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メグル・ゲームミュージック  作者: 痩身
春編
20/122

 幕間 初体験

 人生初のバンド練習、ついに迎えたその日。

 練習が始まる一時間ほど前、直前確認も含めてスタジオ廊下に個人練習に来ると、同じバンドの人もすでにそこにいた。


「お、白井やる気あるね~」


挿絵(By みてみん)


 ドラムの八代先輩、やる気があると取っていただけたようで幸いだ。飲み会でも結構話した方なので、なんとなく安心する。少しばかりやりとりをし、スタジオに置いてある自分の楽器を持ちだす。


「よく練習してるってみんなから聞いてるよ。バンド練始まるまで確認したいことあったら今のうちに聞いておきな~」


 なんだか部活熱心な新入生と広まっているようだが、実際覚えることが多く、練習する他なかっただけ。熱心だとかそんなつもりもないが……確かに新入生では一番スタジオに顔を出しているか。


 八代先輩に曲に関していくらか聞いて、不明瞭な部分を減らしていく。


「あ~そこのリズム難しいよね、食ってるし。ちょっとここで合わせてみようか」


 小さいスピーカーにつなぎ、廊下で合わせてみることになった。


 先輩は練習用の電子ドラムで演奏し、こちらもそれに合わせる。これがまた一人で弾くのと勝手が全く違う。それなりに練習して、コード弾きにも慣れてきたところ。出来る気がしていた分、少し残念にな気持ちになる。月無先輩が言った通り、合わせるとまた問題が出てくるというのがよくわかる。


「こういう曲初めてでしょ? 最初は弾くだけでも大変だろうし、十分出来てるよ」

「そうですかね……。すいません、もう一回お願いしていいですか」


 自分の中でうまく折り合いをつけて開き直ることにしよう。練習前に少しでも体験できたのは本当に僥倖だ。


 八代先輩と何度か合わせているうちに、バンドメンバーが揃う。自分のバンドは他に女子しかいないことに改めて緊張する。


 新入生は自分の他に一人。ソプラノサックスだったか……自分と同じくすごく緊張している。


「よし、じゃぁ早速準備して始めよう」


 スタジオに入るとそれぞれセッティングを始める。


「まー最初だから気楽にやりましょう。一年の二人も今日は出来なくても大丈夫だからね」


 せめてダメと思われないように、気負い過ぎても上手くいかなそうだけど。

 セッティングが終わると、早速始めようと皆それぞれ楽器を構える。


「じゃあ合わせてみるか! とりあえず一番のみで、行くよ~」


 ドラムのカウントから曲が始まる。

 出だしはミスらなかったが、途中でおぼつかなくなる。自分のタイミングで曲を練習している時とは全く違い、思考が奪われる。


 サビの出だしのコード……。あ。


 考える暇もなく、あれよあれよと曲は進む。何よりリズムが完璧には合わない。廊下で教えてもらって大分マシにはなっていたが、これが相当難しい。ついて行くのがやっとのなか、あっという間に初合わせは終わった。


 ヤバい……全然うまくいった気がしない。


「白井弾けてるじゃん!」


 すぐさま八代先輩が声をかけてくれた。初合わせにしてはうまくいった方、なのかもしれない。その基準がわからないため実感がわかないが、不評ではないようだ。


「普通最初は曲にならないからね。よかったよかった」


 曲にはなっていたと思うので、確かにまだよかった……と思おう。


「もう一回お願いしていいですか」


 とにかく回数をこなしたい。その要望を先輩方は嫌な顔一つせず快諾してくれた。


 合わせる毎に問題は出てくるが、どんどん良くなっているのも実感できる。あぁ楽しいなこれ。わからないことだらけだが、初のバンド練習の特別感に高揚が収まらなかった。


「最初の練習でこれだけできれば大丈夫だね~。一年二人ともすごいよ」


 管楽器のことはからきしだが、先輩方の反応を見る限りもう一人の一年生も中々よいとのこと。それを聞いて安心したような顔をしていたし、自分も釣られて安心する。目が合うと互いによかったーと示しあう。


「あ、めぐるだ。お~い」


 八代先輩がドラムスティックを持ったまま手を振る。自分は背を向けている方向だったので振り向いてそちらを見ると……。


「お、隠れた」


 誰もいない。スタジオのドアについている覗き窓から見ていたのだろうか。


「白井のこと心配して見に来たのかもよ~。弟子が出来たってよろこんでしたし」


 ……そういえば弟子認定されていたな。もしかしたら見に来てくれたのはそういうことしれない。折角だから後でアドバイスもらっておきなと促され、練習が再開する。


 §


 二時間の練習が終わるころには、かなり合わせて弾けるようになっていた。和音の押し間違いも減り、練習中も回数をこなすたびに上達が実感できた。当初の不安もいつしか消え、いいようもない高揚感と確かな充足感が残った。


「じゃぁ今日はこれで終わりにしようか。次はまた来週のこの時間なので、やる曲増やします」


 八代先輩が再び仕切り、片付けが始まる。その途中でバンドの先輩方それぞれからお褒めの言葉を授かる。


「さすがめぐるの弟子だねー。最後の方ほとんど完璧だったじゃん」

 

 実際には弾くというよりコード通りに和音を押すだけで、ごまかしている個所もあったが、月無先輩の言った通り意外とそれでなんとかなった。直接の指導がなければ、間違いなくこうはならずに無様を晒していただろう。


「あ、めぐるだ。白井片づけ終わったら行ってあげな~」


 後ろを見ると覗き窓から月無先輩が顔を出していた。早々に片づけを終わらせ、廊下に出る。


「よっ、白井君! 今日初合わせでしょ? 外で聞いてたよ!」


 やっぱり聞いていてくれた。


「初日でこれだけできるとは思わなかったよ! 元からかなり弾けるから大丈夫だとは思ってたけど、予想以上!」


 素直に褒めてくれる言葉が本当に嬉しかったが、舞い上がりそうな気持ちを抑え、月無先輩の指導のおかげと返す。


「それもあるかもだけど、やっぱりちゃんと練習したからでしょ。採譜とかは確かに手伝ったけど、鍵盤は最初全然合わなくて当然なんだから」


「そういうもんなんです?」

「そういうもんなんです!」


 自分も最初はかなりバンド全体と合っていなかった気がしたが、バンド初心者の鍵盤は普通、周りの音を聴いている余裕などなく技量に関わらず、大なり小なりズレるし、むしろいない方がマシというレベルでズレることもあるそうだ。


 慣れと練習量でカバーする他なく、一回目で出来ることがそもそも珍しい。クラシック上がりの人などは特に、何年も自分でテンポを作りながらソロでやっているものだから、そう簡単に修正できずに、合わせられないのもそれが自然なのだそうだ。


 もしかして先輩もそうだったのか、と訊くと微妙な顔をして言い澱む。あ、なるほどあなたは違うんですね。


「で、でもちゃんと出来てて安心したよ! これから多分バンド飯でしょ? あたしはもう帰るから、またね!」


 そう言って月無先輩は帰った。本当に見るためだけに来てくれたようだ。入れ替わりのように他のメンバーがぞろぞろとスタジオから出てくる。


「あれ? めぐる帰ったん?」

「あ、はい。今もう行っちゃいました」

「そっかー。バンド飯一緒に来ればよかったのに。アドバイスもらえた?」


 すっかりそれを忘れていた。まぁいい、今度時間がある時に聞いてみよう。


「よし、じゃぁ初練習も終わったし初バンド飯行くぞー!」


 §


 あれこれと会話をしながら皆で駅まで歩いていく。

 ギターやらを担いだいかにもバンドという集団は駅前で何度も見たことがあったが、自分がその中に入ることになるとは思ってもいなかったので、不思議な感覚だ。


 店に入ると、人数が多いので二つのテーブルに分かれて座る。自分の正面には先輩二人、八代先輩と、二年生のアルトサックスの先輩だ。二つのテーブルにそれぞれ一年が一人ずつ、といった具合。


「初練習お疲れさま。緊張したか~?」


 席に着くと八代先輩が話かけてくる。


「あ、はいお疲れ様でした。あんなもんで大丈夫なんでしょうか?」


 バンドにおける鍵盤の優劣の物差しがないので、探るかのように聞き返した。月無先輩はすごすぎて参考にならないシリーズなので、基準としてはアテにならないというのが実情だ。


「十分すぎるほどでしょ。めぐるだってそう言ってたんじゃないの? ね、スー?」

「うん、大丈夫」


 二年生の方はスーと呼ばれているようだ。そう言えば飲み会でも同じテーブルだった割に話すことはなかったし、練習中に喋っているのをほとんど見なかった。


「あ、この子ちょっと人見知りだから。ほら、スー、自己紹介」

「……春原すのはらです」


 無口というより少し人見知りのようで、小動物のような印象だ。実際に楽器が異様に大きく見える程小さく、150cmもないのではないか。それでも月無先輩と同じく二年生で代表バンドに所属し、実力は折り紙つきらしい。


 改めてこちらも自己紹介を返すと、春原先輩も言葉をつづけた。


「うん、知ってる。めぐるちゃんから頑張ってるって聞いてるよ」


 聞き及んでいるようだ。それにしても多方に知らしめられている。感謝の言葉を並べつつ、拡声器かあの人はと、独り言のようにツッコむ。


「あはは、めぐるよっぽど嬉しいんだよ。それにあの子簡単には人のこと認めないからそこは安心していいよ」


 ……意外な事実だ。これまでのゲーム音楽の話などからイェスマンでないのはわかっていたが、とりあえず褒めるものかと思っていた。


「めぐるちゃん結構厳しいから。でも嘘はつかないよ」


 先程練習直後にもらった言葉も本音であったようで、安堵する。


「メニュー決めてなかったね。ほら二人とも早く決めよ」


 隣のテーブルはもうすでにオーダーを取っているところだった。じゃぁととりあえずと適当に安いメニューから選ぶ。オーダーを取り終えたところで話を再開する。


「でも厳しいなんて意外ですね。とりあえず肯定から入るタイプかと思ってました」

「音楽に対してすごい真面目だからねー。オススメしたらどんどん聴くし。ゲームばっかしてるようで何だかんだ一番練習してるでしょ。ジャンルとかも私よりもう詳しいんじゃないかな」


 ほぼ全ジャンルにわたってやたらと詳しいらしく、話せないジャンルがほとんどないのではというレベルだとのこと。多方面に詳しいのはもちろん知っていたが、ゲーム音楽以外は普通に聴くくらいなのかと思っていた。八代先輩が相当多岐にわたって詳しいことは飲み会の時にわかっていたので、その人がそういうなら本当にそうなんだろう。


「研究してるって言ってた」


 春原先輩曰く、研究のために色んなジャンルを聞きあさるらしい。音楽の研究と考えてみてもその場ではピンと来ず、相槌を返すだけに終わった。


「スーなんかめぐると同学年で一番仲いいから色々知ってるでしょ。めぐるのこと白井に教えてあげなよ」


 そう八代先輩が言うのでちょっと期待して目を向ける。


「……個人情報は渡せないです」

「あはは、そっかー」


 事務所の許可が下りない。警戒されているようではないが、まだ完全に心を開いてくれていないようだ。多少残念な気がしたがそりゃそうですよね、と笑って返す。


 §


 食事が終わり、雑談している間にふと気になっていたことを訊いてみた。


「そういえばなんですけど、他に鍵盤っていなかったんですか? 月無先輩の言い方だと他にもいたように見えるんですけど」


 先程、まるで見てきたかのように鍵盤初心者について語っていた。部活動以外で見る経験があるのか疑問だったので、推測した内容から話をふる。


「あ~、いたよー。他の部に逃げちゃったけど」


 一応いたと。逃げちゃったとはなんだろうか。


「今の二年生なんだけどね。三年は元からいない。めぐるとの実力差が嫌になったみたいだね」


 確かに自分も同期にあのレベルがいたら気が滅入りそうだ。相槌を打っていると、春原先輩がそれに続ける。


「めぐるちゃん真面目だから。あんまり練習しなくなったその子にキツく言っちゃったの。けなしたりはしてないけど。それでその子、ついていけないって」


 なるほど、さっき厳しいと言っていたのはそういうこともあったのか。それにその人が辞めてしまったのは、軽音楽部自体が音楽に真摯に打ち込めないと居づらい環境というのも理由の一端だろう。


「実際めぐるなんも悪くないんだけどね。才能以上に努力もしてるけど、他の人には中々そうは見えないみたいでね。めぐるも努力を否定するようなこと言われたみたいで結構落ち込んでてさ。だからこの話はめぐるにはタブーだよ」


 自分も怠ればそうなる可能性はある。それに、才能に嫉妬する気持ちも少しわかっても、あの人がどれだけ努力しているかはよく知っている。主にゲーム音楽だが。

 やり始めた以上手を抜くつもりはないが、今の話を聞くと身が引き締まった。


「だからめぐるちゃんがここまで褒めるの珍しい。白井君は大丈夫だと思うよ」


 同じ学年で代表バンドの春原先輩が言うなら間違いか。このまましっかり続けていこうと、気持ちを新たにした。


「しかし白井もめぐるのこと好きだね~」


 突拍子もないことを言われ焦る。え、としか言葉が出ずに困惑すると……。


「あはは、冗談だよ。でもめぐるの話ばっかだったからさ」


 からかわれたようだ。思い返せば飲み会の時でも八代先輩には同じようにされた。


「めぐるちゃん彼氏いないよ。よかったね」


 春原先輩もちょこっと乗ってくる。後輩いじりに若干狼狽するが、大学生らしい話題なのかと、それを実感する。ここまでの様子から、月無先輩自身そういうものに興味がなさそうな気もするが。


 他愛のない会話が続けられ、第一回バンド練、及びバンド飯は幕を閉じた。最後の方は春原先輩も普通に話かけてくれて、情報の収穫も多かった。次に練習する曲も決まり、いじられたりもしたが充実した楽しい時間。この部の一員であることをここで初めて、本当に実感できたような気がした。






 隠しトラック


 ――気になるめぐる ~スタジオ廊下にて~


「お、やってるやってる。まぁヤッシー先輩とスーちゃんもいるし大丈夫だよね! ふふ、ミスってるミスってる。でも落ちないで頑張ってるな! うまいうまい。初回でこれだけできれば十分だね! ……おっと、気付かれた。危ない危ない」


「……ホーンの一年生の子も結構吹けるわね。夏井ちゃんだっけ。スーちゃんとあんまサイズ変わらなくて可愛い!」


「おぉ、どんどんよくなってる! やっぱピアノ習ってただけあるね。うん、あたしももっと練習しないとな。弟子に負けてらんないねこれは」


「そういえばこのバンド、他のメンバー誰だっけ……。あ~あのトリオか。まぁ下手じゃないからいいか! ヤッシー先輩とスーちゃんもいるし大丈夫だよね!」


「ずっと立ってると疲れちゃうな。聴きながらゲームでもするか!」


―――数十分後


「お、通しで曲やってるってことはこれで今日終わりかな。しかし白井君も夏井ちゃんもどんどんよくなるな。偉い偉い。師匠嬉しいぞ! 教えた甲斐があるぞ!」


「よし、覗こ。お、終わるとこだ。

 ヤッシー先輩やほー。スーちゃんもやほー。

 お、夏井ちゃんやほー! ふふ、あたしが誰かわからないようだね……。

 めぐる先輩だぞー。

 お、白井君片づけ終わった。

 ふふ。こっち来たこっち来た」


「よっ白井君!」

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