心に隠した音楽 前編
五月上旬 大学構内 部室
昼休みに部室に行くと、そこには部長を始めとする数人の先輩方が。
月無先輩もいたが、話したことのない先輩がほとんどで面を食らう。代表バンドの方々、部長と月無先輩以外名前すら把握できていない。
困惑し言葉を探していると、窓際の肘掛椅子にたたずむ先輩が口を開く。
「今日昼休みは代表バンドの曲決めで部室使うって連絡あっただろう」
しまった、一年が絶対やってはいけない失態。
部全体への連絡があったことを失念して、場違いを演じてしまった。しかもよりによって代表バンド、部内実力トップの面々が会する場面に。
言葉に怒気はなかったが、威圧感に気圧される。
失礼しましたと言って席をはずそうとすると、部長がフォローしてくれた。
「いいよ白井、折角だから曲決め見てけ見てけ。別にいいだろ? 氷上も」
「……まぁ問題はないな」
部長は快く受け入れてくれた。氷上さんというのか、そちらも気にしているわけではない模様。
固辞するのも失礼と片隅で曲決めの様子を見学させてもらうことにした。
「ふふ、よかったね。追い出されなくて」
月無先輩のいつもの笑顔が少し俯くような気分を正してくれた。
曲決めが始まるとそれぞれが闊達に議論を交わし始める。
ライブで演奏する曲を選ぶ作業だが、自分には経験がない。多数決が普通かと想像していたが、代表バンドは全員が納得いくまで話し合うもの。
先輩方は真剣そのもので、一曲ずつを吟味するように意見を出し合っていた。
代表バンドは部の顔という責任から、選曲に関しても一切妥協することはないのだろう。演奏順や選曲のまとまりなどにも綿密な議論が交わされ、それを見ている限りでも、代表バンドの実力と責任が窺えた。
「じゃぁスティーヴィーと~」
スティーヴィー・ワンダーは自分でも知っている。
というかこの部ではスティーヴィーを神聖視しているのか、スタジオで見たあれはネタかと思っていたがガチなのかもしれない。
ファンクなどのブラックミュージックに寄った選曲のようで、代表バンドが出演する他大学との合同ライブ自体も、それ中心とのこと。
「とりあえずこの三曲は決で。あとインストどうかって話出てたけどどうする?」
曲があらかた決まったところで、インスト曲という案が部長から出た。
ボーカルなしの曲をアクセントとして、一曲入れるということもあるらしい。
すると氷上先輩が曲を挙げ、みんなでそれに聴き入る。
「フュージョンか。ちょっと毛色変わるけど全体の盛り上がりを考えるとアリだな」
名前くらいしか聞いたことがなく、初めて聴く限りでは異様に難しい印象を受けたが、ゲーム音楽と通ずるところがある……気がする。
「月無は何かないか? 曲あんま出してないしインストとか好きなんじゃないか?」
そういえば議論には参加していたが、月無先輩が曲を出してはいなかった。
「ん~、じゃぁこれやりたいんですけど……」
自信なさげに曲を流したのが少し引っ掛かったが、その曲は正に演奏テクニックの塊。トップクラスのミュージシャンが演奏したであろうものは容易に想像がついた。
聴き終わると、まずドラムの先輩が口を開いた。
「難しすぎる……」
寡黙な印象の方だったこともあり、異様な言葉の重みがある。
それに確かに、終始ドラムが難しい印象だったし、曲の最後に拍の概念すら壊れるワケのわからないドラムソロがあった。
「あ、すいません、これドラム神保明です……。やっぱり難しすぎますよね」
一同納得したかのような声を出す。それもそのはず、神保明なら自分もテレビでパフォーマンスを見たことがあるからすごさがよくわかる。
月無先輩が自信なさげに曲を出したのはそういった理由だったのか。
「しかしいいなこれ。神保明なら大分聴いてるはずなんだが、知らなかったぞ」
氷上先輩は口ぶりを見る限りフュージョンに傾倒しているようで、知らない曲に興味津々といった様子。
「あ、これゲームの曲なんです」
……なんとなくそんな気はしていたがやはりそうだったか。
しかし、へーすごいと一同感心していたし、こんなのがあるとはと驚いていた。
曲としては申し分ないカッコよさだったが……。
「ほう。だがゲームの曲となるとやりづらいな」
氷上先輩は無慈悲にも難色を示す。恐らく本人には悪気はないだろうし、曲の良さに共感していたのは見てとれたが、ゲームという点が問題だったようだ。
「で、ですよね! それにやっぱり難しすぎますし、あたしも弾けるかわからないですし、やっぱり他の曲にしましょう!」
ごまかすように取り下げたのがひどく気にかかった。
実際に難しすぎるということもあってか、他の先輩方もそれ以上は触れなかった。
曲決めはその後まもなく終わったが、先輩はその間普段通りに振舞いつつも、どこか無理をしているように見えた。
先輩方もぞろぞろと部室を後にする際、部長が話かけてくる。
「白井ちょっと一服付き合ってくれぃ」
煙草を嗜むようで、そこに付き合えということ。
自分は未成年だし喫煙の習慣はないが、特に煙が苦手というわけでもない。
それならそこに付き合うのも後輩の役目とのこと。
先程のこともあり、部室に一人残る月無先輩のことが気にかかっていたが、いってらっしゃいと目で見送ってくれた。
部室を後にし、階段踊り場の喫煙所へ部長と向かう。
§
「白井何飲む?」
「あ、ありがとうございます。じゃぁ……。ドクターペッパーで」
当たり前のように奢ってくれるあたり大人、とは少し安易か。
失礼ながら小太りな見た目もあって、飲み会ではコミカルな一面が強調されていたが、その辺のバランス取りが上手い。本当の意味で大人な人なのだろう。
一息つくと部長が話を振ってくる。
「曲決めどうだった? 勉強になったか?」
「はい、すごい参考になりました。ああやって決めてるんですね」
「普通はもっと多数決とかですんなり決めるバンドの方が多いだろうけどな」
そんな話を聞いて、代表バンドがいかに真摯に取り組んでいるかを思い知らされたことを伝えると、部長は笑って続けた。
「部の伝統みたいなのがあるからなぁ。やる曲にしても実力的についてくのが本当はやっとだったりするんだぜ?」
「え、でも新歓の演奏本当にすごかったですよ。バンドの生演奏って初めて見ましたけどすごい人たちだって思いましたもん」
曲の難しさに振り回されているような言い方をしても、少なくともPRイベントでの演奏は自分の目にはそうは映らなった。
とはいえ月無先輩にばかり目を奪われていたのも事実だが。
「あぁ、月無が目立つ曲やってたしな、そりゃそうだ、アイツは別格。二年生なのに飛びぬけて上手いからな。ピアノやってたなら白井もその辺わかるだろ」
確かに鍵盤奏者視点でみればそうだけど、他から見てもそうだと。
不思議ではなかったが、部の精鋭から一目置かれているようだ。
実力主義の部活でそう言われるのは、大学レベルであってもすごいことだろう。
部室でゲームをしていることに誰も文句を言わないのも、その実力あってこそということらしい。
「でもなぁ、さっきは氷上がちょっとかわいそうなことしちゃったな。あんなん誰もゲームの曲だなんて気付かねぇって。あいつアニソン大好きなアニオタのくせにそういうとこお堅いんだよなぁ」
……アニオタなのか。
硬派な見た目からは意外すぎる事実だが、それならばゲームだからと毛嫌いしなさそうだし、実際曲も気に入っているように見えた。
腑に落ちない感覚を晴らしたく、それについて少し掘り下げて訊いた。
「お堅いってのはどういうことなんですか?」
「他大と合同とかのメンツがあるライブではサブカルのはやらないんだと。考えとしちゃあわかるし立派だが、もうちょい柔軟性あってもとは思うよな。それこそバレなきゃいいくらいの」
話題性などをライブに利用するのが嫌いなのだろうか、音楽以外の付加価値はライブの評価を濁らせるということだろうか、わかる気もする。
言い方はその体ではないが、恐らくこれは氷上先輩へのフォローでもある。
話を聞くに、氷上先輩の発言は別の真意があるようにも感じたが、今はうまくそれを言い表すが出来なかった。
「月無もあんま曲出さないからな。二年だからって遠慮してるのかもしれないけど」
多分それもゲーム音楽絡みの理由なんだろうと思いつつ話を聞く。
「いい機会だと思ったんだけどな。実際曲が難しすぎたのもあるけど」
部長は月無先輩がゲーム音楽好きなのに気付いているのかもしれない。
そんな含みを感じたが、直接それに触れるのは不躾なようで憚られた。
月無先輩自身の問題に首をつっ込み過ぎるのもよくないだろう。
「音楽に貴賎なし! ってな。別に俺はゲームの曲でも構わないんだけどな。アイツが貸出棚に置いてるFFのサントラちょくちょく借りてるし。それぞれ好きな曲やれた方がいいよな。白井もそう思うだろ?」
「あ、はい、確かにそう思います」
納得いくばかりで相槌を打つ他なかったが、やはり気付いているようだった。
部長として部と部員のことを見て、しっかり考えている。
煙草をぽいっと灰皿に捨てると部長は言った。
「俺ももう行くからそろそろ戻ってやりな。部室で一緒にスマブラやった仲なんだろ?」
何故知っているんだ……。
初日の行動がバレていることに微妙にばつの悪い気持ちになる。
いやニヤニヤされても何も出ないんですけどね。
「まぁいいんだけどな。練習もちゃんとしてるって月無言ってたし。真面目だって結構気に入られてるみたいだぞお前」
自分の話は部長にも及んでいるようで、思いの外好印象なようだ。
実際先日教わって以来毎日廊下で練習しているのは確かだ。
しかし良く考えたら入部前から部室でゲームやってる一年生って部分だけ抜き出したらとんでもない。
「月無先輩、落ち込んでたりしてないですかね」
「いやどうせゲームしてんじゃないか? 大丈夫だろ。それじゃな」
新入生のことも把握しているあたり、なるべくして部長になったのだろう。
階段を下りていく後ろ姿はやけに頼もしかった。