三章 小さい一歩
最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
三章 小さい一歩
その夜、蓮は不思議な夢を見た。
目を開けるとそこは自分が寝ていた蓮紀の部屋ではない。真っ白なハスの花が一面に咲き誇っている。蓮は周囲を見渡す。しかしどこまでもハスの花が広がっていて先が見えない。空は雲ひとつない青空だ。
「ここ・・・どこ・・・?」
するとハスの花から漏れた光の粒が集まって形を形成していく。蓮は振り返って見つめた。光の粒は徐々に人の形になり、美しい女性の姿になった。
「あなたは・・・?」
蓮がそう聞くと女性は口を開いた。
「私は椿・・・。私の可愛い息子、蓮・・・。会いたかったわ」
その女性は椿であった。黒い髪に椿の花。そして死人が着るような白装束。色は一切なかった。蓮は驚きを隠せずその場から動けない。優しい笑顔で椿の方から蓮の方へ近づいてきた。
「私が死んだのは蓮が三歳の時だったから記憶があまり残っていないのね。こうして成長したあなたを見れて幸せだわ」
「本当に・・・母上ですか?」
蓮は聞く。すると椿は頷いた。椿は白札の力に引き寄せられて夢の中に現れた、というのだ。蓮が迷っている様子を感じていてもたっても居られなかったそうだ。
椿が蓮の背に合わせて身をかがめ、蓮の頬を撫でる。その感触は柔らかく蓮紀とは何かが違かった。
蓮は口を開いた。
「僕は・・・父上とも母上とも血が繋がっていないって・・・」
「蓮・・・。私はあなたの母になれて幸せだった・・・。父上が赤子のあなたを連れて帰った時、最初は心底驚いた。この子を俺たちの息子にしたい、って。でもあなたを腕に抱いた時、愛おしい気持ちで溢れたわ。あなたのご飯の時はいつも父上と一緒だったし、あなたが笑った時は可愛くて心が暖かくなって疲れさえ忘れた。父上なんかはもうあなたにデレデレで・・・私さえ呆れるほどだったわ。私たちには子供がいなかったから、そんな時にやってきた蓮は神様からの贈り物だわ」
椿は蓮を抱きしめた。蓮は椿の着物から香る優しい香りに酔いしれる。蓮の目から再び涙が溢れた。椿は泣かないの、と指で蓮の涙をぬぐった。そして蓮の腕にある龍の痣を見る。
「蓮。私はあなたの味方。何度も言うけどあなたは私の可愛い息子。私はあなたの母に慣れて幸せよ。これは絶対に嘘じゃない。いつまでも見守っているわ」
椿はそう言うと再び光の粒となって消えてしまった。蓮は光の粒に手を伸ばす。しかしそれを掴めなかった。蓮は空を見上げて立ち尽くした。
蓮が目を覚ました。場所はあのハスの花の面影は一切ない、いつもの蓮紀の部屋であった。そして自分は蓮紀の寝具の上だ。
「夢?」
蓮が目をこすろうとしたとき、涙があった。夜中に泣いていたのではもう乾いている。ついさっき流れたようだ。夢の中で見たのはもしかしたら本物だったのかも、と蓮は思った。
寝具から降りて縁側に出る。冷たい空気が身を凍らせる。蓮は髪の毛をひとつに結び、あくびをする。縁側から見える丘の先には先代首領である蓮紀の父・蓮夜と蓮紀の妻・椿が眠っている。
夢の中で見せたのは白札が見せた幻想だったのかもしれない、と思ったが椿は蓮の白札の力に引かれて夢の中へ入ったと言っている。頬には椿が触れたときの温もりがまだ残っている。
「母上・・・」
蓮がそう呟いた。
すると先に起床した蓮紀がやってくる。朝の挨拶を交わした後はいつもの蓮紀の顔がそこにあった。
「どうした、蓮」
「ううん。なんでもないです」
蓮紀は朝食が出来たから食べに行こう、と蓮を誘った。蓮紀が久しぶりに手を出す。蓮は首をかしげる。蓮紀は久しぶりに手をつないで行こう、と提案する。しかし反応に困っている蓮を見て蓮紀は蓮くらいの年になればしないか、と笑う。
あなたのご飯の時はいつも父上と一緒だったし、あなたが笑った時は可愛くて心が暖かくなって疲れさえ忘れた。父上なんかはもうあなたにデレデレで・・・私さえ呆れるほどだったわ。私たちには子供がいなかったから、そんな時にやってきた蓮は神様からの贈り物だわ。
夢の中で椿が話した言葉が頭に浮かぶ。
蓮は蓮紀の手を握った。蓮紀は嬉しそうに笑い、行こうかと歩き出す。すると蓮は蓮紀に質問をぶつけた。
「父上。僕は父上にとってどんな存在なのですか?」
蓮紀はそうだな、としばらく考えると答えた。
「蓮は俺たち夫婦のもとに舞い降りた希望の光で・・・神様からの贈り物だ。俺と椿の大切な宝物だ」
蓮はそれを聞いて椿が話したことと同じことを蓮紀が話したことに驚いた。また溢れる涙。冬国に帰ってきてからというものの泣いてばかりだ。自分でもなんだかおかしいな、と蓮は自重した。
「蓮?」
「聞きたかっただけです・・・。食べに行こう!」
蓮は蓮紀の手を引っ張り、真聖や柊のいる広間へ先導する。少しばかり大人に近づいた蓮が見せる無邪気な子供の姿。蓮紀も久しぶりに見る蓮の笑顔に心の底からホッとした。
久しぶりの家族揃っての朝食に蓮も真聖も心が躍った。蓮と真聖が笑っている様子を見ていた蓮紀と柊も静かに笑った。
朝食の後、蓮と真聖は冬国の街を歩いていた。蓮の街を歩けば人々は声をかける。
「おや! 蓮さま! おかえりなさいませ!」
「蓮さまのお帰りだぞ! 真聖! お前もよく帰ってきた!」
「王子さま! 真聖さま! おかえりなさい!」
老若男女が声をかける。冬国は他の四カ国と比べれば比較的自然豊かで所謂田舎に分類される。冬国を治める首領も人々と非常に近く、密接な関係にある。なので蓮や真聖が街を歩いていても何の違和感もない。街の大人たちは蓮たちを自分の家族のように接してくれるのだった。
「おばさん! ただいま! 魚屋のおじいちゃんも!」
「ただいま!」
蓮と真聖は挨拶を交わしていく。蓮と真聖が旅に出たことは即日街にも知れ渡った。全員が黒龍の不安に怯え、そして蓮と真聖の無事を祈った。そして蓮と真聖が冬国に戻ってきたという知らせも瞬く間に広がり、安堵のため息をついた。
人々の温かさに蓮は自然に笑っていた。真聖も同じだ。これが日常だ。戻るべき日常である。黒龍が出ればこの笑顔も一瞬で失われる。
屋敷へ帰る途中、蓮は真聖に言った。
「黒龍が復活すれば・・・みんなの笑顔は消えちゃうんだよね」
「うん。それこそ・・・」
真聖は「十年前」と言いそうになる。蓮にとってみれば一番気にしていることだ。傷に塩を塗ってしまう行為と同じである。不意に蓮が足を止める。真聖が理由を聞くと蓮が真っ直ぐに真聖を見つめてくる。
「僕、ずっと父上や母上と血が繋がっていないことをずっと気にしてた。昨日なんか父上に・・・あんなこと言って・・・。でも夢の中で母上が言ってたんだ。『子供のいない私たちの元にやってきたあなたは、神様からの贈り物だ』って・・・」
また涙が溢れそうになる。このままじゃ真聖に泣き虫って言われる、と蓮はグッと堪えた。真聖が蓮に声をかけようとしたその時---、
「いつまでもウジウジしてたら母上にも白札にも怒られちゃう。だから一歩進もうって決めたんだ。僕は血の繋がりはない。だけど、僕は冬国の王子であり続ける。白札だってこと、受け入れて生きる」
蓮は決意していた。
真聖はそっか、とつぶやいた。すると蓮は真剣な表情で真聖を見つめた。
「僕は必ず首領になる。白札の役目を果たす。真聖、父上と一切血が繋がっていない僕が首領になっても最後まで忠誠を尽くしてくれる? これは・・・、睦月の華札継承者の跡を継ぐ、睦月蓮としてお願いしてる」
蓮と真聖に沈黙が流れる。カサカサと風で木の葉が音を鳴らす。地面に降り積もった雪が空気を冷たくしてそれが風となって吹いた。真聖は息を飲む。目の前にいるのは親友としての蓮ではなく、自分が命を懸けて忠誠を尽くす相手である、冬国王子であり次期首領である蓮がいた。
真聖は片足を立ててしゃがみ、忠誠の証である体勢になる。短剣を腰から外し、蓮の前へ掲げる。
「僕は冬国王子である蓮さまを親友として、また次期首領としてより忠誠を誓うと共に師走の華札の力とこの短剣を持ってお守りすることを誓います」
蓮はありがとう、と言った。
すると蓮は真聖の実の両親の墓参りに行こうと提案する。しかし真聖は首を横に振る。その理由を聞くと真聖の両親は葬られていないためお墓なんてないよ、と言った。
蓮はそんなことないよ、と言った。その理由は言わず、真聖の手を引いてズンズンと歩く。真聖がどこへ行くの?! と聞くが蓮は内緒! と叫ぶ。
蓮に連れてこられたのは冬国の街からだいぶ離れた森の中。ここは一体・・・、とつぶやいた真聖に蓮は二つの祠へ案内する。雪で少し薄化粧をしている。
「真聖の本当の父上と母上のお墓だよ」
「・・・え」
真聖の時が一瞬止まった。真聖は真実を確かめるように雪を払う。そこに彫られていたのは「十年前の悲劇よ、ここに安らかに」。真聖に関係ある名前が書かれているわけではなかった。真聖は半信半疑だった。
すると蓮は真聖に祠の後ろ側を見るように言った。真聖は言われた通りに祠の後ろに回って確かめた。そこには知っている人物の名前が彫られていた。
「造立 如月柊」
「な、なんで柊さまの名前が・・・?」
真聖は驚いて声が出ない。蓮は説明する。実は街へ向かう前に蓮が柊から直接聞いたのだ。真聖の両親のお墓はどこか、と聞くと柊は細かく教えてくれた。柊は真聖の両親の冥福を祈るため、二人を供養する祠を立てたのだ。
「柊が真聖の両親の冥福を祈って造ったんだって」
真聖は腰を抜かしてその場でしゃがんだ。真聖がずっと涙を堪えていたが一気にあふれた。地面に真聖の涙が一つ、また一つと落ちた。真聖は涙を袖で少し乱暴に拭った。
「蓮。連れてきてくれてありがとう・・・」
「お礼は・・・これを建ててくれた柊に言ってあげて」
まあ、確かにそうだね・・・と真聖は笑った。
こうして二人は祠に手を合わせ祈った。二人は十年前に起こった戦で親を失った戦争孤児。不思議な縁で蓮は蓮紀に助けられ、真聖は柊に助けられまた奇跡が重なって二人は出会った。
そのことに関する感謝と誓いを祈りに捧げた。
祈りを終えてさあ、屋敷に帰ろうと蓮が切り出す。真聖はそうだね、と応える。蓮が歩き出す。真聖も歩き出すがすぐに泊まり、祠のほうに振り返る。空から深々と雪が降りだす。冷たい雪が頬に落ちる。
僕は幸せだよ。僕には・・・使命がある。やるべきことがある。守るべき友と主人がいる。憎んでごめんなさい・・・。でも前に進むよ。だから見守っていてね・・・。
「まーさーとー! はーやーくー!」
蓮の声が聞こえる。真聖はすぐにその後を追った。白くなった地面には二人の足跡だけが残された。
二人は屋敷に到着した。そして雪が降り積もった中庭に出る。蓮と真聖は着物の袖をまくり互いの顔を見合わせ、ニヤッと笑った。そして雪玉を作り思いっきり投げ合った。
「つめたっ! やったな! お返しだ!」
「投げるの甘いよ、蓮! 僕の雪玉をくらえっ!」
中庭に二人の少年の元気な声が響く。華札の封印が解ける前日までの光景である。蓮と真聖は思いっきり雪合戦を楽しんだ。二人は雪をかぶりながら笑う。
その笑い声を聞きつけて柊と蓮紀がやってくる。中庭で遊ぶ蓮と真聖を見て柊は顔をしかめる。
「次は我々が封印する番だというのに・・・。申し訳ありません」
「いいんだ。平和な頃に戻ったようで安心する」
蓮紀は静かに微笑んだ。蓮紀は二人の様子を優しく見つめていた。まるで嵐の前のようで不安になる。
「二人は十年前の戦で本当の家族を失った戦争孤児。蓮さまは蓮紀さまに引き取られ、次期首領となられる。真聖は儂が引き取り、今や世界でたった一人の師走の華札継承者。縁とは不思議なものですな・・・」
柊は腕組みをして言った。
「あの様子だとお互いに乗り越えたようだ。少し安心したよ。たくましくなったものだ。なんせ二人はあの地獄の中で唯一生き残った奇跡なのだから」
蓮紀はそう言って手首にある鶴の痣に触れた。蓮紀と柊は静かに見守る中、蓮と真聖は雪合戦で遊び続けた。
蓮と真聖という地獄を生き残った奇跡は、様々な感情を抱えながらではあるが小さい一歩を踏み出した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




