幕間 白井観察記
以降は幕間と称した話があります。
キャラ主体のコメディ寄り、部活っぽさを強調するものです。
幕間でしかスポットがあたらないキャラもいます。
大学構内 大講堂地下
「おはようございま~す。リポーターの月無めぐるで~す。今日は一年生鍵盤、白井健君の練習風景を覗いて見ちゃおうとおもいま~す」
声を潜めて語るのは白井と同パート、云わば直属の上司にあたる月無めぐる。
白井がスタジオ廊下に個人練習をしに来たのを陰から覗きこんでいる。
「練習しようとしてますね~。平日の午前中だというのにえらいですね~。授業はないのでしょうか~。……あ、ちなみにあたしは出席票だけ出してきましたよ~」
誰に向かって話しているわけでもなく、リポーターの体で白井を観察をする。
「鍵盤をセッティングして楽譜を立てて……。お、何やら困っていますね~。どうしたのでしょうか~。足元を確認していますね~」
セッティングが完了し、いざ弾こうとするも首を傾げる白井。
異変が生じたか、ペダルを何度も踏んで確認する。
「あ、ペダルの極性が逆のようですね~。YAMAHAのダンパーをつけちゃったのでしょうか~。……あたしもやったことがあります~。助けを求めているのかキョロキョロしていますね~」
ペダルを解放していると音が伸び、踏むと音が切れる。
設定が逆になっているとそうなってしまう、初心者が困り果てる鍵盤あるあるだ。
白井の鍵盤はKORG製、今接続しているYAMAHAのダンパーペダルとでは、初期設定が逆である。
「助けたいのは山々ですが心を鬼にして観察してみようと思います~。……あ、諦めましたね~。ペダルなしで練習する模様です~」
白井はペダルの接続を諦め、練習を始めた。
「譜面台に置いてるのはなんでしょうか~。あたしが渡した楽譜か、基本コード一覧表か。気になりますね~。勉強熱心でえらいですね~。……お、どうやらコード表のようですね~。和音の押さえ方を練習しているようです~」
練習しているのはコードについて。
バンドで必要となる基礎的な知識で、大学生バンドの鍵盤奏者の多くが大成しない理由は、大抵これを知らないことによる。
白井が見ているのはめぐるが渡した基本の押さえ方一覧で、それを実践している。
「言いつけをちゃんと守るなんて可愛い後輩ですね~。教えた甲斐があるってものですね~。っくぅー、頑張れ白井君! ……お、また首をかしげていますね~。こんなのもあるよゾーンに手を出してみたのでしょうか~。頑張れ白井君! そこはまだわからなくてもいいぞ!」
後輩可愛さからかリポーターのキャラが崩壊している。
白井が今見ているのは「こんなのもあるよ」と題された個所。基本コード以外の多少複雑なものが記されている。
単発で鳴らすと響きが壮絶なのも多いので、白井はそれに首をかしげている。
「……お、スタジオから人が出てきましたね~。あれは……はっ!?
氷上さん、氷上先輩です!
これは怖い!
いい人だけどこれは怖い!
あの人意外と後輩好きだから結構話かけてくるんだよな……」
スタジオから出てきたのは三年ギターの氷上。白井には先日部室でその威圧感の程を見せつけている。
タッパもあり、威圧感丸出しのため怖い人と思われがちだが、実は後輩に対する面倒見はよく、ちゃんと慕われている。
その信頼と実力は代表バンドのメンバーであることからも窺える。
めぐるは氷上が嫌いではないし、仲もむしろ良いが、リポーターの体を忘れて口調が素に戻るくらいにはビビっている。
「やはり話しかけていますね~。何の練習をしているんだ、ということでしょうか~。ちなみにあたしも全く同じ経験があります~。『氷上の洗礼』ってヤツです~。めっちゃためになるけど、あれすごい怖いんだよな……」
めぐるは去年の入部当初、全く同じ経験をしていた。
氷上はよくスタジオで練習していることもあり、新入部員を見つけてはアドバイスをしているのだ。
ありがた怖いこの現象は『氷上の洗礼』と言われている。
「氷上先輩ならあたしより音楽理論詳しいから、助かるかもしれませんね~。でもつきっきりでレッスンはあたしなら耐えられそうにありません~」
ちなみにめぐるは楽器に関してほぼ完全に独学であり、音楽的知識、特に理論体系には若干の偏りがある。いわゆる理論本や教則本、その類をしっかり読んだことがあまりなく、採譜などをし、経験上で学んだことがほとんどである。
めぐるが氷上から学んだことは非常に多く、その信頼度を確信していた。
≪氷上の洗礼で音楽への見方が変わった≫
≪氷上の洗礼のおかげで完コピできました≫
などとステマっぽく冗談に使われることも多々あるが、その効果は確かなもの。
音楽理論をしっかり勉強している氷上がここで話かけてきたことは、白井にとっては僥倖であった。
「あたしの知識じゃ限界がありますからね~。氷上先輩がフォローしてくれたら助かりますね~。……うん、あたしももっとちゃんと勉強しよ。これもゲーム音楽だ!」
めぐるはその様子を見守る。
白井がなるほど、と言っているように見えたあたりで安心する。
すると、めぐるにふと声がかかる。
「めぐちゃんそんなところで何してるの~?」
めぐるリポーターに話かけてきたのは三年トロンボーンの秋風。
同じく代表バンドの一員で、おっとりした癒し系お姉さん。氷上とは対極に位置するようなタイプで、漫画的な表現であれば目は一本曲線。あらあらうふふで会話を成し、癒しオーラが可視化されているような印象だ。
部内では女神として扱われているような女性であり、めぐるとはとても仲が良く、秋風もめぐるを溺愛している。
「あ! おはようございます! 今白井君観察してるんです~」
大好きな先輩に会えたのが嬉しいのか、めぐるのリポーター口調もすっかり元に戻っている。
「楽しそうね~。廊下練かしら~?」
「そうです、ほら! 今『氷上の洗礼』浴びてるとこですよ!」
「あらあら~、怖くないかしら~」
結構ずばっとものを言う。
「あれ怖いですよねー! あたしも去年浴びました! すごいためになりましたけど!」
「うふふ、怖いね~。でも氷上君のいいところよね~。つんでれだしね~」
ちなみに二人とも氷上をディスっているわけではない。
めぐるはある程度本音が混じっているが、氷上は基本的にそういうキャラ扱いであり、一部では「名前を言ってはいけない例の氷上」などとも言われている。
お礼を言うと「下手が部活にいると困るから」と答えるまでもがテンプレートで、本音の時もあるが、実際ただのツンデレである。
「それはそうとめぐちゃん、この前の曲決めのことなんだけど~」
秋風含む数人は先日の代表バンドの曲決めに参加できておらず、スタジオに来たのもその様子を聞くためにめぐると待ち合わせをしていたからであった。
「あ、そうでした! 白井君観察が楽しくて。じゃぁ部室行きましょう部室」
「白井君はもういいの~?」
「大丈夫大丈夫! ちゃんと練習してるってわかってますし、氷上さんが手伝ってくれてますし! 気付かれる前に逃げましょう!」
「うふふ、逃げましょう~」
そんなやりとりをしながら二人はスタジオを後にした。
「めぐちゃん白井君気に入ってるのね~」
「うん! リアクション面白いし! 話聞いてくれるし!」
「ピアノは~?」
「結構上手いですよ! クラシックちゃんと弾けてビックリでした! 練習もちゃんとやってますし、嬉しい限りです!」
初めての後輩で若干甘い部分はあるが、めぐるは白井をちゃんと評価している。
図抜けた才能を持っているだけでなく、独学での努力の末に今の実力に上り詰めためぐるである。それもあって、実のところ無意識であるが簡単に人の実力を認めることがない。
軽音楽部自体も実力主義であることが入部の理由の一端であるため、お世辞もまず言うことがないし、増長こそしないが謙遜もそこまでしない。
むしろ、ファッションバンドマンや明らかな努力不足の人間のことは、人格に関わらず音楽をする仲間と認めず、それも自分からは言わないが隠したりもしない。
しかしその分、人の努力は微細に気付く。その分それは認めるし、結果に繋がらないことに追い打ちをかけるようなマネも決してしない。
こうしためぐるの基準は音楽に対する真摯さゆえのものであり、いわゆる補正というものに左右されることはなく、公平に人を見ているにすぎないのだ。
今回の白井観察も、秋風が来るまでの時間つぶしや、パートの後輩が気になるというだけではなく、根底にあるそうした部分から自然と行われたものだった。
まだ数日しか経っていないとしても、積極的に色んなジャンルを知ろうとしたり、必要な知識を学ぼうとしたりといった、熱心な様をめぐるはしっかり見ている。
秋風はめぐるのことをよく理解しているため、めぐるの評価が額面以上に高いのがわかっていたし、めぐるにいい後輩が出来たことを心から喜んだ。
「あたしも負けてられないですね! 白井君のこともちゃんと育成しつつ練習です!」
「そうね~、嬉しそうね~めぐちゃん」
「そんで白井君が代表メンバーになったら儂が育てたって自慢するんです!」
「うふふ、何それ~」
白井はすでにめぐるから大きな影響を受けていたし、現在の練習熱心な姿勢も、本来の生真面目な性格というより、実のところめぐるが一番の理由である。
そしてそれを知る由のないめぐるもまた、熱心な白井の姿に少しずつ影響を受けていた。
隠しトラック
――氷上の洗礼 ~スタジオ廊下にて~
こんなのもあるよコーナーか。
……オーギュメント? ドとミとソ♯、と。
うわ、なんだこれ響きエグッ……。こんなんどこで使うんだよ。
「コードの勉強か?」
「え、あ! 氷上先輩お疲れ様です!」
「……月無にもらったのか?」
「は、はい! コード勉強した方が楽だと教えてもらって! この表もらって!」
「……ほう」
え、マジこわ。こっち声全部強張るわ……。
なんも言わないしとりあえず基礎練習続けるか……。
めっちゃ視線感じる……。
「三度は弾かないのか?」
「え、あ、はい! 最初はメジャーとかマイナーとかよくわからないだろうって」
「……ほう。月無がそう言ったのか?」
「は、はい! なんかパワーコードとかいうのでとりあえずって」
よくわからないけど続けてていんだよなこれ……。
めっちゃ視線感じる……。
「一度と五度なら大体出来てるじゃないか」
「は、はい! ありがとうございます! 大分慣れました」
「三度も足して練習したらどうだ」
「え? で、出来ますかね!?」
「……俺が教えてやる」
あ、見苦しいから従え的なアレかこれ。
覚え悪かったら退部とかさせられんじゃね。
――数十分後
「お前覚えるの早いし上手いな」
「ほ、ほんとですか!? ありがとうございます!」
「フン、下手が部活にいても困るからな。このまま頑張れ」
……え、ツンデレ?