憧れとのエンカウント 前編
校舎から離れた文化部の部室棟。
その中にある軽音楽部の部室、自分は何故かその前にいる。
実際のところ理由は明白で、昨日見た部活動PRイベントでそのバンド演奏に感銘を受けたから。
そしてそれ以上に、その中のある人に惹かれてしまったから……。
とはいえ入部を決めるのは話を聞いてから、と扉を叩く。
「はーい」
「失礼しまー……。あっ」
昨日の今日で起こりうる最大の奇跡。
部室に招き入れてくれた先輩は憧れを抱いた鍵盤奏者、その本人。
フローリングのしかれた床に座り、ゲームのコントローラーを握っている。
突然の訪問に面を食らったか、大きな瞳を見開いてこちらの姿を確認する。
「え。あ、あぁ新入生!? ちょっとだけ待っててね」
「あ、すいません突然」
申し訳なさと嬉しさに逸る気持ちを宥め、言葉通り待つと、先輩はTV画面に目をやり、ゲームを始めた。
……いや、正しくは再開した。
突然の来訪はこちらの非。
待たせてゲームを再開することには若干の違和感はあるが……まぁ仕方ないか。
それに、ゲームは自分もかなりやる方だ。何のゲームをしているのだろうか。
って、えぇ……。
よく知っているゲーム、スマブラDXだった。スマブラだったが、何かおかしい。
女子がスマブラをやることを別段おかしいとは思わないし、大学の部室でみんなでゲームなんていかにもありそうな話だし、正直少し憧れる。
……いやでもやっぱ何かおかしいんですよ、その、遊び方が。
画面内の光景はライト層の遊びではなく修羅のそれ。廃人以外はしようとも思わない超絶技巧、独りプレイの極致。
『ホムコン バット落とし』といえばピンと来る人もいるだろう。
……もう絶対ヤバい人じゃん。
ツッコミ待ちの奇行やジョークの類ではないのは、ヘアピンで分けた黒髪から覗く瞳の真剣さから伝わってくる。
話しかけようものなら、画面内で圧倒的暴力に曝され続けるサンドバッグ君と同じ目にあう気さえする。
この人の人物像が全く掴めない自分には、ただ立ち尽くして修羅の舞の終幕を待つ他ない。というか頭が追い付かず何も言えない。
……試されているのだろうか。
呆然ついでに部室を見まわすと、テレビにソファーに日用品、6畳程度の広さに何でも揃っている。
……もしかしてここに住んでいるのかと思うくらいだ。
「ふうっ」
ネットで見た動画を更にブラッシュアップしたような動きで信じられない記録を叩き出した修羅は、コントローラーを置いてこちらに目を向けた。
「ごめんね~、ちょっとキリが悪くて。入部希望? 今あたししかいないけど」
いきなり素に戻っただと……!
何事もなかったかのように修羅の面は優しそうな先輩の面に。
あんなものを見せた後に普通に話しかけてくるあたり、若干の狂気を感じる。
……まぁそれについては考えても仕方ない。
「あ、ちょっとどんな部活なのかなって」
「うちは何でもやるよ~。新歓は見てくれた?」
ここに来た理由と言えば、部活に対する興味というよりも、正に目の前にいる先輩への興味だが、そうとは言えるわけがない。
そのまま肯定し、演奏に圧倒されたことを理由にした。
「ふふー、ありがと。楽器は何やってるの?」
いざ部活の話になると、緊張が増す。
何より間近で見るとすごい美人だし、少し子供っぽいくらいの笑顔が後ろめたさをあぶり出す。
「昔ピアノを少し……」
ピアノはそれなりにやったし、今でも弾く。
圧倒された相手を前に「弾ける」とは言いづらいが、他に言えることもない。
「ピアノ!? ならちょうどいい! 今うちの部活あたししか鍵盤いないの!」
先輩はピアノという言葉に身を乗り出した。
しかし勢いに駆られるまま丸腰で来た手前、いかにも主体性のない返事を返すことしかできないのが実情だ。
「でもバンド経験とか全然なくて……」
「バンド経験者の鍵盤とかほとんどいないから大丈夫!」
「……そういうもんなんですか?」
「そういうもんなんです! だから本当に安心していいよそこは!」
あぁよかった。
よぎった懸念は問題ではないようだ。
先輩は演奏中の印象とは違い、笑顔で明るく話す人で、少しやりとりをする内にいつしか不安も和らいでいった。
「ほら、ここ座って。あ、ちなみにあたしは二年生の月無ね」
自己紹介を返し、勧められるがまま床に座る。
「で、新入生の白井君はどんな音楽聴くの?」
「大体有名なアーティストばっかですね……。ミスチルとかサザンとか」
それからは好きな音楽ジャンルや楽器経験についての話になった。
揚々と話す月無先輩の音楽知識は広く、どのジャンルも分け隔てなく聴くらしい。
無類の音楽好き、そんな印象で色々と教えてくれた。
知っているものも知らないものも、聞いたり訊いたりしてしばらく会話が続く。
帰宅部を一貫していたから部活というものの想像はついていなかったが、活動内容も含めて色々聞く限り、かなり楽しそうだ。
しかし話すうちにわかったが、自分は思っている以上に音楽を知らない。
「軽音入ったらいっぱい知れるし、すぐに興味持ちそうだから大丈夫だよ! こんなに色々話しがいある人あんまいないし!」
そう言ってくれるし、色んな音楽の話を受けて興味を持ったのは確かだ。
でも自分としてはただ無知だから、いちいち詳しく聞いてただけだったりもする。
真面目だなんて言われることもあるけど、実際は固いだけという自覚もある。
先輩には意外な程高評価なようだけど、やはり客観に不安は生じてしまう。
「でもやっぱり詳しい方がいいんですかね?」
「そうね……。最初から色んなジャンル詳しい人ってあんまりいないし~、そこの棚にCDいっぱいあるから見てみたら?」
先輩が指差す先には棚、棚、おぉ、わかりやすい。貸出棚と書いてある。
立ちあがってラインナップに目を通すと、ジャンル問わず多彩なアーティストのCD、個人の趣味の集積地といった感じだ。
「その棚ねー、みんなが聴いてほしいCDを適当に置いていくの。好きなアーティストがその中にあったら、誰かしらと話が合うってこと!」
「なるほど……。ちょっと見させてもらってもいいですか?」
「いいよいいよ! 知ってるのあったら言ってみ?」
棚に並ぶ無数のCDタイトルを一つ一つ見ていく。
知っているアーティストもそうでないものもあったが、あるものが目に留まる。
「あ、FFだ。俺このサントラ持ってます」
「お、FF好きなの?」
ファンと自称できる程かはわからないが、人並み以上にゲームはするのでサントラを買うこともそれなりにあったし、ゲーム音楽自体も普通に比べれば大部詳しい。
とくにFFは楽譜も一冊持っているし、ピアノで弾くくらいには好きだ。
「好きですね。曲好きなんでサントラ結構持ってます」
普通の音楽は王道ばかり聴いているから、話題としては面白くないだろう。
そういえばゲームをしていたし、知ってるなら音楽の話題として続けてみようか。
――これが導火線に火をつける行いであることは知る由もなく。
「曲気に入ったゲームのサントラはたまに買ってますね。楽譜もFFのは持ってて、弾いてたりしますよ。ゲーム音楽好きな人もいるんですね。気が合うかもしれない」
「……弾いたりもするんだね! いいよね、ゲーム音楽」
月無先輩もわかってくれたようだ。
聴いたことのない音楽の話も興味はそそったが、こっちの方が自分も気が楽だ。
「いいですよね、ゲーム音楽。ゲーム結構やるんで自然と好きになっちゃって。自分から話できるくらい好きなのってこれくらいなので……。先輩がゲーム音楽知っててよかったです。サントラも結構よく聴くんですよね」
「……そんなに好きなの? マジで?」
他の音楽に比べると一番好きかも知れない。
実際サントラを聴いている頻度もそこそこだ。
「そうですね……。多分一番好き好んで聴いてるかも……。わかりやすいカッコよさというか、音楽として好きだったりしますね。ピアノで弾いてても楽しいですし」
「……ほんと? そうなの!?」
ん? 何事?
先輩の声色が急に変わる。
振り向いてみると……期待に満ちた目でこちらを見つめる先輩が。
「それ、あたし! それ置いたの、あたし! 君ゲーム音楽好きなの? 普段からよく聴く? FF以外にも聴く?」
な、なんだこの圧力は……。
「は、はい。気に入ったゲームのは結構聴きますね……」
急に始まる質問責めに面を食らう。
「マジで!? ほんと!? 楽譜持ってて弾くくらいならちゃんと好きじゃん!」
「えぇまぁ……。マニアというほどではないですが……」
なんだこの食いつきは……。
「それで!? 何のゲームの曲が一番好きなの!?」
「い、一番はやっぱFFですかね……」
ヤバい、めっちゃぐいぐい来る。怖い。
「FFね! 王道中の王道ね! ゲーム音楽といえばまずこれね! それでそれで!? 曲は何が一番好き!?」
普通に話していた時も明るくよく喋る印象だったが、その比ではない。
まるで子供のようにはしゃぎ、無邪気な瞳でこちらの答えを期待している。
「『独りじゃない』とかですかね……」
「『独りじゃない』わかるの?じゃぁ結構ちゃんと聴いてるじゃない!あの曲最高よね!悲しみに暮れるジタンの元に仲間が集まるⅨでもトップクラスに感動的なシーン!物悲しいAメロから始まって力強いサビのメロディがその場面全てを物語るゲーム音楽をまさに体現する屈指の名曲よ!音色による表現力もすさまじくって!正に寂しさを音にしたようなメロはジタンの心そのもの!ギターがそれ~中略~」
おい何か始まったぞ……俺は何かしてはいけないことをしたのだろうか。
突如、こちらのことはお構いなしに、処理できようもない情報量をぶつけてくる。
現実にトランス状態になる人がいるなんて思ってもみなかったぞ。
なるほど、貸出棚のサントラは撒き餌だったというわけか。
しかしぶっちゃけ何言ってるかわからないし、終わる気配もないので聞いてるフリだけして放っておくしかなさそうだ……。
「場面が進んで皆が集まることを暗示するかのように曲が進むにつれて続々とパートが追加されていくのもたまらないわ!強がって仲間を巻き込まないようにしようとするジタンに最後までついていくっていう覚悟を語る、それを曲が表現するの!サビの二週目で集大成かのようにコーラスの音が追加されるところなんてまるで仲間達の声が聞こえるかのような気になっちゃって涙が止まらなくなっちゃったわ!優しさと悲しみを表現するのに適してるAマイナーキーで作られていることでその説得力も最大限に引き上げられてるの!シーン自体も最高だけど音楽でまでそれを最高に引き上げちゃってどこまで嫌味なく泣かせにくるのよこのゲーム!最高に決まってるじゃない!こんなもん泣くに決まってるじゃ~以下略~」
いつまで続くんだこの猛攻は……。
あぁわかる、今ならわかってやれる。
戦闘開始直後にわけのわからない初見殺しで死ぬまで殴られ続けるファミコン時代の主人公達の気持ちが。
或いはもう一つのFF、ファイナルファイトのハメパンチコンボを死ぬまで喰らい続けるザコ。辛かったんだなお前達……。
実際のゲームなら「ハッ、クソゲー」と一笑に伏して電源を切るところだが、悲しいことにこれは現実。
とはいえ憧れた人だし、さっきまではすごくいい人だったから様子を見よう。
抵抗する余地もなく一方的な蹂躙を受け、HPゲージが切れるのを待つのみ。
まさに怒涛、何がしかの覚悟を決めた時、先輩ははっと我に返った。
「はっ……。ご、ごめんね。つ、つい……」
「す、すごい好きなんですね……」
うわ、すごい申し訳なさそう。
でもミリ残りのHPじゃ、気の利いた返しなど出来るわけがないです。
「本当にゴメンね……? ゲーム音楽好きって自分から言ってくれた人初めてで。それにあたしも大好きな曲だからついテンションあがっちゃって~」
「いえ、本当に全然……」
変な人なのは間違いないが、悪い人でもない。
それに、本当に好きなのだろう、一方的に愛をブチ撒けられただけだったけど、悪く思う気には不思議とならなかった。
でもちょっと気まずいぞ。
何か他に話題はないだろうか……。
『独りじゃない』― Final Fantasy Ⅸ
作中で触れた曲に関してはあとがきに載せます。
挿絵は時々掲載しますが、基本的にキャラ紹介用の一枚だけになります。
作者の画力が上がれば……増えるかもしれません。