#1 リメイションスーツ
あれから1ヶ月後――
木暮は北アルプスの山荘にいた。
ふらりと舞い戻った木暮に対し、山荘の主人・牧村はなにもいわず迎え入れてくれた。
お互い過去は語らない。山でしか生きられないもの同士、匂いでわかる。去るももどるも自由なのが山のいいところだ。
「ロープ張り、終わりました」
木暮が雪崩止めのロープを張り終えて山荘にもどってくると、新聞が届いていた。一日遅れの新聞だが、暇つぶしの読み物としてはちょうどいい。
「エアサービスの坂本さんが届けてくれたんだ。エッチ系の雑誌もあるぞ」
そういうと牧村はニヒヒと笑った。還暦をとうに超えて70に手が届く年齢のはずだ。いい意味での俗っぽさを身にまとっている。
木暮は新聞を手にとると、一面にざっと目を通した。
『名護市長選、3458票差で現職破り、保守系の戸口氏が当選!』
――とある。
木暮は1ケ月前のことを思いだしていた。
健人と祐也の誘いを振り切って木暮は山にもどった。
二人には自分がオウルマンであることを知られてしまったが、既にリメイションスーツを返却した以上、自分にできることはない。
いま、健人と祐也は千尋とともに沖縄にいる。沖縄にいて消えた仲間の消息や行方を探っているはずだ。
名護市長が保守系に変わったからといって、基地反対派の活動が沈静化するとは思えぬが、幾分やりやすくはなるかもしれない。
「あ、そうだ、おまえ宛てに荷物が届いているぞ」
牧村が郵便物や宅配便の棚を目で指し示した。
「おれに?」
木暮が棚に向かい、自分宛の包みを手にとった。
差出人は『白鳥泰蔵』とある。
包装紙を破ると、ビニール袋につつまれた深緑色のジャケットがでできた。
間違いない。これはリメイションスーツだ。
折りたたまれた便せんが同封されてある。
嫌な予感を感じつつ木暮は開いて読んだ。
『東野健人君と西川祐也君の二人が基地反対派の襲撃を受けて名護市の病院で治療を受けている。千尋の身が心配だ。わたしの最後の頼みだ。千尋を君の手で連れ戻してほしい』
予想した通りだ。たった三人で組織立った抵抗運動に立ち向かえるわけがないのだ。
しかも彼らの背後には龍国がいる。龍国の潤沢な資金が狂信的な九条支持者を煽り立て、突き動かしている。
「…………」
木暮は迷った。
だが、それも一瞬のことだ。木暮はこのジャケットを返却することに決めた。 千尋を沖縄に派遣したのは国会議員になった鳴海真一郎だ。
泰蔵は鳴海を信用してないようだが、自分のところの秘書をまさか見殺しにはしないだろう。
いまごろは本人もしくは別の秘書やスタッフが現地に飛んでいるはずだ。
『リメイションスーツには改良を加えておいた。フェイスガード内部から放出されるメッセージ物質を吸うことによって脳神経の誤作動は緩和される。
それでも約20分が活動限界だ。20分を過ぎれば例の痛みが全身を襲う。
留意してくれたまえ』
まるでスーツを着て戦うことが自明のような口ぶりならぬ書きっぷりだ。
木暮は口の端に苦い笑みを浮かべると、泰蔵の手紙を丸めて屑籠に捨てた。
――と、そのときだ。山荘のカウンターに設置されている緊急連絡用の無線機が鳴った。
牧村がすかさずとって応答する。
「……わかった。木暮を向かわせる」
「遭難者ですか?」
牧村が無線の受話器をフックに戻すのを待たずに木暮はきいた。遭難者の捜索なら一刻一秒を争う。
「遭対協からの要請だ。穂高岳南陵で三人組のパーティが行方不明になっている。すぐいってくれ」
「わかりました」
急いで出ようとしたが、なぜかジャケットに目がとまり吸い寄せられた。
(今日の天候なら吹雪くかもしれない。こいつが役に立つかも)
木暮はザックのなかにジャケットを押し込んだ。それを見て牧村が口をへの字に曲げた。
「おいおいパーティにいくんじゃないんだぞ。いくら大事なものだからって――」
「これは万が一のお守りですよ。いってきます!」
牧村の言葉を最後まで聞かず、木暮は山荘をとびだした。
いまは千尋を助けに向かうより、行方不明者の安否の確認が先だ。
木暮はすっかり山の男にもどっていた。
次回へつづく
運営によって強制削除された某作品の続編です。山小屋の場面からの再開となります。ご了承くださいm(__)m