はたらく死神様 ②
山を抜け暫く歩くと、『とおり町商店街』という看板が掲げられたアーケードが見えてくる。
目的の場所は、このアーケード街の中にある店のひとつである。
「随分とうら寂しい場所じゃの」
「お前、これから行く先で絶対にそれ言うなよ?」
あまりに正直な感想を漏らしたラピスを窘めるが、俺もそれほど強くは責められない。
まだ日も高いというに、商店街の通りを行く人は俺たちを除けば数人しかおらず、そもそも店自体、シャッターが下りた状態であるものが多い。
その数は、以前俺が来た時よりも増えているような気がした。
これは俺の住む町も多分に漏れず、大手のショッピングモール建設による煽りを受けているということだろう。
「やっぱ期待薄かな……」
改めて商店街の実情を目にした俺は、己の期待が空振りに終わる予感をひしひしと感じる。
とはいえ、ここまで来て何もせず帰るというのもなんだ。
ハナからダメ元で来たのだ、やるだけやってみよう。
「ここだ」
『ルナ』という店名の喫茶店の前に立つ俺は横のラピスに言うが、当の本人はガラス越しにディスプレイされた、チョコパフェのサンプルに釘付けになっている。
俺は涎さえ垂らし始めたラピスの腕を掴むと、扉のノブに手をかけた。
扉を開けると同時にチリンチリン、と鈴の音が鳴る。
「いらっしゃ――お?」
「こんにちわ、聖さん」
神崎 聖。
テーブルを拭く姿勢のまま振り向いたこの女性こそ、俺が今回会おうとやってきた目的の人物である。
「なんだ竜司君、久しぶりじゃないか」
「ははは……お久しぶりです」
後ろ髪を一点でまとめたポニーテールを揺らしつつ、聖さんが俺の元までやってくる。
次いで出された声は相変わらず凛としており、立派な大人の女性、という印象を聞くものに抱かせる。
「まあ竜司君の家からはけっこう距離があるものな。――ま、座りなさい。いつものでいいかな」
「あ、はい――ん?」
袖をくいくいと引っ張られる感触に俺が振り向けば、俺の陰に隠れるように立つラピスの姿があった。
ラピスは俺の袖を掴んだまま、小声で俺に話しかける。
「……我が君よ、この女は?」
「ああ、この人は母さんの親戚でな、昔からよくしてもらってるんだ」
「ん? 竜司君、今日は一人じゃな……」
なにやら様子がおかしいことを察したのか、聖さんは俺の後ろを覗き込む――と。
聖さんは口に出しかけた言葉を飲み込み――これは比喩ではなく実際に、ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
「うおおおおおっ!」
「じゃわああ!?」
不意にけたたましい咆哮を上げた聖さんは、そのまま目にも止まらぬスピードで俺の後ろに回り込むと、隠れていたラピスを抱き上げる。
「なんだこの娘は!? ――おおおお……信じられん、なんという可愛さだー!!」
「や、やめろ貴様! 急になにをっ……頬を擦り付けるなあああーっ!」
両の腕でがっしりとホールドされているラピスは身動きが取れず、聖さんに頬擦りされるがままになっている。
彼女との付き合いは長いが、こんな姿はついぞ見たことがない。
俺は信じ難いものを見る目でもってして、だらしなく頬を緩める彼女に声をかけた。
「あ……あの、聖さん?」
「――はっ!?」
かっと目が見開かれたと思うや、そのまま数秒間、そのままの姿勢で静止する聖さん。
やがて正気に戻ったのか、彼女は少々ばつの悪い表情になりつつ、暴れるラピスを地に下ろす。
「……こほん。すまない竜司君、少し取り乱してしまったようだ」
「はぁ……」
聖さんは咳払いをしつつ、瞬時にいつもの冷静な表情に戻る。
今さら取り繕っても遅すぎる気もするが。
「う゛う゛う~っ……!」
ラピスはラピスで、犬のように唸りながら彼女を威嚇している。
しっかり立ち位置は俺の後ろを陣取って、というのがまたこすずるいというか、小心者ぶりを露呈させているというか。
聖さんはそんなラピスをチラチラと横目で見ながらも、努めて冷静な声で俺に話しかける。
「久しぶりに来てくれたと思ったら、まさかデートの場所にウチを選んでくれたとはね。ふふ、光栄だな」
「あいや、こいつはそういうんじゃなくて……」
「照れるな照れるな。キミには昔から女っ気が無かったから心配していたが、しっかりやることはやっていたんじゃないか。しかし年下好きだったとは意外だったな。私はてっきり――」
「だから違いますって!」
「はは、まあそういうことにしておこう。とりあえず座って待っていなさい。話はコーヒーを飲みながらといこうじゃないか」
微笑を湛えたまま、彼女はそう言って中に入るよう促す。
俺はそれに従い中に入るついで、ちらと周囲を見渡してみる。
「はぁ……ていうか相変わらずお客さん少ないんですね」
ラピスにああ言った手前、俺のこの言葉はどうかと思うが、目に入ったカウンター席に座る客は一人としておらず、中は俺たちの話す声、そして小さめに流れる店内BGMしか耳に入ってこない。
この店はアーケードの中でも悪くない位置にある。だというのにこの寂れ様では、他人事ながら流石に俺も心配になってしまう。
「キミも相変わらずはっきりと言うね……。ま、その通りなのだから返す言葉もない。今いるのだって――ほら、お客様はそこの一人だけだよ」
言って彼女が指差した先には、一人の男性客の姿があった。
「――あン?」
「あっ!?」
「なーっ!?」
振り向いたその男の顔は、俺たちには見覚えがある。
いや、忘れようとて忘れられないものだ。
「――おお、小僧。それにサナトラピスもか。久しぶりだな」
コーヒーカップを片手に掲げ、まるで友人に対するそれのような態度でもって俺たちに語り掛ける男。
その男は他でもない、一週間前、俺たちの命を狙いやってきた男、ナラクであった。