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華札のクニ  作者: 藤波真夏
第一記:はじまりの記憶
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三章 悔しさと悲しさ

最新話を更新しました。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏

三章 悔しさと悲しさ

「真聖。お前には隠していることがある」

 そんな言葉で始まった。真聖は何のことだろう、とただ柊のほうを見つめていた。

「真聖。以前に首を寝違えて痛いと言っていたの覚えておるかの?」

「へ? はい。でももう痛みはないですよ? それがどうかしたんですか?」

 首をかしげる真聖に柊はあるものを取り出す。それは手鏡。そして真聖に痣のある首の後ろを出すように命じる。真聖は言われるがままに首を出す。そして真聖を大きな姿見の前に立たせた。

「柊さま?」

「手鏡に映っているものを見るのじゃ・・・」

 真聖が視線を柊の持っている手鏡に移す。すると目に飛び込んできたのは、鳳凰の痣だった。え?! と驚いてその場を動けない真聖。何か病気なのかもしれない、と震える。

「何? 鳥の形に見える?」

 驚いている真聖に柊が言う。

「真聖。よく聞きなさい。お前の首の痣は寝違えてできたわけではないのじゃ」

「じゃあ、病気なんですか?」

「違う」

 柊は不安がる真聖を落ち着かせようと優しい声で諭す。よく聞きなさい、と何度も言って落ち着かせる。

「これは華札継承者に現れる痣じゃよ」

「華札? それって前に蓮紀さまが話してくれた、不思議な力を持つ華札のことですよね?」

 そうじゃ、と頷く柊。なんで僕なんですか? と聞き返す。すると柊はきっとお前の両親のどちらかがかつて華札継承者の子孫だったのじゃ、と話す。まだ受け入れきれない真聖に柊はこう言い聞かせた。

「霧に鳳凰は師走の札。お前の本名は師走真聖ということになるのじゃ」

 師走真聖、と何度も自分の名前をつぶやく。そして真聖を襲っていた体調不良のことも説明した。あれは華札継承者だけがわかる能力でまだ子供の真聖には力が入りきらず、体調不良という形で現れたということ。

 そして楔を打ち込むように柊は言った。


 決して、師走真聖という本名を人に言ってはいけない。


 何を言っているんだろう? と真聖は固まってしまった。

「華札というものの霊力はお前が想像している以上の力を持っている。名前を言えば利用されかねぬのじゃ。己の身を守るためにも言ってはならぬ」

「信頼している人には言っていいんですか?」

「それはお前の判断じゃ」

 すると柊は包帯をするするとほどいて手のひらを見せた。そこにはウグイスの痣がある。それを見た真聖はまさか、と言葉を詰まらせた。まさか柊さまも継承者なのですか? と恐る恐る問うと柊は言った。

「いかにも。儂は如月の札、梅にウグイスに選ばれた華札継承者、如月柊じゃ・・・」

 真聖はそのままへたり込んだ。力が抜けてしまった。そんなに驚くことじゃないじゃろ、と言う柊にそんなことあるかい、と真聖は突っ込んだ。

「今まで教えてくれなかったじゃないですか!」

「すまんな。でももう一人、この屋敷には華札継承者がおるがの」

「もう一人?」

 真聖は早く聞きたい、と急かす。柊は分からないのか、とつぶやいた。

「睦月の札、松に鶴に選ばれた方だ。その方は華札継承者にして冬国首領の蓮紀さま。本名は睦月蓮紀じゃよ・・・」

「蓮紀さまが・・・華札継承者・・・?」

 真聖の頭に浮かんだのはまだ目を覚ましていた頃の優しくて強い、もう一人の父親である蓮紀の顔。不意に撫でられた頭を触る。なんとなくだが蓮紀の温もりが潜在的にわかる。それと同時に心の底から別の感情が込み上げてくる。

「柊さま・・・。僕が華札継承者ってことは蓮紀さまをお守りすることができたってことですか?」

「少なくともじゃ・・・」

「僕は悔しいです! 蓮紀さまや蓮に悪いことをしてしまいました・・・。僕、僕!」

 真聖はしゃがみこんで泣き出してしまった。すると柊は真聖と同じ目線になって言った。

「泣いてはダメじゃ。お前は華札の力を授かった。これから強く生きなきゃいけぬ。これからは蓮さまをお守りするのじゃ。お前が蓮紀さまを本当の父のように慕い、尊敬していたのは分かる。蓮紀さまも強く生き抜いておいでじゃ」

 柊の言葉に真聖は溢れていた涙を少し乱暴に拭った。真聖の頭に浮かんだのは蓮紀の言葉。

 お前たちが守るのだ。

 真聖は首の後ろに手を添える。蓮紀の言葉を思い出してはまた涙が溢れた。

「蓮紀さまがああなってお前も参ってしまったんじゃろう。もう休むのじゃ」

 柊は真聖を連れて部屋へ戻っていった。


 一方の蓮はいつも真聖と遊んでいる中庭にいた。蓮紀の重傷に悲しみを隠せないでいたがそれ以上に気になっていることが今蓮の頭の中を支配している。

「あれは何だったんだろう」

 木の棒を掴んで蓮が地面に書いたのは鶴の絵。蓮紀の手首にある痣の絵だった。しかし生まれてからというもののあの痣のことを教えてはくれなかった。まるで仲間はずれに晴れた気分だ。

「蓮さま」

 蓮が振り返ると柊が立っていた。こっちにおいでください、と言うと蓮は柊のほうへ歩いて行った。柊に付いていくと部屋には真聖がいた。

「真聖?」

「蓮?」

 蓮は真聖の隣に座らせた。一体なにがはじまるんだろう、と顔を見合わせている。これには真聖も驚いている。二人の前に柊が座り話し始める。

「子供達よ、よく聞いてほしい。今回の騒動は黒龍のせいじゃ」

「黒龍?」

 二人は意味がわからず首をかしげた。やはり黒龍については教えられてなかったか、と柊はつぶやいた。柊は本棚から古文書を取り出した。以前蓮紀が使っていたものとは違う。その本を開くとそこには真っ黒な龍の絵が描かれていた。

「これが黒龍じゃ。黒龍は四季に古来から伝わる魔物のことを言うのじゃ。黒龍は光を遮り、海は荒れ、黒龍が発する禍々しい瘴気は人々を死に至らしめる。歴史書に書かれていることじゃ」

 初めて明かされた黒龍の話。その話は幼い二人の体を震わせ、心に不安を呼んだ。じっ際に経験したわけでもないのにその情景が頭の中に浮かぶ。

「今、儂は嫌な予感を感じておる。それはきっと蓮紀さまも真聖もだろう」

「真聖が? なんで? 僕は何もわからないよ」

 蓮一人だけが置いてけぼりにされている。柊は蓮に真聖と蓮紀、そして自分自身があの言い伝えにある花札の継承者であることを打ち明けた。言葉も出ず固まっていると小さな声でつぶやいた。

「真聖は知ってたの?」

 真聖が蓮のほうを見ると今まで見たことのない蓮の顔がそこにあった。普段泣き顔をほとんど見せない蓮の顔が涙に濡れていた。水色の瞳から大粒の涙がポロポロと流れた。

「父上も柊も真聖も知ってたの? 僕だけ仲間はずれなんてひどいじゃないか!」

 真聖も言葉を発せずにいた。蓮の心には悲しみで溢れていてガラス瓶のように脆くて簡単に壊れてしまいそうだ。

「蓮さま。真聖も先ほどまで何も知らなかったのです。真聖も全てを知ったのはさっきでございます。真聖を責めるのはお止めください。責めるならこの儂を・・・」

 柊は頭を下げて詫びる。精一杯の詫びだ。

「どうして黙ってたの? 父上は僕に自分は華札継承者だってこと教えてくれなかったのに・・・。鶴の痣、見せてもらったことなかったのに・・・!」

 蓮は手を握りしめた。蓮紀の手首にあった鶴の形をした痣が脳裏に焼き付いて離れない。柊は蓮の肩に手を置いた。蓮が顔を上げると柊は静かに言った。

「蓮紀さまは華札継承者であったが、その力を使うことを嫌っていたのです。華札の霊力は強力でその力に逆らう術などございませぬ。平和な世に華札の力は不要だ、と毎日のようにおっしゃっておりました。だからこそ、蓮さまにお伝えしなかったと思います。真聖も同じこと。華札継承者と分かっていても蓮紀さまはその力を使わずに生きろ、とおっしゃられていたはずでございます」

 柊の言葉に蓮はまだ自分が小さい頃に蓮紀が話していたことを思い出す。


 最愛の妻であった椿が亡くなった時、蓮はまだ三歳だった。しかし母親の椿がいなくなってしまったことを蓮はかすかながらに覚えている。

 ある日、幼い蓮は蓮紀に抱かれて屋敷の庭を見つめていた。時期は冬。冬国には雪が降り、あたりを銀世界に変えてしまう。その中にポツリと咲く椿の花が目に入る。

「綺麗な花だ」

「とーしゃま?」

 つぶらな瞳の蓮が蓮紀の顔を不思議そうに見つめている。その瞳は蓮紀と同じ色をしているがそこに自分の顔が映る。

「蓮。いいかい? もし、望まない力を手にいれたとしても決してその力は使っちゃいけないよ」

「なんで?」

「平和な世にあっても意味のないことだからさ。平和で幸せに過ごすのがいいことなんだ。まだ蓮は小さいから分からないか。でも蓮が大きくなったら分かるよ」

「おおきくなったら、わかるの?」

「きっとな」

「ぼく、おおきくなる!」


 あの時の蓮紀は本当に穏やかな顔をしていた。

 薄れゆく記憶の中で小さな欠片を拾い集めて一つの思い出が蓮の中で掘り起こされた。

「父上は言ってた。もし望まない力を手にいれても決して使うなって。それってこのことだったの?」

「もしかしたらそうかもしれませぬ。蓮紀さまや真聖の気持ちご理解ください・・・」

 柊は再び頭を下げた。すると真聖も柊の隣について頭を下げた。

「頭をあげてよ。お願い・・・」

 二人が頭を上げると蓮が見つめていた。

「真聖。僕たち親友だよ。真聖は僕なんかよりもっと重いものを背負っているのに。ごめんなさい」

「蓮・・・」

 蓮はいつもの笑顔を見せた。蓮紀の平和を愛する想いは蓮にも真聖にもちゃん心に刻み込まれていた。柊は少し息を吐いた。

 そして蓮は柊に向き直り、気になっていることを全て聞いた。

「ねえ、柊。どうして父上はあんなことになったの?」

 蓮が突如として口を開いた。柊は少し驚いていたが間髪入れずに今度は真聖が聞いた。

「まさか、黒龍?」

「・・・兵士の一人に聞いたら蓮紀さまは国境付近に行っていたそうだ。そこで黒龍と対峙して怪我を」

「でも黒龍は伝承では華札によって守られているんじゃなかったの?!」

 蓮が信じられないとばかりに前のめりに聞く。柊はこれは推測じゃが、と一言付け足して話し始めた。

「四季が大昔の戦で分断したのは知っておるな?」

 二人は顔を見合わせて頷いた。蓮紀から聞いた話を思い返す。

 柊はその分断を引き起こす要因となったのが黒龍だという。黒龍の力を抑え、華札継承者たち十二人の力で黒龍を四つの国の国境に封じ、華札の霊力で封印し二度と黒龍が出てこられないように抑え込んだ。

 柊の言葉に真聖は言った。

「その黒龍が復活したってことですか?」

「嘘?!」

 真聖の言葉に一番に驚いていたのは蓮だった。柊の顔を見るとそうとしか考えられない、と告げた。

「黒龍が復活したということはまたこの大陸に不吉なことが起こる。大変なことになる」

 柊の言葉に蓮の顔からは血の気が引いたように真っ青になった。聞きたくはない言葉を蓮は発した。

「じゃあ、父上がああなったのは黒龍のせい・・・なの?」

「そういうことになりますな・・・」

 蓮には部屋で眠り続けている蓮紀の姿が浮かんだ。あの大怪我は黒龍のせいかと思うと腹立たしい。蓮が今まで経験したことのない感情に飲み込まれそうになる。

「華札継承者はそのわずかな力を感じ取ることが可能ですじゃ。しかし黒龍を封じ込めていた強い華札の力を感じることができないのです」

「ってことは、華札が破られたってことなの?」

「信じがたいことですが・・・」

 蓮はスクッと立ち上がった。蓮? と真聖が見上げる。すると蓮の瞳がいつもよりも凛々しく見えた。まだ十歳の少年とはとても思えなかった。

「ねえ柊。黒龍を封印する方法はないの?」

「蓮さま?!」

 蓮の口から出た驚愕の言葉に腰を抜かさんばかりに驚いた柊。どうしたらできるの? と何度も聞いてくる蓮に柊はついに折れて話し始めた。


 いいですか、蓮さま。

 華札伝説にこのような言い伝えがあるのをご存知ですか? 「国乱れし刻、古の時代より存在する華札に選ばれし者達によって国は窮地から脱し、闇は葬られるだろう」というものを。

 華札継承者の者たちは後悔と自責の念から自分たちが花札継承者であるということを隠し離れ離れで生活を始めたと聞いておる。きっと華札継承者たちの血は代々受け継がれて今日まで至っておる。儂や真聖、蓮紀さまのようにじゃ・・・。

 華札継承者の力で再び封印することができれば、もしかしたらもしかするのじゃ・・・。


「ほんと?!」


 話はそれで終わりませぬ。

 再び国境付近にて封印するためにはその国のその華札継承者だけでなければ封印することはできぬのじゃ。

「誰がどこにいるのか分からないの?」

「そうですよ、柊さま。なにか知らないんですか?」


 各国にある封印石には華札の絵柄が描かれているんじゃ。冬国には師走、睦月、如月の華札。春国には弥生、卯月、皐月の札。夏国には水無月、文月、葉月の札。秋国には長月、神無月、霜月の札が描かれておる。

 その場所に該当する華札継承者を連れて行かねばならぬ。


 蓮は言葉がでなくなった。

 華札継承者が封印するだけではなく、その場所に行かなければならない。しかも今花札継承者たちがひたむきではない可能性もある。そんな不安が横切る。さらにそれを達成するためには一人の力ではどうにもならない。

「柊。僕、行くよ。春国に・・・」

 蓮の言葉に驚いたのは柊だけではなく、真聖も驚いた。どこからそんな考えがでてくるのか・・・。柊は絶句した。

 蓮は話し出す。

「僕は華札継承者ではないけれど、僕はみんなで平和に過ごせるように戻したい。父上がああなってしまったなら、次は僕がやらなきゃ。僕は、睦月の華札継承者の睦月蓮紀の息子なんでしょ?」

 蓮の眼差しは若き頃の蓮紀そっくりであった。

 柊は蓮にまだ幼かった頃の蓮紀の姿を思い出させた。曇りのない純粋なその瞳に柊は弾き込まれていった。


「ぼくは睦月蓮夜ムツキレンヤの息子なんでしょ?」


 かつて幼い蓮紀が発した言葉そっくりだ。

 その言葉を父親になった蓮紀の名前で聞くことになるとは予想もしなかった。真聖は心配そうに見上げていると柊はやはり親子、ですな・・・とつぶやいた。

 蓮と真聖はなにか言った? と聞くとこっちの話だと濁された。

 柊も不安でたまらないが、蓮の決意に一つ大きな賭けをしようとした。それに感化されたのか真聖も僕もお供したいです! と志願したのだった。一人だと何かと不便、さらに蓮は世間知らずな面があるため真聖も側仕えとして同行を許可された。


 蓮紀が重傷を負ってから数ヶ月後のことだった。

 蓮は蓮紀と同じ銀髪を一つに結わき、白い着物を旅装束にしてマントを肩から被る。そして軽い荷物だけを持った。

 真聖は華札継承者であることを知られることを防ぐため、首の後ろには湿布に見立てた包帯を巻き、念には念をということで蓮と同じようにマントを羽織った。

 旅の支度が整い、蓮と真聖は蓮紀の部屋へ向かった。

 数ヶ月経過してもまだ蓮紀の意識は回復しない。蓮紀は静かに眠り続けている。蓮は泣きそうになる。もしこの旅が終わってもこのまま目覚めなかったら・・・? そんな不安が蓮にあった。

 しかし蓮紀が意識不明である以上、冬国で華札継承者が揃うことは絶望的だ。それならば他の国にある封印をしらみつぶしにしていくしか今の彼らには方法がなかった。蓮と真聖は蓮紀に対して立膝を立ててしゃがんだ。

「父上。僕はこれから旅に出ます。華札継承者を探し出し、一刻も早く平和が訪れるように頑張ります。どうか、見守ってください」

「蓮紀さま。僕を可愛がってくださってありがとうございます。蓮の側仕えとして、また華札継承者の師走真聖として蓮のお側にいます。どうか、見守ってください」

 蓮はおもむろに蓮紀の手首を握る。そこには華札継承者の証である鶴の痣がある。蓮はその痣に想いを託す。



 華札よ、父上に宿る松に鶴の華札よ---。

 僕に勇気と、力と・・・全てに打ち勝つ全てを僕にください・・・。


 そう言って蓮と真聖は蓮紀の部屋を出て行った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏

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