誤月
正月。
なにが正しい月なものか。
誤った月ではないか!
新春と呼びながら春ではなく、
睦月にもかかわらず睦まじいことなど何もない。
祝日と言われながら、私は祝うことなど何もない。
そうだ、正しい月なんかじゃない。
誤った月。
誤月だ。
私だって正しいことなんかしないぞ。
だれがするもんか。
そういうわけで私は、元旦から泥棒に入ることにした。
考えてみれば、これほど容易に窃盗が出来る日は他にないのではないか?
一家そろって出かけているパターンも多かろうし、あるいは社員寮なら住民がすべて帰省中のケースもあろう。
いや、仮に盗みの最中に見つかったとして、相手は朝から大酒を飲んでいる。
酔っ払いと取っ組み合いになっても、そうそう負けはすまい。
ましてそんなフラフラの状態では、追いかけて来ようもないではないか。
私はある学生アパートに目をつけた。
学生ならば間違いなく里帰りをしているだろう。
アパート中、もぬけのカラに違いあるまい。
問題は、学生が部屋に金品を置いているかということだ。
いや、それはどうでもいいのだ。
金品はどうでもいい。
私は、正月を「正しくない月」にしたい。
それだけなのだ。
だから、被害者は誰でもいいのである。
2階建て木造アパートの1階……私は片っ端からチャイムを押した。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
しめしめ。
思った通り、誰も出てこない。
人の気配はまったくない。
持参したカバンから獅子舞の面を取り出し、すっぽりと被った。そして風呂敷を身にまとう。
この姿ならば、仮にだれかに見られても年始回りの獅子舞にしか見えない。
くだらない風習のおかげで、盗みがやりやすくてしかたがない。
これだから正月は誤月だというんだ!
私はカバンから、電動ノコギリを取り出し、スターターを引いた。
ギュルルルン!
ブオオオオオオオン!!!
いきおいよく回転する刃を、ボロい木のドアに押し当てる。
ギャオオオオオオオオ!!
バリバリバリバリ!
ドウンドウンドウン!!
ガリガリガリ……!!
舞い飛ぶ木屑。
うなる轟音―――どんどん切れていく。
切断されるドア。
実にあっけない。
私はカバンから、家庭用掃除機ロボットを取り出した。
正しい商品名はなんだったか……サンバとかタンゴとかそんな名前だったはずだ。
いや、そんなことはどうでもいい。
サンバのスイッチを入れ、あたり一面散乱した木屑を吸いこませる。
証拠隠滅―――完璧だ、なんのぬかりもない。
ブイイイイイイイン!!
ズオオオオオオオ!
チャンチャカチャンチャン♪
チャッチャララーラー♪
ところでサンバが作動しているときに勝手に流れるミュージックは、どうやったら消せるのだろうか?
説明書を読んでもよくわからない。
まあ、別に鳴ってても構わないが。
ララララララララララ~♪
ズンチャッ、ズンチャッ、ズンチャッチャ♪
さて、いよいよ室内を物色と行くか。
ふーむ、やはりロクなものがない。
8畳ほどの1部屋……いや、風呂とトイレはあるようだが、まあ一人暮らしの学生ならこれで十分か?
それにしても片付いている。
自分の学生時代には、テレビ、ステレオ、とにかく物だらけだったものだが……
もっともそれは10年も前の話。
いまの学生は、パソコンとスマホがあれば、生活必需はほぼ賄えてしまうのだろう。それこそ、勉強にもほとんど本など使わないのではないか?
私の学生時代は、紙のなかで生活しているようなものだったが。
いや、紙にとどまらない。
最近の家電製品の小さいことよ。テレビも薄型で場所を取らないし、コンビニも自販機もどこにでもあるだろうから、冷蔵庫だって本当に小型のもので十分なはずだ。
自分の学生時代と比べて、なんと恵まれた生活なのか。
私は無性に懐かしくなってきた。
夢と希望に満ちあふれていた、若き日の情熱よ、青春の日々よ……
私はカバンから、学生時代のアルバムを取り出した。
ベッドに寝転がり、ページをめくる。
なにか頭が重いと思ったら、まだ獅子舞を被ったままだった。乱暴に脱ぎ、窓をあけて隣家の庭へ放り捨てる。
ふたたびベッドにごろりと転がって、アルバムをながめた。
当時付き合っていた彼女と行った、遊園地―――
サークルのみんなと過ごした文化祭―――
成人式、懐かしき友よ……
写真をながめているうちに、私はたまらない気持ちになってきた。
涙がこぼれて、こぼれて……
酒だ。
こんなときに素面でいられるものか。
私はカバンからシャンパンを取り出した。
勢いよく栓を開く。
ポォン!
パリィィィィイイン!!
飛んでったコルク栓が蛍光灯を砕く。
それがどうした!
私はこぼれまくるシャンパンで忙しいのだ。
あわててラッパ飲みをする。
美味い、美味い、う、うま……ブバッ!!
ものすごい炭酸。
マーライオンのごとく、ふき出してしまった。
じゅうたんに、カーテンに、染みがしゅわしゅわと広がっていく。
い、いかん。
唾液が部屋中に飛び散ってしまった。
もし警察が来てDNA鑑定をされたら、私の犯行だと一発でバレてしまう。
なんということだ!
これでは盗みを働くことが出来ないではないか!
ああ、なんということだ……
私は迷った。
一年の計は元旦にあり。
それが、いきなり初志を曲げてしまっていいのか?
私は悩みつつ、カバンから明日の新聞を取りだした。
地方版の記事をながめ、自分の犯行が載っているかを慎重に探す。
地方版、地方版……あった!
『○○アパートにて空き巣逮捕』
『獅子舞の姿で侵入、天才的手口』
『現代のルパン捕まる!』
間違いなく私のことだ。
最悪だ。
やはり、このまま窃盗を続けるわけにはいかない。
この記事の通りになってしまう。
私は、カバンから予備の獅子舞を取り出して被った。
誰にも見つからないよう、そっと部屋をあとにする。
チャララ、ラッタララ、ラッタラ♪
私はサンバを回収し、カバンに仕舞った。
獅子舞の姿のまま、アパートの駐輪場にあったスクーターにまたがる。ピンク色の、ものすごいぴかぴかのバイク。
こんなのに乗って通学するヤツの気が知れない。一度、持ち主の顔を拝んでみたいものだ。
だが、キーがない。
ああ、面倒くさい!
私はカバンから、バイクの鍵を取り出してエンジンをかけた。
猛スピードで公道へ向かう。
風にあおられる獅子舞の頭。首がもげそうになる。
最低だ。
なにも盗めなかった。
やはり正月なんてロクなもんじゃない。
誤月だ。
誤月は、なにももたらさない。
誤月に生まれる小説なんか、誤りだらけだ!
ストーリーの整合性もなにもあったもんじゃない。
どうせ初夢でしたとかいうオチで、締めくくるつもりだろう。
そうはいくもんか!
この不条理を、この「正月」という文化を根絶するべく、私は社会に訴えねばならない。
そのためにはどうすればいい?
なにをすればいい?
そうだ、世の人々に私は訴えるべきなのだ!
正月の不要を、正月の不必要を!
私はカバンから、スマートホンを取り出した。
小説家になろうのアカウントを開き、バイクを走らせながら両手で一心不乱に小説を打ちこむ。
タイトルは「誤月」。
正月。
なにが正しい月なものか。
誤った月ではないか!
新春と呼びながら春ではなく……
菜須よつ葉さん企画、【よつ葉お正月企画】参加作品。