ラピスとの買い物
しばらく俺は、子供のように駄々をこねるラピスを虚ろな目で見ていた。
いや、そうするほかなかった、と言った方が正しい。
プライドだけは高いこいつが、まさか衆人環視の元このような行動に出るとは思わなかったのだ。
この情けない姿を見れば見るほど、いいかげん冥府の王なんぞと名乗るのは止めろと言いたくなる。
「……」
ラピスは一旦動きを止め、ちらと俺の様子を窺う。
……そしてこの行動により、俺も彼女の意図を察した。
なんだかんだ言いつつも、こうして駄々をこね続けていれば結局は頼みを聞くに違いないと、そうラピスは値踏みしているのだ。
事実もう少しで折れてしまいそうだったあたり、こいつは俺のことをよく理解している。
しかしそうと分かれば話は別である。
俺はあえて視線を外し、付き合わない風を装った。
「!」
姿は見えずとも、ラピスの動揺がこちらにも伝わってくる。
まさか無視されようなどとは思ってもみなかったのだろう。
そうだ。これを機に自分という存在を思い出せ。出会った当初の、あの立ち振る舞いを。
俺が甘やかしてきたのも悪いが、ここのところ本当に子供じみた行動ばかり目立つようになってきたからな。
再び視線を戻すと、いつの間にか立ち上がっている彼女と目が合う。
そしてラピスは、
「……ふん、そうかそうか。わかった」
通常より少し低いトーンの声を出す。
続いて商品棚からひとつの首輪を手に取ると、俺に恨みがましげな顔を向けつつ、言った。
「昨日そなたから受け取った金には手を付けておらぬでの。買ってくれぬというなら、自分で買うまでじゃ」
「えっ……?」
こいつ正気か?
自身を縛る首輪を自分で買うなど、冗談としか言えないようなバカげた行為である。
まさか俺からとかそういうのは関係なく、本当に首輪が欲しいと……?
――いや、違う。
すぐにそう思い直したのは、続くラピスの行動を目にしてのこと。
レジに向かう彼女の足取りはまるで亀のように遅く、しかも、
「……」
途中何度も振り返り、いかにも無念そうな目でして俺を見てくる。
ここまであからさまだと、流石に演技だということがバレるとあいつも分かりそうなものだが。
おそらくだが、見破られても構わないと思っているのだろう。
狡猾な死神はこうすることにより、俺の良心に訴えかけるのが目的なのだ。
そう。
確かに演技なのだろうが、だと知りつつも騙されてやりたくなるような雰囲気が彼女にはあった。
このように大人しくしていると、まさしくラピスは美少女そのものといった風情なのである。
ましてやそんな絶世の美少女に、これ見よがしにこんな態度を取られれば……
「――ああもう、わかったわかった! 分かったからそんな当てつけみたいな真似はやめろ!」
九分九厘演技だと看破していようが、釣られてしまうのが男という生き物の悲しい性である。
そして。
「本当かっ!? 我が君、のう、買ってくれるんじゃなっ!? そうじゃな!」
「……」
一秒後、もう俺は後悔し始めていた。
それまでの意気消沈した顔はどこへやら、うきうきとした様子でこちらに駆け寄ってきたラピスは、早く早くとせっついてくる。
「はあああ~……」
俺は大きく溜息をつく。
わかってはいたんだ。分かっていたのに……。
自分の心の弱さに打ちひしがれるが、言葉にしてしまった以上もはや撤回はできない。
とりあえず、ラピスが手にしていたものは棚に戻させた。
なにしろ彼女が手にしていたのは超小型犬用と思われる極小のもので、いくら細っこいラピスの首とはいえ、明らかなサイズ違いであったのだ。
そうした適当な商品選びからも、ラピスはハナッからこの展開を読んでいたのであろうことが十分察せられる。
……いや、これ以上考えても惨めになるだけだ。
「……はぁ、まあとりあえず適当なところで……こんなもんでいいか?」
言いつつ俺が手に取ったのは、黒い革製の首輪だ。
疲れ切った俺とは対照的に、ラピスは声を弾ませて答える。
「うむ、うむ! なに、モノは何でもいいのじゃ。我が君がわしに着けさせたいと思うものでよいぞ!」
「……そういうことなら『何も着けない』ってのは」
「却下じゃ」
即答であった。
観念した俺は、ミナ用の首輪と共に会計を済ませる。
財布から金を出しつつ、俺は横の死神に言った。
「いいか。買ってはやるがな、首に着けるのはやめろ」
「ん? ならばどうせよというのじゃ」
「そうだな……。ま、手首にでも巻いとけ」
俺がこの先、学校で変態の烙印を押されないための苦肉の策である。
「ふむ……まあいいじゃろ。これ以上わがままを言うのも気が引けるでな」
「そりゃどうも。感謝至極にございますね」
……まあ、よく考えたら中学時代にもクラスに一人か二人、こういう首輪とかを付けてた女子とか居たしな。
無論こうした経緯からではなく、彼女らのは単にファッションの一部だったのだろうけども。
パンクとかゴスロリとか、そんなやつなのかね。女子のことは分からん。
そういえば、彼女らは高校に上がってからはめっきりそうした服装をすることはなくなっていたな。
ま、こいつもいずれ飽きることだろう。
………
……
…
そう信じたい。