いい一日はいいゲーム音楽から 後編
前編のドキドキなあらすじ
早朝にスタジオに向かうと月無先輩が。
練習の経過を見てもらうと新たな課題が生まれ、それについてのレクチャーをカロリーメイトを吹きながら教えてもらうことに。
Y'sの『SCARLET TEMPEST』という曲を例に、距離が近い先輩に半身ずらしでドキドキしながら教えてもらう白井。正直うらやましい。
「うん、オンコードの部分も大分慣れてきたね。アルペジオだったりすると結構やらかすもんだけど、大丈夫そうだね。ちょっと一息入れようか」
またカロリーメイト食べてる……。
「……何? もう吹かないよ?」
おっとまた蒸し返すところだった。ちょっと失礼だったかと思い謝りつつ、食べ終わったら『SCARLET TEMPEST』をもう一度弾いてくれるよう頼んでみる。
「んー……。練習中だけどいいよ! じゃぁ終わりのキメ考えてないからループするとこまでね。あと詰まっても気にしないでね!」
すっと立ち上がり、手をぱんぱんと払い、鍵盤の前に座る。ふーと大きく息をして再び目を下ろすと、もう別人だった。
曲が始まり、重厚な和音と激しいフレーズがスタジオ内に広がる。まさしく嵐のような、息つく暇もないような曲展開に、先程習った知識を符合させることもせず、ただただ聴き入る。2ループ目に戻ったところで、先輩は弾く手を止める。
「ふー、こんな感じかな! Bメロのブリッジフレーズの16分がほんとに難しくてさ~。ん? ……何か反応してよ~」
先輩の演奏を間近で見るのは何度目かだったが、以前と同じく、いやそれ以上に圧倒されて言葉を失っていた。とりとめのない感想を出来る限り伝えると、先輩は照れながらも素直に喜んだ。
「いやぁでも、やっぱり曲が本当にいいからだよ。すごくストレートにカッコいいじゃんこの曲」
多分謙遜ではなく、本当に曲のおかげだと思っている。仮にそうでも弾ける人など限られているような難易度だし、自分の技量と受け取っていい思うが。ファンとしての立場をわきまえているのだろう。
「でもやっぱりバトル曲ってカッコいいの多いですよね。いやでもテンション上がるっていうか」
曲の感想をそう続けると、先輩がニヤッと笑う。
「っと思うでしょ白井君。実はこれ、ダンジョンの曲なのだよ」
「へ~、ダンジョンの曲……。ダンジョンの曲?」
どう聴いても戦闘シーンのように思えたが、意外や意外、ダンジョンで使われている曲らしい。
「イースの曲って結構こういうの多いのよね。バトル曲にしか聴こえないのにそうじゃないっていうの。だから基本的にテンションマックスだよ!」
そういうものなのか。……しかしRPGではもっとメリハリというか、場面毎の曲の切り替わりはハッキリしていると思っていたのが。
「普通のRPGとは違うからね。普通敵とエンカウントして、戦闘画面に切り替わるでしょ? イースはそれがないから」
フィールドと戦闘の画面変遷をせず、敵のシンボルとフィールド上でそのまま闘うものらしく、今で言うオープンワールド系の戦闘と似たようなものだろうか。なるほど、ダンジョンやフィールド全てがリアルタイムで戦場と考えれば、そういう曲の作り方は確かにもっともだ。
「だから上手いこと考えて作られてるのよね~。今はさ、そういうのでも敵に近付くと曲が自然に切り替わるのが多いじゃない。フェードインとアウトとかで。64のゼルダあたりからすでにあったといえばあったんだけど。イースはそういう技術が発達してないもっと昔っからあるからさ。フィールドとかダンジョンの曲に風景の印象だけじゃなくて、戦闘っていうテーマも盛り込まなきゃいけなかったりしたんじゃないかな。アクションRPGならではの発想だよね」
となれば『SCARLET TEMPEST』はすごく重要なダンジョンなんだろうか。先輩の言うとおり、曲の印象から強敵に挑む特別な場のような、ハッキリ情景が思い浮かぶわけではないが、そういうものが伝わってくる。
「だからバトル曲好きからしたらも~テンションあがっちゃうよね。バトルっていったらゲーム音楽の花形じゃない? 皆好きに決まってる! その割合が多いとなればそりゃあ満足度も振り切れちゃうよね! ファルコムっていったらお抱えのバンドがあるくらい曲が支持されてるけど、こんな聴きごたえのある曲づくしなんだからそりゃあ納得ってヤツね!」
確かにとは思うが……。
イースはやったことがないが、同じくファルコム製の『空の軌跡』はシリーズ通してやったことがある。それの曲ももちろんよかったし、結構気に入っていたのでサントラも持っている。しかし先輩が語るような印象はあまり受けなかった。
「でも『空の軌跡』ってこんなかんじじゃなかったですよね」
すると先輩は、待っていましたと言わんばかりに目を輝かせた。
「そう、いいことに気付いた! 『空の軌跡』は全然違うよね。戦闘システム違うからある意味当たり前なんだけど、ガンガン攻めてくるかんじじゃなかったでしょ?」
「そうですそう、戦闘曲が戦闘曲っぽくなかったというか」
「まさにそれ! 『Sophisticated Fight』! あれは戦闘曲としては本当に資料的価値の高い曲よ!」
そんな曲名だったっけ。英語ムズい。
戦闘曲というには落ちついていて、ジャンルとしてもロックなどの典型に分類されるよりは、ジャズテイストのような、とにかく一聴してバトル曲と判断できるかどうか微妙な印象だった。
「あれはねー、戦闘システムのことよく考えられてるのよー。『空の軌跡』の戦闘ってさ、なんかチェスみたいでしょ」
昔ながらのよくあるRPGの主流なシステムとは少し違い、戦闘が開始すると画面が戦場に切り替わり、マス目に配置されたキャラクターを動かして戦う。言われてみればやっていることはチェスや将棋に似ている。
「で、難易度もあって結構頭つかったりするじゃない。とりあえず技選んでポチーとかじゃなくさ、戦略立てる感じかな。だからいけいけのハードロックとかよりも、ああいう曲の方があの戦闘システムには合う気がするよね。Sophisticatedも頭が回るとか凝ったとか洗練されたとか、そういう意味だし」
はぁなるほど、曲名からしてそうだったのか……。
プレイした時、最初は戦闘曲ぽくないと思ったが、合わないという印象は受けたなかったし、確かに頭を使うにはクールな曲の方が合う。曲が邪魔にも感じなかったし、むしろ思考を滑らかにしていたような気さえする。そう思えば戦闘システムとこれ以上にないくらいマッチしている。
「だから本当にすごいのよファルコムって。ゲームの世界観だけじゃなくてシステムのことまで考えて曲作ってるんだから。だからあの曲はね、ただの『バトル曲』じゃなくて、まさにそれ専用の『空の軌跡のバトル曲』ってことなの」
専用のバトル曲、確かにしっくりくる。他にもそういうものはあるかもしれない。
「で、空の軌跡ってドラマ的な側面がすごく強調されてるじゃない? 曲もやっぱりそれを全面的に引き上げてくれてさ、それぞれがバランスよく、場面全体を彩るのよ~。2作目の冒頭なんてワケわかんないくらい泣いちゃった」
「わかる」
非常によくわかる。うん、俺もめっちゃ泣きそうになった。
ゲーム自体の面白さもそうだったが、シナリオにあそこまでのめり込んだゲームは中々なかった。それを盛りたてたのも、音楽の事細かな配慮によるものか。ファルコムサウンド恐るべし。
「でも結構音楽出過ぎるんだけどね。ファルコムって」
「え」
いきなり落とすんですか。急な温度差についていけないぜ。
「といっても悪い意味じゃないよ。ファルコムって初期のゲームからそうなんだけど、ゲームの中での音楽の比重がすごく大きいように聴こえるの。時には出過ぎなくらい」
……出過ぎてもよくないのではないだろうか。
「でもね、これは音楽でも楽しませようっていう意思の表れだと思うの。ただ合う曲を作るだけに終わる気はないって、そんな意気込みを感じるの。もちろん他の会社の作曲家の人もそうだけど、ファルコムはそれが全面的に押し出されてるっていうか、露骨に伝わるっていうか。だからそれを感じ取ってか、しっかりファンがついてるし。ずっと高いレベルのクオリティを保ち続けてるのも、サウンドチームの一曲に込める熱がものすごいからなんだろうなぁって。妥協みたいなのを感じたことがないっていうか、迎合しない感じっていうか」
音楽は飽くまで脇役、という見方もあるだろうが、それとは真逆なのだろう。
「音楽も主役の一つってことですかね」
「そういうこと! それでもって空の軌跡みたいに、立てるところはしっかり立ててと臨機応変に対応することだって出来ちゃうし。だからすごく共感しちゃうんだよねー。あたしの思い込みだとしても」
「きっとそうなんじゃないかなって思いますよ、俺も。しかし……」
言うべきかスルーすべきか。
「ん、何?」
きょとんとこちらを見つめる。思わせぶりもよくないか。
「今日はなりませんでしたね、状態異常」
「……あー、朝だからかな」
朝だかららしい。
「……あ、っていうか何、状態異常ってー! 意味わかっちゃうのが悔しいけど! 失礼なー、むー」
そうしてまた可愛くぷりぷりする。平和だなぁ……。
「あ」
そしてあるものに気付き、時が止まったかのように凍りつく。
「どしたの。……あ、ヒビキさんだ」
スタジオ扉の覗き窓からニヤニヤとこちらを見る部長。
いつから見ていた……!
ガチャリと扉が開く。
「朝からイチャつくとはやるじゃねぇか白井! 大丈夫だぞ、お兄さんそういうの理解あるから」
「そ、そんなんじゃな……」
「そんなんじゃないですよ?」
うわ凹む~。
食い気味に訂正されて本当にそんなんじゃないんだろうなと割と凹む。
「いやぁ後輩が頑張ってるのがうれしくてな。お兄さん、ついつい覗いちゃったゾ」
「ヒビキさんが言うとなんか犯罪者っぽい~」
「まぁそうだな!」
いや否定しろよ。腹叩いてる場合じゃないって。
いやしかしタイミングが悪い。……そうかもう一限終わった時間か、人が来る可能性を失念していた。
「って、あ、ヤバ! 二限始まってる! ついつい忘れちゃってたね、出席票提出しに行かなきゃ!」
授業にちゃんと出るという考えはないのか。自分は二限に授業を入れてない曜日なのでもう少し練習していこう。
「よしじゃぁ白井君行こうぜ~」
「え? 俺も行くんですか?」
「師の行動に付き合うのも弟子の役目!」
「……寂しがり屋?」
「何か言った?」
「いえ何も」
渋々ながら付いていくことになってしまった。部長は楽器の準備をしつつそれを見て終始ニヤニヤしていたが、月無先輩が本当に微塵も気にしていないので自分も気にしないことにした。
話しながら校舎へ向かう途中、気にするまでもない程度の疑問を投げかける。
「そういえば先輩、よくあんな難しい英語知ってますね。……あ、でも調べたのか」
「あ~、曲名のこと? あれは元々知ってる単語だったよ。たまたまだけど」
「え、意外」
正直勉強からは遠ざかっていそうな印象だったが。
「意外って、白井君もしかしてあたしのことバカだと思ってない?」
思うなっていう方が無理ある気が。
「……いえそんなことは」
「あー! 失礼な! これでも特待生だぞ!」
「へー特待生……。それは嘘だ!」
「むー、ジェネ女出身だぞ!」
「ジェネ女……。え、マジすか? ……すげぇ」
ジェネシス女学院と言えば都内でも有数のお嬢様学校。都内に住んでいる人間なら誰でも名前を知っている程有名だ。毎年東大生を二桁輩出しているし、偏差値自体も相当高い。
「ふふー、あがめよ!」
「まさかジェネ女にカロリーメイト吹きだす人がいるとは」
「……やっぱバカにしてない?」
「いや、すいません調子のりました」
「よし、じゃぁ罰としてあとで格ゲーサンドバッグね!」
いつもと変わらないじゃん……。
こんな風に冗談が許してもらえるくらいには仲が進展したのだろうか。それが嬉しくてついつい調子に乗ったし、先輩も楽しそうに笑っているので、またそれが嬉しかった。今日話題になった曲には感謝しなくてはならない。
バンドの曲の修正も助力してもらえたし、ファルコムサウンドの素晴らしさも改めて知れた。色々と大きな収穫があったことでなんとも充実した一日になりそうな予感がする。
なるほど、いい一日はいいゲーム音楽から始まる、その通りかもしれない。
「でも先輩には失礼かもですけど、ジェネ女ってなんかこう、秋風先輩みたいな人ばっかりいるのかと……」
「あー、あたしもそう思う」
隠しトラック
――部長とアニオタ ~スタジオにて~
「行ったか。フッ、イチャイチャしやがってあいつら! お兄さん嬉しい!」
「……ヒビキだけか。……これは月無か。機材を置きっぱなしにするなとあれほど」
「おう氷上。お疲れい。今出席票出しに行ったぞ。……白井と仲良くな!」
「そうか。すぐ戻るならいいか。……俺も弦張り替えるか」
――ヒビキ、氷上、弦張り替え中
「なー氷上よ」
「何だ」
「俺部長だよな」
「そうだな」
「カッコいいよな」
「……演奏はな」
「なんでモテないん?」
「……自分の腹に訊いてみろ」
「ヘヘッ、みんなそう言うね。でもね……。こいつはね、オイラの……宝物なんだ」
「ブフッ」
――弦張り替え中
「なー氷上よ。……お前アニオタだよな。重度の」
「否定はしない」
「なんでモテるん?」
「……知らんし別にモテん!」
「え、モテねぇの?」
「モテた記憶はない!」
「え……。何だよー!! そうだったのかよー! 仲間じゃんかよー! 言ーえーよーーー! ……無視すんなよー! ズッ友だよね、ヒカミン? ね?」
「えぇいうっとうしいぞデブ!」
――弦張り替え中
「……なー氷上よ。……正直白井うらやましくね」
「……ちょっとな」
『Sophisticated Fight』― 空の軌跡FC
先輩は実はエリート。