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はたらく死神様 ①

 あれから早や一週間が過ぎた。

 そしてこの一週間というもの、俺はここ最近で一番といっていいほど平和な日常を過ごしている。

 こうなったのは、間接的にではあるが、鈴埜があれからずっと学校を休んでいることに起因する。

 別れ際惣一朗さんたちと連絡先を交換していたため、俺は数日前電話でそのあたりのことを聞いてはみたが、どうにも要領を得ない回答しか返ってこなかった。


 あのナラクという男はどうなったのだろうか。

 結局二人に任せたままにしてしまっているが……やはりきちんと何らかの形でケリを付けておくべきだったのだろうか。

 直接鈴埜家に出向いてもいいのだが、電話で話すエリザさんの声色からして、それはどうも避けてほしいように感じられた。


 ということの次第なので今の俺は、鈴埜のやつが再び登校してくるようになるまで、とりあえずは普段の生活を送るしかないという状況にある。


「――ま、一時的とはいえそれはそれで歓迎すべきことなんだが」

「ん? どうした夢野、何のことだ?」


 俺の独り言に、向かい合って座る一ノ瀬が反応して声を上げる。

 今は丁度昼休憩で、俺は教室で食事を摂っているところである。


「うんにゃ何でもない」

「そっか。しかし今日も人気だな」

「……」


 一ノ瀬の視線は、俺の隣に座るラピスへと注がれている。


「ラピスちゃん、私の唐揚げとウインナー交換しない?」

「むむ、なんじゃそれは!?」

「ねえねえラピスちゃん、これ食べる?」

「うむ、貰ってやってもよいぞ!」


 俺、一ノ瀬、そしてラピスの三人が机をくっ付けて食事を囲んでいる後ろでは、同じようにして弁当を食べる女子グループがある。

 彼女らは先ほどからラピスに積極的に絡んできており、こっそり持ってきたお菓子を彼女に差し出したり、弁当の中身の交換を持ちかけたりしている。

 ラピスの方も、俺が一緒だということもあり、物怖じせずに彼女らと会話することができていた。


 この一週間で、俺とラピスに対する周囲の人間の反応は若干の変化を生じさせていた。

 先の失敗で、慣れない小細工を弄してもロクなことにならないと自覚した俺は、もう開き直って昼休みはラピスを教室に入れてやることに決めた。

 一ノ瀬の協力もあり、また俺の必死の釈明が功を奏したのか、三日が過ぎるころには妙な目で見てくる奴らは大分少なくなった。


 最大の問題点である弁当の中身が同じことについては、ラピスが俺の分まで作ってきてくれている、ということにするほかなかった。

 もちろん一ノ瀬には口裏を合わせてくれるよう頼み込んである。

 ――本当に、そのうちこいつには何かの形で礼をしなくてはならないな。


 ……まあ、そうした理由にしてしまえば更に余計な誤解を生んでしまうことは避けられなかったが、事態は意外な方向に転がった。

 クラスの皆――特に女子連中は、彼女と俺との係りを追求するより、突如現れたこの転校生と積極的に絡んでいくことを選択したのだ。

 これはラピスの外見、そして一際変わった喋り方が大いに関係しているだろう。

 彼女らがラピスを見る目は、年の離れた妹か、もしくは可愛らしい小動物を見る時のそれである。


「我が君我が君! ほれこれ、ナツから貰ったぞ!」

「ああ、良かったな」


 ナツ、というのはラピスに菓子をあげた女子の名前である。

 ちなみに俺は彼女と今までほぼ会話をしたことがない。


「じゃ我が君、あーん!」

「まだ飯食ってんだよ、後にしろ後に」


 ……後ろから敵意を含んだ視線を感じる。

 その正体が何者であるか、俺には薄々分かってはいたが――しかしそれは理不尽というものだろう。

 確かに彼女はラピスに対してプレゼントしたつもりなのだろうし、それをすぐさま別人に渡されるとあっては、幾許か気分を害してもおかしくはない。

 しかし、ならその視線は俺でなく隣の空気の読めない死神にこそ向けるべきではないか。

 まったく、本当に美人っていうのは得だよ。



 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢



「我が君よ、今日はまっすぐ帰るのではないのか?」


 比較的平和に学校生活を終えた俺は今、ラピスと共に帰宅の途についている。

 隣を歩くラピスからの言葉は、俺がいつもの道を選択せずに歩き始めたことによるものだ。


「ああ。ちょっと今日は寄ってく所がある」

「ふむ……?」


 俺が今日こうした行動に出たのは単なる気まぐれなどではなく、れっきとした理由がある。

 昼休みのことと関連するが、俺たちが揃って同じ弁当を食べ始めて早くも一週間が経過している。正確には八日だ。

 花琳との約束では、もう一つ余計に弁当を作るのは一か月の間のみ、ということになっている。

 一週間が経過した今、残された時は二十日余り。

 そう、いつかこの生活には終わりが来るのだ。


 となれば、一か月が経過したその先はどうするかという問題が立ち上がってくる。

 俺の手持ちでやりくりする、というのは無理が過ぎる。

 高校生の僅かな小遣いではたとえ一食分といえど、それが毎日ときてはとても金が持たない。


 ならば残された選択肢は一つしかない。

 俺自ら、金を稼ぐことだ。

 しかしそれも容易なことではない。というのも、俺の学校では原則的に生徒のアルバイトは余程の理由がない限り禁止されているからだ。

 だが、俺にはある一つの考えがあった。

 僅かな可能性ではあるが、ものは試しとばかり俺は今日、その心当たりのある場所に向かうことにしたのである。


「随分と人気の無い通りを行くのじゃな」

「この道が一番近道だからな。地元民しか知らないから人も少なくていい」


 目的の場所へは少し距離がある。

 表通りを行けば何回も迂回する必要があるが、今回俺が選んだルートで行けば二十分ほどで着く。

 山道を切り開いて作られた道なので、少々足腰が疲れるのが玉に傷だが。

 最近では珍しい、街頭すら一つとしてない山道である。夜はかなりのホラースポットとなることだろう。


「のう我が君よ、急に冷え込んできたような気がせぬか?」


 山に足を踏み入れ数分経つと、ラピスが肩を震わせながらそんなことを言い出した。

 普段裸同然の格好をしているくせに何を、と思わないでもないが、そういえば例のクロークには保温機能が付いているらしいことを言っていた。

 今の学生服姿ではその機能は当然働かず、それゆえということだろう。


「確かにな。っていうか昔からここは他と比べて寒いんだよ」


 冬、そして山の中ということもあるとは思うが、実は俺もこの場所には子供の頃から同じ感想を抱いている。

 夏なんかだとちょうどいい過ごしやすさなのだが、この季節だと確かに堪えるのは確かだ。


「うぅ~……これは耐えられぬ。のう我が君よ、汝の人肌でこの奴隷を優しく」

「却下」

「なんじゃあ! けち!」


 そんだけ大声を出す元気があるなら平気だろ。

 機嫌を損ねたらしいラピスは肩を怒らせ、俺を置いてずんずんと前へ進んでゆく。

 先を行く彼女の姿がカーブで見えなくなった時、ようやく俺も小走りで追いかけることにした。


「あいつ、道も分からないくせに……おーい、待てって!」


 カーブを曲がると、意外なことにラピスの姿はすぐ近くにあった。

 道路の端に寄って立つ彼女は、地面に転がっている何か(・・)を見降ろしている。


「何か気になるものでも見つけたのか?」

「我が君、これはなんという種族なんじゃ?」

「種族――……?」


 さらにラピスの元まで近づいた俺は、至近距離でその何か(・・)を観察する。

 なるほど、確かに何らかの動物のようだ。

 少し褐色がかったオレンジ色の体毛に包まれたそれを見た俺は、一瞬犬かと思いかけたが。

 犬にしては鼻が長く、体つきもどこか細っこい。


「……狐か、こいつ?」

「キツネ?」


 自信なさげな俺の言葉を、ラピスは模倣して言う。

 疑問形になったのは、実物を見た記憶がないためだ。

 犬猫ならばいざ知らず、狐となるとそうそうお目にかかれるものではない。

 テレビや動物園なんかで見た記憶はあるが、細かいディティールまではとても思い出せない。


「キュウゥゥー……」

「……ん?」


 また、このように鳴き声を聞くのも初めてのことだ。

 童話なんかでは「コンコン」とよく形容されているが、いざ実際に聞いてみるとそんなことは全然なく、あえて言うならば猫に似ている。

 もしくは、人間の赤子の声を連想させるような声色だ。


 ところで、鳴き声のことはともかく、野生動物がここまで人を近付かせるというのは奇妙な話である。

 その狐は、俗に言う香箱座りのポーズで地に伏しているが、よく見ると畳んでいるのは左前脚のみで、もう片方はだらりと前に伸ばさせている。

 俺が小さく声を上げたのは、その伸びている脚に異常を発見したためである。


「ケガしてんのか……だから逃げないんだな」


 よくよく見ればその伸びた脚は、関節のあたりで妙な方向に曲がっている。

 その上、オレンジ色の体毛に混じって今まで気付かなかったが、下には黒く変色し始めた血溜まりがあった。

 脚一本であれば怪我をおして逃げ去りそうなものだが、そうしないところを見るに、相当に疲弊しているのだろうと推測される。

 俺は暫くそのまま様子を眺めた後、横で物珍しげにしているラピスに声をかけた。


「……なぁ、ラピス。こいつお前の力で治せないか?」

「――うむ? できぬことはないが、何故そんなことを」

「まあ、このまま見捨てて行くのも気分悪いだろ? 無理なら動物病院か……この辺あったかな?」

「はぁ~……まったく相変わらずのお人よしじゃことよ。我が君にかかればその辺の虫けらすら必死で助けるのじゃろうの」

「んなわけねえだろ。――で、どうなんだよ」


 ふむ、と一呼吸おいて。


「まあ、この程度であれば力の消費も微々たるものではある。ん――おお、そうじゃ。ならば我が君、汝がその畜生めを治癒してやっては如何か?」

「俺が?」

「前に言うたであろう? 死神としての力は我が君にも使用可能であるとな。丁度良い機会じゃ、能力に慣れる練習がてら、そやつで試してみるがよかろう」

「つっても、どうやるんだ」

「なに、簡単なことよ。そうじゃの――まずはそやつの負傷した箇所に手を触れてみよ」

「――こうか?」


 言われるがまま、俺はそろそろと手を近付けさせる。

 手を差し出すのには若干の躊躇があったが、その狐は噛みつくことも、また大声で威嚇するような素振りも見せず、ただ俺の手が触れた瞬間、小さく苦しげな鳴き声を上げたのみだった。


「うむ。さすれば次は頭の中で思い浮かべよ、こやつの脚が治った姿をな」

「そんなことだけでいいのか?」


 俺は半信半疑ながら、折れた部位に手を触れつつ、ラピスの言うイメージを頭に思い浮かべる。

 すると変化はすぐに表れた。


「……?……!……ッ」

「おおっ」


 骨までをも飛び出させ、見るからに痛々しかったその脚が、次の瞬間にはもう完治していたのだ。

 ケガをしていた痕跡すら残していない。

 洒落ではないが、まさにキツネにつままれたような気分だ。

 そしてそれは俺だけでなく当の本人も同様であったようで、言葉を発さずとも驚きに目を見張っているのがありありと分かる。


「ほほう、流石は我が主様であられる。こうも瞬時にコツ(・・)を掴んでしまいよるとは」


 ラピスからのお褒めの言葉と同時に、狐が立ち上がった。

 そして俺は気付いたのだが、どうもこの狐、まだ子供のようだ。

 狐の標準サイズというのが如何ほどなのか知らないが、いずれにせよ目の前のこいつは相当に小さい。

 猫と殆ど変わらないサイズだ。


 四本の脚で立てるようになった今も、やはり同じように逃げ出すような素振りは見せず、俺をじっと見つめている。

 確か――狐ってのは犬の仲間だっけか。

 言われてみれば確かに、その黒い大きな瞳は犬を連想させるものがあった。


「車かなんかに撥ねられたのか、お前。次からは気を付けろよ」

「……」


 俺の言葉が通じたわけでもないだろうが、そいつは俺の元まで近寄ると。


「――……」


 しゃがんだ俺の顔まで自身の顔を近付けさせると、ぺろりとひとつ、俺の頬を舐めた。


「おっ? はは、礼のつもりか」


 思った以上に人懐っこい。

 もしかするとどこかの変わり者が飼っているペット、という線もありえるだろう。

 俺の顔を舐めた後、その狐は何度かこちらを振り返りながら、やがて山の中へと消えた。


「この山に住んでんのかね? ま、いいか。それじゃ行くかラピ――なんだその顔」


 視界に入ったラピスは下唇を噛み、なにやら狐が去っていった方向を憎々しげに睨みつけている。


「お前……まさかとは思うが、動物にまで嫉妬して」

「そんなわけがなかろうが!! ……~ッ!」


 今日一番の大声で、食い気味に俺の言葉を遮るラピス。

 もしや本当に図星であったのか、顔を真っ赤にしてまたも足早に先へ進んでいってしまう。


「おい、だから道分かんねーだろって! おい!」

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