勢のまま固まっている。
「……」
「おい夢野、ほどほどにしとけよ」
プルプルと震える俺の様子を見た一ノ瀬から声がかかる。
さすが長い付き合いだけあって、次に俺が何をするか分かっているようだ。
俺はすぐさま立ち上がり、ラピスの元まで早足で歩み寄ると。
「――ふぎゅっ!?」
ゆっくりとした動きで両掌をラピスの頬に当て、そのままぎゅうと押し込む。
「……どうして目立つやり方しかできないんだお前は?」
「は……はっへ、ははひみはほうはほにほいといっふぁのへはないは!(だ……だって、我が君が放課後に来いと言ったのではないかぁ!)」
抗弁するラピスは両側から頬を押され、タコのような顔になっている。
「そりゃ確かに言ったけどなっ! 入るタイミングとか色々考えろってんだよ!」
「ちょっと夢野くん」
「あっ……?」
と、ここで一部始終を見ていた一人の女子が横からラピスを掻っ攫う。
彼女はラピスを、まるでぬいぐるみのように胸に抱き抱えた。
「ラピスちゃんをいじめないでよ! かわいそーでしょ!?」
「い、いや、別にいじめてるわけじゃ」
「そーじゃそーじゃ。わしに対する気遣いが足りぬぞー」
「ぐくっ……!」
後ろ盾があるのをこれ幸いとばかり、ラピスは好き勝手なことを言っている。
このわずか数週間で彼女はクラスの人間、男女の区別なくほぼ全員の信望を集めることに成功していた。
こいつは持ち前の美貌、そして演技力を使ってクラス中に愛嬌を振り撒き続けていたのだ。
自分のとこでも同じことをしろと言いたくなるが、これは俺が共に居たからこそ、そのような大胆な行動に出られたという面もあろう。
とにかくそんなわけで、最近は俺が少しでもラピスに苦言を呈そうものなら、逆にその瞬間、周囲からの誹謗が俺に飛んでくるといった状況に陥っていた。
悔しげに唇を噛んでいる中、俺の目にあるものが映る。
その正体に気付いた瞬間、俺はあっと声を出す。
「――お前、それっ!?」
声を受けるや、待ってましたとばかりラピスは笑顔となる。
「んん~っ? どうしたのじゃ? わしの顔に何か付いておるのかの? いや、むしろそなたの視線から言えば……これかの?」
にやにやと笑いつつ、ラピスは首に着けているそれを手で弄る。
言うまでもなくそれは、昨日俺がこいつに買ってやった首輪であった。
しかし、朝の時点では確かに手首にしていたはず。
……こいつ、まさかこのタイミングでわざと――
「ん? ラピスちゃん、それなに?」
「!」
ラピスを抱きかかえる女子も、首輪の存在に気付いたようだ。
俺の全身から冷たいものが噴き出る。
「んふっふ~……。気になるか? 仕方ないのう、ならば教えてやろう。これはの、そこなリュウジがわしに買い与えたものなのじゃ。わしを我が物であると主張せんとしてのう。いやいやぁ、流石のわしも恥ずかしかったが、命令とあらば従わぬわけにもいかぬではないか? まこと独占欲の強い主であられることよ――くかかっ!」
「おっ……おまっ……」
怒りのあまり、俺はもはや言葉すらまともに発することができなくなる。
一刻も早く誤解を解かねばならないというのに……!
「――失礼します」
と、俺が焦燥で焼かれている中、静謐な声が辺りに響く。
「こちらのクラスに夢野という――……ああ、見つけました」
その人物はきょろきょろと周囲に目線をやった後、すぐにその視線を一点に留める。
丁度一週間ぶりに聞く、その声の持ち主は。
「す、鈴埜……」
おずおずと声を出した俺に対し、その人物――鈴埜は。
いつも通りの抑揚のない口調でして、言った。
「先輩、お久しぶりです。さ、行きましょうか」