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華札のクニ  作者: 藤波真夏
第三記:夏国編
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十章 最初で最後の一夜

更新しました。ちょっと長くなってしまいました。最後まで読んでいただけたら幸いです。藤波真夏

十章 最初で最後の一夜

 封印場所である石碑の前にたどり着いた。夏国の石碑には葛のツタが絡まり神秘的な雰囲気を醸し出す。石碑には夏を表す華札の模様が彫られている。

 馬から降りてゆっくりと歩み寄る。

「織。蓮と真聖と一緒に待っていて」

「うん」

 涼羽は織を馬から降ろすと蓮と真聖の元へ連れて行き、そう言った。涼羽は二人に織をお願いね、と頼んだ。二人は頷いた。その顔を見て笑った涼羽はゆっくりと石碑の前へ歩き出す。

 石碑の前に立ち、涼羽が指を組んで石碑に向かって言い放つ。


「私に宿る『牡丹に蝶』の華札よ、その霊力を私に・・・」


 涼羽の周囲に青い光が満ちてくる。それを見て織がすごーい、と興奮して前のめりになる。蓮たちから離れそうになるがダメだよ! と体を抑えた。青い光が満ちてそのまま手を水無月の華札が彫られた場所に置いた。

 その瞬間、色のなかった牡丹と蝶に美しい色がついた。

 それを確認すると、七夕と交代をする。

 涼羽と入れ違いに前へ出た七夕は、手を組んで言い放った。


「僕の中にある『萩に猪』の華札よ、僕の大切なものを守るため力を貸したまえ・・・」


 黄緑の光が満ちてくる。また織が前のめりになる。涼羽と同じ青い瞳が輝いている。

「ねえ蓮にぃに! すごいよ! 母さまも父さまも!」

「ダメだよ! 織! ここでおとなしく待ってよう!」

「そうだよ、織!」

 興奮気味の織を蓮と真聖が必死に抑えている。七夕が振り返ると織が綺麗なものを見るような瞳でこちらを見ている。七夕はただ微笑んで文月の華札が彫られた場所に手を置く。徐々に色づき始める。

 すると七夕と入れ違いで海袮が石碑の前へ移動する。いよいよ俺の出番だな! と意気揚々だ。海袮は両手で拳を作りニヤリと笑った。


「俺の中にいる『ススキに月、雁』の華札! さあ、出番だぜ! 俺の中から出てこい!」


 赤い波動が海袮を包む。それはまるで燃え盛る炎のようだった。海袮は拳を石碑に当てる。すると葉月の華札に色がついた。

 水無月、文月、葉月の華札が大きな霊力を放っていた。そして各々の手の組み方をして叫んだ。


「黒龍を封ぜよ!」


 叫んだ瞬間、どこからか耳をつんざくような雄叫びが聞こえて来る。黒龍だ。黒龍が華札の霊力で苦しんでいる声がする。それを押さえつけようと三人に力が入る。

 真聖が蓮の隣を見る。すると、蓮の水色の瞳がまた光った。あの時と同じだ。また一瞬に終わってしまった。真聖にまた謎が生まれてしまった。

 そうこうしているうちに終わり、石碑には華札の霊力がたまり完全封印に成功した。


 夏国の華札、封印完了---。

 残る華札はあと六つ。旅にも佳境が見えてきた。それが希望なのか絶望なのかはまだわからない。



 封印を終えて城に戻り翠徳へ報告をした。すると翠徳はよくやった、と激励した。蓮と真聖は翠徳に頭を下げて礼を述べた。

「翠徳さま。本当にありがとうございます」

「大事ない。こちらも感謝しなくてはならない」

 翠徳も蓮と真聖に敬意を表す。して、と翠徳が話題を変えて蓮たちに聞く。

「この後はどうするつもりだ」

 蓮と真聖はしばらく顔を見合わせて考えたあと、結論を出して翠徳に言う。

「冬国には帰りません、秋国へ向かいます」

「・・・そうか。しかし、夏国から秋国への近道は険しいぞ、子供の足では難しいかもしれんんの。そうじゃ・・・」

 翠徳が残念そうな声を漏らすが、その次に向かう秋国への道中を懸念していた。しかしあることを思い出してすぐにある人物を呼んだ。

「海袮のお頭さん?!」

 やってきたのは海袮だった。頭をかきながら謁見の間にやってくる。少し眠そうな顔をしてなんですか? と告げる。

「海袮。蓮と真聖を秋国まで送り届けてはくれないだろうか?」

「またたいそうなことを・・・」

 海袮は面倒くさそうな表情を見せるが、王様の頼みとあれば仕方がないですねと承諾した。

「しかし俺たちにもやることがある。明後日にしてくれませんか? それでもいいなら運んでやるが?」

 蓮と真聖に海袮が問いかける。

「じゃあお言葉に甘えて、よろしくお願いします」

 それを聞いて海袮は笑った。豪快で俺様気質な彼で蓮たちと出会ったときの第一印象は最悪で始まったが今では頼もしい兄のような存在になっていった。

 海袮は明後日に城に迎えに行くと言い残し、颯爽と集落のある森へ戻っていった。

 それまでどうするか、と言う話に発展したところで涼羽が口を開く。

「翠徳さま。それまで蓮と真聖は私がお預かりします」

「よいのか?」

「ええ。是非」

 涼羽が蓮たちの顔を見て笑った。翠徳はよろしく頼むぞ、と告げた。謁見が終わり、涼羽は蓮と真聖の顔を見て言った。

「さ、家に帰ろうか」

 織は右手に蓮の手、左手に真聖の手をつないだ両手に花状態で街を歩いた。蓮と真聖も楽しくて鼻歌を歌い始める。その様子を涼羽と七夕が優しく見守っている。

「まるで本当の兄妹のようだね」

「ええ。私も心持ちは三人の子供の母親よ」

 クスッと笑った。七夕はおもむろに涼羽の手を握る。涼羽よりも大きな手で暖かい。涼羽が立ち止まって七夕の顔をじっと見つめた。時間が止まった感覚に陥り、二人だけの空間だと錯覚する。

「父さま! 母さま!」

 織の声で現実に引き戻される。前を見ると蓮たちが振り返って二人のことを待っていた。早く! と急かす。七夕は悔しそうに頭をおさえた。すると涼羽は笑った。

「残念。さ、行きましょうか、旦那さま」

「涼羽?」

 普段の涼羽なら恥ずかしがって決して言わない言葉が飛び出した。七夕は顔を赤くして照れ隠しをする。振り返ると涼羽はもういない。あれ?! と見渡していると、遠くから声がする。

「しーゆーうー! 置いてくぞ!」

 蓮たちのいる場所にすでに向かって手を振っている涼羽が見えた。

「はやっ!」

 七夕も驚いているのもつかの間、息を吐くと走って涼羽たちのもとへ向かった。空はすでに夕焼け。茜色の空が蓮たちの頭上にあった。


 家に着くと涼羽は夕飯の支度を開始する。台所からは湯気が立ち込め、腹の虫を刺戟する美味しそうな匂いが充満する。蓮と真聖は織の相手をして遊んでいる。織のお守りもすでに慣れて遊んでいる。

 いつもなら遊び相手がいない織は何をしだすかわからないために、涼羽が料理をするときでも織から目を離すことができなかった。だが今は蓮と真聖が織の相手をしてくれているため、すごく助かっていた。

「さあ。ご飯できたから運んでくれる?」

「はーい!」

 三人は元気良く涼羽の元へ向かう。料理の乗った皿を運び、ご飯をよそう手伝いをした。その光景はまさに母と息子、娘。親子にしか見えなかった。

 居間には料理が並び、全員が手を合わせて夕飯を食べ始める。蓮と真聖も幸せをかみしめながら料理を頬ばった。多めに作った料理は育ち盛りの子供三人が食べて、空っぽになった。

 蓮と真聖、織は先にお風呂に入った。

 その声は涼羽と七夕のいる居間にまで聞こえてきた。

「元気だな」

「そうね。でも蓮と真聖がいて本当に助かったわ。兄弟がいるのっていいね」

 涼羽がクスッと笑った。それを見て七夕も笑みをこぼす。お茶でも飲む? と涼羽が聞くといただくよ、と七夕が返答する。涼羽は台所で湯を沸かし始めた。すると風呂から上がった真聖がやってきた。

「真聖。上がった?」

「はい。温かかったです」

 真聖は濡れた髪を拭きながら言った。蓮は織についていると答えた。すると涼羽が手招きをする。なんだろう、と思い真聖は涼羽のほうへ近づいた。

 涼羽は真聖の濡れた髪を拭き始めた。真聖は驚いて動けずにいると涼羽はまた笑った。母親のいない蓮や真聖に少しでも愛を注ごうと努力しているが、やることに二人は驚くばかり。真聖もそうだった。

「頭、拭いてもらったことある?」

「柊さまになら・・・」

「柊さま?」

「生まれたばかりの僕を引き取って育ててくれた方です」

 涼羽はそうなの、と頷いた。その方に感謝をしなくてはならないわね、と言った。真聖ははい、と頷いた。すると奥から蓮と織がひょっこりと顔を出した。

「真聖遅いよ」

 蓮だった。ごめんね、と真聖が頬をかく。すると涼羽は三人にもう寝なさい、と言う。するとゾロゾロとおやすみなさい、と言い居間から布団の敷かれた部屋へ移動する。最初こそ小さな話し声が聞こえていたがしばらくするとそれも止んだ。

 寝巻きに着替えた涼羽と七夕はそっと部屋を覗く。

 部屋の中で三人は静かに寝息を立てている。体の疲れがお風呂に入ったことで体が温められすぐに眠気が襲ってしまった。織を真ん中にしてその左右に蓮と織が寝ている。

「寝ちゃったね」

「うん。僕たちも寝ようか」

 涼羽と七夕は顔を見合わせて襖を閉めた。涼羽と七夕の自室に移動すると明かりをつけた。布団の中に入る涼羽を見て七夕はあることを投げかける。

「ねえ、涼羽。どうして僕と結婚してくれたの?」

 涼羽の動きが止まった。驚いた表情でいきなりどうした? と突っ込んでくるが七夕はずっと気になってたと正直に言った。涼羽は数秒考えた後こう切り出した。

「そりゃ最初はどんくせえなって思ったさ。だけど、私がどんな邪険にしても七夕は変わらなかった。成長したお前と手合わせした時、出会った時とは違う何かを感じた。それからかな。だんだん七夕のこともっと知りたいって思った時、自分のことを見直した」

「え?」

「七夕は覚えてないかもしれないけど、お前、結構城の女官たちに言い寄られてただろ? それを見て私は七夕と一緒にいる時間は長いけど、女性としては見れないんじゃないかって一番不安になった。今まで感じたことのない恐怖だったよ。そしたらもう考えている時間なんてなかった。我に返った時には七夕に結婚を申し込んでいたよ。私はバカだな、って思った。でも・・・七夕、あなたは受け入れてくれた」

 最初の話口調が元に戻って強い涼羽が出てきたが、後半になるにつれて結婚した後の矯正した涼羽の口調になっていく。そして七夕の背中に腕を回し、抱きつく。七夕の顔が一瞬で赤く染まる。

「涼羽?!」

「私は嬉しい。七夕と結婚できて、織も生まれて・・・。華札継承者で夫婦だなんて誰が想像したのか・・・」

「感謝しなきゃいけないのは僕も同じ。織を生んでくれてありがとう、涼羽・・・」

 七夕は涼羽を抱きしめ返し、髪を撫でた。

 誰よりも固い絆で繋がった二人は襖を開けて夜空を見上げた。二人はそのまま寄り添いあった。



 朝日が差し込んで起きろと急かしてくる。

 涼羽はゆっくりと目を覚ました。どうやらあの後、二人はくっついて寝たらしい。自分の体に絡まっている七夕の腕を静かに外して起き上がった。七夕はまだ夢の中。その寝顔が愛おしくて涼羽は彼の髪の毛を撫でた。

「子供みたい」

 涼羽とは正反対の性格を持つ七夕に涼羽は愛おしさを向けている。すると襖が勢い良く開いた。驚いて振り返ると蓮が立っていた。

「お、おはようございます」

「おはよう、蓮。どうしたの?」

「いきなり部屋に突入してすいません。そのお腹が空いて・・・」

「なるほどね。じゃあ朝ごはんにしましょうか」

 涼羽は立ち上がり着替えるから少し待っていて、と言って襖を閉めた。涼羽は七夕の顔に布団を被せると寝巻きを脱いで着物に着替え始める。七夕が布団をめくろうとするがそれを涼羽は器用に足で布団を踏みつけそれを阻止。七夕の覗きは未遂に終わった。

 いつもの格好になったところで七夕にかけられた布団を剥いだ。うわっ! と体を縮める七夕に涼羽は笑った。

「ほら。朝ごはんだ。とっとと起きろ!」

 そう言って蓮と一緒に台所へ向かった。七夕の静止も虚しく終わる。涼羽を取られたことに少し嫉妬してしまうが、そこは七夕も大人。グッと堪えた。居間へ向かうと織と真聖が起きていた。涼羽は驚いている。

「織! 今日は寝坊していないのね」

「真聖にぃにと蓮にぃにがね、おこしてくれたのー!」

 織にとってみれば兄同然。織にとってみれば一緒にいられるのも今日で最後。たくさん過ごしたいという小さな想いがあるのだろうか、と思われた。

 着替えを済ませた七夕がやってくると、朝ごはんを作る涼羽の後ろ姿とそれを手伝う蓮たちの姿が見えた。

 自分たちには子供が三人。

 そう錯覚してしまう。それほど蓮と真聖が溶け込んでいるということだ。涼羽の横で楽しそうに手伝いをする三人を見ていたら、本当の親子だ。すると七夕が近づき、蓮を持ち上げる。いきなりに驚く蓮。

「何してるんですか!」

「いいじゃないか! 明日には旅立つんだから、これくらいさせてくれ!」

 その次は真聖を持ち上げる。その様子を涼羽は笑っている。織は腕組みをして頬を膨らませている。

「にぃに! お手伝いしよ!」

 大人びた発言をした織に驚きを隠せないが、涼羽は微笑ましい光景に笑ってしまう。しかし、織に同調しご飯を食べようと続けた。

 朝ごはんを頬張り全部食べ終わった。片付けを終えると七夕が出かけよう、と切り出した。珍しい、と涼羽は目を丸くするが織は大喜びだ。

 蓮と真聖もついていくことになった。

 街を歩くとたくさんの人に声をかけられた。どうやら涼羽と七夕が夫婦揃って歩いている光景が珍しいらしい。

「おや、七夕さま。今日は涼羽さまとお出かけですか?」

「いや。子供たちも一緒だ」

 そう言うと七夕の影から織と真聖、涼羽の影からは蓮が顔を出した。その光景がとても微笑ましくて誰もが笑った。

 七夕は様々な場所へ連れて行ってくれた。広場やおすすめのお店などに連れて行った。夏国の名所にも連れて行き、かつて使われていた要塞の城壁を見て蓮と真聖は感嘆の声を上げた。

 時間が過ぎるのは早くて空が茜色に染まる。

 最後に連れてこられたのは夏国の街並みを一望できる丘の上だった。きれーい! と乗り出す蓮と真聖。しかしなぜここに連れてこられたのかわからない。蓮が聞くと涼羽は答えた。

「ここは、私と七夕の思い出の場所なの」

「思い出の場所?」

 首をかしげた三人に涼羽は言い聞かせる。

「ここはね、母さまが父さまに結婚の申し込みをした場所なの」

「結婚?!」

 三人は驚いた。七夕は情けないため息をつく。本来なら男が決めるべきところを涼羽が全部持って行ってしまったものだから少し気が落ちる。しかし涼羽に続けて言った。

「この景色を君たちに見せたかったんだよ。織、蓮、真聖」

「ええ。必ず見せたかった」

 涼羽も同調する。しかし織に見せるのは納得がいくが蓮と真聖に見せたい意味が分からなかった。表情を汲み取ったのか、涼羽がしゃがみこむ。

「何でって顔してるね」

「蓮、真聖。君たちはもう僕たちの子供同然だ。思い出の場所を大事な子供に見せたいのは親の思うところじゃないのかな?」

 それを聞いて蓮が口を開いた。

「僕たちが、涼羽さんたちの子供?」

「そう。蓮、真聖・・・あなたたちは私たちの大事な息子。息子が可愛くないと思う親なんていない。私は、あなたたちと血は繋がっていない。蓮、あなたにはお父上である蓮紀さまがいらっしゃる。真聖、あなたには育ての親である柊さまがいらっしゃる。その方たちの愛には及ばないかもしれないけど私はそれくらいの愛を持っているつもり」

 涼羽は蓮と真聖の頭を撫でた。

 母親の愛を知らない二人の目には大粒の涙がたまっていた。今にも瞳から溢れそうになる。涼羽は大きく手を広げて笑った。


「おいで・・・、私の可愛い息子たち」


 それで緊張の糸がプツンと切れたのか、蓮と真聖は涼羽に抱きついた。そして声をしゃくりあげて泣いた。涼羽からは母親の優しい匂いがした。その匂いに包まれて蓮と真聖はたまった思いを涙に代えて吐露した。

 すると後ろからコツンと何かが突っ込んでくる。蓮と真聖が涙を拭ってむくと織がいた。織は蓮と真聖にくっついた。何事だろう、と思うと織は二人を見上げた。

「にぃに、泣かないで」

 織なりの慰めだ。

「大丈夫だよ、織」

 真聖が笑顔で織に言う。心配そうな表情をしていた織も顔が明るくなった。丘から見える夏国の街並みは綺麗でだんだんと街に灯りが灯り始める。家に灯りがともされ、夕飯の支度に追われている。

「さ、市場で買い物をして夕ご飯にしましょ」

 涼羽がそう言った。蓮と真聖は織と手をつないで元来た道を進んでいく。その後ろ姿を涼羽と七夕は愛おしそうに見守った。二人が来るのが遅いのか、声がする。

「母さん!」

「父さん!」

 蓮と真聖の声だった。何も考えず、口から出たその言葉。言った本人たちはハッとして困惑しているが、涼羽と七夕は嬉しそうに笑った。

「今行くわ、蓮」

「足が速いぞ。待って、真聖」

 大人たちを置いて、蓮たちは元気良く丘を下っていった。

 市場で買い物を済ませ、屋敷に戻ってくる。涼羽は前掛けをつけて早速料理を開始する。涼羽は市場で買った食材を存分に使い、これでもかと思うほどの料理を作った。それを運ぶ蓮と真聖も大変だ。

 涼羽は張り切りすぎたね、と笑った。織も見たことがないくらいの豊富な料理が並んだ。これには七夕も驚いていた。美味しい香りに腹の虫が鳴きだす。

「いただきます!」

 蓮たちは間髪入れずに声をあげて料理を口に運ぶ。

 おいしい、おいしい、と口々に言う。食べ盛り、育ち盛りの子供が増えて料理はどんどんなくなっていく。炊いたご飯もどんどんなくなっていく。

「うまいか?」

 七夕が聞くと三人は大きく頷いた。それを見て涼羽は胸をなでおろした。

 案の定、夕食が終わった時には大量にあった料理も、たくさん炊いたご飯もすべてなくなって空っぽの皿だけがその場に残された。

 三人は風呂に入り、体が温まっていた頃。

 風呂上がりの蓮と真聖が頭を拭きながら歩いていると、縁側で涼羽が弓の手入れをしていた。蓮が近づくと涼羽が振り返る。どうかしたの? と聞いてくる涼羽に蓮は何をしているかと聞く。

「弓の手入れ。結婚した後でもこれだけはやっているの」

「母さん、あっ・・・」

 蓮はまた口をおさえた。真聖も実は母さんと言いそうになったのを必死にこらえた。涼羽は笑った。おいで、と手招きして涼羽を挟んだ両側に座らせる。

「蓮に母さんって呼んでもらえて嬉しいよ。真聖、あなたも言っていいからね」

 真聖は頷いた。涼羽は弓を持って立ち上がると、弓を構えて弦を力強く引っ張った。弦はビン! と大きな音を立てた。静寂に響き渡る、眼が覚めるような音。涼羽の腕は鈍ってなどいなかった。まだ武将のとしての腕は確実にある。

「母さんはまた武将に戻らないんですか?」

「さあね。でも私は戻りたいな、って思うの。七夕も家に縛るなんて嫌だ、って言っているからね。まあ、織が大きくなるまではずっとこのまま・・・」

 涼羽がそう言いながら夜空に輝く月を見上げる。

「蓮。真聖。いつかあなたたちにもこのような選択を迫られるときがくる。私の持つ弓は人を簡単に傷つけ、最悪殺しの道具にもなる。そのことを心に留めておくの」

 蓮と真聖の手を握って瞳を見て各々に言う。

「蓮。あなたはいずれお父上の跡を継ぐことになる。それゆえ選択を迫られる。人のために生きるの。あなたは立派な首領さまになる・・・。真聖。あなたはいずれ首領なった蓮を守る立場にある。それゆえに武器をとって戦い、蓮のそばにいる。命の儚さや罪悪感に傷つけられることになる。義の心を持って、蓮に仕えるの。あなたなら立派な側仕えになれる・・・」

 蓮と真聖は互いを見つめあった。

 いずれ迎えるかもしれない未来、そしていずれ迎える果たすべき使命。心はまだ大人ではない二人には分からない場所もあるが、でも涼羽の言いたいことはなんとなく分かった。

 彼女の言葉はズシリと重く、彼女が今まで生きてきたこと経験したことを体現したようなものに感じた。

 それから数分経過し風呂から出た七夕が通りかかる。涼羽に声をかけると涼羽は人差し指を唇に当てた。七夕が視線を移すと涼羽の膝を枕に、蓮と真聖がスヤスヤと寝息を立てていた。

「この子たちが、将来の冬国を背負って立つ子供たちなのだと思うと変な気持ちになるわ」

「そうだね。じゃあ僕が二人を運んでおくよ」

 七夕が蓮を持ち上げて運ぶ。戻ってくる間、真聖の頭を撫でて静かに微笑んだ。


 こうして、蓮と真聖の最初で最後の夏国の一夜が幕を下ろした。

最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏

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