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初戦

 彼女の口調からはからかうというより、嘲笑の意があることは傍目にも明らかである。

 無論ラピスもそれは察知しているようで、不快げに顔を歪ませた。


「……勘違い、じゃと? どういう意味じゃ」

「ふふっ……」


 ミナは更にもう一度笑うと、ラピスを見る目を細める。


「あなた、おにいさんは自分のものだ、って言ってたよね?」

「それが何じゃと?」

「くすくす……残念でした。このおにいさんはねー……」


 ミナは言いつつ、俺の背後へと立ち位置を移動させた。


「……?」


 俺は先ほどから姿勢を変えておらず、地に腰を下ろしている状態にある。

 そのような状態にあっては、俺の頭の位置はちょうど、ミナの胸辺りだ。

 彼女の行動、その意図するところが分からず、俺は戸惑いを隠せぬまま顔を上げ彼女を見上げる。


「もうミナの『ご主人』なのね! ――ね、ご主人さまっ!」


 なんとミナは、俺の頭を両腕で抱えるように上から抱き着いてきたのだ。

 現状を理解した上でやっているのだろうか?

 そうだとすれば、これは明らかにラピスへの挑発行為に他ならない。


「ちょ、ちょちょちょっと待て! お前こんな状態で何言いだすんだ!」


 俺はミナに頭を抱きかかえられたまま、慌ててラピスに向け弁明する。


「……ラ、ラピス! 違うんだ、これは――」

リュウジ(・・・・)


 ラピスが発した、そのたった一言で俺は二の句を告げなくなってしまう。

 それほどの迫力であったのだ。

 にっこりと笑顔を顔に張り付けてはいるが、そのまま受け取っていいはずがない。

 ……第一、目が笑っていない。


「ラピス……ま、待てって……な? お、落ち着けよ……?」

「わしは冷静じゃよ? かようなくだらぬ嘘に惑わされるものか。……のう、リュウジ。その女の狂言であるよの? ……のう?」


 肯定以外の返答は許さない。

 彼女の言葉の端々から、その意は嫌というほど伝わってくる。

 だというのに、やはりミナは空気を読もうとはしない。


「ううん、ちがうよー。ご主人は言ってくれたの。死ぬまで、ずっと可愛がってくれるって! ミナの飼い主って――ミナのためならなんでもしてくれるって!」

「そこまで言ってな――はっ!?」


 ……しまった、言い方を間違えた!

 これでは前半部を認めたも同然ではないか。



 ”ぶちん”



 ……幻聴か?

 何か、糸のようなものが勢いよく千切れたような音がした気が……。


「ほっ……ほほおおぉ~……? かようなことを、そのこ、こむすめに……のう……? リュウジよ、わしをからかって楽しもうてか。いい度胸じゃの? 一度貴様には勇気と無謀の違いを教えてやらねばならぬようじゃなぁ……?」


 まずい。

 ラピスの怒りは今、間違いなく沸点に達しようとしている。

 なんとかして一度彼女を落ち着かせる必要があるが、ミナはこの様子を俺が責められていると受け取ったようで、勢いよくラピスに食って掛かった。


「あーっ! またご主人をいじめて! だいたいあなた、いくつなの? ミナと同じくらいに見えるけど……なんだか変な喋り方だし」


 そう言うミナも若干語尾が変な時があるように思うが――とはいえ今はそこに言及しているような場合ではない。

 しかし、ことによるとこれは悪くないかもしれない。

 とにかく今は話題を一度逸らすことだ。

 その間になんとかこの場を乗り切る妙案を捻り出して……という考えはこの上なく甘かったと、俺はすぐに思い知ることになる。


「……こむすめ。言葉遣いには気を付けるがよかろうぞ。貴様のようなこむすめと違い、わしは数千、数万年以上の時を生きた――」

「ええっ、そうなんだ! すっごいおばあちゃん(・・・・・・)なんだね!」


 ミナは驚きに目を見張り……そして。

 ”ぶち、ぶちん”と、先ほど聞こえた破裂音がまたも俺の耳に届く。


「――あっ……」


 その音の出所を察した俺は、声にならぬ声をひとつ上げる。

 ラピスの顔を見れば、未だ笑顔を保ってはいるものの、頬をピクピクと引きつらせ、こめかみには幾筋もの青筋を立たせてさえいた。


「そんなおばあちゃん(・・・・・・)のくせに、こんな若いおにいさんに執着するなんて、恥ずかしいとは思わないの? ――ね、ご主人。ご主人もそう思うのね?」

「おいっ! これ以上挑発するなっ! これ以上あいつを怒らせると本気で……!」


 もはやラピスの怒りは、例えるならコップになみなみ(・・・・)と溜まった水に等しい。

 あとほんの僅かにでも振動を加えることあらば、たちまち溢れ出てしまうことは確定的だ。

 ミナを制止せんと俺が慌てる中、不意に笑い声が俺の耳へ届く。


「く、くっくく……」


 笑い声を上げたのは当然、ラピスである。

 次いで発した彼女の言葉は、余裕たっぷりな様子を見せんとする意図があると思われたものの。

 残念ながらそれらは隠し切れぬ怒りのせいか、随所が途切れ途切れなものとなってしまっていた。


「……く……くく……。しょ、所詮下等な畜生よな。そ、そんな安い挑発に……わし、わしが……乗せられるとでも……?」


 とんでもなく効いているように見えるが。

 そして、ミナよりトドメの一撃が放たれる。


「ご主人のことは諦めて、もっとお似合いのひとを見つけたらいいと思うのね! お・ば・あ・ちゃんっ☆」


 ……この少女は本当に”あの”ミナなのか?

 俺は阿呆の如くぽかんと口を開け、ラピスを煽り倒す彼女を見上げ続けていたが。

 ややあって、悠長にそんなことをしている場合ではないと思い直す――……が、もはや遅すぎたようである。


「そうかそうか……そんなに死に急ぐか……。 ……よかろう、望み通りにしてやろう」


 ラピスは声を震わせながら言うと、鎌を持たぬ方の腕を前に出し、こちらに向かい掌を開く。

 するとその中の一本、人差し指の先から、赤黒いなにか(・・・)が出現する。

 どうやらそれは、球状の炎らしかった。


「……ッ!」


 俺は息を吞む。

 ラピスと精神的に繋がっているせいか、俺には瞬時に察せられたのだ。

 大きさこそ数センチの小石程度ではあったが、あの炎がいかに危険な代物であるかを。


「くっく……貴様は絶対に許さぬ。許さぬぞ。身の丈を弁えぬ匹夫めが。貴様には考え得る限り、最も醜い死をくれてやろう。見る影もないほど焼け爛れた顔を見れば、リュウジにかけられた術も霧散しようというものよ」


 横のミナに視線をやれば、彼女の表情もまた、若干の緊張した様子を見せている。

 人ではないゆえか、俺とは違った形であの炎の危険さを感じ取っているのだろう。


「くかかっ……光栄に思うがいい。貴様の無謀なる勇気に敬意を払い、おまけ(・・・)も付けてやろうぞ」


 そう言い終わると同時、彼女が広げた五指、残りの四本にも変化が起こった。

 まずは小指、次いで薬指。

 そうして次々と各指先から、同じように球状の炎が出現する。


 なんだろうか。昔読んだ漫画か何かに、似たようなものがあった気が。

 ――いや、今はそんなことを考えている場合ではない。


「おいラピスっ! それはマジでヤバいやつだろっ!? ていうかお前、俺ごと殺す気かよ!?」

「安心せい。そこは上手く操縦するでの。……しかし一応、その女から離れておることを薦めるぞ?」

「ちょっ……まっ」

「――死ぬがいいっ!!」


 俺の制止を聞くことなく、ラピスは五指より発生した火球をこちらに向かい飛ばす。

 彼女の指先から放れた火球は見る間にそのサイズを増し続け、あっという間にバスケットボール程の大きさにまで成長する。

 そして左右に二つずつ、そしてやや上方から一つと、異なる方向からこちらに向かい襲い掛かってきた。

 それらの目標は言うまでもなくミナであろうが、彼女と同じ位置にいる俺もまた危ない。

 ラピスは離れていろと言ったが、こんな瞬時にではそんな暇などあろうはずがない。


 ――やはりあいつは今、怒りによって我を忘れているのだ。


「ご主人、そのまま。動いちゃダメだよ?」


 慌てふためく俺とは裏腹に、ミナが放った言葉はひどく落ち着いたものだ。

 彼女は庇うように俺の前に立つと、先ほどと同様に――奇妙な、歌めいた言葉を紡ぎ始めた。

例の技名は出してないのでセーフ……!

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