二章 蓮紀の告白
最新話を投稿します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
二章 蓮紀の告白
土産話が終わり、すっかり日が落ちた。
真聖は旅の疲れが出てしまったのかすぐに眠ってしまった。蓮が蓮紀に話があると振ったままだったのでその話をしようと中庭の見える縁側に並んで座っていた。
「蓮。どうした?」
「その・・・、僕、父上に聞きたいことがあって・・・」
相手がかなり身近な人なのにも関わらず言葉が詰まってしまう。いままでこんなことほとんどなかったというのに。その様子に蓮紀はなかなか珍しいために少し笑いを抑えながら聞く。
「蓮。珍しいな。ゆっくりお前の言葉で話してごらん」
蓮紀がそう蓮に言い聞かせた。蓮は頷いて小さく息を吸った。そして着物の袖をまくった。そこには腕に巻きつくような龍の痣がある。それを見た蓮紀は息を飲んだ。
「蓮・・・」
「僕・・・、華札継承者の人たちと出会ったときから不思議なことが真聖や他の人たちが見ているんです。華札の封印のときに目が光っていたり、僕が触れると怪我も病気も全部治っちゃう・・・。真聖が毒殺されそうになったときだって・・・僕が知らないうちに真聖を助けたみたいなんです」
蓮の体が震えている。蓮紀は蓮が何を言いたいのか、なんとなくだが分かってきた。そして蓮は続ける。
「秋国にいる巫女さんに見てもらいました。そしたら・・・、父上と一切血が繋がっていないって・・・。僕は白札で・・・父上の睦月の華札継承者じゃない・・・っ」
蓮の目に大粒の涙が浮かぶ。蓮紀は事の重大さを感じていた。もう最初の笑顔はほとんどない。涙でいっぱいになった目を蓮紀に向けて思い切って聞いてみた。
「どうして今まで何も言わなかったの? どうして・・・赤の他人の僕を拾ったの・・・? 白札と分かっていて拾ったの?」
蓮の口調がだんだんと荒っぽくなってくる。自分が蓮紀に拾われたのは特殊な「白札」という能力を持っていることを知っていて拾った、利用するためだ、と蓮は蓮紀を言葉で責め立てた。
感情が溢れ出して心の貯水池が決壊し止めどなく涙が蓮から流れた。悔しさとそして疎外感である。自分が母親だと思っていた椿も優しく育ててくれた蓮紀でさえも他人であることに心が痛かった。
蓮紀は蓮の頭を撫でた。
「蓮。確かにお前は俺の実の子供じゃない。白札であることも調べて知っている。だけど・・・、お前のことを考えぬ日など一度もない。血の繋がりも一切気にしていない。それに息子じゃないって思うはずがない。蓮、お前は俺と椿の可愛い息子だ」
蓮はそれでもなかなか受け入れられなかった。
蓮紀はついにこのときがきてしまったのか、と呟いて蓮に俺の言葉が信じられないか? と聞く。すると蓮は首を縦に振った。それには蓮紀も参ったな、とぼやいた。
蓮紀は再び蓮を見て言った。
「じゃあ蓮。今度は俺の話を聞いてくれるか? 俺と蓮が初めて会った日の話だ・・・」
蓮が生まれる十年と少し前のこと。
冬国首領の家に生まれた蓮紀は十七歳のときに同じ冬国で暮らしていた椿と結婚した。実は政略結婚であったが二人は非常に仲睦まじく誰もが羨む夫婦だった。
しかし二人はなかなか子供に恵まれなかった。子供が産めない椿は幾度となく自分を責め、蓮紀はそれを優しく癒したのだった。
「あなた・・・。ごめんなさい・・・」
「椿。君のせいじゃないよ。僕たち二人だけでも幸せだから一緒に生きていこう」
子供がいなくてもいい。蓮紀はそう言い続け、椿の心の傷はゆっくりではあるが塞がっていった。
こうして時は過ぎてちょうど十年前のこと。春国が冬国の水資源を狙って兵隊を送り込んだ。兵力の差は雲泥の差で負けることは明らかであった。しかし民を守るために負け戦でも出陣しなくてはいけない。
この時蓮紀は父親が亡くなったため、新しい首領となっていた。蓮紀も出陣しなくてはいけなくなり、屋敷に妻である椿と女中たち、教育係だった柊が残された。
「あなた・・・」
「椿。そんな心配そうな顔するな。絶対に生きて帰って来るから。君を置いて先に死んだりなんかしないから」
「約束です」
「ああ。椿、留守を頼む!」
戦装束に身を包んだ蓮紀は馬に乗り、戦場へ駆け抜けていった。蓮紀は馬上で剣を振り回し、民を守るために戦い抜いた。しかし蓮紀の持つ銀髪に引き寄せられるように敵がどんどん襲いかかってくる。
しかし蓮紀は無傷で済んだがその代償は大きく、冬国は大敗した。結果として冬国の領土を春国に取られてしまった。蓮紀は頬に矢で受けたかすり傷だけを残して急いで屋敷へ戻る。
「椿! 柊! みんな、無事でいてくれ!」
蓮紀は大急ぎで道を急いだ。しかしその速度はだんだんと下がっていく。目の前に広がるのは家が破壊され、多くの人々の亡骸が転がっていた。蓮紀はその場から動けず、変わり果てた冬国の姿に立ち尽くすだけだった。
「なんということだ・・・。何故攻められたのだ・・・。何故・・・」
蓮紀は地に膝をつけて激昂した。絶望が心を支配して目から涙が溢れ出す。頬のかすり傷の痛みは心の痛みよりが強すぎて何も感じなくなっていた。
すると蓮紀の耳に信じられない声が聞こえて来る。もう蓮紀のいる場所の民は全員亡くなっている。それなのに小さくてそれでも力強い声が聞こえて来る。蓮紀は顔を上げて周囲を見回す。
「赤子の声・・・? ま、まさか・・・」
蓮紀は己の耳だけを頼りに声の主を探す。なんとか声の発信源を捉えることに成功した。破壊された家の材木をどかすした時、それは現れた。
白い布に包まれた赤子がさっきよりも弱くなった声で泣いていた。蓮紀は壊れ物を持つように赤子を抱き上げた。蓮紀はすぐに周囲を見渡し赤子の親を探す。見当たらなくて声を上げた。
「この子の親はどこだ! どこだ! 無事かー?!」
蓮紀の叫びも虚しく赤子の親は赤子の見つかった場所から離れたところで亡骸となって発見された。蓮紀は赤子を抱いたまま立ち尽くした。赤子の泣き声が虚しく響いた。蓮紀は何かを決心したように赤子を抱いたまま馬に乗り、屋敷へ戻った。
屋敷の門が開き、蓮紀が戻って来る姿を見た椿は駆け寄った。
「あなた! ご無事で何よりです!」
蓮紀は馬から降りる。
「皆無事か? すまない、負けた。領土は減ってしまうが・・・冬国自体はなくならない」
「お気になさらないでください。あなたがご無事なだけでも、椿は嬉しいです」
そう話していると蓮紀の胸元から赤子の泣き声が聞こえる。椿はそれに驚いて目を丸くしている。蓮紀は着物の下から赤子を出して椿に見せる。
「あなた・・・。その赤ちゃんは・・・」
「帰還する途中に見つけたんだ。親は・・・もう・・・。家は倒壊して住んでいた民達も全員・・・。この子は唯一の生き残りだ・・・」
赤子の泣き声は徐々に大きくなっていき蓮紀では手がつけられなくなってしまった。慌てている蓮紀に貸して、と椿が赤子を抱く。そして体を揺らしながらあやすと赤子は泣き止んで椿の着物の袖を掴み笑い出す。
「ほうら、笑った・・・」
椿も赤子の笑顔を見て頬が緩んだ。蓮紀は椿にあることを切り出した。
「椿。俺はこの子を自分の子として育てたい・・・」
「あなた・・・」
「この子は生き残りだ。放っておけば命が危ない。亡くなったこの子の親のためにも立派に育ててあげたいんだ」
なんと蓮紀は椿に赤子を養子にする提案を持ちかけたのだ。椿にとってみれば自分には妻としての役割を果たせない、という自責の念を突きつけることになる。明らかに戸惑っている椿に蓮紀はさらに続けた。
「椿。もしかしたら君にとっては辛いことかもしれない。俺の我儘なのは分かってる。お願いだ! 椿にはこの子のお母さんになってもらいたいんだ・・・!」
蓮紀は椿に対して頭を深々と下げた。「椿を母親にしてあげたい」というのは蓮紀の願いでもあった。椿はわかったわ、と承諾した。
「ありがとう・・・椿・・・」
蓮紀は椿を赤子ごと腕の中に閉じ込めた。すると圧迫されて赤子がまた泣き出す。それにも蓮紀は大慌てだ。それを見て椿は慌てる様子もなく、蓮紀の初心な反応が新鮮で可愛くて笑っていた。
椿はすぐに母乳の代わりに飲ませるものを調合して飲ませた。それを飲む時は決まって椿と蓮紀は一緒。最初は複雑な感情を持っていた椿も次第に赤子に惹かれて母親として愛情を注いでいた。
椿と蓮紀はこの赤子に蓮紀の一文字をとって「蓮」という名をつけた。
すると時間の経過と共に蓮に変化が現れた。蓮の瞳の色が蓮紀と同じ水色に変わり、髪の毛も銀髪が生えてきた。不安がる椿のため、蓮紀は必死に調べた。
その結果、
「白札・・・?」
「はい。十二の華札のどれかが欠けた時、それを補う、または成り代わる役割を持ちます。その特徴として育てている人に影響を受けて容姿が変わるということ。どんな怪我も病も治す尋常じゃない治癒能力です。この力は他人にも働きます」
柊から報告を受けた。蓮紀は運命とは奇なりだな、と言った。それは柊も同じことを考えていた。柊は蓮紀に問いた。
「このことはいつ・・・蓮さまに・・・」
「分かっている。いつか・・・真実を口にしなくてはならない。柊、俺も馬鹿じゃない」
蓮紀はきっぱり言った。
白札ということは蓮紀の跡継ぎの資格は十分にあるということになる。しかし、まだ蓮は赤子である。未来のことまで上手くいくとは到底思えなかった。
「蓮の成長を見ながら考えたい。俺たちに必要なのは戦の傷を癒す、時間だ・・・」
蓮紀はそう決めた。
蓮が大きくなったときに真実を告白しよう。そう決めた矢先に黒龍に襲われ、重傷を負った。その時、まだ蓮の中にいる白札の力は覚醒してないために蓮紀を助けることは出来なかった。
蓮紀は蓮に嘘偽りなく真実を告白した。
蓮は固まっていた。珠から聞いたことはなんとなく把握していたが、蓮の知らない蓮紀と椿の姿が全部詰まっていた。
「蓮・・・。俺も、母上も・・・お前を考えない日はないんだ。母上もお前が可愛くて死ぬ間際まで蓮のことを心配していた。お前は間違いなく、俺と椿の息子なんだ・・・」
蓮紀の大きな掌が蓮の頭を撫でる。暖かくて大きな手。小さな頃から自分を守ってくれた手である。蓮はまた涙を流す。それを拭う。
「お前の白札の力は華札の力さえ敵わない。何にだってなれる。だから、俺と椿の可愛い一人息子になれたんだ」
蓮は蓮紀の胸に顔を埋めて大声で泣き出した。
そうだ、蓮。好きなだけ泣け。お前に必要なのは受け入れる時間だ・・・。
蓮紀は何も言わずにただ蓮の想いを受け止めた。
深夜。
柊が蓮紀の部屋にやってきた。すると蓮紀は人差し指を口に当てた。見ると蓮紀の寝具の上で蓮がスヤスヤと寝息を立てていた。泣き疲れた蓮は蓮紀の寝具を占領する形で眠ってしまった。
「蓮紀さま」
「ああ。どうした、柊」
蓮紀が振り返った。すると柊は何かありましたか? と聞いた。蓮紀は望んでいない形ではあったが真実の告知ができたと話した。
しかし蓮の心の傷は思った以上に深かった。何度も言い聞かせたが蓮が耳を貸すとはなかなか思えない。蓮紀は未だにこれが正しい判断だったのか? と悩んでいる。すると柊は蓮紀さまは正しいことをいたしました、と続ける。そのわけを聞くと柊はとっさに答えた。
「蓮さまがいなくては、この華札継承者を探し封印する旅もできなかったと思います。蓮紀さまは間違っておりません」
そう言ってくれるのは柊だけだよ、と蓮紀は返す。しかしこれは自分だけではなく奥方さまも同じことを言っただろうと続けた。
椿が亡くなった時、蓮はまだ「人の死」がいまいち理解できていなかった。しかし椿は蓮紀が唯一愛した女性である。蓮紀は夜通し椿の亡骸にすがり泣き続けた。
「そう信じたいな」
蓮紀は微笑んだ。
柊が部屋を出て行くと蓮紀は棚に飾られている椿の形見である髪飾りを手に取る。蓮紀は静かに涙をこぼす。できることならばもう一度会いたい愛しい存在。
髪飾りに優しく口付けをする。まるで愛おしい椿にするように行う。髪飾りを元の位置に戻して寝具から立ち上がろうとすると蓮が着物の裾をつかんで離さなかった。閉じた目からはうっすらと涙が浮かんでいる。きっとまだ夢の中でも泣いているんだろう。
蓮紀は移動せず久々に同じ寝具の上で眠りについた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




