一章 華札の伝説
続きを投稿します。最後まで読んでいただけたら幸いです。 藤波真夏
一章 華札の伝説
夜になった。屋敷にはロウソクの炎が灯され部屋を照らす。寝巻きに着替えた蓮は布団に仰向けになっていた。しかし全然眠くない。疲れるほど真聖と遊んだ。側仕えの真聖も蓮と同じ部屋で寝ているが真聖も同じようだった。
「眠れないね」
「うん」
「あんなに遊んだのになんでだろう? 不思議」
蓮と真聖はため息をついた。眠れずに縁側に出て二人並んでぼーっと中庭を眺めた。
「お前たち。こんなところで何をしているんだ?」
「父上?!」
「蓮紀さま?!」
白い寝巻きに身を包んだ蓮紀がこちらへやってきた。蓮紀が縁側に座ると蓮紀を囲むように二人は座った。
「今日あんなにはしゃいだのに全然疲れてないのか?」
「眠くないんです」
「うん」
蓮紀の問いに蓮と真聖は頷いた。それを聞いた蓮紀は笑った。子供は元気があっていい、羨ましい限りだと言って二人の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「だがな、寝ることも大事なのだぞ。寝なくては人間生きられぬ」
蓮紀は二人を連れて部屋の中へ入る。部屋に連れて行かれても眠れるわけではない。すると蓮紀は少し待っていろ、と一旦二人を残して部屋を出た。数分後に戻ってきた蓮紀の手には一冊の本を手にしていた。
「今日は四季の伝説の話をしよう」
「四季?」
「蓮。四季は冬国のある大陸の名前だよ。そうですよね? 蓮紀さま」
「その通りだ、真聖。この伝説は四季の者なら誰でも知っているある不思議な札をお話だ。ちゃんと話してこなかったからな。これは親から子へ代々語り継がれる話だから、絶対に忘れるんじゃないぞ?」
蓮紀がそう聞くと二人は「はい」、と元気な声で返した。
いい返事だ、と言って蓮紀は二人の間に座り、蓮紀の持つ本を覗き込む形で聞いた。
蓮紀が語るのは悠久の時を経て語り継がれる、不思議な伝説だった。
それは今からずーっと昔のこと。まだ四季が四つ国に分裂していなかった頃まで遡る。
「四季」という名前だけにあって、この大陸では四季折々の姿を見せる。自然は豊かで動物たちが生きていて人々も自然と共存して豊かな生活をしていた。
その幸せな生活は突如として終わりを告げた。
大陸内で大きな争いが発生し、多くの人々の血が流れ自然が破壊され四季は火の海と化した。
その争いを止めたのが華札継承者たちである。
華札は四季に古くから伝わる札で季節に関わる植物や動物が描かれ、四季を守護するものと呼ばれている。華札継承者は華札に選ばれ不思議な力を得たと伝えられた。
その数十二人。
彼らは苗字に月の名を有し、自身の体のどこかに華札に描かれている動物・植物が痣として残っている。
睦月、松に鶴。
如月、梅にウグイス。
弥生、桜に幕。
卯月、藤にほととぎす。
皐月、菖蒲に八ツ橋。
水無月、牡丹に蝶。
文月、萩に猪。
葉月、ススキに月、雁。
長月、菊に盃。
神無月、紅葉に鹿。
霜月、柳に蛙。
師走、桐に鳳凰。
以上の十二の名称が体に刻まれている。
彼らの活躍によりなんとか争いが終結したものの、その代償として四季は四つの国に分裂してしまった。それが春国、夏国、秋国、冬国である。
華札継承者はその後悔の念からか、二度と歴史の表舞台に姿を現さなくなった。さらに十二人は離れ離れになり国で静かに余生を過ごしたとされる。彼らの子孫も祖先から受け継がれた華札の不思議な力を受け継ぎそれを振るうことがなかった。
しかし、国乱れし刻、古の時代より存在する華札に選ばれし者達によって国は窮地から脱し、闇は葬られるだろう。
古くから残る華札は丁重に保管されているが、その札には未だに尋常ではない霊力を有しておりその霊力は継承者に凄まじい力を与えてくれるだろう。
「おしまい」
蓮紀がそう言って本を閉じると蓮と真聖はすっかり夢の中だ。寝ちゃったのか、と蓮紀はため息をついた。果たしてこの親から子へと語り継がれる物語をちゃんと聞いていたのだろうか、と不安になる。
しかし二人の寝顔を見た時そんな不安は一気に消える。蓮紀は二人を布団に寝かして静かに部屋から出て行った。
一人自室に戻る蓮紀はため息をついた。そしておもむろに手首に巻かれた包帯をするすると外しそれを見つめる。
「まだ話すときじゃないな。しかし、蓮には可哀想なことをしてばかりだ」
蓮紀の手首には痣があり、その痣ははっきりと鶴の形をしていた。鶴の痣など自然にできるものではない。その痣を蓮紀はいつも隠し続けている。蓮にも真聖にも見せていない。
そこへ柊が立ちふさがる。
「どうした、柊のじじい」
「いつまでもお戻りにならないので心配しておりました」
「へえ、じじいって言ったのに怒らないのか?」
蓮紀はそう言いくるめて部屋へ入り、椅子に座る。すると柊も椅子に座り向き直る。蓮たちに見せていた優しい父親の表情から冬国首領のキリッとした表情に変わる。
「それで調べさせていたことはどうだった?」
「はい。冬国の誇る永久凍土のある山の向こう側、ちょうど四つの国々の国境が交わる先端の方角に異様な空気を感じております」
「お前も感じたか。俺にもわかる。何かがじわじわと溢れるようなものを感じる。なにか対策を立てねばならぬな」
柊は頷いた。
「また真聖がご迷惑をかけていましたか?」
「何が言いたい?」
蓮紀は表情を緩めていった。親のいない真聖の親代わりである柊は怪訝そうな顔をしている。心配しすぎだ、と蓮紀は笑った。
「あんなに二人で遊んでいたのに眠れないと言って縁側に座っていたのだ。そこで華札伝説の話を聞かせてやっていた。そしたらすんなり寝てしまった。二人の寝顔ときたら可愛いものよ」
静かに微笑む蓮紀を柊はただ見守った。
「華札伝説。それは親から子に語り継がれる昔話ですな。しかし我らもあながち無関係ではありません」
柊は手のひらに巻かれた包帯をするするとほどく。すると手のひらにはウグイスの痣がくっきりと残っている。
「如月の札、梅にウグイスに選ばれた如月柊」
蓮紀はそう言うと笑った。真聖はこのことを知っているのか? と聞くと知らせていません、ときっぱり言った。
「しかしその体に無理を強いてしまって申し訳ないが、大地の異変に注意してくれ。もしなにかあれば逐一報告を頼む」
「はっ。仰せのままに」
そう言って柊は礼をすると蓮紀の部屋から出て行った。一人残された蓮紀も布団に仰向けになって手首にある鶴の痣を見る。しかしすぐに包帯で手首をぐるぐる巻きにして痣を隠してしまった。
一人廊下を歩く柊もつぶやいた。
「華札の痣を隠し普通の人間としてこそこそ暮らしていることが多いが、しかしあなたさまも儂と同じ。睦月の札、松に鶴に選ばれた者にして冬国首領、睦月蓮紀・・・」
蓮紀も華札継承者であった。
しかしそれをただ隠し、一人の老人、一人の男であり父親として生きている。華札の力が必要となったときは必ずこの大陸で異変が起こって争いごとが起こったときだ。
人々が争い血を流し合うことを一番に嫌う蓮紀はもう二度と華札の力が必要とされないことを祈った。
翌日。
蓮と真聖は勉強をしていた。柊が教育係として二人に勉強を教えている。
柊は蓮紀、蓮の親子二代に渡って教育係を勤めている。教科書を眺めて二人は唸った。やはり男の子である。勉強よりは運動が大好きなようだ。
「難しい・・・」
「そうかの?」
蓮たちの嘆きなどなんのその。柊は容赦せず教授を続ける。生きていくための術を学んでいく。
勉強も落ち着いたとき、柊は蓮に聞く。
「そういえば昨日、眠れなかったそうですな」
「え? なんで知ってるの?」
「蓮紀さまがおっしゃられてました。そのときは真聖も一緒だったとか」
柊は昨日のことを聞いた。蓮と真聖は昨日なかなか眠れず蓮紀が四季の大陸に伝わる華札伝説について話をしてくれた、と言った。どこまで聞きました? と聞くとほぼ最後の方は眠気に襲われ最後の方の記憶がないと伝えた。
柊はなんということだ、と驚いた。
「華札伝説は親から子へと代々伝えられる大事な話。最後まで聞かないとは・・・」
柊に怒られ、二人は下を向いて黙ってしまった。これ以上怒ると泣きだしかねない。まだ心が弱い少年たちをこれ以上叱りたくはない、という気持ちが先行する。結局どこまで覚えているのか、と聞いて記憶が途切れたところから柊は話し始めた。
数時間経って勉強の時間を終え蓮は立ち上がり部屋へ戻ろうとする。真聖を誘うが先に行っていてくれ、と言うので蓮は先に部屋へ戻った。
二人きりになった真聖は柊に言った。
「柊さま」
「珍しい。お前が残るとはどうしたのじゃ?」
「実は首の後ろがなんか朝から痛くて・・・」
「蓮さまもお前も寝相が悪いからな。寝違えたんじゃろ」
「そうだと思うんですけど」
首の後ろをさすりながら不安がるのでじゃあ儂が見てやろう、と柊が真聖の背後に回り首の後ろを見る。見た瞬間、柊の表情が固まった。
「柊さま? どうですか?」
柊はあっ、と驚き言った。
「なーに、何もできておらん。少し腫れとった」
「え?!」
「寝違えただけじゃ。湿布を貼ってやろう」
柊は部屋の中の棚から薬箱を出して湿布を作り、真聖の首に貼った。首に冷たい感覚が走る。つめたーい! と顔をしかめる真聖に我慢せい、と一喝した。これで大丈夫だ、と言うと真聖は礼を言って走って行った。
一人残された柊は穏やかではなかった。屋敷の中を柊は歩き、ある人物を探していた。ようやくその姿を馬小屋で見つけた。
「蓮紀さま!」
「どうした柊。また蓮と真聖が言うこと聞かなくて愚痴を言いに来たのか?」
「そうではございません。真聖が・・・」
「真聖がどうしたというのだ?」
柊が蓮紀の耳に小さな声で耳打ちした。最初は柊の態度に不思議がっていた蓮紀もことのあらましを聞いて表情が真剣そのものである。柊の顔色を見てそれが本当のことだったということがわかる。
「それは真か?!」
「しかし、こうにもなるとなんだか不思議ですじゃ・・・。まるで蓮紀さまの元へ力が集まってきているように感じざるをえませぬ」
柊がそう言うと、蓮紀は首を横に振って違う、と告げた。蓮紀が痣のある手首を見る。柊も蓮紀の真意が掴めない。
「俺の元に集まっているのではない。あの子だ・・・」
「まさか、蓮さまですか?!」
「俺にはそう思うのだ。絆、縁とは不思議なものだな・・・」
蓮紀はそう言うと愛馬である白馬の頭を優しく撫でた。馬も嬉しかったのか声を上げる。柊がその場を立ち去り一人になった連記は思った。
柊は言っていた。真聖の首の後ろにくっきりと痣があったと・・・。しかもただの痣じゃない。
あの痣の形は鳳凰。
あんな複雑な痣、そう簡単にはできない。柊の言動に嘘偽りはない。真聖は華札継承者の家に生まれていたということだ。
師走の札、桐に鳳凰に選ばれた・・・、師走真聖ということか・・・。
真聖はそんなことなど知る由もなく、ただ蓮と一緒に遊び続けていた。
最後まで読んでくださりありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。 藤波真夏