二人の成長 中編
前編の簡素なあらすじ
独りスタジオで練習していると八代先輩登場。
バンドのことを確認し、部活の話題へ。
改めてどういう部活かを知り、月無先輩にも思いの外気に入られていることが八代先輩目線で語られる。そして昼食へ、と二人は学食へ移動する。
学食について席を取り、月無先輩が来る前に気になっていたことを訊いた。気になるというより、さっき訊かなかったことをそのままにしておけなかった。
「さっき最初に内緒だよって言ったのって、バンドの三人のことだったんですか? 直接的なこと聞いちゃいけないかもしれないですけど、最初のバンド飯の時に言ってたことかと思ったので……」
誘導的な言い方になっては逆に失礼だろう。ここは思い切って直接的に。
「あ~……。まぁ白井ならいいか。部活のことだしね」
やはりそうだったのか。快活な八代先輩が言い澱むということは結構な事件だったのだろうか。
「簡単に言えば前に言った通りなんだけどね。めぐるはさ、あんだけ上手いしバンドにもすぐ慣れたから、最初から部員全員の注目を集めたのよ」
まぁそうだろうなぁ……。
「そんでもう一人今の二年生に鍵盤はいてね、最初は頑張ってたんだけど、実力の開きがありすぎてめぐるばっか注目されて」
このあたりは前に聞いたものだ。自分もそうだったと思うと少し同情する。
「まぁ気持ちはわかるよね。私も同学年に土橋みたいなのがいるし」
あぁ代表バンドの色黒の。
「自分には上手さの違いがあまりわからないんですが……」
「いや何言ってんの、土橋は私なんかとは全然違うよ。で、話戻すと、私その子と夏に一緒のバンドでさ、めぐるのバンドとかけもちで。夏に決めたバンドって十二月まで続くでしょ? その終わりくらいかな。とうとうやる気失っちゃって」
正直、折れてしまう気持ちはわかる。
「練習もあんまり上手くいかなくなっちゃったんだけど、私としてはそれもしょうがないかなって思ったから、出来るだけ楽な選曲にしたり。なんとか取り戻さないかなって思ってたんだけどねぇ」
それが例の件ということだろうか。自分の代でも起きるかもしれないと思うと人ごとではないか。
「それでめぐるがね、その子に言ったの。バンドに一年生が迷惑かけちゃいけないって。先輩達がこれだけしてくれてるんだからって。真面目すぎるところあるでしょ? すごく正しいこと言ってるんだけど。でもやっぱりね、めぐるにだけは言われたくなかったんだと思う」
……確かにそれはそうなんだけど。
「それで、才能がある人はいいよねって。よくある話だけど、今度はそんなことをその子が言っちゃってさ。一応収まったみたいなんだけど、結局その子居づらくなってやめちゃって。その子がやめたこともそうだけど、才能だけでやってると思われたのがショックだったみたいで、私の前ですっごい泣いて。そりゃ頑張って実力で勝ち取った評価がけなされたんだから悲しいよね」
「……月無先輩の努力だけは絶対に否定しちゃダメです」
……気がついた時には言葉が出ていた。これだけは八代先輩に伝えなければいけないと思った。
「うん、毎日ちゃんと練習してるのは知ってるよ」
自分は何故こんなに感情的になってしまう時があるのだろう。やめてしまった人が悪いとは言わない。どうしてもしょうがないのはわかるし、自分の立場としてはそちらの方が近いだろうから同情はする。
それでも、たった二カ月でも、間近で見たそれを否定することは絶対に許せなかった。
「……それだけじゃないんです。月無先輩の努力って」
「バンド練以外ってこと?」
後悔はなかった。自分の口から明かしていいかなんて考えるまでもなかった。
「月無先輩は自分の本当に好きな音楽に、バンド練習の何倍も打ち込んでるんです。自分は同じパートなのでそれがどれだけの努力かわかりますし、才能だけで片付けられるものでは全然ないんです。ただ毎日練習してるだけでは絶対無理なんです」
八代先輩は何も言わずに自分の言葉を聞いてくれた。
「俺も長くピアノやってましたし、すごい才能を持ってる人は見たことがあります。でも月無先輩がやってることは多分その人達にもできません。泣くほど悔しかったのはそんな簡単な理由じゃないんです」
……またしてもやってしまった。感情に囚われて全てを言ってしまうような、取りとめのない言葉。しかしそれでも、八代先輩は全てわかったかのように、肝心な部分を聞き出してくれた。
「めぐるの本当に好きな音楽って何?」
八代先輩にも月無先輩自身からは言わなかったキーワード。
「……ゲーム音楽です。バンドで頑張るのも、色んな曲を知ることも、めぐる先輩は全部ゲーム音楽につながってるんです」
直接その単語を出した時、一瞬後悔の念が走る。
「やっぱりそうなんだ」
「え……?」
「いや、大体予想ついてたよ。吹がそんなようなこと言ってたし」
そうだったのか。部室にあまり来ない人だから知らないのかと思っていた。自分が深刻に受け止め過ぎな気もするが、あっさりと返されてしまった。
「朝行くとそれっぽいの弾いてるし、なんかそれ用のノートみたいなん持ってるよね」
「あ、あぁ……。めぐるノート……」
「何その名前……」
「それは本人に……」
うん、やっぱ引きますよね、めぐるノート。しかしまさかめぐるノートに気付いていたとは。あれは色んな意味で極秘だろうに。
「でもすぐ鞄にしまっちゃうからさ、見られたくなかったと思って。だから私もこっちからはわざわざ聞かなかったんだよね。ゲーム音楽わからないし」
「誰にも言ってなかったみたいです」
暴走状態のことはさておき、月無先輩の尊厳を傷つけないように事情を説明した。
ゲーム音楽と侮られて本当に悔しい思いをしたことや、勇気を出してバンドで曲を出してみたこと、本人にしかわからないであろうことも予測して。
八代先輩なら全てわかってくれるだろうと信じた上で。
「そうだったんだね。確かに自分の好きな音楽バカにされたり、自分から話題振ってどうでもいいみたいな反応されるのイヤだもんね」
「自分もゲーム音楽結構好きなのでその気持ちはわかるんです。トラウマっぽいような感じもしたので……。言わない理由もあったようです」
人一倍共感することもできたし、だからこそ感情的になるのかもしれない。
「やっぱり白井のおかげじゃん」
「え、何がです?」
「白井がゲーム音楽好きで話が通じる相手がやっと見つかったんでしょ? 最近本当に楽しそうなのも自分のこと結構話すようになったのも、どう考えてもそれが理由でしょ」
それが自分によるものだと素直に認めるのは恥ずかしいが、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。
「したいことで精一杯って言ってたのもそれだったんだね。前まではただ単に音楽の研究としか言わなかったし」
「全ての道はゲーム音楽に続くみたいな言い方でしたよ……」
「アハハ、本当に好きなんだね。よかったよ、本当に。しかし気にし過ぎな気もするけどねぇ。意外にもめっちゃ繊細なんだよねあの子」
図太いイメージも結構あるんですけどね……。
「ヤッシー先輩!」
っと噂をすれば。
「あ、白井君もいる! 何話してたんですか?」
「ん~? めぐるがゲーム音楽好きだってこと」
え、そんなにあっさり。身勝手だったのは確かだから正直言って反応が怖い。ほんの少しの間ですら緊張するし、自分にとっては大ごと……。
「……大好きですよ!一番好きな音楽なんです!」
……思い込みすぎだったか。それとも八代先輩の言うとおり変わったのかもしれない。一番好きなものをはっきりと大好きと応える月無先輩の笑顔は本当に晴れやかで、きっと自分がしていた心配のようなものは必要なかった……。いや、なくなったのか。ただゲーム音楽が好きだと、ゲーム音楽を知らない親しい人に伝える、たったそれだけのことのはずなのに、自分と月無先輩には特別なことのように思えた。
「いつもスタジオで弾いてるでしょ、今度私にも聴かせて」
八代先輩がそういうと、先輩は一瞬こちらを見て何かを言おうとした。それはバラしたことへの恨みごとを言うような表情ではなく、本当に嬉しいことがハッキリとわかるような笑顔だった。
話して正解だったかもしれない。八代先輩も本当にいい理解者だし、秋風先輩に続いて本当に仲の良い人にそれを受け入れてもらえたこと、それは自分のことのようにこちらも嬉しかった。
あとはこれは言えないが実は氷上先輩にも自分のせいでバレてる。
「あ、でもめぐる」
「なんですか?」
「めぐるノートはどうかと思うよ」
「ちょっ!! 八代先輩!」
それ言っちゃうんすか! あ~……。ぽかーんとしてる……。
口軽い印象を与えてしまっただろうか……。
「白井君……」
「は、はいなんでしょう……」
まずい、怒ってるかもしれない。破壊神が現実世界に降臨なされたりしないだろうか……。
「やっぱりダメかな?」
「……いえ、先輩らしくていいかと」
何だこの空気本当に怖い。謎のいたたまれなさと申し訳なさが充満する。ヤバい、ジト目を向けられたのも初めてだ。……あ、でもなんか可愛い。
「いやなんだよその感じ、冗談だって。可愛いじゃん、めぐるノート。めぐるらしくて」
「そ、そうですか?」
「めぐるが自分のために作った大切なものなんでしょ?」
あぁナイスフォロー…… 。八代先輩には本日何度助けられただろうか。
「ふふっ。怒ってないんですけどね、白井君にはあたしから見せてるし。ちょっとどういう反応するかな~って!」
「なんだよー、ちょっと私もマズったかと思ったぞ」
よかった……。
「でもあたしの秘密勝手に暴露しちゃダメだぞ!」
先輩は笑いながらめっという仕草をした。
ゲーム音楽を通じた人間関係に以前よりも前向きになってはいなかったら、こうして冗談として済ませられることもなかったかもしれない。結果として本当にいい形に収まったは間違いない。




