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決着の刻 前

「あのこむすめっ……! なんという間の悪い時にっ!」

「――おいバカっ!!」


 小脇に抱えるラピスを一喝するも、時既に遅し。


「ほぉ……小僧、お前らの知り合いか」


 何を考えているのか、男は表情を変えずに言う。

 悪いことというのは重なるものである。

 服はボロボロ、さらに口から血を滴らせた俺を見る鈴埜にどう対処しようかと思案を巡らせる暇もなく、さらなる面倒事が降りかかった。


「うーむ、何の音かね人の軒先で騒がしい……」

「惣一朗さーん、杖忘れてますよぉ~!」


 ここ、この場所は俺たちが鈴埜家を出て僅かの距離でしかない。

 家の中にまで喧騒が伝わっていたのであろう、二人は先ほどと変わらぬ調子で玄関から顔を出してきた。

 そしてそんな平和なやり取りをしながらの二人は、眼前の光景を目にし様相を一変させる。


「む……夢野くんっ!? どうしたのだねその姿は!」

「はわわわ……! 竜司君、血が、血が~! どうしちゃったのぉ~!?」


 二人の反応は当然のものだ。

 なにしろたった数分しか経っていないというのに、もうこんな状況になっているのだからな。


「いよいよ面倒なことになってきやがったな……うっし、小僧。それにサナトラピスよ。静かな場所で再戦といこうや」


 面倒そうに頭を掻きつつ、男は言う。

 無論、俺としてはそんな提案に乗る義理などない。


「何を勝手なことを言ってやがる。んなもんこっちはお断りだ」

「つれないねェ……ま、そう言うとは思ってたがな。……なら仕方ねえよな」


 男は不敵に笑うや、その場より跳躍する。

 がしかし、豈図(あにはか)らんや、男の跳んだ先は俺たちではなかった。


「……よォ、嬢ちゃん。あいつらの知り合いなんだって?」


 およそ人のものとは思えぬ跳躍力でもってして鈴埜の真後ろに着地した男は、そのまま鈴埜へと声をかける。

 突然二メートル近い大男が自分の元へ大ジャンプをしてきたとあっては、鈴埜の驚きは如何ばかりか。


「えっ……あ、あの」

「悪いな」


 鈴埜は恐怖に震えつつも声を発しようとするが、男がそれを言い終わるのを待つことはなかった。

 遠目からは、殆ど残像が見えたのみであったが。

 いや、死神の眼であるからこそ、残像だけでも視認することができたのかもしれない。

 男は、鈴埜の首筋目掛け、鋭い手刀を見舞ったのである。


「かひゅっ――」

「――っとと」


 短く声にならぬ声を上げ、その場より崩れ落ちる鈴埜。

 男は、倒れる鈴埜を左腕で抱き留める。


「冥っ!!」

「えっ……冥ちゃん!?」


 ようやく男、そして鈴埜の存在に気付いた彼らだが、突如として行われた凶行に理解が追い付いていない様子だ。

 男は二人に一瞬だけ目をやったのみで、さして気にする様子もなく鈴埜を肩に乗せ担ぐ。


「よっ……と。軽いねぇ、ちゃんと飯食ってんのかこの嬢ちゃんは」

「――てめぇっ!!」

「じゃわぁっ!?」


 もはやこれ以上黙って見ているわけにはいかない。

 俺は再び男に向かい走り出す。

 なにやら後ろで声がしたような気がするが、怒りで頭に血が上っている俺はそれに気を回すゆとりはなかった。


「このクソ野郎! 鈴埜を放せ!」

「――おっとォ!」


 走りながら男に向かい殴りかかるも、それは興奮のあまり大振りに過ぎ、楽々男に避けられてしまう。

 そのまま男は再び跳躍すると、近くの民家の屋根にまで飛び上がり着地する。

 無論、鈴埜を肩に抱えたままで、である。


「小僧。お前はこの町の人間なんだろう? ならこの先に埠頭があるのも知ってるよな? そこで待ってるからよ、死神と二人で来な。続きだ」


 いくら身体能力の向上を感じているからとはいえ、ここから男の所まで同じように飛べるかは甚だ怪しい。

 それに、仮にそれが可能であったとしても、先ほどのように逃げられてしまうのが落ち(・・)だろう。

 俺は悔しさに歯噛みしつつ、男を見上げる。


「夜まで待ってやる。十分な用意をしてきて構わねぇぜ。ただしお前ら二人だけだ。余計なザコどもを引き連れてきやがったら――この女がどうなるか分からねえぞ」


 果たして俺はこの時、如何な表情になっていたのか。

 男は俺の様子を見て、高らかな笑い声を上げる。


「はははっ! じゃァな、待ってるぜ!」


 日がほぼ落ちかけた夕闇の中、男は笑声(しょうせい)を響かせつつ、姿を消した。

 俺は血が出るほどに拳を握り締め、男がそれまでいた場所を睨めつけていたが。


「夢野くんっ! どういうことだね!? 何だ今の男は!?」


 後ろから惣一朗さんが小走りで走り来て、そこで俺はようやく視線をその場から離させた。

 振り向いた先の惣一朗さんの顔は、焦燥を顔一面に広げさせている。

 それも無理からぬこと、いきなり自分の娘が目の前で連れ去られる場面を目にしたとあれば当然である。


「あいつは――向こうの世界から、ラピスの命を狙いに来た刺客……のようなもの、だと思います」

「なんだと!?」

「ええええ~!?」


 少し遅れ、惣一朗さんに追いついたエリザさんも、俺の言葉を聞き同じく声を上げる。


「鈴埜を連れてったのは、俺たちが逃げないようにするための人質のつもりでしょう」

「なんということだ……」

「――すいません! 俺のせいで、鈴埜を……」


 完全に俺たちの落ち度である。

 思い返せば、鈴埜が近いうちに戻ってくることは既に耳にしていたのだ。

 そのことに少しでも思い至ることができていたなら、また違う対応も取れたかも知れないというのに。

 後悔が止めどなく襲い来るが、しかし惣一朗さんはそれを責めることなく、どころか逆に俺を諭した。


「何を言う、君のせいではない。先ほどの男が急に襲い掛かってきたのだろう? しかし……参ったな。あの世界の連中というのは、昔から手の早い連中が多かったが……まさか私らの娘を人質にするとは」

「ど、どうしましょ~!? このままじゃ冥ちゃんが、冥ちゃんがぁ~!」


 エリザさんの泣き声が響き渡る中、俺は、こうなればもう腹をくくるしかないと決めた。


「ちっ……こうなったら仕方ねえ。惣一朗さん、エリザさん。鈴埜は俺たちが助け出します。安心してください」

「なに? いやそれは、しかし……」

「いずれにせよ、あいつの狙いは俺たちなんです。信じていいものかは分かりませんが――俺たちと戦うことができれば、鈴埜には手を出さないはずです」


 俺の説明を聞いても、惣一朗さんは納得できかねている様子を見せる。


「ううむ……しかし……。やはり君たちだけでというのは……」

「惣一朗さん、あいつは今大分力を失っています。夜まで待つと言っていましたけど――やるなら早い方がいい。それに惣一朗さんも聞いたでしょう、あいつは俺たち二人だけで来いと。約束を違えると鈴埜に何をするか……」


 普通に考えれば、ここは警察か何か、然るべき機関に任せるべきところ。

 しかしこれは尋常の沙汰ではない。

 まともな道理は既に逸しているのだ。

 そこへいくと、相手が惣一朗さんで助かったとも言える。

 俺たちのような存在を既に知る彼であればこそ、ここで納得してくれたところもあろう。


「――ふぅ……申し訳ない。頼めるかね、夢野くん」

「はい、任せてください。必ず鈴埜を助け出します」

「今日は最初から最後までずっと君に迷惑をかけっぱなしだね……まったく、20年前ならば僕もある程度の助けにもなれただろうが……己の無力さが恨めしいよ」

「何を言ってるんですか。鈴埜は俺たちのいざこざに巻き込まれただけです。ならば俺たちがその責任を取るべきでしょう」

「ほぉ……」


 俺の言葉に、惣一朗さんは感心したように息を吐く。


「君はいざという時には腹をくくるタイプのようだね。いや、若いのに実に頼もしい」

「昔の惣一朗さんを思い出しますねぇ~。……はあ、やっぱり親子なのねぇ~」


 目を赤く腫らせたエリザさんは、頬に手を当て、なにやら納得したような表情で俺を見ている。


「ん? どういう意味だね、エリザ」

「い、いえいえ~!? なんでもありませんよぉ~」

「……? ま、まあ、それじゃ急いで向かいます。おい、行くぞラピ――」


 ――と、俺はここでやっと、彼女の姿を再び目に入れたのだが。


「……やべぇ……」


 ラピスは、俺が元居た場所で、地に倒れ伏していた。

 両膝を地に付け、腰のみが上がった状態で寝転がった状態のラピス。

 羽織っているマントいや、今の状態ではパーカーと呼ぶべき衣服は捲り上がり、頭部分はそれで覆い隠されている。

 この状況はつまり、先ほど駆け出した際に、脇に抱えていた彼女を落としてしまった結果、ということだ。


 俺は恐る恐るラピスの元まで近寄ると、彼女の機嫌を窺うように、ことさら優しげに声をかける。


「えっと……ラピスちゃ~ん?」

「……」


 彼女からの返事はない。

 頭部分は完全に隠れてしまっているため、見えるのは彼女の背中とそして、高く上がった尻部分のみだ。

 果たして今彼女がどんな表情をしているのか、俺は想像しそら恐ろしくなったが、かといってこの状態のままにするわけにもいかない。

 俺は勇気を振り絞り、もう一度彼女に声をかける。


「ラピ――」

「わしを投げ捨てたな」


 倒れた状態のまま、そう言って顔を上げたラピスは――やはり想像通り、怒り憤懣といった表情を浮かばせていた。


「あのこむすめのため、わしを投げ捨てたな!?」


 瞬時に立ち上がったラピスは、そのまま怒涛の勢いで俺に食ってかかる。


「いやお前、でもな――」

「わしは絶対に行かぬ!! 今度という今度は頭にきたぞ!! よもやこのわしをないがしろにした挙句、他の女の元に走り寄るとは!!」


 俺はもはや何を言う気も起きず、ただ呆然とするほかなかった。

 ……なんちゅう度量の狭い神様なんだ。

 いや、確かに悪かったとは思うが、あの状況じゃ仕方ないだろう。


「サナトラピス殿、どうか機嫌を直して頂けないかね……」

「サナトラピス様ぁ~! どうかお願いですぅ!」

「――ふーん! 知らぬ知らぬ!」


 二人の必死の懇願にも、ラピスは全く聞く耳を持たない。

 腕を組んで地面に胡坐(あぐら)をかき、完全に不貞腐れきっている。


「はぁ~……分かった分かった。俺が悪かったよ、ラピス。一番大事な(・・・・・)お前を投げ出したのは確かに俺の落ち度だった」


 一番大事、という言葉をあえて強調して言う。

 がしかし、此度のラピスの怒りを鎮めるにはまだ不十分であったようで、僅かに反応する素振りを見せたものの、変わらず顔を逸らしたままである。


「……ふ、ふん。そう言うていつも誤魔化しおって。そう何度も騙されるものか」


 今回は随分と意固地だな。

 しかしことは一刻を争う。いつまでもこんな下らない言い合いをしている暇などない。

 よって俺は、後が大変になると知りつつも、今俺が切れる最大のカードを提示することにした。


「……わーったよ。じゃあこうしよう。鈴埜の救出に協力してくれたら、何でも一つお前の言うことを」

「よし行くぞリュウジ!!」

「……」


 この身の変わりようである。

 もはや呆れる気すら失せ、いっそ感心の念すら覚える。


「サナトラピス様って、こんなお方だったのねぇ~……」

「なんだか昔の自分を見ているようで頭が痛いよ、僕は。夢野くんもこの先苦労することだろうね……」


 何故か惣一朗さんに同情されているが、今はその意図するところを確かめている暇も惜しい。

 俺は改めて、ラピスに同行するよう促す。


「……まあいい。じゃあ今度こそ行くぞ」

「いや、ちと待たれよ。あやつの力は正直まだ底が知れぬ。ここは準備を万全にして行くべきじゃろう」

「準備って?」

「知れたことよ。――惣一朗よ、もはや返答を迷いはすまい。今こそ貴様の持つ力、わしらに授けるべき刻じゃ」

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