三章 太陽の皇子、月の皇子
新年明けましておめでとうございます。新年一発目の小説投稿です。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
三章 太陽の皇子、月の皇子
翌朝。
二人は朝食を済ませ、宮殿を出て行った。残念ながら理穏は公務のため見送ることはできなかった。それでも二人は理穏に言われた通りに東のはずれにある清涼院を目指す。二人が街を歩いていると既に職人たちが仕事の準備を始めていた。
またあの素晴らしい装飾品が生み出されるのかと思うと心が躍る。宮殿がだんだんと遠くなっていく。振り返るとあんなに大きかった宮殿は小さくなっていく。
途中清涼院への道を人に聞きながら東のはずれまでやってきた。
しかし清涼院らしき建物など見当たらない。二人は焦った。
「完全に迷子だよ」
「どうしよう」
二人は完全に立ち往生してしまう。すると一人の少年に声をかけられた。
「どうしたんだ? こんなところで」
振り返るとそこには蓮たちよりも少し年上の雰囲気を出す少年が立っていた。額には鉢巻を巻いて法被を羽織り、膝より上まで裾上げされた袴を履き、足袋に草履。そして瞳の色は橙色をしていた。
「清涼院に行きたいんですけど・・・」
「お前ら清涼院に行きたいのか? 清涼院ならもう少し先にある。まっすぐ進んだら突き当たりを右だ」
少年は指をさして道を教えてくれた。これで迷子から脱出できると蓮と真聖は安堵した。礼を述べると二人はその道を急いだ。少年はその後ろ姿を見つめていた。すると体つきのがっしりした大男がやってきた。
「紅葉。こんなとこで何してんだ?」
「あ、師匠」
少年紅葉を呼んだのは彼が師匠と仰ぐ大男。紅葉は大男と一緒に工場へ向かった。
中には色とりどりの硝子の結晶が積まれ、それを大男が細工を施している。
「紅葉。今日は特別だ。お前も作ってみろ」
「いいのか?! 師匠」
「ああ。ここ一ヶ月してねえからな」
紅葉は大男の隣に座って硝子の結晶を炙り、その表面に模様を彫り始めた。
この大男、岩鉄。秋国随一の硝子細工職人の一人である。紅葉は彼の弟子で日々師匠の元で学んでいる。岩鉄は見た目は強面だがその手から作り出される装飾品はとても価値があり、好評をもらっている。
岩鉄の手から美しい硝子細工が生み出されている。
紅葉はそこから目を離せずにいた。
蓮と真聖は言われた通りに進んで清涼院の前までやってきた。
宮殿とは違い、木目がはっきりと見える質素な造りだった。寂れた屋敷を思わせる。清涼院と表には書かれていないが、周囲にそれらしい屋敷がない。目の前にあるのが清涼院であるだろう。
「入ろうか」
「うん」
蓮と真聖は清涼院の門をくぐった。
しかし目の届く場所には人一人いない。蓮は大きな声でごめんくださーい! と叫んだ。それを見た真聖も誰かいませんかー? と叫んだ。しかし返事はない。
まさかの留守?
そんな考えが脳裏をよぎった。しかしここまで来て引き下がるわけにはいかない。蓮が清涼院の中へ入っていく。真聖が止めようとするが引き下がれない気持ちは同じ。結局蓮に付いていく。
蓮と真聖は清涼院の中庭には小さな池がある。時折池からは亀が顔を出す。清涼院の外見とは異なり中庭は手入れが行き届いて荒れ放題ではなかった。花もたくさん咲いている。
すると部屋から声が聞こえてきた。蓮と真聖はその声をたどっていく。二人がたどり着いたのは清涼院の奥部屋。そこには仏像が祀られている。金でできた装飾が仏像の周囲に飾られている。
その仏像の前には茶色の着物の上から袈裟をまとった青年が手を合わせて経を唱えていた。黒い髪の毛を動物の尻尾のように一つに結わいている後ろ姿だけが見えた。
近寄りがたい神秘的な力を感じる。
蓮が足を一歩動かす。すると草の揺れる音が聞こえる。それに気づいた青年が読経をやめてゆっくりと振り返った。
「お客人が来ていたとは、気づかなくて申し訳ございません」
蓮と真聖は勢い良く頭を下げて謝罪をする。勝手に中庭に上がり込んでいる。完全に不法侵入である。
「す、すいません! 声をかけても返事がなかったので! つい!」
青年は少し驚きながらも頭を上げるように言った。蓮はゆっくりと頭を上げる。すると隣にいる真聖の表情が固まっている。どうしたのか、と聞くと、真聖は言った。
「理穏さま・・・?」
「へ?」
蓮が青年の方に視線を移すと目を見開いた。真聖は嘘など言っていなかった。
蓮に飛び込んできたのは宮殿にいるはずの理穏と瓜二つな顔がそこにあった。髪型が違うものの瞳の色が金色。夢でも見ているのかと目をこする。
それを聞いた青年は笑った。
「なんで理穏さまが清涼院に?!」
真聖がそう言うと青年はさらに笑った。笑いをこらえて口元を押さえている。そこからかなり育ちの良さがわかる。青年は笑い終わるとニコッとした。
「私は九穏院といいます。理穏陛下は私の双子の兄にあたります」
それを聞いて蓮と真聖が驚きのあまり顔を見合わせた。
「双子ォ?!」
二人は驚きのあまりその場から動けなくなった。しかし九穏院の説明で納得がいく。髪型は違うが顔がそっくり、瞳の色も一緒。これは信じざるを得なかった。
九穏院は二人をお堂の中に入れる。そして温かい茶を差し出してもてなした。九穏院はとても明るい性格のようだった。それでいて穏やかである。
「そういえば君たちの名前を聞いていませんでしたね」
九穏院がそう切り出すと蓮と真聖は改めて名乗った。
「僕、蓮っていいます。冬国から来ました」
「同じく冬国から来た真聖といいます」
わざわざ冬国からご苦労様です、と九穏院は労いの言葉をかけた。さて本題に移りましょう、と話を返す。蓮は九穏院に清涼院に来た目的を話し始めた。
「僕たち、黒龍を封印するために華札継承者を探しているんです。すでに春国、夏国に向かい封印を行いました。僕たちの澄んでいる冬国の前に秋国の封印をしなくてなならないんです」
九穏院が事情は理解いたしました、と目をつぶりながら答えた。すると今度は九穏院が質問をする。
「ではなぜこの清涼院に?」
「理穏さまからの助言なんです」
「陛下の?」
「はい。華札継承者に関する手がかりはありませんか? って聞いた所、この清涼院に暮らす人物なら何か知っているのではないか? と」
それを聞いて九穏院はそうでしたか・・・とつぶやいた。しかし驚く所はそこではない。秋国首領理穏に双子の兄弟がいたこと、首領の血筋を引く人間が仏門に入っていることだ。首領の血筋を引いていながらなぜ清涼院でひっそりと過ごしているのだろうか。その疑問が浮かんだ。
「陛下も驚くことをしますね。私にはなんとなくではありますが真意が読めます」
「じゃあ何かご存知なんですか?」
真聖が前のめりになって聞く。すると九穏院は蓮に視線を移してあなたのことを教えてください、と告げた。蓮は意味が分からなかったが九穏院は蓮がどういう身の上なのか、どのような経緯でこのようになってしまったのかを話して欲しいということなのだろうと察する。
「私は蓮殿、あなたのことを疑っているわけではない。しかしどうしても御仏に仕えているせいか真意までさぐろうとしてしまうのです。お許しを」
蓮にはそこまで隠さなければならないことなどない。蓮は話し始める。
この銀髪と水色の瞳を見れば分かると思うんですが、僕は冬国首領を父に持っています。華札の封印が解かれて父は封印場所へ向かいましたが、黒龍に太刀打ちすることができず大怪我をして戻ってきました。僕には何かできなかったのか、僕にも黒龍に太刀打ちできる力があったにも関わらず。
ショックでした。
僕に出来ることは何だろうって自分なりに考えた結果が、真聖と一緒に華札継承者を探そうと思い、ここまで旅をしてきました。
話を聞き終えた九穏院は息を吐いた。
「まさか同じ立場の人間であったとは、正直驚きました。しかも子供の足ではるばる秋国までご苦労様でした」
九穏院は頭を下げた。そしてすくっと立ち上がり中庭のほうを見た。そして仏像に手を合わせて祈ると再び向き直る。
「私にはなんとなく蓮殿が不思議な何かを持っているような気がしてなりません。これは御仏も望んでいること。私もその言葉に応えるとしましょう」
九穏院は着物の裾をめくり、脛を出した。そこには菊の花の痣がくっきりとある。
「菊の花? 九穏院さま、まさか?!」
真聖が驚いている。蓮もようやくその真意を察する。
「私の俗名は長月九穏。九月の華札『菊に盃』を宿す者です」
「九穏院さま・・・」
「華札継承者を探しているということを聞いて陛下が導いてくれたのでしょう。陛下は本当にお優しい方です。その優しさを私は幼き頃より尊敬しております」
九穏院は理穏のことを話す時は優しい顔をする。
「九穏院さま。どうして首領の血を引いていながらお坊さんに?」
蓮がそう聞くと九穏院は少し気まずい表情を見せてぎこちなく笑った。九穏院は中庭の見える縁側に座る。そしてここに座ってください、と促すように隣を叩いた。
蓮と真聖はそこに座る。
九穏院は少し長くなりますよ? と言って静かに話し始めた。
ちょうど同じ頃、宮殿では理穏が公務を一旦終わらせて休憩がてらに廊下を歩いていた。
あの少年たちは無事に清涼院に行けただろうか?
華札継承者である弟の元へ清涼院に行け、ということにして導いた。息を吐いて公務室へ戻ろうとした時目の前に絢妃がいた。
「御公務ご苦労様です」
「何か御用でしょうか?」
「いえ、昔を思い出していただけです」
そうですか、と理穏は絢妃に頭を下げてその場から離れようとするが絢妃は静かに笑った。
「なぜ九穏を首領にしなかったのか、本当に先代首領の考えはわかりません。私はあんなに推したのにも関わらず九穏は出家してしまった。嘆かわしいこと」
「もうその話は決着がついたはずです。いつまでも引きずらないでください。私は九穏の分まで頑張ると誓いましたから。母上、なぜそこまで私を邪険にするのですか?」
すると絢妃は冷たい視線を理穏に向ける。
「この国では華札継承者の人間が首領になるのは当たり前。なぜ、華札継承者ではないあなたが国の頂点に立つのか。私は異議を唱えていた。あなたは九穏よりも出来が悪い。出来損ないなど我が一族の恥です」
絢妃は妖しく笑ってその場を後にした。
一人残された理穏は悔しそうな顔を見せた。ため息をつくと公務室に戻ろうとする。すると脛を抑えた。熱く疼いた。
理穏は拳を床に突き立てた。
「王位継承争い?」
蓮が聞き返すと九穏院はええ、と返した。その後九穏院は一つ一つ思い出すように語り出した。
私がまだ仏門に入る前のことです。私は陛下・・・、理穏兄上と双子でこの世に生を受けました。すでに亡くなった私たちの父である先代首領は教育熱心な方でした。私たちは幼い頃より勉学に励み、武芸に励みました。
自分でいうのもなんですが、私は武芸も勉学も得意な方でした。苦労を知らずして育ったのです。しかし理穏兄上は違いました。理穏兄上は少し不器用なお方で武芸も勉学もすぐには完璧にできませんでした。そのせいで宮殿内でも常に比べられ、蔑まれてきました。顔はそっくりなのに中身は全然違うとばかり揶揄されて・・・。
普通ならば兄である理穏兄上が首領になるはずです。しかし、母上はそうはいきませんでした。不器用で何もできない兄より出来の良い弟を首領にしようと進言いたしました。
じゃあ何故九穏院さまはお坊さんに?
私は見ていたのです。理穏兄上は勉学・武芸の時間以外でも努力を怠っていなかったんです。誰もが寝静まった夜更けに勉学をおさらいし、御公務の合間でも武芸の自主稽古を行っていたんです。私はそれを陰ながら見ていました。
理穏兄上の部屋にはたくさんの楷書の書や学問の書などが大量にあるのです。それはその時の積み重ねで、理穏兄上自ら取り寄せた書の山がその証拠です。おかげで理穏兄上は国一番の書家にも認められる美しい書を書くことができるのです。
その才能が認められて理穏兄上が首領になることが確定しました。しかし、それを許さなかったのが母上と母上のお考えに賛同する者たちでした。理穏兄上のことを見下し、私を据えようとしました。私はすぐに辞めるように申し上げました。理穏兄上の努力をこの目で見て尊敬していたからです。理穏兄上が首領になることにとても喜びを感じていたのです。
しかしこのままでは理穏兄上が追い込まれるだけではなく、今までの積み重ねてきた努力が踏みにじられてしまう。このままでは争いが起こる。私は尊敬する理穏兄上と争うことなどしたくありません。だから出家して俗世を断ち、長月九穏という名を捨て「九穏院」という名を名乗っているのです。
話し終えると九穏院は息を吐いた。
互いが思い合う素敵な兄弟像だったが、権力に溺れた人間たちに関係を捻じ曲げられてしまった。当人である理穏と九穏院二人だけが知る苦しすぎる過去だった。
「九穏院さまは理穏陛下と仲良しですか?」
「この清涼院に来てからはなかなか伺えませんが、文通はしておりますよ。喧嘩もなく仲良くやらせてもらっております。時折、書の手ほどきをしてもらうんですよ」
理穏のことを話す九穏院はとても嬉しそうだった。心の底から尊敬していることが分かった。そうだ、改めてと蓮は九穏院に向き直った。
「九穏院さま。黒龍封印のため力を貸していただけませんか?」
九穏院は頷いた。
「これは華札継承者としての使命。御仏が導いてくれたのでしょう。ご協力いたしましょう」
それを聞いた蓮は頭を下げて礼を述べた。
本当に理穏兄上は慈悲深く優しい方だ。偶然を装って向かうように指示して私に会わせる。亡き父上もお喜びのことだろう。
九穏院はそう思った。
空が夕暮れに染まる。
宮殿にいる理穏は公務を終えて自室に戻っていた。また本棚の書物を取り出し、一人で読んでいく。理穏が特別に取り寄せた書物である。
「ん?」
書物を読んでいた理穏の手が止まった。書物の端っこに小さな落書きが残っている。
「九穏か・・・」
幼い頃に共に勉学に励んでいた頃に理穏の書物に九穏院が落書きしたのだった。幼い頃は母親に冷たい目で見られ、比べられ、母親の愛情をまともに受けたことのない理穏ではあるが、当時の九穏院の態度を思い出せば見下してもいなかった。本当に心の底から慕っていたと思われた。
しかし自分よりも優れた才能のある九穏院が争いを避けるため、自ら出家の道を選んだ。そのことに少しの後ろめたさが残っている。本当に自分が首領になってよかったのだろうか、と時折不安になる。
目を瞑れば幼少期の頃を思い出す。
理穏と九穏院がまだ蓮と真聖と同じ年頃だった頃。二人は仲の良い双子の兄弟だった。九穏院は理穏を尊敬し笑いが絶えなかった。
ところが二人を比べる人間が宮殿には多く存在する。出てくる言葉の多くは理穏を蔑む言葉ばかり。
「次期首領は九穏さまだろう。理穏さまは苦手なことが多い」
「九穏さまならばこの国を良い方向に導いてくれるはずだ」
心無い言葉が理穏をどんどん追い込んでいく。理穏の苦しみを九穏院は知っていた。九穏院は理穏を兄として慕い尊敬していた。その慕う気持ちが理穏にも伝わり、味方の少ない理穏にとって最大の心の拠り所となっていた。
目を再び開けると目の前には現実が広がっていた。なんだ夢か、とつぶやいた。首領になってから悪いことは起きていないが、まだ理穏を引き摺り下ろそうとする勢力が消えているわけではない。
ある意味理穏を次期首領に認めてくれた先代首領である父親はもうこの世にはいない。そして唯一の理解者で味方の九穏院もそばにはいない。一人でやっていかなければならない。
理穏は息を吐いて書物を閉じた。
ちょうどその頃、宮殿の奥宮では絢妃が控えていた。絢妃は息子であるにもかかわらず出来の悪い理穏を蔑み、弟の九穏院ばかりを贔屓にしていた。そのため、理穏が首領になり九穏院は出家したという結果に納得がいかない。
そのため虎視眈々と天地をひっくり返すことを狙っている。絢妃はつぶやいた。
「九穏は太陽の皇子、理穏は月の皇子・・・。この国に必要なのは月ではなく太陽なのだ・・・」
絢妃は妖しく微笑んだ。
長い平和が保たれた秋国に尋常ではない空気が流れ始めている。そしてそれは静かに誰にも知られないように進んでいた。
そんな絢妃の様子を静かに見つめる瞳があった。目を遮られ、神眼で見つめている。秋国最強の霊力を持つ珠である。これはとんでもないものだ、と心の底から感情が湧き上がってくる。
「珠。何か見えたか?」
珠に声をかける老婆。老婆は薄紫の着物を召している。顔にはシワが寄っているが、その瞳に宿す光は衰えていない。
「福寿院さまでしたか」
福寿院も元々宮殿に仕えていた優秀な巫女だった。年を取って引退し、珠を育て上げた。つまり珠にとっては師匠にあたる。立派になった珠を時折見にくることが多い。今日はその日だった。
「福寿院さまは『太陽の皇子、月の皇子』ってご存知ですか?」
「知っている。陛下と院さまを示す言葉じゃろう?」
『太陽の皇子、月の皇子』は理穏と九穏院を表す言葉。理穏は月の皇子、九穏院は太陽の皇子と言われている。外見はそっくりなのに中身は太陽と月のように違う。この言葉が理穏を苦しめてきた。
「それがどうかしたのか?」
「神からのお告げです。月の皇子、怪しき光に包まれ消えゆ・・・」
「な、なんじゃと」
福寿院の表情が凍りつく。
そのことを月の皇子も太陽の皇子も知る由もなかった。二人は空に瞬く星をずっと見つめていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。本年もよろしくお願い申しあげます。藤波真夏




