廻る音楽を巡って 後編
前編の雑なあらすじ
新入生を含めたバンド決め部会、白井は八代というドラムの三年生と組むことになり、周り全員が女子という女の園バンドへ潜入成功する。
部会の後開かれたオール飲みで緊張する白井に、八代と膝に矢を受けた部長が話かけてくれる。二人のお陰で部のことも知れて、少し緊張もほぐれた白井はスケベ工作員の称号を手に入れたのであった。
飲み会開始から四時間程が経過し、深夜の3時を回ったころ。
限界を迎え寝ている人、未だ馬鹿騒ぎしている人、落ち着いて会話をする人、それぞれの過ごし方で飲み会は続く。
自分のバンドの人も他のテーブルに行ってしまったりで、会話がなくなっていくらかの時間が過ぎた。
「よっ!」
月無先輩がこちらに出向いてきてくれた。
「オール飲みはキツいでしょ! 恒例なんだよねこれ」
不思議と眠気はないが、あまり体験のない時間帯に、若干の気だるさがあった。
しかしそれよりも、先程まで受けていた質問攻めの方が疲れたのが事実だ。
「あ~、洗礼みたいなもんだよ。一年生鍵盤一人だし、しょうがないしょうがない」
思い返すと、先輩方が求める基準に達する回答は出来ていたかなど、値踏みされるような感覚から少し不安になる。
「気楽が一番! サボらず真面目にやってれば皆助けてくれるから。それに、ヤッシー先輩のバンドでしょ? すっごくいい人だから大丈夫! あたしも去年世話になったんだ」
ヤッシー、あぁ、八代先輩のことか。確かにその通りかもしれない。
同じことを言っていたし、頼りきりになる気はないがこれ以上の心配は無用か。
「白井君からはなんか聞いておきたいことってないの?」
「部活のことは聞けたので……微妙に気になってたこと訊いてもいいですか?」
「え、あたしのこと? ど……どんと来い」
そんな変なテンションで身がまえなくても……。
「先輩って、色んな音楽聴くんですよね? でも何でその中でゲーム音楽なんですか?」
何故あそこまでのめり込めるのか。
部室で出会って以来、なんとなくだが間違いなく惹かれている部分だったし、それがどれほどまでなのか思い知っている。
先日の部会の翌日、ピアノコレクションを借りる時にもまたやられたし、アレ。
「それはゲームたくさんやるし……」
「俺も結構やりますし、かなり聴く方だとは思うんですけど、何か……」
ただゲームが好き、それだけで説明はつかない気がしていた。
自分はなんとなく有名な音楽を聴いていたし、熱心に打ち込んだものもない。
物事に執着すること自体が少なかったせいか、相当珍しいものに見えていた。
「う~ん、理由はあるにはあるんだけどね。長くなるというか」
いや長くなるとか今更気にするのか。
どうやら状態異常にかかっていない時は常識人のようだ。
「ふふっ、あれだけ語っておきながら、それは今さらですよ」
「そ、それもそっか。フフッ」
先輩は一呼吸おいてから、語り始めた。
「そうね~。昔からお兄ちゃんがゲームしてるの横で見ててさ。一緒にやったりもして。その時間が長かったのもある、かな。あたしにとって特別な音楽なの。楽しかったものがたくさん詰まってる音楽だからね。きっかけの曲とかもあるけど、それは暴走しちゃいそうだから割愛! フフッ」
先輩は語った。憧憬を追うようにして。
反省を活かしているのがちょっと可愛い。
余計な言葉は水を差すように感じて、相槌を打ってただ話を聞いた。
「楽しかったこと思い出したり、音楽を楽しむってだけに留まらないの。もちろんそれはゲーム音楽だけではないけど、ゲームの場合は一場面ずつにそれがあって。あたしはそれが好きなの。全曲が思い出の曲になるって、すごいことじゃない? ゲーム音楽にしかない魅力って、絶対にあるって思うんだ」
先輩が語るゲーム音楽の魅力は、先輩だからこそ話せる内容で、ゲームをそれなりにやってきた自分には共感できる内容だった。
納得も共感もできたが、一つ疑問が生じる。
「でもなんとなくですけど、やっぱり偏見みたいなのってありますよね」
自分が正直に感じていたこと。
失礼とは思いながらも、自分も少しだけ持っていたもの。
「そうね~……。確かにそうなんだよ」
先輩は少し言い澱んだ。
そしてまた、一呼吸置いて話し始めた。
「昔ね。ゲーム音楽ってだけで馬鹿にされたことがあってさ。オタクの音楽だーとか、それなら普通の曲聴きなよーとか」
……そういう経験があったのか。
わかりやすい偏見、というか差別的な見方だ。
「でもゲームの音楽ってだけで差別なんかしちゃいけないし、どういうものかも知らずに人の好きなもの否定しちゃいけないでしょ?」
確かにそうかもしれない。それに、自分もゲーム音楽はそれ単体で好きだし、聴く理由もゲームが好きだからというわけでもない。
そうでなければこうして話もできないのだが。
「曲の良さなんて見向きもしないで、ましてや聴きもしないでさ。すごくショックだったの。それで否定するだけして普通の音楽聴けって何? って。まず普通の音楽って何? って。ゲームにつかわれたら普通の音楽じゃないの? って」
何やら加速してきたぞ。
でもそういう人はゲームの音楽というだけで聴きもしないだろうし、娯楽としてゲーム自体を下等とする偏見だったり、ゲーム=オタクという偏見だったり、そういうものが前提にあるのだろう。
極端な話、音楽であるということすら認めないような。
「じゃぁあんたどれだけ音楽聴いてるのよ? って! 本当に好きで全部を費やしてもいいって思えるものがあるの? って! こっちはゲーム音楽することに全部費やしてるのに! そういうものが一つでもあれば絶対にそんなことできないハズなんだから!」
……ゲーム音楽するって何だ。
謎ワードが登場した時には先輩のボルテージは最高潮だった。
ゲーム音楽が置かれている立場で差別されるのが本気で嫌なんだろう。
「だからあたしは何かに夢中になったこともない人は嫌。そんな人たちにゲーム音楽を馬鹿にされたくない。聴き方が人それぞれなのはわかるけど、良さをわかろうともしないんだもん」
切実な言葉だった。思い出が踏みにじられるような気にさえなるんだろう。
「確かに聴きもしないで、とは思いますね……。でもそんなことあったんですね」
言葉をかけると、張り詰めた糸が切れるかのように先輩は落ち着きを取り戻した。
「ごめんごめん、脱線した上に愚痴まで言っちゃって。でもね、それは別にもういいんだ。ムキになってたところもあったからさ。聴かない人は聴かないものだし、それは他の音楽だって同じじゃない。そう割り切ることにしたの。だからね……。白井君に会うまで誰にもゲーム音楽の話しなかったんだ」
言葉を失う。自分ということを強調された気恥ずかしさにではない。
月無先輩が自分自身に折り合いをつけて、一番好きなものを隠してきたことにだ。
今まで発散したこともなかったんだろう、そう思うと何も悪いとは思わなかった。
「で、そうだそうだ、話を戻すとね。今のがきっかけで余計に好きになったんだ」
「……? どういうことですか?」
「それからゲーム音楽以外にも聴くようになったの。それまでも聴いてたけど、もっと! そしたらさ、一周回ってやっぱゲーム音楽カッコいいなぁってなるの。改めて、ゲーム音楽特有のよさに気付くの。他の音楽を知れば知る程、ゲーム音楽の良さもわかって、余計に好きにさ」
改めて気付く良さ。
特有の音色だったり、曲形態の簡潔さだったり、言葉に頼らない表現力の素晴らしさだったり、一回聴いていいと思うものだったり、何度も聴いて癖になるものだったり、そういったものが沢山あると先輩は語った。
比べて初めてわかる良さ、そういうものがもあると。
「何を想って、何を曲に込めたか、考えるほど深みにはまるの。ただ背景で流されるっていう意味のBGMには収まらない、そんな気がして。ただ流れてるだけの曲よりも深く残るでしょ?」
言われてみればそうかもしれない。普通のBGMとは少し違うような気がする。
「メロディはっきりしてるのが大半だから、当たり前っちゃ当たり前だけどね。でも歌モノと違って、ゲーム音楽は歌詞とかなしで全部表現するでしょ? 音楽が言葉の持つ力を超える瞬間っていうのが感じられて! カッコいいだけのインストではできないし、ゲーム音楽ならではの魅力なんだよ!」
先輩は自分とは聴き方自体がまるで違うのだと、思い知らされるような内容。
言われてわかることは多いが、自分では到底至れない内容。。
「今は生演奏も多いから表現力も増したけど、昔は制限がある中で本気で挑戦してたんだよ! 作曲家の人たちの創意工夫がゲーム音楽の存在感と表現力を生みだしたの!」
そこまで気付くほどに聴きこむなんて自分はしなかったし、せいぜいカッコいいかそうではないか、綺麗かそうでないか、二択以上の感想を抱くこと以外あまりなかったかもしれない。
ゲームマニアの思い出補正、そんなものだけで好きなわけではない、本当に一つの音楽として好きなんだと、言われずともわかるような内容だった。
§
感情的でとりとめのないことも多かったが、先輩は存分に語った。
一方的に曲について語った時とは違い、表情豊かでありつつも、語り口は穏やかに、ただひたすらにゲーム音楽を巡る、愛にあふれた言葉だった。
……暴走が愛ゆえなのもわかるが。
「って、またあたしばっかり話こんじゃったね。ゴメンね? 折角の飲み会なのに」
「いえ、楽しかったです。今までそこまで真剣にものを見たことがなかったですし」
有意義な時間だった。飲み会もそろそろ終わりかという時間にさしかかるまで気付かないほど。
それとなくそう伝えると、先輩は嬉しそうに笑った。
「ゲーム音楽にはあたしを夢中にさせた責任をとってもらわないとね!」
いつもの笑顔で笑う先輩に、こちらも釣られて笑顔になる。
「だからね。白井君がゲーム音楽好きで、聴くだけじゃなくて、弾くって知った時さ、本当に嬉しかったんだよ? そういうの白井君が初めてだし! 同じパートの後輩だしつい余計に! ……ね?」
……あ、ダメだこの人。素で男を勘違いさせるタイプだ。
「だから改めて、今度ともよろしくお願いします! フフッ!」
顔が熱くなるのを感じながら、こちらこそ、と返した。
§
撤収し、駅前で解散した帰り道、飲み会での先輩との話を思い出す。
あれだけ本気で一つの物事にのめり込む、それはどれだけ楽しいことか。
月無先輩だけじゃない。
八代先輩や他の方だって、本当に好きなのが伝わってくるような話し方だった。
音楽だったり部活そのものだったり、そこにある人間関係だったり、人それぞれあるだろうけど、夢中になれることがある人の表情はどれも魅力的に思えた。
熱中することも特になく漫然と過ごした日々、それを後悔したくはないが、これからはそうではない、そう思える気がする。変わりたいだとか、そういう大袈裟で安っぽい言葉にする必要もなく、きっと上手くいく期待が溢れた。
隠しトラック
――八代と月無 ~飲み会にて~
――オール飲み半ば
「おっつ~! 飲んで、……ないよなー!」
「あ、ヤッシー先輩! おっつー! まだ19ですから!」
「あの白井って子いじりがいがあってかわいいね。ちゃんと面倒見てあげなよ?」
「もちろんですとも! 弟子予定ですから。でもヤッシー先輩のところに決まってほんとよかったです。あたしもーバンド決めの時心配で心配で!」
「アハハ。気に入ってるんだね。うちでも出来るだけ面倒見るつもりだから、あんたも代表バンド頑張りな」
「はい! えへへ、ヤッシー先輩大好き!」
「……先輩なんだからもうちょっと大人っぽくしなさい。でも白井が真面目そうでよかったね」
「そうなんですよ! 話もしっかり聞いてくれるし、同じパートの初めての後輩が白井君でよかったです」
「……あんた勘違いさせないようにね」
「え、何のです?」
「いや、何でもない。……うちみんな寝ちゃって白井一人だから話かけてくれば?」
「お、御意です。師匠がかまってやろう! 行ってきまーす」
「……白井は苦労しそうだなぁ。色々と」
「あぁ、アイツは苦労するぜ……」
「……いやヒビキはもう疲れ切ったオッサンみたいな腹してんじゃん。急に湧くなよ」
「ッッックゥゥゥーーー!!!」