一章 神々の国
藤波真夏です。今回より「秋国編」を開始いたします。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
一章 神々の国
海袮の馬に乗って秋国の国境付近までやってきた。夏国の緑は消え失せ、赤や黄色に染まった木々がお出迎えだ。
「夏国と違って綺麗だろ。俺も見惚れちまうぜ」
夏国とは違い、少し涼しい風が頬を撫でた。
海袮は馬を歩かせ、秋国と夏国の国境付近までやってきた。まだ木々が緑色に染まっているがこの先に進めば木々は衣装を変える。
蓮と真聖は馬を降りた。
「海袮さん。ありがとうございました」
「気にすんな。本当だったら秋国の街まで送りてえんだが、俺はこれでもシグレ賊だからな。戻って王様の命令に従わにゃならねえ。ここで許せ」
気にしないでください、と蓮と真聖は言った。すると海袮はニッと笑った。彼は真聖を見て言った。
「真聖。蓮は大事な親友であり守るべき王子さまなんだろ。頑張れよ」
「はい」
真聖は意志の強い瞳を向けた。それを悟った海袮はその意気だ、と笑った。海袮は馬の手綱を引いた。馬が高らかに声を上げる。
「お前たちの健闘を祈ってるぜ!」
そう言い残すと海袮は馬で夏国の方へ駆けて行った。残された蓮と真聖は行こうか、と秋国の方へ向かう。歩いて行くと緑色一色だった木々がだんだんと赤、黄、橙に染まり美しい景色に変わる。
「綺麗だね! 葉っぱがいろんな色に!」
周囲の違う顔を見せる風景たちに心を躍らせて秋国の街へ急いだ。
数時間後、歩いて歩いてようやく秋国の街に到着する。街を見た蓮と真聖は言葉を失った。整備された街並み、そして街の入り口には真っ赤な鳥居が出迎えた。
「なんか入り難いね」
「そうだね。でも海袮さんが秋国のこと神様を崇める国って言ってた理由、なんとなく分かった気がする・・・」
鳥居は様々な場所からやってくる神を迎い入れるためのものにしか見えなくなってきた。それだけ神を崇め敬う国である所以が見えてくる。
鳥居をくぐると人々が行き交っている。街の多くは装飾品などを製作する工房がほとんどだった。ものを激しく打ち付ける音が響き、工房を覗き込むと輝いている鉱石を加工した鉄に埋め込んでいる。あっという間に美しい装飾品へと姿を変えた。
あそこまで美しい装飾品を見るのは初めてで蓮と真聖は職人の手さばきから目が離せない。視線に気づいたのか職人がこちらを見つめてくる。思わずビクッとして顔を引っ込める。
もっと街の奥の方まで歩いて行く。その行く様々なところで神様を祀る立派な社が点在していた。食物の神、水の神、火の神、農耕の神などたくさんの神々が秋国のいたるところで祀られていた。
「ねえ、これからどうしよう」
「そうだよね。手がかりないし・・・。でもさ、海袮さんは言ってたじゃん。この国には神様の声を聞ける人がいるって。その人に会えれば・・・」
真聖は言った。国の命運をも左右しかねない存在に会うのは無謀なことであるが、今思いつくのはそれだけだった。蓮も一か八かだ、と探し始める。
街を行き交う人々に聞いても知らない人が多数だった。神の声を聞ける人間は国宝級の保護と扱いを受けるため、俗世とは切り離されているようだった。結局、神の声を聞ける人間の手がかりは一切掴めなかった。
「ダメだったね」
「そう簡単には会えないのかな・・・」
二人は落胆して深いため息をついた。運の悪いことに華札継承者の気配も一切感じない。完全に八方塞がりに追い込まれた。
肩を落としてトボトボと歩いていると二人は前方不注意で誰かとぶつかってしまった。うわっ! と声をあげて倒れこんだ。
「大丈夫ですか?」
優しい青年の声が聞こえてきた。見上げると黄土色の着物に袈裟をまとっている。頭には藁で編まれた傘を被っている。神職者であろうか。袈裟をつけた青年は蓮と真聖を助け起こしてくれた。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
蓮と真聖はお礼を告げるとすぐに駆け出そうとする。しかし、青年がそれを止めた。
「どちらへ向かうんですか?」
「えーっと、僕たちは・・・」
「なんでもないんです! すいませんでした!」
真聖は挨拶をしようとした蓮の手を引いて急いでその場からそそくさと逃げ出した。青年は不思議に思いながら首をかしげた。青年は傘を外す。その下からは茶色の髪の毛が姿を見せる。青年はその髪を小動物の尻尾のように小さく後ろで結んでいた。その瞳は景色にも負けない金色に輝いていた。
青年はそのまま歩き出した。
一方、逃げ出した蓮と真聖は木々が生い茂る場所まで逃げてきた。
「真聖! どうしたの?!」
「ダメだよ、蓮。もし僕たちが華札継承者探してますとか言いだしたら、何か起こるかもしれないよ。今までそればっかだったじゃん」
「それはそうだけど・・・」
蓮の発言の勢いが弱くなる。確かに真聖の言い分も一理ある。猪突猛進に走り出しそうになった蓮を止めたようだった。しかし結局、問題は何も解決していない。
途方にくれた二人は行くあてもないまま、歩き出す。日は傾いて空が夕焼けに染まる。蓮と真聖はとある社の前へやってきた。最終手段は神頼みだ。蓮と真聖は礼拝手順に従って、手を合わせて祀られている神に祈った。
一方、蓮と真聖の知らないところでは。
暗闇の中に人が一人。真っ白な着物に赤い腰紐、頭からはこれまた真っ白な布をかぶり顔を見せないようにしている。
「ほお・・・。古の力か・・・」
女性の声だった。神々しい雰囲気をもつ彼女が何者であるかはわからない。しかし蓮と真聖の真意をついていることは確かである。すると、女性の背後から黄色の着物を着て金色の瞳をもつ男性が現れる。
「珠。何が見えた?」
女性は珠と呼ばれた。珠は男性に振り返る。頭に被っていた真っ白な布を剥ぐと珠の瞳は包帯でグルグル巻きにされている。珠は視界を奪われている。しかし、そこに男性がいることも分かっている。
「さすがは神眼。視界を奪われても私の姿も見えるのか」
珠は恐れ入ります、と頭を下げた。ところでなぜ私を呼んだ? と男性が問う。すると珠は笑った。用がなければあなたのような方をわざわざお呼び立てなどいたしません、と告げた。
確かに、と頷いた。
「お前のことだ。また何か見えたんだろう?」
珠は静かに笑って一呼吸おいて話し始める。
白銀の髪を持つ者、その身に火の鳥・鳳凰を宿す者が我が国に入っている。其の者たちに協力せよ。
男性はなるほど、とつぶやいた。
話を一通り聞くと考え込んだ。珠はそれを神眼で見てまた笑った。なぜ笑う、と男性が聞くと珠はその真意を話す。
「つい数年前まではまだ頼りのない人でしたが、今では立派な首領さまになられて嬉しいのですよ。ですよね、秋国首領、理穏陛下・・・」
その男、理穏。
神々の国の異名を持つ秋国を治める若き首領である。理穏は珠が教えてくれた神からのお告げを胸に留めて出て行った。首領の屋敷は街が一望できる丘の上に作られている。理穏はそれをただ見つめる。
「白銀の髪に、鳳凰を宿す者か・・・」
理穏はそうつぶやいた。
そして夜になり、蓮と真聖は森の中にいた。
うまいこと宿屋は見つからず、最終手段の野宿になってしまった。七夕にもらった短剣を使って生えているキノコや山菜を採る。それを使って今日の夕飯を作る。森の中にたちまち美味しそうな湯気が立つ。
その匂いにつられて動物たちも集まってきた。
鹿、狸、狐、兎など様々だ。秋国最初の食事は動物たちに囲まれての食事となった。食べようとすると動物たちが露骨に狙ってくる。それを守ろうと蓮と真聖は必死だ。
「だめだ! これは僕のだ!」
「やめてよ!」
動物たちから食事を死守しながら、蓮と真聖はたいらげた。焚き火の火に照らされて蓮の不安げな顔が浮かんだ。
「見つかるかな」
「大丈夫。見つかるよ」
二人はこの旅で格段に成長している。心はたくましくなったはずだが、時折不安がるのは年相応だった。冷たい風が吹き抜けた。二人は身震いさせてくっついて横になる。すると先ほどいた動物たちが戻ってきて蓮と真聖を寒さから守るようにくっついて横になり始めた。どうやら寒いのは動物たちも同じだったようだ。
「さあ、寝よう」
動物たちの温もりに包まれて蓮と真聖は眠りについた。まるで神様が動物たちを動かしたかのように気持ちが通じ合う。動物たちには人間の言葉がわかるのだろうか。蓮はそう考えながら意識を手放した。
その夜、蓮はおかしな夢を見た。
星が輝く野に一人残されている。真聖の名前を呼んでも真聖はおらず、返事すらない。謎の虚無の空間にも感じられた。
「どこだろう」
蓮は一人で歩いた。どんなに歩いてもなかなか先は見えない。すると目の前に大きな湖を発見する。なんだろう、と近づいていくと透き通った水がそこにあった。流れ星が落ちてきてさらに野は幻想的な雰囲気に包まれた。
蓮がそっと覗き込むと、蓮の顔が映らない。
一体どういうことだろう?
蓮はその場に固まった。するとどこからか声が響く。
その湖は真実を見せる湖。映らない者には偽りの記憶が存在する。
蓮は立ち上がる。
「どういうこと? 僕の中に偽りの・・・嘘の記憶が存在するの・・・?」
蓮の声は次第に悲しみを帯び始める。蓮は頭を抱える。幼い頃の記憶を無我夢中で無理やり頭から引きずり出す。
幼い頃に椿を失った時の記憶、真聖と遊んだ記憶、蓮紀と真聖で華札伝説の話を聞いた記憶---。どれも思い出深い記憶。
この中に偽りの記憶があるというの? そんな・・・。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ---!
蓮は頭を抱え、そのまま泣き崩れた。蓮の目からは大粒の涙が大量に吹き出てもう止まることを知らなかった。悲しみと苦しみに蓮は打ちひしがれる。
今までどうして何も知らずに生きてきたんだろう。一体自分の記憶のどこに嘘が混じっているんだろう。
蓮は一人問答を繰り返す。そして最後につぶやいた。
僕は・・・、一体誰なんだろう・・・。
蓮は自分のことが見えなくなって、ついに夢からも意識を手放した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




