解説の狂戦士 前編
四月中旬 大学構内 とある教室
憧れた先輩とのエンカウント、その一週間後。
文化部の新入生勧誘期間も終わり、入部を決めた軽音楽部の部会に参加。
部員一同が空き教室に集まり、新入生の自己紹介から始まる。
音楽を知っていることは、バンド団体に入部することの必須条件。
かと言って通ぶって、あまり知らないアーティストの名を語るのも自殺行為。
「白井健です。好きな音楽は……。え~、色々聴く雑食です」
ここは雑食という便利な言葉に頼ろう。
面白い自己紹介にはならなかったが、部員一同の注目を集めるプレッシャーからすれば、それは新入生みな同じように見える。
「白井君ね。あそこに鍵盤の先輩いるから。スタジオ説明回ってくるまで色々聞いてて」
部長が指差した方を見ると、月無先輩が手をヒラヒラと振っている。
「お疲れ様です。この前はどうも」
「入ってくれたんだね! よろしくね。後でパート毎にスタジオの使い方説明あるから~……。なんかお話してましょ?」
お話……?
「そ、そんなに警戒しなくても。ゲーム音楽の話しかしないわけじゃないんだから」
「あ、いえそんなつもりでは」
いけないいけない、つい態度に出てしまっていた。
警戒したというわけでは本当にないが、少し申し訳ないことをした。
「スタジオ説明って、何を説明するんですか?」
「主に音響機材の使い方ね。ミキサーとか色々あるから現地で教えたげるよ。勝手にいじって壊すとシャレにならないからね。スタジオ説明はそういう意味もあるよ!」
なるほど、確かにそれは必要なことだ。使い方を知らないままであれば自分もそうなる可能性がある。部全体に迷惑をかけることを考えるとゾッとする。
「そうそう、自分の鍵盤もまだ持ってないでしょ? 鍵盤の使い方も教えてあげる」
シンセサイザーというものらしいが、電子ピアノとの差すらわからない。
ある程度は覚悟していたが、予想以上に学ぶことは多そうだ。
「で、来週バンド決めがあるから。フフッ、白井君貴重な鍵盤だから取り合いになるかもね!」
初心者にそんなに期待されても正直困るのだが。
そこからはバンド決めの手順や、年間の見通しなどを教えてくれた。
バンド決めは年に三回、春、夏、冬と区切られるそう。
「夏に決めるバンドなんかは三年の引退まで続くの! みんな本気でメンバー取り合うから毎年血が見れるよ!」
……文化部で血が流れんのかよ。
しかしこの人、喋り方こそ子供っぽいが説明する時はまともだ。
先日の惨劇が起こる前もいろんな音楽について教えてくれたし、ゲーム音楽を除けば本当に理想的な先輩ではないか。
「あたしは今回代表バンドだから、次のバンド決めは参加しないんだ」
代表バンド、あぁ、PRイベントの時のバンドか。
なるほど、部内の実力者が集まったバンドだったのか、どうりで。
代表バンドは7月に行われる他大学との大規模な合同ライブに出演とのこと。
都心グランド音楽フェスティバル、略してグラフェス。課金ガチャみたいだ。
「冬バンドはこの前の新歓ライブまで。新入生が入ったタイミングで組み直しね!」
「新歓ライブってなんです?」
「あれ、来なかったの? 一昨日やってたんだよ?」
「え、初耳……。一週間後に部会あるからその時にまたとしか」
確かに新勧活動が大講堂のあれだけなわけはないとは思ったが、存在自体を知らなかった。
「……ごめん。あたしが完全に言うの忘れてた。対応した先輩が伝えておかなきゃいけなかったんだった。チラシも渡すの忘れてた……」
あ、あぁ……完全にゲーム音楽のせいじゃん。
多分夢中になって忘れてたのだろう、まぁそれ以外にも話したことも多かったから失念したのもしょうがないか。
「ま、まぁ代表バンドだけでも見られましたし。そんなに落ち込まないでください」
「……かたじけねぇ」
しかしよく考えたら、いきなり部室に突貫した自分にも非がある。
「いえ、自分も勝手でしたし……」
「痛み分けってワケね」
ちょくちょく語彙おかしいなこの人。
「そろそろ次だから鍵盤行って~」
痛み分けで微妙な空気になったところで部長から指示が出される。
「はーい。ほら行くよ白井君! 気を取り直して!」
いやそれこっちのセリフなんですけどね。
気を取り直して二人でスタジオに向かった。
§
PRイベントが行われた大講堂地下、軽音楽部のスタジオに着く。
前のパートのスタジオ説明がちょうど終わったようで、入れ替わりとなった。
パート毎のため、広いスタジオに二人きりの状況。
少し嬉しいようなそんな気もしたが、音楽室の肖像画よろしく張られたスティーヴィー・ワンダーの写真からプレッシャーを感じる。……なんで貼ってあんの。
「音楽スタジオは初めて? なんだかわくわくするでしょ!」
こうした場に来るのは初めてだ。
それなりの大編成のバンドでも入りそうなスタジオ。
楽器がところせましと並んでいる光景に未体験の高揚が起きる。
「じゃぁ、まずはミキサーの説明ね!」
紹介されたのは盤状の音響機材。
鍵盤はこれにつないで設置された大きなスピーカーから音を出す、らしい。
見ただけではツマミやら何やらが沢山あってよくわからない。
「これがミキサーですか、なんかメカメカしくてよくわからな……」
「フッフッフ」
……え、何?
唐突に不敵な笑みを浮かべ、わざとらしくこちらの言葉を遮る。
「説明しよう! ミキサーとは!」
謎のテンションとともにビシッとこちらを指さし大袈裟なポーズ。
「えぇ……。なんだこのキャラ……」
こちらの当惑は全く意に介さず先輩は説明を始めた。
この感じで説明されんの……?
無知な自分にも随分わかりやすいがキャラが一向につかめないままそれは続いた。
「これを見たまえ。この上下するものが繋いだ楽器ごとのボリューム! フェーダーと言う名だ、覚えておきたまえ。そしてゲインと書かれたツマミが見え~中略~」
多分この謎の解説キャラにツッコむのは不毛だろう。
真面目に説明部分だけ聞こう。
「以上がミキサーの説明ね!」
謎の解説キャラでミキサーの説明を終え、先輩は素に戻った。
いやそれにしてもツッコミ待ちじゃないのか今の。
普通に最後までアレで説明したぞ……。
もしかしたら基本スタンスからバグっているのかもしれない。
§
話だけで終わる範囲のスタジオ説明をしてもらうと、次は実演編と続いた。
「よし、じゃぁ鍵盤を実際につなげてみよう!」
弾いている姿を見れるかと気持ちが高鳴る。
「じゃああたしのシンセを」
壁に立てかけた特大のケースの中から、重厚なシンセサイザーを運び出す。
女性の細腕には似つかわしくない巨大なそれを先輩は慣れた手つきで持ち上げた。
「じゃーん! ほら、カッコいいでしょ!」
シンセサイザーというものを間近で見るのは初めてだが、洗練された機械的なフォルムにすぐ惹きこまれた。
「クロノスっていうの! 名前までカッコいいでしょ!」
確かにかっこいいがそれとなく口に出てしまう。
「なんかめっちゃ中二感ありますね。黒いし」
「ま、まぁそれは置いといて」
名前と見た目で選んだなこの人。図星を突かれたかのような反応をしつつ、先輩はセッティングを始めた。
鍵盤楽器は他にもあるが、あれは誰のだろうか。
鍵盤パートは他には一人もいないはずなんじゃなかったか。
「他にもありますけどあれは部のなんです?」
「あー、1台は部ので、もう1台はあたしの。もらいものなんだけど、トライトンエクストリームってやつ。でもそれはね……」
暗い含みを持たせてゆっくりと言葉をつづけた。何かいわくつきなのだろうか。
「なんかヤバい気がして使えないのよ」
何か大人の事情があるらしい。
それにしてもトライトンエクストリーム、どこかで聞いたような気がする名だ。
先輩はこんな人。