十章 春の華札集結
更新しました。最後まで読んでいただけたら幸いです。藤波真夏
十章 春の華札集結
それから数日後、蓮たちはすべての国境が交わる場所に向かっていた。蓮は壮と一緒に馬に乗り、真聖は花街からついてきた番傘持ちの龍と馬に乗る。一方の小春と瑠姫は神輿に乗っている。
冬国と違い綺麗な花がたくさんある。
「この先に黒龍が封印された石碑がある」
壮が指をさす。そこには壁のように大きな石碑が建っている。あの石碑は冬国を始め、すべての国に建てられている。黒龍が暴れないかと心配になるが今、華札継承者の霊力で抑圧されているため、黒龍は動きたくても動けないだろう、と踏んだ。
「私、ここ初めて来ました」
「お姫さま、それはまことでありんすか? わっちは一度ここに来んしたことがありんす」
「そうなんですか?」
瑠姫と小春が神輿の中で話をしている。瑠姫がいつのことか聞こうとすると小春はこう告げた。
「女は秘密を持って美しくなるんよ」
小春の言葉に瑠姫はわからないと首をかしげるが、まだ若いから分からないかと笑った。そうこうしている間に、石碑に到着する。石碑には黒龍が彫られており、その壁には弥生の華札、卯月の華札、皐月の華札の絵柄も彫られている。
今この中には華札の力で黒龍が抑えられている状態だ。しかしこうも静かだと不安で仕方がない。嵐の前の静けさとはこのことか、と思ってしまう。
壮と蓮は馬から降り、真聖も降りた。神輿からも瑠姫と小春が降りて三人が並んだ。そして小春が声をかける。
「これより、封印の儀を執り行う。まずはわっちからやね」
小春は指を絡ませて手を組んだ。
「わっちに宿る『桜に幕』の華札よ。今こそ、わっちにその力集いたまえ・・・」
小春がそう言った瞬間、小春と同じ瞳の色をした波動が小春を包み込む。弥生の華札の力が満ちてきている証拠だ。そして『桜に幕』の華札が彫られた場所へ手を置く。すると不思議なことに手元に光が満ちて、彫られた華札に色がつく。
「どうなってるの?」
「華札の霊力だよ、きっと・・・」
小春はそう言うとさあ、お次どうぞ、と場所を譲る。次は壮の出番だ。壮も手を組んで言葉を放つ。
「俺に宿る『藤にホトトギス』の華札よ、俺に力を・・・」
壮の周辺にも黄緑の波動が集まる。そして彫られた華札に手を置くと藤の花にホトトギスが色づき始め美しく輝き出す。
最後に瑠姫の出番だ。瑠姫は両手を組んで目を閉じて祈った。
「私の中にある『菖蒲に八ツ橋』の華札よ、私に封印する力をください・・・」
瑠姫の周辺に紫色の波動がまとわりつく。静かに彫られた華札に手を置いた。すると綺麗な紫色の菖蒲が現れる。華札継承者の力が溜まった証拠だ。蓮の銀髪が風で揺れている。華札の力が相当な霊力を放っていることが分かる。そして最後に三人でまた手を組み叫んだ。
「黒龍を封ぜよ!」
そう叫んだ瞬間、黒龍のものと思いき雄叫びが響いた。苦しんでいる。華札の力が満ちてきて黒龍を縛り付ける鎖がより強固なものになったことをさす。
黒い石碑はいつの間にか真っ白に変色しており、優しい風が吹いた。それぞれの華札には鮮やかな色彩がついて光を放っている。その光が心臓の鼓動のように力強く光っていた。
それを見ていた蓮と真聖は神聖な光景に言葉を失った。体力を消耗したのか瑠姫は息が上がっている。小春も少し息が荒い。一番体力のある壮が振り返った。
「これで封印完成です」
壮が言った。
蓮と真聖は互いの両手を打ち合って喜んだ。これで春国の華札の力が復活し、黒龍を封じることに成功した。これだけでは完全に脅威が去ったわけではないが、明るい希望が見えてきたことには変わりはない。
春国の華札、封印完了。
残るは九枚。まだ先は長いが、やるしかない。
蓮はそうやって自分に言い聞かせた。
華札の輝きを目に焼き付け、全員は帰って行った。
多少の時間が過ぎて、蓮と真聖は次の国へ向かう準備をしていた。
荷物をまとめる。壮の屋敷で準備をしていると屋敷の中に花びらが飛んでくる。薄桃色のその花びらを見て蓮は綺麗と呟いた。
「どうしたの?」
真聖が聞いてくる。
「もう行かなきゃいけないんだな、って思って・・・」
蓮は空を見上げた。空は青く、空中には花びらが無数舞っている。この光景とも別れなければならないと考えると、悲しい。
しかしやらなきゃいけない大事なことを果たすために前へ進もう、と自分自身を奮い立たせる。すると蓮はあることを思い出した。
「そうだ。僕小春お姐さんのところに着物置きっぱなしだった! 取りに行かなきゃ」
「でも大丈夫? あそこの掟はもう元に戻っているんじゃないの?」
蓮は真聖と一緒に花街へ向かう。昼だというのに桜門は開いている。入ってもいいのだろうか、と見回して二人で門をくぐった。
すると、聞き覚えのある声が聞こえる。
「蓮だ!」
「真乃ちゃん!」
小春のお付きの少女、真乃が二人を迎えてくれる。どうかしたの、と聞くと真乃は小春姐さまが蓮が来るから迎えに行けと言われた、と話す。
不思議だ、何も連絡していないのに、と蓮は呟いた。真乃に連れられて蓮と真聖は桜屋の前までやってきた。
すると小春が出てきた。小春の瞳と同じ濃い桃色の着物に結われた髪には簪がさされている。
「蓮。待っていんしたわ」
「小春お姐さん!」
すると小春は待ちなさい、と言った。すると蓮と真聖が顔を見合わせる。そして小春は口を開いた。
「そろそろ次の国に行くと聞いた」
「はい・・・。色々とお世話になりました」
蓮と真聖が頭をさげると、まだ忘れているものがあると小春は言った。何を忘れているんだろうと蓮が首を傾げていると、小春はため息を吐いて呆れていた。
「・・・お前はまだ仕方なかったとはいえ、花街の掟を破った。その処罰を受けなければなりんせん」
それを聞いた瞬間、全てを思い出し蓮の顔は真っ青になった。
そういえばそうだった・・・、と呟いた。
思い出してみれば、兵士に追われ苦渋の選択で桜門をくぐったものの花街の掟に触れたことになっている。普通なら掟に従い、蓮は幽閉されることになる。真聖が慌てる。
「蓮! 今まで忘れてたの?!」
「・・・ごめん。完全に飛んでた」
真聖が嘘でしょ?! とうなだれた。すると、大げさな坊やたちやね、と小春がまたため息をついた。
「その前に蓮。まずは忘れ物だよ」
小春が白い塊を投げた。それは蓮の白い着物だった。花街に転がり込んできたときのような汚れは完全に消えている。一応本来の目的は達成したが、花街の掟に裁かれると思うと不安がよぎる。
「とりあえず、早く着替えてきなんし」
小春に促されて蓮は着替えにむかった。蓮が処罰されるのではないかと気が気でならない真聖はどうしようと唸っている。真聖がふと真乃の顔を見ると笑っている。なんでこんな時に笑っているんだ、とさらに不安になってしまう。
「まあまあ。見ててください」
真聖に気づいた真乃は笑って返答した。
しばらくして着替えた蓮が帰ってきた。そして小春は今まで蓮がきていた着物を手に取る。すると小春は帯から短刀を取り出した。
「え?!」
「小春お姐さん?!」
有無を言わせない展開に蓮と真聖は驚き、思考がついていかない。小春は蓮が着ていた着物に短刀を突き刺す。短刀は着物の繊維などお構いなしに貫通する。そしてそれを抜き、後ろに控えている理久へ渡した。
一体何が起こったのだろう、と二人は固まって見ているしかなかった。すると小春は声高らかに宣言する。
「これで花街に逃げ込んだ少年は処罰された。蓮、これでお咎めなしでありんすよ」
話についていけない。すると蓮は小春の意図がわかった。
蓮の着ていた着物が蓮の身代わりとなり処罰されたというわけだ。小春なりの面白くて粋な計らいに蓮は礼を述べた。すると小春は蓮と真聖に目線を合わせた。
「蓮、そいで真聖と言ったね? お前たちにこれをあげよう」
小春に差し出されたのは二つの輪っか。糸を何回もくくって作り上げられたそれは、赤や黄色などの温かい色が混ざっている。それはなんですか? と小春に聞くと、
「蓮には髪結い、真聖には叶い紐だよ。これは蓮が買ってきてくれた組糸を使って編んだんよ。この色は春を表す色で、華札継承者の色とも言われとる。この糸が切れた時、本当の願いが叶うと昔から言われているんよ」
小春はそう言うと真聖の腕に叶い紐を通し、蓮には髪を解きその紐で結んであげた。光に照らされるとより細かい色彩が見え隠れする。
「小春お姐さん、ありがとうございます」
蓮と真聖は礼を述べる。そして小春は見送られる限界である桜門まで見送りに来た。小春は本当に旅立つ日は見送れないことを許しておくれ、と頭を下げた。そんなこと言わないでください、と蓮と真聖は言う。
「気をつけてね!」
「元気でね!」
理久と真乃が小春の背後から出てきて笑った。また小春は二人の目線までしゃがむと頭を撫でた。温かいその手は蓮紀とは違う何かを感じた。
「わっちはお前たちが成長してまた会えることを願ってありんす。道中気をつけて」
「はい!」
二人はそう言って手を振りながら花街を後にした。何度も何度も振り返って手を振り続けた。
わっちを・・・忘れんでおくれ・・・。
小春の言葉が風に消えていった。姿が見えなくなった時、小春は自然と目に涙を浮かべていた。偶然が生み出した不思議な縁を小春は一人感じていた。
そして本当に旅立ちの日が来た。
荷物をまとめて壮に礼を言う。
「壮さん。僕たちを助けてくれてありがとうございました」
「俺も君たちと出会えて嬉しかったよ。気をつけてくれ」
壮は笑うと、二人を連れて宮殿へ向かう。瑠姫たちに別れの挨拶をするためだ。宮殿をくぐるとそこには本当の史悠と彩女、瑠姫の三人が待っていた。
「本当に申し訳ないことをした」
最初に出てきたのは謝罪だった。
「私は色々と知らなさすぎた。私は春国の姫としてこれから小さいことかもしれないけど罪を背負いながら生きていきます。たとえ許されなくても・・・」
瑠姫はそう言って真聖を見た。冬国を攻めて多くの人々を殺し、蓮紀たちを苦しめたことを恨んでいると言った真聖。しかし真聖は何も言わずただ頷いた。
史悠は玉座から立ち、蓮と真聖に言った。
「これよりの旅の無事を願っている。本当にありがとう」
すると瑠姫が蓮と真聖のそばまで寄る。もう別れだと考えると瑠姫は涙が溢れてくる。
「ねえ、蓮、真聖。また会える?」
「きっと会えるよ!」
「うん!」
蓮と真聖は笑った。すると瑠姫は涙を拭い、笑って見せた。その顔は春国を舞う花たちに負けないくらい美しかった。
宮殿から出ると瑠姫は姿が見えなくなるまで見送り続けた。瑠姫は蓮に不思議な感覚を持っていた。華札継承者の息子であるからだろうか、華札継承者と同じくらいの強い力を感じていた。
蓮は、華札継承者ではないはずなのに・・・。
じゃあ、一体どういうことなんだろう?
瑠姫の頭の中に生まれる「知りたい」という感情。それを抑えることはなかなかできそうになさそうだ。
蓮と真聖は春国の町の入り口まで来ていた。壮は途中まで送ってくれた。しかし仕事の関係で別れた。お別れだと思うと涙が止まらなかった。壮は優しい言葉だけをかけてくれた。君たちの旅の無事を祈っていると。蓮は小春のいる花街のある方向へ振り返った。
「お姐さん・・・」
蓮のつぶやいた言葉は風に吹き消されて溶けた。
蓮と真聖は振り返らずに出て行った。すると急な突風が吹いた。色とりどりの花びらが二人の周囲を舞う。この先の旅の無事を願っているのだろうか。
蓮はふと封印場所の方向を見る。あそこから花びらが来ているのだろうかもしれない。春の華札が蓮と真聖を激励しているように見えたのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




