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華札のクニ  作者: 藤波真夏
第四記:秋国編
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四章 硝子色の瞳

長い間更新を怠ってしまい申し訳ありません。スランプになっていました。今も脱出したわけではありませんが、なんとか完成したので更新致します。最後まで呼んでいただければ幸いです。藤波真夏

四章 硝子色の瞳

 その日、蓮と真聖は清涼院に泊まった。二人が眠った後も九穏院は仏像に向かって一人で呟くように読経を続けた。

 読経の後は蝋燭に火を灯して写経を行う。延々と長い紙に筆で経を写していく。九穏院は出家をしてからこの写経の時間が何よりも心を落ち着けるものだった。

 写経をしている間だけは未だに残る過去のしがらみから自由になれる。兄である理穏と同じくらい九穏院も大人たちの政変に巻き込まれた被害者でもある。その苦しみを知る人物はごくわずかだ。

 九穏院は一人ため息をついてそのまま床につく。

「近いうちに陛下にお会いしましょうか・・・」

 九穏院はそう呟いた。



 翌朝。

 蓮は急激な寒さで目を覚ました。襖をそっと開けると粉雪が降っていた。蓮の故郷である冬国は冬になれば大雪が当たり前だった。それに比べて春国と夏国には一切降らない。秋国は時たまに降る程度だ。蓮にとっては見慣れた雪ではあるがなんだか新鮮に感じてしまう。

「雪だ・・・」

 蓮は着物に着替えて外へ出る。冬国には及ばないが雪が少し積もっている。

 雪の降る曇った空を見上げる。思い出すのは冬国にいる蓮紀や柊のこと。蓮紀には黙って出てきてしまった。きっと心配してるんだろう。そう蓮には子供ながらに察していた。

「僕は・・・誰?」

 なんとなく呟いてみた。

 今までの旅の中でも蓮の不可思議現象がいろんな人から報告されていた。しかし蓮にはその自覚症状が全くと言っていいほどなかった。しかしそれを受け入れざるを得ない状況はいつか必ずやってくる。

「蓮殿?」

 振り返るとそこには九穏院がいた。

「秋国にも雪って降るんですね・・・」

「ええ。まあ、冬国ほどではありませんが、降るのは珍しいんです」

 すると真聖もやってくる。雪だ! と冬国にいた時のように遊び出す。雪玉を作って投げてはしゃぐ。

 その光景を九穏院は懐かしむように優しく見続けていた。次第にその光景は自分たちが幼い頃を見ている錯覚に陥った。

 懐かしさで胸を暖かくしているとそろそろ中へお入りください、と九穏院は促した。

 仏像の安置されている本殿に移動してこれからどうするのか、を聞く。

「他の華札継承者を探します。でも手がかりゼロなんですよね」

「九穏院さま。ご存知ありませんか?」

 九穏院は唸って考え込むが、残念ながら知りませんとうなだれた。九穏院は苦笑いをして言った。

「私には巫女のように神の言葉を聞くことなどできません。残念ながら。私もできることなら神の声を聞いてみたいものです」

 雪のちらつく庭を遠く見つめる九穏院。巫女のように神の言葉を聞くことはできない。聞けるものなら聞いてみたい、その言葉が二人の頭に引っかかっている。

「もうこうなったらヤケクソだよ。手当たり次第探す? 真聖がいれば華札継承者の気配を察知できるんだから」

「それしか、ないのかな?」

 二人が煮詰まっている時に九穏院が手を差し伸べた。

「いっそのこと秋国散策でもどうでしょうか? そこまで追い詰めてはいけません」

 二人は九穏院の言葉に驚きを隠せなかった。早く継承者を見つけて封印しなくてはいけないのにである。申し訳ないが秋国散策している場合ではない、と蓮が言うと九穏院は人差し指を立てて左右に振った。

 考えが浅はかですよ、と言わんばかりだ。

「おそらく黒龍は祠から抜け出せないと思いますよ」

「?」

 二人は首をかしげる。すると九穏院は引き出しから紙と筆、硯を取り出して紙の上に何かを書き出す。円を書きそこに六本の線を入れる。円が十二等分に分割された。割られた場所に九穏院はサラサラと華札継承者である証、月の名を書き入れていく。師走から霜月まで書き終わり、これを見てくださいと促した。

「華札継承者は十二人存在しています。今の話を聞くに春国にいる華札継承者、夏国にいる華札継承者の皆様はすでに封印を終わられた」

 すると弥生から葉月までが筆で墨塗りにされた。残っているのは上半分だ。

「残るは秋国と冬国のみ。しかし、私は感じるのです。この封印していない六個の力を補う恐るべき力が働いているということを」

「六個の力を補う? そんなことが・・・」

「私は御仏に仕え、毎日経を捧げている間に華札継承者としての感性が研ぎ澄まされました。巫女が言えば信憑性は十分ですが、私では信憑性にかける部分があります」

 二人が知らない事実だった。しかし六個の月の力をすべて補う存在がいることに驚いていると同時に様々な疑問が湧いた。

「その月の力を補う存在って一体?」

「もしかして柊さまたちが?」

 それに対して九穏院は首を横に振った。

「その存在は誰にも分からないのです。冬国の方々が先に封印を行うことは叶いません。一体何が起こっているのか、謎ばかりです。神に聞けば何か知っているのかもしれません」

 蓮はその言葉を聞いて前へ乗り出した。九穏院さま! と乗り出す蓮に九穏院は驚いて背中を仰け反らせた。

「僕は神の声が聞ける巫女に会いたいんです。会える方法ありませんか?」

 九穏院はその言葉の真意を探ろうと蓮の瞳を見つめる。蓮の瞳は真剣そのもの。しかし不安で揺れていた。ガラスのように砕け散りそうなほど脆そうだ。

「理穏陛下のおられる宮殿にいます。彼女は素晴らしい才能を持ち、今では国の政治には欠かせない存在です。珠殿とおっしゃいます。しかし、彼女は普段どこにいるのか誰も知りません。知るのは理穏陛下だけ。身内である私ですらその存在は遠ざかれます」

 珠さま。

 その名前を頭の中に刷り込んだ。しかし宮殿のどこかにはいるのにその居場所さえ教えてくれない徹底ぶりに希望は打ち砕かれた。

「いつまでもここにいては仕方ありません。今より清涼院を出て歩きましょうか」

 九穏院は立ち上がり二人に支度をするように言った。九穏院は袈裟の上にまた着物を羽織る。蓮と真聖は耳打ちしあった。九穏院は決して嘘をつく卑劣な人間ではない、ということ。おそらくは真実を述べているのだと思った。

 二人は九穏院に従い、防寒対策をして清涼院を出た。



 雪は少し積もり始めていた。

「お二人はさすが冬国の子たちですね。寒さはへっちゃらですか?」

「少しは・・・」

 そう話しながら多くの人たちが暮らす街へやってくる。雪がちらついていても人々は仕事に従事していた。小屋の中には炎が上がり、そこで様々な装飾品の加工を行っていた。外は寒いのに中は暑そうだ。

「おや? 九穏院さまではございませんか!」

「おはようございます。どうぞ見てってください!」

 職人たちは九穏院に声をかける。

「みなさんも息災でなによりです」

 九穏院がそう返すと声をかけた職人たちの視線が蓮と真聖に注ぐ。奇異の目では見ている様子ではなさそうだ。職人たちがこの子たちは? と九穏院に問いかける。

「彼らは冬国からの客人です。理穏陛下からおもてなしをするように言われているんですよ」

「首領陛下が?!」

 全員が驚いている。目の前にいるのはまだ子供だ。九穏院は終始困惑している二人の顔を見た。この者たちは悪い人間ではない、と言い聞かせた。すると聞き覚えのある声がする。

「おーい!」

 振り返るとそこには少年が手を振ってこちらに駆けてくる様子が見えた。蓮が記憶を辿ると清涼院に行く途中に迷子になってその時に助けてくれた紅葉であることが分かった。

「九穏院さま! お久しぶりですね!」

 紅葉は九穏院に挨拶する。ガチガチに緊張などしておらず親しみを込めている。まるで友達のような親しみやすさの中に、身分をわきまえて敬語を散りばめている。

「紅葉殿。修行はどうですか? 最近お会いしないので岩鉄殿の元で絞られているのかと思いましたよ」

「九穏院さま。お手厳しいですね。俺はこれでも師匠の元でしっかりとやってるんですよ」

 紅葉の視線は自然な流れで蓮と真聖に注がれた。紅葉は思い出す。あの時迷子になっていた奴らだ、と。

「あの時は助けてくれてありがとうございました」

 蓮が礼を言うと紅葉は蓮と真聖の頭をグシャグシャと乱暴に撫でた。髪を結んでいた蓮は乱れて髪の毛があっちこっちに跳ねている。そういや自己紹介がまだだったな、と紅葉が笑う。

「俺は紅葉! この辺の職人町に暮らしてるんだ」

「職人町に住んでるってことは本物の硝子職人さん?!」

 真聖がそう言うとその言葉を待ってました、とばかりに紅葉は笑う。えっへんと鼻を高くして蓮と真聖に自慢げに言う。

「そうだぞ! 俺は泣く子も黙る一流の硝子職人さ!」

 すっかり信じている蓮と真聖は目をキラキラさせて憧れの様子で紅葉を見上げた。すると背後から豪快な声が聞こえてきた。

「何バカなことを抜かしやがる。俺はまだお前を一人前にゃあ認めてないぞ?」

 振り返るとそこには大柄の男性が仁王立ちしていた。その大きさに蓮と真聖は見上げる。まるでクマのように大きかった。

「誰?!」

 足が動けずにいると二人以外に顔を真っ青にしている人物がいた。他ならない紅葉だった。

「し、師匠・・・」

 声が震えている。何事か、と困惑する蓮と真聖に九穏院も笑った。

「岩鉄殿。相変わらずの強面ですね」

「これはこれは・・・院さまではございませんか」

 九穏院と親しげに話している様子を見て蓮と真聖が疑心暗鬼で九穏院にこの人は誰なんですか? と聞いた。

「この方は岩鉄殿。我が国が誇る硝子職人です」

「俺は岩鉄だ。これでも職人だ。うちのバカがご迷惑をかけてねえか?」

 クマのように大きい岩鉄が身を乗り出した。蓮と真聖が驚いている。驚かせて悪いな、とまた岩鉄はガハハと笑った。

 岩鉄は強面だけど中身はいい人だから安心してくれ、と九穏院は続けた。そういえば名前を聞いていなかったな、と岩鉄が呟くとそういえばそうだ、と紅葉も続けた。

「僕は蓮といいます。冬国から来ました」

「真聖といいます。同じく冬国から来ました」

 蓮は自分が冬国首領の息子であることは伏せた上で自己紹介をした。真聖も蓮の側仕えであることは伏せた。聞かれた際、「親友」ということだけ言い添えた。そして華札継承者を探していることも伏せた。

 秘密が多くて心苦しいことではなるが、保身を図るにはこうするしかないらしい。

「冬国からわざわざご苦労だな。どうだ? うちの工房にこないか?」

 岩鉄からの誘いに蓮と真聖は承諾。九穏院も付き添いで同行した。



 岩鉄の工房に到着するとそこには硝子でつくられた湯のみ、風鈴などの生活品の他に動物をかたどった硝子細工といった美術品も置かれていた。

 硝子の透明感に蓮と真聖は言葉を失った。

「俺も師匠みたいな一流の職人になるのが夢なんだ」

 紅葉も美術品を眺めながら言った。先ほど岩鉄に笑われていた紅葉が見せた真面目な言葉に表情が垣間見えた。

「紅葉さんって本当に岩鉄さんの硝子細工が好きなんですね」

「え? まあね。師匠の硝子細工は見るものを魅了する。美しさだけじゃなくて作品に対して想いがこもっているんだよ」

 蓮は棚に置かれた硝子細工を眺める。透明な中に色彩がちりばめられて光が入るとさらに美しく見える。まるで心まで見透かされるそれほどの魅力を持っていた。

「小僧たち、秋国に何の用で来たんだ?」

 岩鉄がそう聞くと、蓮が口を開く前に九穏院が口を開いた。

「彼らは陛下のお客人なんです」

「陛下の? この小僧たちが?」

 岩鉄が疑心暗鬼していると蓮の顔を覗き込んだ。水色の瞳に岩鉄の顔が映る。驚いて言葉も出ない。

「お前の目は硝子みてぇに綺麗だな。珍しい色だ・・・。硝子の色に近い」

 蓮に緊張が走る。すると九穏院の助け舟が入った。岩鉄に話しかけた。

「岩鉄殿。蓮殿が驚いていますよ。珍しい色を見ると前のめりになる癖、相変わらずですね。さすが、職人です」

「院さまに言われるとは・・・」

 岩鉄は頭をかいてえへへと笑った。

 空がだんだんと赤くなり、日没が近いと知らせる。そろそろ帰らなければなりませんね、と九穏院が言った。三人は岩鉄と紅葉に挨拶をして歩き出そうとした。

 すると、甲高い声が聞こえてきた。

「お兄ちゃん!」

 振り返ると少女が蓮たちの真横を走って行った。少女は紅葉に向かって行った。紅葉は驚いている。

カエデ?! どうしてここに?!」

「お兄ちゃんの帰りが遅いからよ! 早く帰りましょ!」

 楓と呼ばれた少女が紅葉の手を引っ張っていく。楓は蓮たちの真横を通る。すると楓が蓮と目線が合う。その瞬間、顔をしかめて去って行った。立ち尽くしている三人に岩鉄が言った。

「あの子は楓。紅葉の妹だよ」

「妹?」

「世話焼きの妹ちゃんでね・・・。遅いとああやって迎えにくるんだ」

「へえ」

 蓮は紅葉と楓が去った方向を見つめていた。蓮には蓮を見たときの楓の表情が忘れられなかった。あのしかめられた顔は一体何だったのか、と頭の中はそのことばかりだった。

 三人は岩鉄に礼を言い、清涼院へ戻って行った。

 


 三人が戻ってくると雪がちらちらと降ってきた。部屋に戻り寝巻きに着替えた蓮と真聖は一息ついた。

「岩鉄さんの硝子細工すごかったよね」

「・・・」

「蓮?」

「あっ、ごめん。なんだっけ・・・?」

 蓮はぼーっと外を眺めていた。そのせいで真聖の話が耳に入らなかった。もう一度聞き返すと真聖は同じことを繰り返した。

 それに蓮は生返事をした。真聖は蓮の異変に気がついた。それは春国で受けた処刑未遂にも似たものだった。また何か大きな憶測に蓮が支配されているのかもしれない、と考える。

「寒くない?」

「・・・ちょっとだけ」

「だったら、あったかいお茶もらってくるよ」

 真聖が立ち上がった。すると真聖をこき使うことなんてできない、と僕もいくよ、と声を上げたが真聖は大丈夫だよ、と蓮を制した。

 部屋から逃げるように出て行った真聖は廊下で立ち止まった。しんしんと降る雪を見ながら腰に差していた短剣に手が触れた。この短剣は夏国を出発する際、七夕が餞別品としてもらったものだ。銀で彫られた鳳凰の黄色の目がこちらを射抜いている。

「このままじゃまた蓮が・・・。僕はどうすればいい? 教えてよ、鳳凰・・・」

 静かに呟いた。

 一方の九穏院は仏像の前で就寝前の日課である読経を行っていた。数珠を手に巻き、目を瞑ってボソボソと経を唱えている。今、九穏院は俗世から目をつむり御仏と対話をしている。

 祈りながらこの世の繁栄と平和を願いっている。

 すると部屋の前で烏のように真っ黒な法衣を身にまとった僧がいた。

「宮さま・・・」

円珍エンチンさまでしたか」

 九穏院が読経をやめた。円珍は九穏院より以前に清涼院で仏に仕えていた僧だった。九穏院が出家をしたのち、この円珍の元で仏の教えを学びそして修行を続けた。二人は修行仲間であり、師匠と弟子である。円珍のことを九穏院は尊敬の意を込めて「円珍さま」と尊称をつけて呼ぶのだった。

「読経中に失礼致します。宮さまが留守の間、こちらをお預かりいたしました」

 円珍の手には手紙があった。それを九穏院が受け取ると円珍は礼をして部屋を出て行こうとする。

「円珍さま」

 九穏院が引き止める。円珍は振り返ると九穏院へへりくだるように正座をした。それを見た九穏院は立つように言った。円珍は無礼に当たると断るが、九穏院はそれでも立って欲しいと願う。

 円珍はついに折れて立ち上がり、九穏院と対等になる。

「私は円珍さまを僧の師として尊敬しております。むしろ私が正座をするべきなのです」

「しかし、宮さまは僧とはいえど陛下の弟君であらせられます。このようなことさせられません」

 そうですか、と円珍はこれにてと礼をして部屋へ戻ろうとする。九穏院はその背後に向かって大きな声で言った。

「そろそろ宮さまって呼ぶのやめてくれませんか? 私はすでに出家の身ゆえ・・・」

「何度も呼んでいる御名前にございます。やめろとは無理な話でございます。お先に失礼いたします」

 円珍は少し笑みをたたえてそう言った。

 円珍が部屋へ戻った後、九穏院も部屋へ戻り手紙の中身を確認するため開いた。

 その中身を見た九穏院は顔色を変えた。急いで机の上に紙を広げ、筆に墨を含ませて走り書きで書いた。その表情はとても焦りにも見えた。

「急いで返事をしなくては・・・」

 九穏院が手放した手紙の末にはこう書かれていた。


『清涼院 九穏院様


     秋国宮殿付巫女 珠より』


 兄である理穏のいる宮殿にいる国一番の巫女、珠からの手紙であった。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。

また不定期の更新になりますが、そこはご了承ください。藤波真夏

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