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趨勢(すうせい)の行く末、意外な弱点

 両者の戦いは始まった段階で既に、俺にどうこうできる領域にはなかった。

 ミナが駆け出すと同時、ラピスもそれに呼応し、数合ほど刃を打ち合わせたが、地上での地味な攻防はその一瞬のみで、その後は空中へと舞台を変えた。

 ある時は接近戦、またある時は遠距離での飛び道具を用いての攻防と、目まぐるしく空を移動しつつ戦闘を続けている。

 いかなる原理か――というのは考えるだけ無駄だろう。

 そしてもちろん、身体能力が上がっているとはいえ空を飛ぶなどという芸当ができるはずもない俺は、そんな二人の戦いを地上で見ていることしかできないでいる。


 これまでのことから二人の相性が最悪だということは十分に察することができたが、こと戦闘においても二人の得意とするところは真逆のようである。


「あめにつくたま くもにつくたま かんながらたまち はえませ」


 距離を取り、雨のように氷柱(つらら)を射出するミナ。

 受けるラピスは、炎を纏わせた鎌でそれらを払い、蒸発させつつミナへと迫る。


「――ふっ!」

「……ッ」


 ミナは二本の鉈にてそれを受ける。

 瞬間、氷で出来た鉈は粉々に砕け散るが。


「はなれてっ!」

「……ちっ!」


 間髪入れず、ミナは超至近距離から一本の氷柱を放つ。

 ラピスはそれを避けるも、一瞬の隙を突いてミナは再び彼女と距離を空ける。

 このような攻防が、既に何度も繰り返されていた。


 ミナが人でないことは既に十分に察せられたところ。

 それに先ほどから見せている超常的な力の数々を見れば、たとい外見上が幼い女の子であろうが、相手が人間であれば問題にもならないことだろう。

 しかし相手が神では流石に分が悪い……そう思っていたのだが。

 この俺の予想は、どうやら外れていたらしい。

 こうして見ていても、ミナは予想をはるかに超えた奮闘を見せている。

 まともに攻撃が当たったことは両者とも、今に至るまで一切なかった。



 ――が。



 時間が経つにつれ、均衡が破れつつあることが俺の目にもはっきりと映るようになってきた。

 優勢なのは……ラピスの方である。

 その理由をいささかゲーム的な単語で言うならば、両者のタフネス(・・・・)の差によるもの。


 素人目に見て、二人の素での実力はほぼ互角とみていい。

 決定的な一打こそないものの、ラピスの鎌は何度もミナの体に傷を付けていたし、ミナの方もまた同じくである。

 その回数を数えたわけではないが、ほぼ同程度だろう。

 ……が、ラピスの回復力にかかれば、僅かな傷ならその次の瞬間にも完全に治癒してしまうのだ。

 対してミナの方はそうした能力は持ち合わせていないようで、徐々にだがしかし、確実にダメージは蓄積し続けている。

 かすり傷程度とはいえラピスの鎌を食らって平気でいること事態、驚嘆すべきことではあるが……。


 ミナの衣服は所々が焼け焦げ、切り刻まれてすでにボロボロだ。

 肌にはいくつもの切創が作られ、赤い血が滲み出でているのが見える。


「く……」


 痛々しいその様子から俺はつい目を逸らし、地を睨む。

 口からは、自然と苦しげな声が漏れ出でた。

 そもそも、ことの発端は俺にある。

 俺がミナのことを、出会ったその日のうちに――いや、最悪でも昨日までに素直にラピスに伝えていれば、こんな事態にはならなかったかもしれないのだ。

 俺が連れ去られた場面を目撃してしまったがゆえに、彼女は今ここにいる。

 俺だけが裁きを受けるのならばいざ知らず、彼女にこんな死闘を演じさせる理由などひとつとして無いのだ。


 こうなれば自身がどうなろうと構わないと覚悟し、二人の間に割って入ってでも事態を収めたいところだが。

 しかしそれも空中では手が出しようもない。

 ……俺は、あまりにも無力だ。


「……どうすればいい。どうす――……?」


 自問する俺の目の前に、ふいに俺のものではない黒い影が映る。

 なんとはなし空を見上げると、真っ逆さまに俺の元へ向かい落ちてくるものがあった。

 そして、それがミナであることを確認した俺は、迷うことなく自らの体で受け止める。


「――うおおおっ!?」


 相当な速度であったとはいえ、柔らかでしかも小ぶりなミナが与えた衝撃は、俺もろとも後ろへ倒れ込む程度で済んだ。

 俺の上に乗っかった形になったミナは、緩慢な仕草で起き上がると。


「……あっ! ご、ご主人! だいじょうぶ!?」


 ようやく尻の下にひいた俺の存在に気付いたのだろう、心配そうな声をかけてきた。

 だが真に憂うべきは自分自身だろう。

 こうして間近で彼女の顔を確認すれば、相当に疲弊した様子が見て取れる。

 先ほども言ったように既に衣服もボロボロで、かなり悲壮感のあるいで立ちになっている。

 それでなくとも幸薄そうな顔なのだ。


「あ、ああ……俺は大丈夫だけど……」

「よかった……」


 顔には無数の切り傷、それに髪を所々焼け焦がせた姿であって尚、ミナは俺のことを案じてくれている。

 心底安堵したといった態度を見せるミナに対して、俺はもどかしさに襲われるばかりだ。

 そうして俺がどうしようもない焦燥に胸を焼かれている中、ミナに次ぎ空中から降りてきたラピスが俺たちの前に姿を現す。


「ふん……またもリュウジを盾にしようてか。まったく見下げ果てるわ」


 ラピスはミナを一瞥し、そう吐き捨てると、


「すまぬなリュウジ。わしも先ほどは頭に血が上っておったでな。やはりそなたを巻き込むような真似はよすとしよう。それより確実に、この手で始末をつけてくれようぞ。それに、その方がわしの気もより晴れるというものじゃ」


 もはや自分の勝ちは動かぬと判断したのだろう、俺に言葉をかける余裕すら見せた。


「ラピス……」


 今ほど残酷な顔つきになった彼女は、これまで見たことがない。

 あのナラクとの戦いの際だって、これほどではなかった。

 それほどのことを仕出かした、ということなのだろう。


「ご主人。そんなに心配そうな顔をしないでほしいの。なにがあっても、ご主人は守ってみせるから」

「違うんだミナ。これは――」

「ご主人はそこでまってて。それで、二人で帰ったら……」


 立ち上がったミナは、悲壮な覚悟を感じさせる瞳と共に、言った。


「また、頭を撫でてね」


 その言葉は、俺の脳裏にある記憶(・・・・)をフラッシュバックさせる。

 そして俺はあの時と同様、大声を張り上げ行動に移す。

 言葉を残し、またもラピスに立ち向かわんと動き出すミナを止めんと。

 彼女の腰から生えている五本の尻尾、その一つを俺は、ぎゅうと強く握った。


「――ミナッ!!」

「にゃあ゛あ゛あああああ~っ!!?」


 その瞬間。

 ミナはそれまで聞いたこともないような、甲高い絶叫を張り上げる。

 残りの尻尾もみな毛を逆立てさせ、姿勢は足先を垂直に立たせたつま先立ちである。

 更には耳までもピンと立たせ、ふるふると小刻みに身体を震わせながら、つま先立ちのまま身体を硬直させている。


「……お、おい? ミナ……?」


 驚いたのは彼女だけではない。

 彼女が見せた過剰なまでのこの反応に、俺もまた度肝を抜かれる――彼女の尻尾を握ったままで。


「ご……ごひゅじん……し、しっぽは……やめてほしいのね……」


 頭だけこちらを振り向かせた彼女の顔は、なんとも形容し難い表情をしていた。

 顔を真っ赤に染め上がらせ、目には涙を溜めながら、怒っているとも笑っているとも取れる、そんな味わい(・・・)のある顔つきをしている。


「え……尻尾って、これ……」


 俺は言いつつ、握ったままの尻尾をもう2,3度、軽く握り直す。


「――ふに゛ゃわああああっ!?」

「あっ!? ……そっ、そういうことか――っておい、ミナ! 大丈夫か、おいっ!?」


 絶叫の後、ついにミナはその場に腰砕けになってへたりこんでしまう。

 四つん這いになった彼女の口からは、だらしなく涎が垂れてさえいる。

 そして。


「らっ、らからぁ……だめって……いってるのにぃ……」


 先ほどまでの凛々しい姿はどこへやら、惚けた顔で彼女は、弱弱しく非難の言葉を口にしたのだった。

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