三章 桜門の向こう側
更新しました。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
三章 桜門の向こう側
「くしゅん!」
蓮がくしゃみをした。
「蓮。どうしたの? 風邪でも引いた?」
「わからない。誰かが僕の噂でもしてるのかな?」
「春国に知り合いなんていないでしょ。壮さんぐらいじゃない?」
そうだよね、と蓮は鼻をこすった。一日中散策をして足が限界を迎えている。茜色が空を染める。そろそろ帰ろうか、と真聖が言う。そうだね、と答えて二人は壮の屋敷へ戻る。
その頃、壮は二人より早く帰ってきた。部屋で一人庭を眺めていた。手元には役人たちのまとめた報告書や編纂された記録がある。それを確認し大臣たちに報告するのが壮の主たる仕事だ。
しばらくして玄関から音がした。蓮と真聖が帰ってきた。壮の部屋にやってきた二人をお帰りなさいと迎えた。壮は二人に春国はどうだったか、と聞いた。二人は素晴らしいところだと答えた。
壮がそれはよかった、と頷いた。
すると蓮は昨日の話を取り出す。
「初めてここにきたとき、首領さまに会えないって言っていたの覚えていますか?」
「ああ。そういえばそんなことを言ったな」
「春国には根深い問題がある、って言ってましたよね。それって一体どんなものなんですか?」
壮は口をつぐんだ。話したくないのだろうか、と二人は顔を見合わせる。すると蓮は言葉を続けた。
「実は今日、すごい高貴な人が乗っていそうな神輿に遭遇したんです」
「神輿?」
「みんな頭を下げていたので習って頭を下げたんです。そしたら神輿の中から銀髪って声がしたんです。女の子の声でした」
それを聞いた壮はハッとした。顔が今まで以上に真剣なものに変わる。思い当たる節があるんですか? と真聖が聞くと壮は口を開いた。
「恐らくその神輿は首領一族の誰かのもの。しかし、女の子の声がしたと聞いて誰だか予想がついた」
「誰ですか?」
「・・・春国首領史悠さまの娘、瑠姫さまだ」
蓮は驚いて口を開けた。相手は春国のお姫様だったことに驚いている。壮の言い分が正しければ神輿に乗っていたのは瑠姫で銀髪とつぶやいたことになる。
「まさか、瑠姫さまにお会いになるとはな。銀髪とおっしゃられたその真意がなんとなくわかる」
壮はつぶやいた。真聖はそれが春国にある根深い問題と直結しているのではないか、と直感で察する。真聖が理由を聞くと壮は言った。
「二人は覚悟があるか?」
「覚悟?」
「これからする話にはまだ君たちには荷が重すぎる。それでも聞きたいか?」
「はい、聞きたいです」
二人は声をそろえて言った。壮は立ち上がり、手元にあった書類をまとめて別の場所へ置いて、今度は棚の中から一冊の古い和綴じ本を取り出してきた。和綴じ本はかなり使い古されたものだった。壮はその和綴じ本を広げた。そこには筆で書かれた文字。墨絵。変色してもろくなった紙をゆっくりとめくりながら壮は話し始めた。
四季が四つの国に分断した話は知っているか? 大陸を四つの国に分断したあの大きな争いは過去最大のもので二度と繰り返してはいけないとされている。しかし、それは昔話。それが最後の戦と思うだろう?
「聞いた昔話ではその争いを収めたのが華札の力をその身に宿す華札継承者が争いを止めたって言ってました」
「その代わりに四つの国に分断してしまった。だけど華札の霊力で争いは格段に減ってずっと平和だったって柊さまは言ってた」
まだ君たちは長く生きてきていないから知らないだろう。だが君たちが生まれる少し前に戦争が起こっていたんだよ。発端は水の奪い合いだった。冬国は雪解け水が多くそれを狙った春国は大軍で攻めた。
「水を奪う? そんなことしてたんですか?」
冬国は強い軍隊を持っていない。その弱みに付け込んだ。結果は春国の圧勝、冬国は壊滅的な被害を受けたと聞いている。夏国が冬国に援軍を送った時は良きすでに遅し。たくさんの人々の亡骸が転がっていたそうだ。
「そんな・・・。蓮紀さまはそんなこと一度も言ってなかった・・・」
史悠さまの独断で行ったものだった。当時下級役人だった私は意見することもできなかった。一番悲しいのは水不足をどうやって救ったという経緯を一切話していない。多くの血が流れたことなど知らないだろう。
君たちにとってこの国は仇と同じだ。しかし春国は冬国の人間を嫌っている。いや、恐れていると思っているよ。特に高貴な方々は・・・。
「壮さん。意味がわかりません。どういうことですか?」
冬国の人々を惨殺したことを恨んで冬国の人間が春国に復讐するかもしれない、と怖れているのだろう。冬国の人間を判断できる目は持ってないだろう。でも蓮。君は違う。
「え?」
壮は和綴じ本を閉じた。そして立ち上がって蓮の隣へ座る。すると蓮の一つに結わいていた髪を解いた。少しクセのある髪を壮が指を通してすいた。どういうことだろう、と聞く。
「この髪だ」
「髪?」
「冬国首領の家系では代々銀髪が受け継がれていると聞いた。銀髪はこの四季大陸全部を探したって見つからない。冬国にしかいないからな」
蓮は自分の髪を見た。ここまで自分の髪に恨みを持ったことなどなかったが、なんだか恨めしい気持ちになってくる。
「じゃあこのまま蓮が首領さまに会ったら・・・」
「冬国の人間と知られて、最悪の場合処刑も考えられる・・・」
処刑?!
蓮は頭の中が真っ白になった。
蓮はあまりのショックで気を失ってしまった。壮は蓮を抱き上げると部屋へ連れていく。真聖もそれに同行する。今まで命を狙われた経験がないことで心に相当な負荷がかかったんだろう。
「真聖。君は冬国の人間かい?」
「はい。でも僕と蓮は兄弟じゃないです。僕は小さい頃に両親に捨てられて、蓮の教育係をしていた柊さまに助けられたらしいです。それからずっと蓮の側仕えを・・・」
「側仕えというより、親友だな。それでいい」
壮は笑っている。
そのままでいてくれ、と壮は願った。しかし、二人の近くにいると壮は妙な違和感を感じていた。
この子らと出会ってから不思議な感覚が支配している。まさか、な・・・。
壮は自分の左側の脇腹を手で触る。そこがにわかに熱い。
部屋に運び布団に寝かせると壮は部屋を出て行った。夜も遅いため真聖も一緒に寝てしまった。
壮は部屋に戻った。
「まだ子供だからな。あんなふうになるのは仕方がないか・・・」
壮は着物を脱いで上半身をあらわにした。すると壮は脇腹を見て静かに笑った。壮の脇腹にはホトトギスの痣がくっきりと残っていた。
私は四月の札、藤にホトトギスを身に宿す者。卯月壮だ。
それから二日が経った後のこと。
壮からあることを聞いた。なんと壮の上司にあたる大臣が口添えをしてくれたらしく、首領の史悠自ら会ってくれるというものだった。話を聞いてもらえる、という嬉しさの反面、冬国の人間である以上何をされるかわからない恐怖がある。
「壮さん。僕の髪の毛が見えなければいいんですか?」
「まあそれが一番手っ取り早いが、それで本当に大丈夫なのか・・・」
壮は首をかしげた。しかし迷っている暇はない。謁見はもうすぐである。
蓮はフードを深くかぶり銀髪を隠していくことを条件に謁見することになった。それには真聖や壮も付き添いとなる。真聖が史悠の質問に答える。一方の蓮は答えるがフードは決して外さない。
少し無謀とも受け止める作戦を立てて、準備を済まし、宮殿の前に立つ。最初に見た朱色の柱が三人を出迎える。緊張する心を抑えていると真聖が蓮に手を伸ばした。
大丈夫。
声を出さず口の動きだけでそう言った。真聖が近くにいるということを確認して蓮は一歩前へ歩き出す。謁見の間の前で壮の上司が待っていた。
「壮。史悠さまがお待ちだ」
「はっ。お口添え、感謝いたします」
壮は礼を言うと謁見の間の扉を開けた。そこを見て蓮と真聖は息を飲んだ。金の装飾が輝き天井には天空を舞う女神の姿が描かれている。視線を移すと目の前の玉座に史悠が座っている。
「史悠陛下。私のわがままを叶えてくださりありがとうございます」
「壮、と申したな。お前のことは聞いている。優秀な役人だそうだ。これからもこの国の発展に尽くしておくれ」
「はっ」
壮は膝をついて礼を尽くす。真聖と蓮も壮に習って膝をつき礼を尽くす。蓮はなるべく目立たないように壮の後ろに隠れる。
「さて、話を聞こうか・・・」
史悠がそう言うと真聖が前へ出た。真聖は壮の屋敷で練習した通り、ことの経緯を説明し始めた。
「私は真聖と申します。私は冬国から来ました。春国と冬国の間で何が起こったのか、もう存じております」
「うむ。して、なぜこの国へやってきた?」
「四季の中心に古の魔物である黒龍が封印されていたことはご存知かと思います。しかし華札の力が弱まり封印が解かれ、黒龍が出てきてしまいました」
史悠も唸っていた。これは冬国のみならず四つの国で現在打開策を打とうとしているところだ。
「それは我が国でも騒動になった。しかし打開策は見当たらないのだ」
史悠はそう言うとため息をついた。豊富な水源を狙って冬国を攻め、一部の土地を奪った張本人ではあるが国民を思う気持ちは持っているようだ。
「方法は一つだけです。各国に散らばった華札継承者に再度封印をしてもらうこと。それがこの窮地を切り抜ける最後の手です。史悠さま、ご存知ありませんか? この国のなかにいる華札継承者のことを」
史悠はうーん、と考え込んだ。話の流れからではいい回答は得られそうにない。すると今まで黙っていた蓮に史悠はついに話しかけた。
「そこの少年。どうした、お前は何者だ?」
背中には冷や汗がつたい、呼吸が乱れる。心臓は他の人にも聞こえてるのではないか、と思うほどの大きな音で鼓動を鳴らしていた。
「そ、それは・・・」
壮がすぐさま助け舟を出す。
「恐れながらこの子は口が聞けぬ子ゆえ、質問などをしても答えられぬと思います。ご容赦のほどを」
しかし史悠の興味は尽きない。史悠はなかなか引かない。
「大丈夫だ。話してみよ」
「僕は・・・」
蓮がそう話した途端、蓮の手が大臣の一人に掴まれた。真聖がゾッとする。すると髪を隠していたフードに手がかかる。やめて、と振り払おうとするが子供のちからではどうすることもできない。
ついにフードがめくられ、蓮の銀髪が晒された。
「あっ!」
もう時すでに遅かった。蓮の銀髪を見て恐れおののく大臣たち。そして驚いて目を見開く史悠。誰もが驚いた蓮の銀髪、水色に染まった瞳。次の瞬間、王座の方から怒号が聞こえてくる。
「お前! その髪の色・・・、冬国首領の一族の人間だな?!」
「これは・・・」
銀髪を見た史悠は恐れて怒り狂う。蓮はどうすることもできなくて返事がまともにできない。すると蓮と真聖の前に壮が立ちはだかる。
「史悠陛下! お待ちください! この子らには何の罪もございません! あの戦はこの子たちが生まれる以前のことでございます! この子らを責めても無意味でございます!」
「黙れ!」
史悠の怒鳴り声とともに壮は吹っ飛ばされた。史悠を護衛する兵士に脇腹を殴られてしまった。そのまま謁見の間の床に倒れ、脇腹をおさえ苦しんでいる。
「壮さん!」
蓮を守る為、今度は真聖が前へ出る。どけ、と言われたがどきません! の一点張りだ。すると真聖から何かオーラのようなものを感じ取る史悠。まるでどこかで感じたことのある感覚だった。
「華札・・・」
「え?」
そう言った刹那だった。真聖は頰に大きな衝撃を感じた。兵士に平手打ちをくらい壮と一緒に倒れてしまった。赤くなった頰を抑えて涙をグッとこらえている。もう蓮を守ってくれる人は誰もいない。兵士が珍獣を見るような視線で蓮を見下している。
「思い出したぞ。その銀髪、水色の瞳・・・。その特徴を持つのは冬国首領一族の証。お前は冬国首領睦月蓮紀の息子、蓮だな?」
蓮はハッとした。蓮紀が華札継承者であることを表す苗字は決して知られないようにしていたはずだった。やはり、春国が冬国を攻めたことを知っていることを表している。
それを聞いて驚きを隠せなかったのは、蓮だけではない。
あの子の父が、睦月蓮紀だと?! 睦月といえば華札の---!
壮の体の中に流れる血が華札に反応する。しかし今壮は平手打ちをされて蹲っている真聖を守ることが精一杯で蓮を助けることができない。
蓮は一歩、また一歩と後ろへ下がる。すると腹の底から絞り出す声で壮が叫んだ。
「蓮! 今すぐここから逃げろ! 遠くへ逃げるんだ!」
「壮! 何を言っている?!」
「真聖は大丈夫だ! お前だけは逃げろ!」
壮は兵士たちの武器から真聖を庇うように真聖を体の下にねじ込ませていた。蓮は覚悟を決めた。蓮はマントを翻し、史悠に背中を向けた。急いで謁見の間から飛び出す。
「逃げるとは小癪な! 今すぐ捕えよ!」
史悠の命令でたくさんの兵士が蓮を追って外へ出る。それに続いて数人の大臣たちもそれに続く。残された壮は視線が全て蓮に行ったことを確認し、真聖の安否を確認する。
「真聖。大丈夫か?」
「壮さん・・・」
すると目の前に史悠がやってくる。壮を睨む。壮も史悠に対して決して媚びたりせずに黄緑色の瞳で睨みつけた。
「・・・この者たちを地下牢に繋いでおけ」
兵士たちに命令し、謁見の間を出て行く。壮は足枷と手には紐で前に固定させられ、真聖は足枷のみをつけられた。そのまま二人は兵士に連行されてしまう。
その様子を見ている影がもう一人。
睦月、蓮紀の息子・・・?
瑠姫だった。紫の瞳が大きく揺れて動揺している。瑠姫にとってみれば衝撃的な光景だったらしくその場からしばらく動けなかった。
蓮は宮殿から逃げ出した。大の大人の兵士たちに追われ、子供ながらの体型を利用して物陰に隠れていた。時々見つかって隠れてやり過ごす、かくれんぼ状態が続いた。
しかし銀髪がある限り、蓮は追われ続ける。
「このままじゃ、捕まっちゃう・・・。どうしたらいいんだろう・・・」
時刻はだんだんと夕刻へと迫ってくる。闇夜に紛れ込めればいいが、兵士たちは血眼になって探すためその作戦も失敗に終わる香りがする。蓮は隠れ場所を移動するために動く。
すると目の前には壮に行くな、と忠告された桜門がある。
時刻的にもうすぐ門が開く。花街の入り口にいて大人にとっての夢の世界への入り口だ。すると背後から大きな声がした。
「見つけたぞーっ!」
蓮はハッとなって振り返ると兵士たちが蓮を見つけて叫んでいるようだった。蓮は迷った。今逃げる道が塞がれている状態だった。桜門を除いては---。
壮さん! 真聖! ごめんなさい!
蓮はそう心の中で叫んだその時、
かーいもーん! かーいもーん! かーいもーん!
男の高い声が響いたかと思うと、鉦の音がカーンカーンと周辺に響いた。桜門開門の合図だった。すると桜門が大きな音を立てて開いた。
蓮は意を決して桜門の向こう側へ走った。兵士たちもその様子を見逃さなかった。
「おい! 桜門の方へ行ったぞ! 追え!」
兵士たちも桜門の中へ走って入っていった。蓮は涙を流しながら逃げた。大事な味方が捕まり頼られるのは自分だけ。さらに首領の怒りを買い、追われの身となった。蓮は恨めしく思った。
こんな髪さえなければよかったのに!
蓮の心の叫びは誰にも届かず、虚空に響いたのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏