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死神の居ぬ間に 前

「ところでミナ、お前あんなとこで何してたんだ?」

「え? どういう意味、おにいさん」

「いやだからさ、あんな山の中で一人で」


 山を下りながら、俺たちはとりとめのない話を続けている。

 一歩進むたび、ミナの履く下駄から発せられる、カラコロという小気味良い音が響く。

 しかし今どき下駄とは。七五三でもあるまいに。

 俺の言葉を聞き、彼女はきょとんとした顔つきになる。


「おにいさんだってそうだったでしょ?」

「ん、いやまあ、それはそうなんだけど。女の子が一人であんなとこうろついてんのは……やっぱ危ないぜ」

「ミナのこと心配してくれてるの? やっぱり優しいんだね、おにいさん」

「いや、別に感謝されるほどのことじゃ……」


 どうもやりにくい。

 見た目はラピスと同じような幼女であることから、幾分か慣れた対応も可能だと予想していたのだが。

 憎まれ口も叩かず、いちいち素直な反応を見せてくれるこの少女とでは、まるでその種類が違う。

 俺は自由な左手でボリボリと頭を掻きつつ、どこか足元が不安定な錯覚を覚えながら歩を進めた。


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


「おにいさんおにいさん! これ、これもっ!」


 ミナは駄菓子屋に到着した途端、所狭しと店内に溢れる菓子に釘付けになった。


「おいおいそんなに買って食い切れるのか?」

「だいじょうぶ!」


 返事を返しながらも、ミナは次々と駄菓子をカゴに入れていく。

 ミナが持つ子供が持ちやすいように作られた小さなカゴは、あっという間に満杯になった。

 しかしそんな状態になってもなお、てんこ盛りになった上に更に商品を積み上げようとしている。

 俺は流石にこの辺りで止めるべきだと判断し、彼女の頭に手を置く。


「そのへんにしとけ、な?」


 ――と、その瞬間、彼女がビクリと身を震わせたのが手から伝わってくる。


「あっ……。む~……わかった。でも、最後に表にあったあれ、取ってもいい?」

「表って……ああ、あれか」


 そういえば、店の入り口にアイスが入った冷凍ボックスが置かれていたな。


「しかしこんなクソ寒い時にアイスなんか食べたいかぁ?」

「うん! たべたい!」

「そっか。まあそれならいいんだけど。でも商品持ったまま外には出られないぜ。まず会計を済ませような」

「はーいっ!」


 良い返事だ。

 手に入った大量の菓子に完全に気を良くしているって感じだな。

 ミナと俺は、店主であろう高齢の女性が座る場所に向かう。


「ありゃまあ、可愛らしい子が来たもんだねえ」

「こんにちわ、おばあちゃん!」

「はいこんにちわ。あらあら、随分たくさん買うんだねぇ。お兄ちゃん、可愛いからってあまり妹を甘やかしちゃあいけないよ」

「いや、俺は……」


 どうもこの婆さん、俺とミナを兄妹だと勘違いしているらしい。

 まあ、この状況ではそう思うのも無理もないことだが。

 と、ミナは俺の方を向くと、やけに嬉しそうな笑顔を見せる。


「おにいさん聞いた!? ミナ、おにいさんの妹だって!」


 なんでそんなご機嫌なんだ。


「ほれ、んなことより払うもん払わないとな。金は持ってきてるんだろ?」

「うん! え~っと……あった、これに入れてるの!」

「……巾着?」


 彼女が(たもと)から取り出したのは、随分と年季が入っている小さな巾着袋だった。

 ……また随分と古風なものを持ってるもんだ。

 まあ、着てる服とは合ってると言えなくもないが……親がこういう趣味なのかね。


「……ま、いいや。で、いくらですか?」

「ええ~っと……ちょっと待ってねぇ。――うん、全部で六七〇円だね」


 量のわりには安い。

 これは、一つ一つの単価が安い駄菓子であるがゆえだろう。


「だってよ、ミナ」

「うん! ――はい、おばあちゃん!」


 ミナは巾着袋から取り出したそれを、自信満々に目の前にかざしてみせる。


「……」

「……」


 がしかし、そんな彼女のどうだと言わんばかりの表情とは裏腹に、俺と婆さんは呆気に取られた顔になる。

 それもそのはず、彼女が取り出したるは、たった一枚の五円玉のみであったからだ。


「え~っと……ミナ。お前が持ってる金ってもしかして……これで全部か?」

「そうだよ?」


 ――嘘だろ?

 今日び、たったの五円じゃそれこそ駄菓子すら買えないぞ。


「え……も、もしかして……た、足りないの……? おにいさん……」


 俺と店主の顔を交互に見て、どうやら彼女も俺たちの発する異様な雰囲気を感じ取ったのだろう。

 ミナは肩を震わせながら、不安そうな目でして俺をじっと見つめてくる。

 俺を騙し、そして奢らせるための演技――とも思えない。

 いくら小さいとはいえ、貨幣の価値くらい分かっていてもいいだろうに。


「……」


 俺は黙りこくったまま、ミナの目を見る。

 ……いや、何を考えている。

 この子はただ道すがら知り合っただけの他人だぞ。

 竜司、お前がそこまでする義理など無いはずだ。

 俺の中の理性的な部分が必死に諫めてくる。


「おーっとそうだ! そういやミナ、お前アイス食いたいって言ってなかったっけ?」


 ――が、しかし。

 口から突いて出てきたのは、そんな理性の声とは真逆のものだった。


「え、え? ……う、うん。言ったけど……」

「よっしゃ、後でまた払うのもアレだしな! ちょっと表から欲しいの持って来いよ! 支払いは俺がやっとくから! ミナの出してくれた金でな!」

「へ? でもさっきは――」

「そうだねぇ、お兄ちゃんの言う通りにしておきなさいな。お嬢ちゃん、ゆっくり(・・・・)選んで来なさいよ」


 俺の意図を察したのだろう、店主からの助太刀が入る。

 ゆっくり選べというのも、この先をミナに見せないための配慮だろう。

 ナイスだ、ばあちゃん。


「で……でも、お金……」

「大丈夫よぉ。これで十分足りてるからね」

「……ほんと?」

「嘘なもんかね。あたしゃ今まで一度だって嘘をついたことがないんだよ」

「は~……よかったぁ……」


 心底安堵したといった感じで、ミナは深い溜息をつく。

 これで安心したのか、次の瞬間には笑顔に戻ったミナは、店の軒先へと駆け出しつつ、俺に声を送ってくる。


「おにいさんの分も持ってくるね! おにいさん、何がいい?」

「ミナと同じやつでいいよ。慌てずにゆっくり選んできな」

「はーい!」


 元気のいい返事を残し、彼女が俺たちの視界から消える。

 そしてそのタイミングで、俺は感謝の言葉を述べた。


「……助かりました。ありがとうございます」

「いいのよ。ちょっと世間知らずみたいだけど、いい子じゃないのさ。大事にしておやりよ」

「はは……」


 愛想笑いを返しつつ、追加のアイス二つ分を加えた代金を、ミナが戻ってくる前に払う。

 ミナが戻ってくる前にことを済ます必要があったので大分焦りつつのものだったが、結果的にそれは杞憂に終わった。

 支払いを終えて暫く待っても、一向に彼女が姿を現さなかったからだ。

 しびれを切らした俺が様子を見に行くと、なんのことはない、どのアイスにしようか決め切れていないだけだった。

 結局当たり障りのないバニラ味のものに決めた後、俺たち二人は店先に置かれているベンチに座り、そのアイスを食べることにした。


「おいしーっ!」

「そりゃ良かったな……うっ」


 棒型のバニラアイスを、ミナは実に美味しそうに味わっている。

 この寒い中アイスなど頼まれても食べたくないところではあったが、せっかくの彼女の好意を無にするわけにもいかず、俺はいっそ一気に食べつくすことにした。

 急いで頬張ったためか、頭にキーンと頭痛が走る。


「どうしたのおにいさん、元気ないの?」

「いいや、そんなことないさ」

「そうなの?」


 とっとと食い終わった俺とは対照的に、ミナが食べる速さは実にスローなものだ。

 食べるというか、棒の先の方をちろちろと舐めているばかりで、傍目には一向に減っているように見えない。

 その遅さにあっては、流石に気温の低い中と言えども、アイスの方が先に溶け出してきてしまっていた。


「おいおい、垂れてきてるぞ。ったく、しょうがねえな……」


 溶け出したアイスの汁は、そのままミナの胸元へと滴り落ちてきている。

 俺は鞄からポケットティッシュを数枚取り出すと、それらの雫を拭き取るべく、彼女の胸元へと手をやる。


「――えっ、えっ!? お、おにいさん!?」

「ほれじっとしてろ。拭いてやる」


 体に落としたものを拭くのは慣れたものだ。

 あいつも、未だ箸を上手く使えずにポロポロ零しやがるからな。

 もちろんその度に拭いてやるのは俺の役目である。

 俺は慣れた手つきで、ミナの鎖骨から胸部にかけてを拭っていく。


 そこで改めて俺は気付いたのだが、この少女は、相当に痩せている。

 ゆったりとした和服を着ているし、顔の血色はそれほど悪くないことから今までそれほど気に留めていなかったが……。

 俺の手には彼女の皮膚のすぐ下、骨の感触がはっきりと伝わってくる。

 それに胸から下に視線を落とすと、ぴっちりと閉じた脚が目に入るのだが。

 もしこれがラピスであれば、太腿と太腿の間に隙間など見えないが、ミナの場合、彼女が今腰を下ろしているベンチの青色がはっきりと視界に入ってくる。


 ……まあ、ラピスはむしろ下半身の肉が多いんだがな。

 しかしそれを考慮に入れても、ミナは明らかに痩せ過ぎである。


「お、おにいさん……」

「――ん、何だ?」

「……ミナ、ちょっと……恥ずかしいな……」


 それまで見たことのない、顔を真っ赤にしたミナの顔が俺の視界に入る。

 ……しまった。いくらなんでもじろじろと見過ぎたか。


「えっあっ、ごめん。つい」


 言って、俺はパッと彼女の胸から手を放す。

 ラピスにいつもしていることだからといっても、今のは流石にデリカシーに欠けた行為だった。


「……ううん。いいよ、おにいさんなら」


 一発平手でもお見舞いされても文句の言えないところだったが、ミナは意外にもすぐに許してくれた。


「そっ、そっか。ごめんな。……はぁ~っ……」


 ――こういうことの積み重ねなんだろうな、きっと。

 今のことをきっかけとして、過去の種々諸々を思い出し自己嫌悪に陥った俺は、深い溜息を吐き出す。


「どうしたのおにいさん?」

「……いや、自分の軽率さっつうか、そういうのが今さらながら嫌になってな……」


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