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ゆっくりシン様より、メイド姿のラピス(大人版)を頂きました!


挿絵(By みてみん)

「――よォ、小僧」

「お前またいんのかよ……ていうか何だ、この状況は」

「おお、そこだよ。まあ座んな」

「お前の店じゃないだろ……」


 店へと着いた俺は、まずそれまでと違う中の様子に気付いた。

 というのも、昨日までに比べ、明らかに人の数が多いのだ。

 打って変わって多くの人で賑う店内にあっては、聖さんはおろか、ラピスすら俺が入店したことに気付かなかったほどだ。

 慌ただしく働くラピスにこちらから声をかけようとしたところ、またも現れたナラクに声をかけられて今に至る。


「本当になァ。ここは静かで喧しくないところも気に入ってたんだがな」


 テーブルを挟んだ対面に座った俺は、そんなナラクのボヤきに返答する。


「まあ、客が入る分にはいいだろ。商売なんだし……しかしなんだ、やけに爺さん婆さんが多いな」

「それだけじゃないぜ。若い兄ちゃんもチラホラいんだろ」

「やっぱ、この原因って……」

「ああ、あの目立つ死神のせいよ。――お、こっちに気付いたみたいだぞ」


 ナラクの言葉に沿って店の奥に目をやれば、こちらを見るラピスと目が合った。

 俺は挨拶がてら、右手を上げてみせるが。


「……」


 しかし、ラピスはぷいと顔を逸らせると、キッチンの奥へと消えてしまった。

 ……あれ? 確かにこっち見てたよな?

 いつものように喜び勇んで駆け寄ってくるものとばかり思っていたが。


「くっくっく……ありゃ相当おかんむりみてぇだな」


 呆然とする俺を、ナラクは心底愉快そうに見ている。


「ったく……遅くなったのは悪かったけどよ……んな毎日ぴったり時間通りに来れるかっての」

「いやいやァ、あいつだってそれくらい分かってると思うぜ。しかし今日はタイミングが悪かったな」

「どういう意味だ?」

「――それは私が答えようじゃないか」


 いつの間に現れたのか、テーブルの前には昨日と同じメイド服に身を包んだ聖さんが立っていた。


「聖さん」

「やあ、竜司君。今日は少し遅かったみたいだね」

「ええ、まあ……ちょっとヤボ用が。しかしどうしたんですこの盛況ぶりは」

「私もびっくりだよ。まさか彼女の宣伝効果がこれほどとはね」


 そう言って店内をぐるりと見渡した後、彼女は続ける。


「昨日のお客様たちがね、商店街の知り合いにラピスちゃんのことを話したみたいなんだ。あの子は人当たりもいいし、なによりあの見た目だ。今日のお客様たちも、彼女を孫や娘のように見ているよ」

「はぁ……しかしそれっぽい客以外もいるみたいですけど」

「あの若者たちは店が賑わっている様子を外から見たのだろう。興味深げに入ってきて、それで今や――ほら、見てみなさい」


 丁度その若者たちはラピスに注文を聞かれているところで、その顔は完全に緩み切っただらしのないものだ。

 奥の方に座る男に至っては、チラチラとラピスのスカートの下あたりに目をやっている。

 本人はさりげないつもりなのだろうが、こうして傍目で見ているとあからさますぎて滑稽にすら思える。


「これは彼女の給料に色を付けなければならないかもな」

「なんなんだほんと……この町には特殊な性癖のヤツしかいないのか?」

「こら、そういうことを言うもんじゃない」


 うんざりして言う俺に、聖さんからお叱りの言葉が飛ぶ。

 次いで、後ろのテーブル席からも声が上がった。

 見れば、昨日もいた商店街の店主たちである。


「おうおうそうだぜ。なぁ聖ちゃん、俺たちに感謝しろよ! 宣伝してやったんだからな!」

「お前たち不良中年どももたまには役に立つじゃないか。今回だけは素直に礼を言っておこう」

「かーっ! 言うねぇ!」


 そう言い、おっさんどもは馬鹿笑いを上げる。

 俺はこめかみの痛みを指で押さえつつ、先ほどの件について彼女に尋ねることにした。


「で、聖さん。あいつのことですが」

「ああ、そうだったね。――おーいラピスちゃん! お客様にお水を出してあげなさーい!」


 聖さんはそう言って大声でラピスを呼ぶ。


「……」


 見るからに渋々といった感じでこちらにやってきたラピスは、不満げな顔を隠そうともしない。

 確かに遅れたのは確かだが、それでもこの態度には少々カチンとくるものがある。


「……お前な、いい加減にしとけよ。俺だっていつもいつも時間通りに来れるわけじゃ――」

「いやいや竜司君。今日ばかりは彼女のことを責めないでやってくれ」


 と、聖さんはラピスを庇う素振りを見せた。


「どういう意味です?」


 俺が問うと、聖さんは横のラピスを肘で軽くつつく。


「ほら、ラピスちゃん。あれ(・・)を持って来なさい。そんなに時間は経っていないから、まだ温かいはずだよ」

「……うむ」


 小さく返事を返したラピスはもう一度キッチンに戻ると、トレーに何かを載せて戻ってきた。

 そしてその何か(・・)は、彼女の手自ら俺の前に載せられる。


「……これは?」

「見て分からないかい? オムライスだよ」


 確かにテーブルの上に置かれたそれは、ケチャップのかかっていない、真っ黄色のオムライスだが。

 俺が言いたいのはそういうことじゃない。


「いや、そうじゃなくて。なんでまた急にオムライスなんです」

「……小僧、お前よ。人に鈍いって言われねェか?」


 そう言って俺を見るナラクの顔は、呆れ半分のものだ。

 他の誰かならばいざ知らず、こいつにだけはそんな顔をされる謂れはない。

 がしかし、次いで放たれた聖さんの声もまた、似たような色を湛えたものだった。


「まったくその通りだね。仕方ない、分からないなら教えてあげよう。これはね、ラピスちゃんが君のために作ってくれたものなんだよ」

「……へっ?」


 俺は短く、声にならぬ声を上げる。


「ラピスちゃんにちょっと料理を教えてみたらね、これが驚いたよ。料理は初めてと言っていたが、とてもそうは思えないほどの手際と物覚えの良さだった」

「は、はぁ……そうですか。ラピスが、これを……」


 そう説明されても、あまりに急なことで頭の整理が追い付かない。

 出来ることといえば、こうしてしどろもどろに相槌を打つくらいだ。


「こら、感動が薄いんじゃないのかい。ラピスちゃんはね、初めて作った料理は誰よりも先にキミに食べてほしいからと、君がここに来るのを今か今かとずっと待ち続けていたんだよ。まったく、その様子の可愛らしいことと言ったらもう……」

「――こ、こりゃ聖っ! 余計なことを喋るな!」


 それまで仏頂面で黙り込んでいたラピスは、聖さんが漏らした情報に目の色を変え食ってかかった。

 顔を赤くして詰め寄るラピスへ聖さんは微笑みと共に一言のみ返し、再度俺に意を向ける。


「ふっふふ、すまない。……それで、竜司君。どうだい、なんともいじらしい話だろう? ――で、そんな彼女に向け、キミからは何も無いのかい?」

「うっ……」


 聖さんは穏やかな微笑を湛えてはいるが、返答によっては堪えないぞと言わんばかりな圧を感じる。

 俺は暫く聖さん、そして目の前の料理へ交互に目をやっていたが、やがてラピスへと向き直ると、重々しく口を開いた。


「……ラピス」

「何じゃ」


 一応返事を返してくれはしたが、いつもの調子に比べるとあまりにそっけないものだ。

 ……確かに、これは俺が悪かった――というより、こいつには悪いことをした。

 そうした後悔の念から、俺の口からは素直な謝罪の言葉が零れる。


「その――すまなかった。知らなかったとはいえ……ええと、その、なんだ。……ありがとうな」

「むっ……ま、まあ、そう素直になるのであれば……むむ……」


 恐らくラピスは、俺がああだこうだと反論するとばかり予想していたのだろう。

 この、そうした予想とは真逆の俺の態度には彼女の方が面食らった様子であった。


「ほらラピスちゃん。いい加減機嫌を直してあげなさい。彼の前で仕上げを披露するのだろう?」

「――……ふ、ふふん、よかろう! 心の広いわしはこの程度のことで腹を立てたりはせぬからの!」


 どの口が言ってんだ、とは心の中で言うに留めておく。

 しかし、ラピスもようやく機嫌を直してくれたようである。


「よし、では我が君よ。ちと待っておれ。知っておるか? これはの、このまま食すものではないのじゃぞ」


 手にケチャップを持ちながら、ラピスは得意げな顔になって言う。

 しかしここで「知らないわけがないだろう」と言うのは流石に野暮というものだ。

 それより、ケチャップを持つ手そのものにこそ俺の注意は向けられた。


「……ん? お前、その指はどうしたんだ」

「あっ――!」


 見れば、彼女の人差し指の先には絆創膏が巻かれている。

 俺からの指摘に、何故だかラピスは目に見えて慌てだした。


「ああこれはね、料理の途中で誤って指を切ってしまったみたいなんだよ。これは私が目を離していたせいだ。申し訳ないことをした」

「ああ、そういうことですか。ラピス、次から気を付けろよ」

「う、うむ? もちろんじゃよ?」


 ……どうも挙動不審だな。

 しかしこいつの場合、傷を負ってもすぐに傷は塞がるはずだ。

 ま、恐らくは聖さんに怪しまれぬようにとの判断なのだろうな。

 そういった意味ではきちんと考えた上での行動であると言える。

 それはいいとしても、今のように慌てるような素振りを見せる理由は無いはずだが。


「そ、そんなことよりほれ! これをかけて仕上げなのじゃ、よく見ておれ!」


 半ば強引に話を断ち切ると、ラピスは器用にオムライスを赤くデコレートしていく。

 そうしてことを成した後。


「ふふん」


 無い胸を張ってドヤ顔でふんぞり返る。

 がしかし、やったことと言えばただ単にケチャップをかけただけである。

 それでどうしてここまで得意げになれるのか、一度訊いてみたいところだが。

 とはいえ、なんであれラピスが俺のためにこれを作ってくれたのは確かなことで、それはまあ……嬉しくない、と言えば嘘になる。

 ――しかし。


「……お前、これ……」

「聖からの助言での、男が最も喜ぶであろう図柄はこれであるとな」


 余計なことを……。

 テーブルの上に鎮座するオムライスの上には、ケチャップで大きくハートマークが描かれてある。

 しかもこれがまた、デジタルで作ったかのように正確なハートで、こんなところで器用さを発揮するなと言いたい。


「実に羨ましいぞ、竜司君。ラピスちゃんの初めてを押し戴けるとは」

「妙な言い方をしないでくださいね?」


 いい加減本物の聖さんを返してくれ。

 ラピスの方は、期待に満ちた目で俺をじっと見つめている。

 ……もうアレだな、こうなったらさっさと片してしまうのが吉か。

 覚悟を決めた俺は、スプーンでオムライスを口に運ぶ。


「……」


 ゆっくりとそれを咀嚼しながら、再びラピスの方へと目を向ける。

 彼女の表情はそれまでの期待に加え、若干の不安の色も見られた。

 そして俺は、口の中のものを胃に落とすと。


「……うまい」


 一言、そう呟く。


「――本当かっ!? の、のう、下手な世辞などは要らぬぞ? 本当に本当か?」


 ここで俺がマズいとでも言えば烈火の如く怒るくせに、いざこうして褒められると半信半疑で詰め寄ってくる。

 女心っていうのか、いやこの場合は神の心か。そういったものはよく分からない。


「……いや、マジで美味いぞ。なんだこれ……聖さん、材料はいつもこの店で出してるものと同じですよね?」


 形こそ聖さんが作るものに比べると多少歪ではあったが、味そのものはそれに勝るとも劣らない。

 語彙に乏しい俺には具体的にどう違うとは言えないが、あえて言うなら、出汁というのか隠し味というのか、言い得ぬまろみ(・・・)を舌に感じる。

 聖さんに聞きつつも俺は、手に持つスプーンを止めることができずにいた。


「うん、手順も材料も全く同じだよ。しかしあえて言うなら、一ついつもと違うものがある」

「それは?」

「決まっているだろう。君へ向けた、彼女の想いだよ」

「――ぐむっ!」


 突拍子もない言葉に、俺は口の中のものを喉に詰まらせる。


「なんっ、そんな――」

「しかしそう言うしかなかろう。事実、他には何も違わないのだからね」

「……」


 俺は恐る恐る、横のラピスへと視線を向かわせる。


「……わ、我が君ぃ~……そこまで喜ばれると、流石にわしも恥ずかしいというかぁ~……」


 ――やらかした。

 いくらなんでも殊更に騒ぎすぎた。

 ラピスは顔を真っ赤に染め上げ、恥ずかしげに身を捩らせている。

 しかしその表情には隠し切れぬ喜びが浮かんでおり、頬はだらしなく緩みっぱなしだ。


「じゃが、嬉しいぞ。まさかわしからの気持ちすら料理から汲み取ってくれるとは……」


 もはやラピスは上機嫌どころか、完全に有頂天になっている。


「おうおう、見せつけてくれるねェ。けどよ、人前じゃちっと自重しとけよ、小僧」

「やかましい!!」


 俺は横から茶々を入れてくるナラクに怒鳴り声を上げると、残った料理を急い任せに片付けた。

 再びラピスの方へ視線を送ることはしなかった。

 たとえ見ずとも、あいつがその間どういう表情をしていたかなど容易に想像がつく。

 ……結局、また俺はこうして考え無しに行動した罰を受けている。

 あの子は「がんばってる」と言ってくれたが……。

 俺のこういう性格は、本当に死ぬまで直らないのかもな……


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 俺が完食した頃を見計らってではないだろうが、そのタイミングで商店街のおっさんどもから声がかかる。


「聖ちゃん、次からは俺たちも注文できるんだろ?」

「ああ。――構わないな、ラピスちゃん?」

「うむ!」


 完全に機嫌を良くしたラピスは、聖さんへの返答も弾んだ声で返している。


「どういうことです? 次からっていうのは」

「いや、それがね。彼女が料理を作っていたところは彼らも見ていてね。是非自分たちに味見をさせてくれ、と言って来たのだが、当のラピスちゃんがそれを頑なに拒否してね。――理由は分かるだろう?」

「……まあ」


 ”最初”は俺に。

 凡そそんなところだろう。

 ……まったく、どうでもいいことに拘りやがって。


「よし。ではラピスちゃん、彼らにもキミの実力を見せてあげなさい」

「よかろう! 汝ら、大人しく待っておるのじゃぞ」

「楽しみにしてるぜ!」


 客に対してその物言いはどうかと思わないでもないが、まあ本人たちが気にしていないなら構わないのか。


「おっとそうだ、ラピスちゃん」


 キッチンへと向かおうとしたラピスの背中に向け、聖さんが声をかける。


「どうしたのじゃ、聖?」

「さっき言ったこと、やはり実行に移そうと思うのだが、キミはどう思う? 構わないかい?」

「わしは構わぬよ。そうすればもっと客が入るのじゃろ? しかし――となればもちろん、わしの取り分も増えるのじゃろうな?」

「もちろんだとも」

「ならば断る理由などないとも。存分にやるがよい」


 二人だけでとんとん拍子に話が進んでいるが、完全に俺は置いてきぼりだ。


「あの~……何の話です?」

「ん? ……ふふ、それはね、後のお楽しみだよ」

「……」


 絶対にロクなことじゃない。

 それだけは間違いないという確信がある。


「いやはや、まさしくラピスちゃんはこの店の救世主だな。これからもよろしく頼むよ!」

活動報告にも書きましたが、旅行のため次回更新は4日以降の投稿となります。

申し訳ありませんが、ご了承ください

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