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華札のクニ  作者: 藤波真夏
第三記:夏国編
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八章 番華、再び

更新しました。最後まで読んでいただけたら幸いです。藤波真夏

八章 番華、再び

 七夕は馬を降りて一人で駆け出す。そこには黒い瘴気が立ち込めていて。多くの人々が体調不良を訴えている。最後に見た光景とは違いすぎた。

「おい、七夕。病人が集まっているところに、案内しやがれ!」

 海袮は叫んだ。七夕は振り返ると海袮と共に城へ急いだ。

 城の門をくぐると、多くの人々が治療を受けている。しかし、医術師の人数の関係でなかなか手が回ってない。

「こりゃ・・・笑ってられねえな」

 さすがの海袮の顔からも笑顔が一瞬で消える。七夕は海袮を翠徳に会わせるために城の中へ向かう。城内も騒がしくなっている。七夕の姿に気づき、翠徳が名前を呼んだ。

「七夕?! 無事であったか?!」

「翠徳さま!」

 七夕は礼をする。翠徳に事の次第を説明する。どうしてシグレ賊の頭がいるのか、と突っ込まれるがまた後で説明すると七夕は翠徳を説明する。

「ではシグレ賊の長であるお前ならば、病を治せるのか?」

「はい、王様。この病は黒龍の発した瘴気によるものです。この病を治す方法はシグレ賊の頭に代々伝わってきました。俺はこんな身なりですが、医術の心得を持っております」

 海袮が慣れた口調で言う。海袮も場をわきまえて翠徳に礼を尽くしているようだった。すると翠徳は海袮を見下す。少し目をつぶったのち、見開いてまた見る。

「お前たちは誰にも媚びぬ、従わぬ、群れぬを信条としておるのだろう? それはたとえ、俺でも従わぬのであろう?」

「いいえ、王様。我々は夏国の山に暮らす義賊、シグレ賊。己の欲を捨てて、人のために生きるということは王様の考えと同じです。さあ、王様、ご命令をするなら今です。俺は心変わりが早いんで、早くしないと集落に帰ります」

 まるで翠徳の心を試すような聞き方をする。しかし七夕は何も言わなかった。今、一人でも多くの人を救わなくてはいけない状況下である。シグレ賊とはいえ、人攫いや鉄の横取りを働いた罪は重い。

 翠徳は判断を下す。

「シグレ賊頭、海袮。今すぐに医術師としてみなに加わり、治療をするのだ。今までの罪は今だけ凍結する。よいな?」

「はっ!」

 海袮はそう言うと礼をして、病で苦しんでいる人々の元へと走りだす。走りながら海袮は元の笑顔を取り戻していた。

 さすが、夏国の王様だ!


 海袮はそう思った。するとすぐに持ってきた薬草を擦り、薬にして運ばれてきた人々に飲ませるように言った。海袮の持って来た薬草はすぐになくなり、薬に姿を変えて多くの人々の体の中に入っていく。

「お湯を!」

 海袮の声が飛び交う。海袮の表情は真剣そのもの。先ほどの七夕を挑発していたときとは別人だった。完全に医術師の顔をしていた。医術師や治療を受けている人々の多くが、彼がシグレ賊の頭だとは思えなかった。

 その時そういえば、子供たちはどうした? と聞いてくる翠徳に七夕は説明する。

「シグレ賊の集落に。あそこならここの瘴気が登ってくることはないと思いまして・・・」

「だが、約束を破らんとも・・・」

「いいえ、彼らは絶対に子供たちに手を出すことはできません。織はともかく、蓮と真聖を涼羽と僕の息子だと集落のみんなに伝えております。なので今、蓮と真聖には織と一緒にいると共に、息子のふりをしてもらっています」

 そうか、とつぶやいた。そういえば涼羽の姿がないことに気づいた七夕は翠徳に聞いた。すると翠徳は医術師の補助にあたっていると話してくれた。七夕も涼羽を探しがてら補助に向かうが、涼羽の姿が見当たらない。

 徐々に苛立ちが募り始める。

 七夕の脳裏に嫌な予感がよぎる。七夕は急いで瘴気が蔓延する街の方へかけて行った。

「涼羽! 涼羽!」

 七夕が大声を出して名前を呼んだ。しかし、返事はない。すると頭上から黒龍の雄叫びが響いた。あまりの大きさに耳を塞ぐ。黒くて大きい龍が七夕に狙いを定める。黒龍の真っ黒な瘴気が七夕に覆い被りそうになったその時、一本の鋭い光が瘴気を裂いた。

 その光は黒龍向かって一直線。黒龍が怯んだ。その光の正体は矢だった。

 矢の放たれた方向を見るとそこに探し求めていた人物、涼羽の姿があった。しかも家にいる時の格好ではない。弓使い専用の着物に変わっていた。手には籠手、足と膝を守る防具をつけ、背中には矢の入った袋を肩からかけている。

 着物には弓使いの証である赤い線が入っている。弓も涼羽が七夕と結婚する前に使用していたものだ。

「涼羽!」

「七夕!」

 涼羽が近寄ってきた。その体を七夕はしっかりと受け止める。七夕は涼羽の無事を確かめるようにきつく腕の中に閉じ込めた。矢の腕は衰えていない、しかし今七夕の腕の中にいるのは一人の女性だった。

「織たちは?」

「大丈夫だ。シグレ賊の集落に置いてきた。あそこなら瘴気は上がってこない。全員無事だ」

「よかった」

 安心したのか、涼羽の瞳には涙が浮かんでいた。それを見た七夕がクスッと笑った。その理由を涼羽が聞くと七夕は黒龍を見据えながら言った。

「元に戻ってる。結婚する前の涼羽に」

「うるさい。でも、こうして二人揃ってまた戦えるなんて夢にも思わなかった。もうないと思っていたから・・・」

 涼羽は笑みを浮かべている。目を動かして涼羽の顔を見ると彼女の目が輝いていた。あの頃と同じ輝きを帯びた瞳。今も変わらないが、彼女本来の姿をだしているようだった。

 二人は互いに背中を合わせて言葉を交わし始める。

番華ツガイバナ、再び・・・ってところ?」

「へえ、七夕。私も同じこと考えてた・・・。さすが、夫婦かも」

 番華は七夕と涼羽の二人を指す言葉である。かつて数多の戦場を二人でくぐり抜けてきた二人は華札継承者でもあり、後に結婚したことから「番華」と呼ばれていた。

 二人を現実に引き戻すかのように頭上で黒龍が雄叫びをあげる。二人は黒龍を睨んだ。

「よくも夏国の人たちをあのような目に遭わせたな」

「お前の罪は重いぞ!」

 七夕と涼羽が言う。涼羽は矢を引き抜き、弓に引っ掛けて弦を引き構える。七夕は腰から剣を抜いた。


「我が身に宿る水無月の華札よ、その力、この矢に宿りて・・・闇を引き裂け!」


 涼羽がそう唱えると矢の先端に華札の霊力が溜まっていく。まばゆい光に包まれて矢は今か今かと発射される時を待っている。すると七夕は剣を突き出して口を開いた。


「僕の中にある萩に猪の華札よ、その力、この剣に宿り・・・なんでも引き裂く刃となれ!」


 七夕の剣に華札の力が集まり始める。光は次第に青、緑色に変わる。華札の色だ。二人は息を合わせて剣を降り、矢から手を離した。

 矢は黒龍に向かってまっすぐ飛び、七夕の剣からは華札の霊力の塊が波動となって、鋭い光となって黒龍へ一直線。

 それは見事命中。黒龍は苦しみだした。黒龍は華札の霊力に押さえつけられ、姿をくらました。もう黒の瘴気を発する元凶はいなくなった。

 しかしまだ安心はできない。あくまで向こうが消えただけで、またいつ何をしてくるか分からない。そんな不安が涼羽と七夕の脳裏をよぎる。

「とにかく、まずは一安心だね」

「・・・うん」

 涼羽が力なく返事をする。帰ろっか、と七夕が声をかけて涼羽に背中を向けたその時ドサッと何かが倒れる音がした。ゆっくりと振り返ると、涼羽が倒れている。

「涼羽?!」

 七夕は駆け寄り、涼羽を抱き上げる。額からは汗が滲み、高熱が涼羽を襲っていた。息は荒い。こんなに苦しんでいる涼羽を見るのは、織の出産以来だ。

「まさか、瘴気で?!」

 七夕は涼羽を抱きかかえて、医術師たちがいる城に向かって走りだす。馬もないために七夕の足だけが頼りだ。モタモタしていると涼羽の病状は悪化してしまう。迅速かつ丁寧に運ぶことを意識する。

 涼羽は朦朧とする意識の中で七夕の着物をつかんだ。それを見た七夕は声をかける。

「大丈夫だ、涼羽。君は僕が助ける。これが僕にできる、恩返しだ・・・!」

 七夕は足を休めることなく走り続けた。



 一方、シグレ賊の集落に避難していた蓮たちは上空に蠢く黒龍が消えたところを見ていた。蓮は空を指差して言う。

「真聖! 黒龍が消えたよ!」

「ほんと?! じゃあもう街に出れるんじゃ・・・」

 二人は希望を持ったが、織が怖がって蓮と真聖の後ろに隠れている。蓮と真聖はシグレ賊にお願いして薬草を届けるついでに街まで送ってもらえることになった。

「お前ら、しっかり掴まってろ!」

 シグレ賊の一人である風間カザマが蓮と真聖、織を乗せて馬を走らせる。全力疾走の馬に乗ったのはこれが生まれて初めてだ。織は振り落とされないように蓮にしっかりとしがみついた。

「お前たちに怖い思いをさせてしまったね。お頭は義理堅い人なんだ。それに医術の心得もあるし」

「え?! 海袮さんってお医者さんだったんですか?!」

「おうよ! てか教えてくれなかったのか? 海袮のお頭は先代の頭である龍也リュウヤじいちゃんから医術の心得を習ってんだ! だからシグレ賊は普通の街の奴らとは離れているけど、海袮のお頭は病気の診断もできる腕利きの医術師だ!」

 衝撃の事実を知って困惑する蓮。しかし織は笑って言った。

「そのお頭さんがいれば、病気なんてすぐ治っちゃうね!」

「そうだね! さ、母さんたちのところに急ごう!」

「うん!」

 織は蓮に掴まった。蓮たちを乗せた馬は街へ向かう。瘴気は薄れ始めているがまだ体調不良に苦しんでいる。海袮の額からは汗が流れる。もう何時間も治療に専念している。

「瘴気が・・・消えた?」

 海袮は立ち上がり、空を見上げる。黒い雲は晴れて、黒龍の気配もしない。

「龍也じいちゃんの教え・・・、活かせたぜ・・・」

 空を見上げて笑った。

 しかしまたすぐに呼ばれて治療に戻る。薬草を煎じ、薬湯にして人々に飲ませる。その作業を延々と繰り返す。海袮の顔に疲れが見え始めてきた。

 すると城の門から声が聞こえて来る。

「おかしらー!」

「風間か?!」

「薬草、もってきやしたー!」

 風間が城に到着し、海袮は迎い入れる。すると蓮たちもいることに驚いている。しかし声をかけることはできなかった。城の中には瘴気によって体調を崩した人々が大量に寝ている。しかも医術師の手が足りていない。

 その光景は想像を絶していた。

「何ボサッとしてる! 風間、すぐに薬草を運べ!」

「おうよ!」

 海袮の指示で風間は大量に薬草を運び出す。すると真聖が周囲を見渡す。どうしたの? と聞くと、真聖が言う前に織が聞いてきた。

「母さまと父さまはどこ?」

 そうだね、と蓮と真聖が周囲を見渡すが、どこにも七夕と涼羽の姿はない。すると城の門で声が上がった。

「おい! 七夕さまだ!」

 それを聞いて蓮たちは門の方へ走る。すると七夕が走ってくる姿が見えた。だんだんと輪郭がはっきりしてきて七夕の腕の中にある影もはっきりと見えてくる。

「お願いだ! すぐに治療を!」

 七夕が叫んだ。そこに蓮たちが寄ってくる。

 蓮は見た。荒い息をして高熱で苦しみ、意識が朦朧としている変わり果てた涼羽の姿だった。真聖と織もそれに続く。父親に会えた喜びと安堵感は一気に打ちのめされ、絶望へと変貌する。

 すると江将軍が七夕たちのそばに寄り、涼羽の安否を確かめる。

「医術師を呼べ!」

 江将軍に呼ばれてきたのは、海袮だった。海袮も変わり果てた涼羽の姿に言葉を失った。しかし凉羽の体を蝕む症状は瘴気によるものだということは一目瞭然だった。

「水無月・・・」

 海袮がそう呟くと七夕は涼羽を運ぶ。織はどうすることもできず泣き出す。江将軍が大丈夫だ、と宥めるが収まる気配はない。真聖も織を落ち着かせようとする。

 そしてただ立ち尽くしている蓮にはまた違うものが見えていた。

 蓮の頭の中には椿の姿が涼羽に重ねられ、どんどんと遠くに行く光景が脳裏をよぎる。蓮はそのまま手を伸ばして追いかけようとする。


「母さん!」


 蓮の悲痛な叫びが虚空に響いた。

最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏

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