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至誠たる覚悟

「いとやすすめ いざやすすめ すすめたまへ  いえかどたかく ふきおこさしめたまひ……」


 ラピスとの間に距離はそこそこあるとはいえ、炎は刻一刻と目の前に迫ってきていた。

 だというのに、ミナは目を閉じ、未だ謎の言葉を紡ぎ続けている。

 俺はたまらず、目の前にある彼女の背中に向かい叫ぶ。


「ミナっ! お前どうするつもり……ってか早く逃げるんだ!」

「よのまもり ひのまもり おおいなるかな けんなるかな……」

「お――」


 更に言葉を放つ余裕はなかった。

 もはや時すでに遅く、炎は眼前まで迫ってきている。


「……さりや、みなやみまもりて みつべくならひぞ!」


 ミナから一際大きな声が発されたかと思うや、彼女を中心とし、冷気を伴った波動がぶわ(・・)と放たれる。

 驚いたことに、その波動に触れた瞬間、向かい来ていた炎がすべて掻き消えたのだ。

 彼女はゆっくりと振り向くと、


「ご主人、だいじょうぶ? ケガはない?」


 それまでと変わらぬ笑顔でもって、そう言うのである。


「あ、ああ……」


 俺はもはや、それだけやっと答えるのが精一杯だった。


「ほほお、やるではないか。リュウジがおるゆえ多少手加減したとはいえ、まさか今のを防ぎよるとは思わなんだ」


 ラピスは多少感心したような風であるが、あくまで尊大な態度を崩してはいない。

 ミナは俺から視線を移し、言った。


「……あなたもね。なんの準備もなしに、あんな力を振るえるなんて」

「――ん? ……おお、なんのことかと思うたが、そんなことか。確かに下界の人間どもは術を用いる際、大仰な言葉やら儀式を併用しておったな。何故あのような無駄で手間のかかることをするのかと、常々訝しんでおったが……なるほど、低位の者らはそうした下準備なくば自由に力を行使することもできぬのか。どうやら貴様も同じようじゃが、なんとも骨の折れることよな」


 最後の言葉には、嘲笑の意が乗せられていた。

 あくまでラピスにとりミナは、単なる動物が変化したものとしか映っていないのだろう。

 続く言葉からしても、完全に下に見ていることは明らかだった。


「……さて、彼我の実力差は理解できたことであろう? 下手に抵抗せぬというなら、幾許かの慈悲をかけてやらぬでもない。――どうする?」


 ラピスのこの過剰なまでの尊大な物言いは、先ほどいいように煽られた意趣返しのつもりもあるのだろう。

 ――が、ミナもまた負けじと、今度は文字通り舌を出してまでラピスを挑発する。


「べーっ! お断りなのね! ミナはこれからずっとご主人と一緒に居るんだから! あなたなんかに殺されてなんかやらないの!」

「ミナ……! お前があいつのこと知らないのも当たり前だけどな、今はあんなナリ(・・)だが、怒らせると本気でヤバい存在なんだ。ここはこれ以上挑発せず下手に出てだな――」


 俺はたまらずミナを諫めようとするが、


「わかってるよ、ご主人」


 再びこちらへ振り向いた彼女は落ち着き払った様子で、俺の目をじっと見つめた。


「あのひとがすっごく強いってことも、ちゃんとわかってるの。……でもね、負けないよ」


 一呼吸おいて、彼女は続ける。


「ミナが出来損ない(・・・・・)なせいで、信奉(・・)も全然集まらなくなっちゃって……だから、しょうがないかなって、諦めてた。……出来損ないだから、仕方ないって。……けど、そんなミナを、ご主人は見つけて(・・・・)くれた。……一緒に居てくれるって、言ってくれた」


 滔々と語るミナの言葉には、俺には理解できない部分も含まれている。

 そんな彼女の様子からは、俺に対してというより、自己の内情を吐露している風にも思えた。


「もうミナは失敗しない。大事なひとを、なくしたくない。だから――」


 続けながら、ミナは両手を、腰に巻く帯の中へ入れる。

 次いでそこから取り出したるは、二本の木の棒らしきもの。

 そんなもので一体どうするつもりなのか。俺が訝しんでいる中、


「あんなひとなんかに、ご主人は渡さない!」


 ミナがそう叫ぶと同時、彼女の両手に握られていた二つの棒、その先に変化が生じた。

 彼女の周囲を覆う粒子の一部が棒の先に集まり始めたと思うや、瞬く間にそれらは凝縮し定型を成す。

 実体となったそれを見たままに言えば、あたかも氷で出来た(なた)のようであった。

 透き通った刃先はまるで水に濡れたように怪しい光を放っており、それは美しくも同時、どこか禍々しい印象を見る者に与えた。


「はっ……」


 しかし、ラピスは軽くそれを嘲笑う。


「なにを始める気かと思えば……かような玩具で一体どうしようと? ままごと(・・・・)でも始める気か?」


 明らかな侮蔑の言葉にも、ミナは動じる様子を見せない。

 彼女は返答の代わりとばかり、薄く微笑を浮かべると。

 右手に持つ方の鉈を、軽く前方に一振りしてみせた。

 本当に軽く振ったようにしか見えなかったが、彼女のその所作に合わせ、前方に一陣の風が凪いだかと思うや。


「!」


 ラピスの顔色が変わる。

 その理由は、ちょうど彼女と俺たちの間、中間に位置する空間に、突如として新たなる氷の刃が現れたゆえ。

 今しがた発生した風に乗せられるように、半月状のそれがラピスに向かい疾走する。


「――むうっ!」


 信じ難い速度で襲い来るそれを、ラピスは間一髪、身を翻し回避することに成功する。

 がしかし、あまりに急なことであったがため、完全に避けきれはしなかったらしい。

 改めてミナを睨むラピスの頬には、薄く一本の筋が見える。

 持ち前の回復力で傷は瞬く間に塞がったが、彼女のプライドを傷付けるには十分であったようだ。


「貴様……!」


 それまで完全に格下とばかり見ていた存在に、僅かながらも傷を付けられたことはラピスにとり、相当な屈辱であったとみえる。

 ギリギリと歯を鳴らしつつミナを睨めつける彼女の瞳には、それまでにも増して激怒の炎が渦巻いていた。

 そんなラピスに臆することなく、ミナは流々として宣する。


「あなたがその気なら、ミナも容赦しない! いくよ!」

「こむすめがっ……図に乗りおって!」


 この二人の言葉を合図に、彼女らの戦闘の火蓋が切って落とされる。

 そしてただ、座してそれを見る俺は。

 情けなくも、この窮状を収める妙手は果たしてありやと、ただ頭の中で苦心惨憺するばかりであった……。

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