1/122
プロローグ
――それは一目惚れに近い感覚だった。
それまでに見たこともない優美さ、ある種近寄りがたい絶対的な存在感。
その指が織りなす音は、バンドという音の単位の中でさえはっきりと響き渡り、鍵盤上の典雅な挙措は、他が背景に過ぎないかの如くこちらの目を奪い去った。
セミロングの流れる黒髪が映えて煌めく、誰もが美少女と認めるような……。
しかしそれ以上に、演奏者としてのその姿は、自分の知る全ての形容表現を駆使しても語りつくせないもの。それほどの美しさだった。
不毛に感じていた新入生勧誘PRイベント、それまでの団体が前座であるかように、トリを飾る軽音楽部のバンド演奏が最高だったのは間違いない。
それでも、その中で燦然と輝いた鍵盤奏者のその人。
導くフレーズ一つ一つが、まるで永劫に続くソロであるかのように頭の中を廻り、たった一人に全てが支配されたかような気さえした。
大学一年の春、新生活に寄せた期待を遥かに超えたそれ。
人生の中で初めて本気で囚われた人。
――何もせずに逃したら一生後悔する、そう思うほどに劇的な出会いだった。