五章 雲の彼方の空遠く
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最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
五章 雲の彼方の空遠く
朝、蓮が目を覚ますと昨晩降っていた雪は止んでいた。体にしみる寒さ。しかし冬国ほどの極寒ではない。しかし長い時間冬国を留守にしているため体がなかなか寒さに適応してくれない。
「おはよう、真聖」
蓮が声をかけるが真聖はまだ夢のなかだ。夜遅くまで起きていたのかまだ睡魔が真聖を手放さないらしい。
蓮は着替えて仏像が安置されている部屋へ向かった。仏像を前に座って手を合わせた。再び目を開けたとき蓮の水色の瞳が光っていた。それは硝子細工のように美しい光だった。
朝の祈りにやってきた九穏院が蓮の後ろ姿に気づき、声をかけた。
「蓮殿?」
九穏院に呼ばれて蓮は振り返った。九穏院は息を飲んだ。
その瞳はまるで光が反射した水、そして硝子のようだった。九穏院が一歩足を進めると蓮は目をふっと閉じてその場に倒れた。
「蓮殿?!」
九穏院が倒れた蓮を抱き起こすと蓮は目を閉じて静かに寝息を立てていた。先ほどまで自分はなにを見ていたんだろう、と自らに問いかける。すると蓮が目を開けた。もう先ほどのような輝きは一切ない。
「九穏院さま・・・?」
「蓮殿?! 大丈夫ですか?!」
切羽詰まった九穏院の問いかけに蓮は首を傾げた。
「大丈夫ですか、って僕、なんともないですけど?」
「は?」
九穏院があっけにとられた顔をした。すると蓮は大きなあくびをした。目に浮かんだ涙をこすりながら言った。
「僕、寝てただけですよ?」
「・・・寝ていた?」
ますます謎が深まるばかりだ。九穏院は頭の中で自問自答を繰り返した。
何がどうなっている? 今目の前にいたのは紛れもなく蓮殿だ。でも本人にはその自覚・記憶が全くと言っていいほどない。じゃあ私が見たのは誰だ? あの硝子のように透き通る光、まるで静かに燃える炎のようだ・・・。
自問自答をしていると着替えた真聖がやってきた。挨拶を交わすと言わねばならないことを思い出した、と九穏院は告げた。何ですか? と聞くと九穏院が口を開く。
「実は私たちが外出している間、手紙が届きました」
「手紙?」
九穏院は懐から昨晩円珍から渡された手紙を二人の前に出した。一体誰からですか? と聞くと九穏院は続ける。
「珠殿です」
「たまどの?」
「珠殿は理穏兄上に仕えている方で巫女です」
「巫女」という言葉を聞いて蓮が前のめりになる。巫女ってまさか、と蓮が切り出すと九穏院がうなずいた。自分の正体を唯一知っている神と直接会話ができる巫女は蓮が探し求めていたものだった。
「彼女の力は我が国一で彼女の一言だけで国の政治ですら操れます。この国で神の声を聞ける唯一の人間です」
「でもそんな巫女さまからなんで九穏院さまに手紙なんかよこすんですか?」
そう聞いた九穏院は珠からもらった手紙を広げ、蓮と真聖に見せた。それを凝視して読み始めた。
『親愛なる九穏院さま
宮殿付き巫女の珠でございます。突然のお手紙をどうぞお許しください。
この手紙は内密にお届けしております。実は数日前に神よりお告げがありました。
そのお告げは「月の皇子、怪しき光に包まれ消えゆ」。
この意味がわからなくはないでしょう。近いうちに陛下の御身に何か起こるのかもしれません。
実は三日後、宮殿にて宴が行われます。陛下をはじめ多くの官僚たちも参加する大規模な宴です。九穏院さまが出席なされれば歯止めが効くかもしれません。どうか、宜しくお願い致します。
返事は早急にて。
清涼院 九穏院さま
秋国宮殿付巫女 珠より』
読み終わった蓮と真聖は手紙の内容で気になったことがあって聞いてみた。
「月の皇子って何ですか?」
九穏院はその質問に答えた。
「秋国には『太陽の皇子、月の皇子』という言葉があって、それは私たちのことを指しているのです。太陽は私、理穏兄上は月というように。まるで双子を比べるように付けられた通り名で私たちはあまり快く思っておりません。理穏兄上をむしろ苦しめてしまうだけです」
九穏院は拳を握って俯いた。
蓮は手紙に書かれている「月の皇子」の箇所を指差して言った。
「月の皇子が首領さまなら・・・誰かが首領さまのことを狙ってるってことですか?」
九穏院はその可能性が高いです、と言った。
私はその宴に参加するつもりです、とも続けた。兄を尊敬しているからこそ身を呈して守ろうと考えている。それを聞いた蓮は九穏院に行った。
「九穏院さま。僕たちも宮殿に連れて行ってください」
「なぜです?」
「もし首領さまを狙う人がいるなら僕が隣にいればいい」
蓮の言葉の意味がよく分からない。意味がわかりません、と九穏院が言うと真聖が目を見開いてまさか?! と口走った。それを聞いた蓮は静かに笑った。
「蓮、まさか・・・首領さまの代わりに身を呈すわけじゃ!」
真聖の予想が的中して蓮はその通り、と笑った。その通りじゃありません! と真聖と九穏院が猛反対をする。蓮は蓮紀の息子で次期冬国首領になる重要な人物だ。しかも一人息子であるために蓮に何かあっては首領の家系が断絶してしまう。
「僕が冬国の王子であることを逆手に取るんだよ」
「逆手?」
「僕のことは宮殿の誰もが知っているはず。もし秋国で何かあれば大きい問題になっちゃうと思うんだ」
蓮はそう言った。
その言葉を聞いて九穏院がハッとした。蓮の考えた「冬国の王子であることを逆手に取る」ということの意味が分かった。
「そうか。冬国の王子が秋国で何かあったとなれば冬国が黙ってない。戦争にもなりかねない。我が国は武器を放棄している、夏国とも同盟関係にあるけれど・・・もし大事が起こったとしても・・・」
九穏院が考えていると蓮はきっぱりと夏国の兵士は来ないですよ、と言い張った。その理由を聞くと蓮はこう述べた。
もし蓮の身に何かが起こったとして冬国と秋国の戦争になったとする。冬国は少しばかりの軍事力を保持しているが、秋国にはそれが皆無。しかし秋国の背後には四季大陸一の軍事国である夏国がおり、この国は同盟関係にある。武器作製に必要な鉄などを秋国からもらう見返りに秋国を守ってくれる。
しかし蓮の見解というのは夏国が一切の手を出さないのではないか、ということだ。
夏国は軍事国家の前に人のために戦い、人のために生きる義理人情の厚い国民性を持っている。しかも夏国で謁見した夏国首領の翠徳は事の真相を知るまでは迂闊に兵を動かせないと踏んだ。
しかも翠徳には優秀な部下がいる。そう涼羽と七夕だ。二人がこの事件に蓮が絡んでるとすれば真実を明らかにしないとダメだ、と進言してくれると信じているからだ。
翠徳も聡明で頭のいい人だからきっと戦いという方法を回避するいい方法を出してくれると信じているのだ。
蓮の考えに九穏院はなるほどとつぶやいた。すると真聖が蓮に問いかけた。
「蓮。すごくいい考えかもしれない。でもそれって一歩間違えば自滅必須の諸刃の剣だよ? 翠徳さまたちを信じていないかもしれないけど・・・、なんか心配だよ」
「真聖。僕だって怖いよ。でも一か八かだよ。行動を起こさないと首領さまが危ない。それに僕は宮殿にいる巫女に聞かなきゃいけないことがある。僕は一体誰なのか、を。お願いだよ、真聖」
蓮の説得が真聖の心を動かした。真聖も頷いた。でも無理はしない、危なかったらすぐに逃げることを条件にした。改めて、と二人で九穏院の方を振り向いた。
「九穏院さま。僕たちを宮殿に連れて行ってください! お願いします!」
二人は頭を下げた。九穏院もついに折れてわかりました、と承認した。出発は明日になった。その前に手紙を書いた。表向きは理穏宛の手紙だがその中には珠宛の手紙も小さい手紙でねじ込んでおく。
九穏院は早速手紙をしたためた。
『理穏陛下、お元気でしょうか?
九穏も平穏に過ごしております。冬国からの客人である蓮殿と真聖殿はこちらでお預かりしております。このような形で彼らを導いてくれたこと、素晴らしく思います。
華札の封印が解かれてからというものの、黒龍がいつ秋国に襲いかかるかわかりません。蓮殿から春国・夏国の封印は完了していることを伺っております。現在、あまり目立ったことは見受けられておりません。
しかし黒龍を押さえつける、華札の力と同等の何かが働いているような気がしてなりません。どうかお気をつけなされませ。
そして三日後の宴にも是非参加いたします。そこには蓮殿も真聖殿も参加いたします。どうぞ宜しくお願いします。
それでは宴の日に再び会えることを楽しみにしております。
秋国首領理穏陛下
清涼院 九穏院より』
『珠殿。
お手紙ありがとうございます。事の詳細承知いたしました。
その宴には私も参加し、陛下の身に危険が及ばないよう細心の注意を払いながらお守りするおつもりです。
そしてお話は変わりますが、珠殿にどうしても会いたい方がいらっしゃいます。宴が終わったら是非会ってあげてはくれませんか?
彼らは真実を探しています。あなたの力を持って願いを叶えてはくださいませんか? これは秋国首領長月理穏の弟・長月九穏としての頼みです。
どうぞ宜しくお願い致します。
秋国宮殿付巫女 珠さま
清涼院 九穏院より』
こうして九穏院は二枚の手紙を書いた。珠に送る手紙はある意味密書に近い。そのため小さく畳んだ。それを理穏宛の手紙にねじ込んだ。これで見れば理穏宛の手紙にしか見えない。
九穏院は手紙を持って立ち上がった。蓮と真聖は疑問に思っていた。ある意味密書に近いこの手紙をどうやって宮殿の理穏の元へ運ぶのだろうか。
「どうやって届けるんだろう。絶対陸じゃない気がする」
「海とか・・・?」
「海からどうやって運ぶのさ?」
「こう見つからないように海側から行って宮殿に入るんだよ。あ、でも遠回りで手紙ビチョビチョになっちゃうか」
「ダメじゃん」
蓮と真聖が手紙の運び方を思案していると九穏院は清涼院の中庭に立った。すると蓮たちの方を見て静かに笑った。口がゆっくりと開いた。
「私には考えがあります。陸と海がダメなら、ここを使えばいいのです」
すると九穏院は指を口に入れてピーッ! と甲高い笛の音を出した。指笛だ。その音は清涼院周辺に響き渡った。
すると羽音が聞こえて来る。だんだんとこちらの方へ近づいてくる。目の前に現れたのは立派な羽を持つ鷹だった。鷹は九穏院の肩に止まった。鋭い眼光が蓮たちを捉える。
「九穏院さま、それは・・・」
「私が出家前に理穏兄上と一緒に手懐けたのです。この子は私たちの顔も判別できます。賢いです。ごくたまにですがこの子にも手伝ってもらっているんですよ」
すると九穏院は先ほど書いた手紙を鷹の足にくくりつけ始めた。それを見た真聖が声を上げた。
「そうか。陸と海がダメなら・・・空だ! それなら怪しまれずに宮殿に手紙を届けられる!」
「すごい!」
蓮と真聖が感嘆の声を上げる。手紙を結び終わった九穏院は鷹に言い聞かせた。
「よいか? この手紙を宮殿にいる理穏兄上にお届けするのだ。行きなさい!」
鷹を真上に放り上げる仕草をするとその反動を利用して鷹が空高く舞い上がった。鷹は空を飛びながら宮殿のある方向へ飛び始めた。
手紙は早くても今夜には届くだろう、と九穏院は考えた。
三人はしばらく空を眺めていたのであった。
その後、蓮は清涼院を一人で出ていた。歩いているのは紅葉たちが暮らす職人町だ。フードをかぶって繰り出す。頭の中に残る記憶だけを頼りにある場所へ向かう。真聖は九穏院と共に清涼院に残った。
歩いていると風が吹いてきた。風の波に乗って空中を木の葉が舞っている。赤、黄色、橙色などの色づいた美しい木の葉たちだ。蓮にはまるで秋国の神様が蓮に葉っぱを使って不思議な力を見せているように感じた。
冬国は寒い日になると雪でほとんど埋もれ、紅葉なども見えない。蓮にとってみれば全てが新鮮だった。
歩いていると目的地に到着した。
「おお、坊主! よく来たな!」
「岩鉄さん!」
硝子職人岩鉄の工房だった。蓮は岩鉄の作り出した硝子細工が忘れられなくてまたやってきた。蓮は工房に入り、椅子に座って岩鉄の作業を見ていた。すると聞き覚えのある声がする。
「蓮か?!」
「紅葉さん?! お邪魔してます!」
岩鉄からのお使いから帰ってきた紅葉だった。よく来たな! と歓迎してくれた。しかし岩鉄は笑いながら紅葉にお前に会いに来たのではなく、俺に会いに来たんだと言った。紅葉はそりゃないぜ! と笑い出した。
仲の良い師弟関係が目の前に現れていた。きっとこの二人は互いに反目しあってもきっとまた元の仲に戻れるようになると蓮はそう思った。
紅葉は蓮の隣に座った。
「そういやもう一人は? 黄色の目の」
「真聖ですか? 真聖は九穏院さまと清涼院にいます。どうしてもここに来たくて」
「へえ。硝子に興味があるのか?」
「見ていてすごく綺麗だな、って思うんです。それを作り出す岩鉄さんたち職人はすごいです」
蓮が職人を褒めるような言い方をすると紅葉は自分を指差して言った。
「そんな硝子職人目指してる俺もかっこいいだろ?」
「はい!」
蓮がそう言った時、作業中の岩鉄が硝子を加工しながら言った。
「そんなの自意識過剰だ。おめえはまだろくな作品もできやしない。坊主、別に褒めなくてもいいぞ」
「師匠! なんてこと!」
そのやりとりはとても面白くて蓮はアハハ、と声に出して笑った。それを見た岩鉄はそうやって笑ってろ、と蓮に向かっていった。
「世の中理不尽だ。でも笑って前向いて生きてりゃ、人生どうにかなるもんだぞ」
「そうなんですか?」
「それが正しいこととは言わん。でも、人生は笑ってりゃ不幸にはならねえよ」
岩鉄の言葉は蓮に重くのしかかっていた。
今まで旅をしてきて蓮には様々なことが身に降りかかってきた。その時は自分を責め、恐怖と戦い、笑顔すら失われていた。今思えばそれこそ岩鉄の言う通りだった。
「確かに理不尽が多いかもしれません。でも僕は岩鉄さんの言う通りだと思います」
「へえ、素直なんだな」
岩鉄はそう言った。
蓮はフードを脱いだ。銀色の髪が晒される。その髪の色の美しさに紅葉が息をのむ。まるで髪の毛の一本一本が蚕が作り出した上等な糸のように見えた。銀色の髪の毛をした人間など今まで一度も見たこともない。紅葉は思わず蓮の結んでいる後ろ髪を掴んでしまった。
違和感に気付いた蓮が振り返ると固まっている紅葉の姿があった。
「へ?」
「あっ! ごめん! その、銀色の髪なんて初めて見たからつい・・・。すまんっ!」
紅葉が手を離して勢いよく頭を下げて謝罪した。そんな大げさなと蓮は諌める。その髪の色を見た岩鉄がもしや、と声を漏らした。
「坊主、お前、冬国から来たって言ったな?」
「あ、はい」
岩鉄が作業を中断して蓮の方へ近づいた。そして真面目な顔で蓮に再び問いかける。
「坊主、もしやお前の親父は冬国首領の蓮紀さまじゃないか?」
岩鉄に見破られた。蓮が返答に困っているとそれを遮るように紅葉が言う。
「師匠。そんなことないだろう? 第一、蓮のどこが首領の子供だって証拠になるんだよ?!」
「その髪だよ」
「髪?」
「お前は知らねえか? 冬国を治める首領の家系は代々銀色の髪、水色の瞳が受け継がれてんだ。ま、ようするに銀髪を持つ人間はこの世界の中でひとつ。冬国首領の血を持つ人間だけだ」
紅葉がなるほど、と頷いた。紅葉が真偽を問うと蓮は堪忍して自分が冬国首領の息子であることを話した。蓮は怖かった。打ち明けてロクな目に遭っていない。春国での出来事が鮮明に思い出された。
秋国にまだ自分の知らないことがあるのだろうか。もし因縁とかあったら。
そっちの方がとても怖かった。
「別にお前が首領の息子だろうが取って食ったり、その辺にいる馬鹿みたいな真似はしない。容姿が特殊だが中身はしっかりとした人間だ。俺はそう簡単に蔑んだりしねえよ」
それを聞いた蓮が顔を上げた。そこには岩鉄が額に浮かんだ汗を手ぬぐいで拭っている最中だった。
「それに、俺の作品をすげえって言ってくれたからな。紅葉はあんまり言わねえんだわ、これが・・・」
「師匠!」
紅葉が慌てている。それを見て蓮がクスッと笑う。それを見た岩鉄は手招きをする。
「やってみねえか?」
蓮は岩鉄に促されるまま隣へ向かう。目の前にはカマド。中は炎で満たされていた。ガラスの素は炎のおかげでドロドロに溶けている。カマドの中はまるで灼熱地獄だ。外にいる蓮でさえ暑いと感じる。岩鉄が汗を浮かべていた理由がなんとなくだが分かった。
蓮が渡されたのは吹き硝子用の棒。この先に硝子の素がつけられ口から吐き出す微妙な空気を調整して作品が仕上がる。
「僕やったことないんですけど」
「大丈夫だ。俺が教えてやらあ」
岩鉄の指導の元、蓮の硝子体験が始まった。硝子の元を絡め取り、蓮は吹き硝子用の棒に息を吹きかけた。顔が真っ赤になる。やるたびに岩鉄が上出来だ、と声を漏らす。蓮は息を吹き、模様を付けた。最終的な調整は全て岩鉄が行った。
出来上がったのは硝子でできた杯だった。木の杯は見たことがあるが硝子で出来た杯は生まれて初めてだ。
「上出来だ。お前は硝子職人の才能があるぞ」
「そ、そうですか?」
蓮はつい照れる。その様子を後ろから見ていた紅葉は珍しく見守っていた。
夕方になった。
蓮は明日宮殿に向かうことを紅葉に伝えた。最初こそなんで?! と驚いていたが理由を全て話して納得してくれた。理穏が狙われていることは一切話をしなかった。
紅葉は宮殿にいる巫女に用があるということだけは理解した。
「硝子は完成して使えるまで丸一日かかる。完成したら清涼院に持ってってやる」
「ありがとうございます」
紅葉はそう言った。僕はそろそろ帰ります、と蓮が振り返ろうとしたその時少女の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん!」
振り返ると楓だった。楓は走って迎えに来てくれた。今から帰るよ、と声をかける。
「遅い!」
すると蓮は楓と目があった。それを見た瞬間楓の表情が憎悪に満ちる。
「何しに来たの? 硝子のお化け!」
蓮は呆気にとられた顔をした。「硝子のお化け」という謎の言葉が頭の中をぐるぐると回った。それを聞いた紅葉はすぐに楓に注意をする。
「楓! その言い方はやめろ!」
「お兄ちゃん、その銀色の髪の毛に私たちとは違う瞳をしてるじゃない! こいつだよ! お母さんを殺したの!」
蓮に再び頭を殴られたような衝撃が走った。また何か大きな地雷を踏んでしまったような気がした。
「この町から出て行って! この疫病神!」
楓の平手打ちが蓮の頬にぶつかった。凄まじい音を立てて蓮はその場に崩れた。頬に痛みが走った。見上げるとそこには汚いものを見るような瞳で見つめてくる楓の姿があった。
「帰ろ!」
楓が紅葉の手を引きズイズイと進んで行く。一人残された蓮はその場に立ち尽くした。そのうちに瞳から大粒の涙が落ちた。
「あれ・・・、なんで・・・。もう慣れたはずなのに・・・。たい・・・へん、急いで、帰ら・・・ない、と・・・」
一人涙をぬぐいながら蓮は帰路へと進んだ。
一方その頃、紅葉の家では。
先ほどの楓の対応に紅葉は怒りを表していた。
「楓。あの言い方はないだろ。お前、自分のやったこと分かってるのか?」
「うん。あれはお母さんを殺した硝子お化けよ。だって特徴がよく似てるし。お兄ちゃんはそう思わないの?!」
「蓮は硝子お化けじゃない! 楓、人を見た目で判断するなって言っているだろ? 平手打ちなんてやっていいことじゃない!」
「・・・私は悪いことなんかしてない。悪い奴を成敗しただけ」
楓はそう呟いた。
実は紅葉と楓の兄妹は母親を殺されている。なぜなのは分からないが、秋国に古くから伝わる妖怪・硝子のお化けの仕業ではないかと囁かれた。硝子のお化けは硝子のように透き通った瞳を持つ妖怪で人を見境なく殺す、通り魔のようなことを行う。
兄妹の母親も通り魔によって殺害された。
その悲しみはあまりにも大きく、紅葉は生計を稼ぐために国の技術とも呼ばれる硝子細工職人を目指して岩鉄に弟子入りをした。しかし楓はまだ幼いころを固定概念から「母親を殺したのは硝子のお化けだ」と未だに思っている。
紅葉はその誤解を解こうとするが頑固な楓は考えを改めようとはしなかった。
そして夕食を済ませ、楓が寝静まった後に外へ出て空を見上げた。
悪いことをしちまった。蓮に謝らなきゃな。
灯りを消そうとすると自分の右の太ももに視線がいった。
「あ、そういえばまだ消えてなかったのか」
紅葉はそう言って太ももを叩いた。そこにあったのは普通の怪我では絶対にありえない鹿の形をした痣だった。
時間は遡って日の入り少し前に蓮は清涼院に戻ってきた。
出迎えた真聖は中へ促す。蓮はさっきの出来事が忘れられない。今でも涙が溢れそうになっているが必死にこられた。
夕食を食べながら九穏院は言った。
「明日、宮殿へ出発いたします。準備をしといてくださいね」
「はい。もう準備できてます」
「へ?!」
「蓮の分もやっといたよ」
「あ、ありがとう・・・」
「ま、一応側仕えだからこれくらいやらないと、柊さまに殺される・・・」
真聖は冗談を交えて笑った。
蓮も笑みを無理やり作って笑った。心に傷を負ったまま、夕食は終わった。
真聖が完全に夢の中に入った。静かに寝息を立てている横の真隣の布団に蓮の姿はなかった。蓮は縁側で一人座っている。空を見上げるとそこには星が静かに瞬いている。
紅葉した葉が蓮の目の前で一枚、また一枚と落ちる。
美しい葉っぱも最後は落ちて土になり、雪に埋もれる。
僕と、同じだ---。
一人でそう呟いた。
そしてまた時を同じくして宮殿では、理穏の部屋の前に九穏院が飛ばした鷹が羽繕いをしていた。どうやらあの手紙は無事に理穏の手元に届けられたようだ。
理穏は九穏院から宛てられた手紙を読んでいた。宴に参加することを聞いて理穏はホッとした。さらに蓮と真聖も参加することを知らされていた。久しぶりの再会に理穏も楽しみにしているようだ。
しかしそれ以上に気になるのは九穏院の手紙に書かれた、「しかし黒龍を押さえつける、華札の力と同等の何かが働いているような気がしてなりません。どうかお気をつけなされませ」の部分。
これには華札継承者ではないものの、華札継承者の血を引く人間として見過ごすことはできない。黒龍が復活すれば一気に暗闇に包まれてしまう。
「華札と同等の力、か・・・。これは、こちらで調べる必要がありそうだ」
理穏はそう言って本棚にしまわれた古書に視線を移した。理穏の部屋には子供の頃から今までに取り寄せた様々な分野の本がある。そこには華札継承者や黒龍と言った伝説に関する本も幾つかある。
調べようとすると手紙の間にひらりと何かが挟まっている。理穏がそれを拾い上げた。そこには「珠殿」と書かれた紙だった。
九穏院が珠に宛てて書いた大切な手紙だ。理穏はその手紙をすぐに珠の元へと渡しに行った。
「珠。いるか?」
理穏が珠の祈りの間へやってきたが誰もいない。すると奥から福寿院が顔を出した。こんな夜更けに何でしょうか? とやってきた。
「九穏から手紙が来て彼女宛だ。渡しておいてくれ」
「陛下自ら申し訳ございません。確かにお預かりいたしました。珠に渡しておきます」
「すまぬな」
理穏は部屋へ戻っていった。理穏が姿を消すと福寿院は手紙を開いた。そこに書かれている九穏院の返信を見て息を吐いた。
「急ぎ、珠に伝えねば」
福寿院は奥にある珠の部屋へ歩いて行った。
俺を抑えているのは誰だ・・・。
春と夏が働いているがまだ動けないわけではない。しかし華札、それ以上の力が俺を縛り付ける。その希望の光、摘み取るまでだ・・・。
闇の中から希望の光を消そうとする、声がどこからか聞こえてきた。
最後まで読んでいただきありがとうございました。評価&感想等宜しくお願いします。
藤波真夏




