七章 お姐さん、さようなら。
更新しました。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏
六章 お姐さん、さようなら。
蓮が花街に逃げ込んで三週間の時間が流れた。
花街での生活は蓮の心持ちを変え、成長させていた。首領の家に生まれた人間からしたら経験できない雑用を会得した。銀髪を毛嫌いして蓮に冷たかった桜屋の人たちも、蓮の働く姿を見て認め始めた。
蓮は掃除だけではなく、小春の部屋に着物を運ぶなどの作業もこなすようになった。小春は厳しいことも言うがその反面蓮の仕事がうまくいったという報告を聞くと喜んでいた。
高嶺の花と言われている小春もここ最近は座敷を蹴り飛ばすことも減った。仕事に従順している。
その日は桜門が閉ざされている。今日の花街は一般人入門お断りの日、つまりは完全休業日になっている。花魁、禿といった花街に生きる花たちは門の外へ出ることは、花街の鉄の掟によって禁止されている。
しかしそれ以外の人間は休業日に限り一時的に買い物などの理由で外に出ることが許されている。しかし戻ってこなければ掟に従い、追われ強制的に連れ戻される仕組みだ。
小春、彼女に仕えている理久と真乃は外に出ることは許されない。蓮はこの三人から必要なものを聞き出していた。
「花団子をお願い!」
「花団子?」
「花団子は団子に花の蜜を練り込んだこの国のお菓子よ。花団子って言えば、きっと教えてくれるわ」
蓮は忘れないように紙に必要事項を書くが、さすが女の子というべきなのか注文が多い。主にお菓子だ。
理久と真乃、小春共通のお使いは花団子。
そして小春だけのお使いは赤、青、緑、金色の組糸だった。小春が繕い物でもするのかどうかと聞いたが、小春は教えてくれなかった。
蓮は小春から預かったお金を持ち、女将さんに作ってもらった新しいフード付きマントをかぶって銀髪を隠す。
「それじゃあ行ってまいります」
蓮が手を振って桜門の外へ歩いて行った。見送りに出た小春は店の中に入ろうとしたその時、小春の潜在意識に鋭い閃光が走る。
二度目の感覚だ。
小春は思わず振り返る。小春は蓮が走って行った方向を見て手を伸ばした。
「蓮!」
しかし声は届くはずもない、小春は胸を押さえた。小春の中にある何かが激しく反応している。
黒龍・・・。
小春の口から漏れたのはこの言葉だった。
蓮は店を探した。行き交う人たちに聞いて花団子を手に入れた。道行く人々は冬国首領の息子・蓮ということを忘れている。銀髪を隠して普通に接していれば怖いものなどなかった。
そして最後のお使いである糸を買いに行く。そこで言われた取りに組糸を手に入れる。買ったものを風呂敷に包んで蓮は花街を目指す。兵士はあちらこちらにいる。いかに怪しまれないかを考えて裏道をして少し遠回りで帰る。
少し遠回りになったが、蓮は無事に桜門の前へ戻ってきた。蓮の頭の中には三人の喜ぶ顔が浮かんだ。特に小春の嬉しそうに笑う顔を想像するだけで顔が熱くなった。
「小春お姐さん、喜んでくれるかな?」
気分は小春に惚れた客のよう。蓮は桜門をくぐった。するとなんだか花街が騒々しい。どうしたんだろう? と桜屋の方へ向かう。すると騒動の原因が桜屋であることがわかった。
「何があったんだろう?」
蓮は物陰に隠れて見守る。すると店の前には兵士たちがやってきた。それに応対しているのは小春だった。
「一体何の御用でありんすか?」
すると兵士の一人が小春に詰め寄って聞いた。
「ここに冬国の少年が逃げていると聞いた時、お前は知らないと言ったな?」
「ええ。言いんしたわ。嘘は言っておりんせん」
小春は表情を変えない。しかし次の瞬間、小春の表情が凍りついた。兵士の後ろから出てきたのは男。その男には見覚えがあった。
「あんさん!」
「覚えていたか? 小春花魁。お前に酒をかけられ辱めを受けた男だよ。ま、お前には記憶に残るほどの男じゃないがな」
小春が気にくわない態度だったので座敷を蹴り飛ばしたあの時の客だった。小春の脳裏に最悪の展開が浮かぶ。
「この男から聞いたんだ。小春花魁、あんたがその少年をかばっているってな」
汚い男め・・・。
小春は唇を噛んだ。怒りがこみ上げてくる。しかし小春は頑として蓮のことを知らない、と言い張る。すると兵士は小春の頰に一発お見舞いした。小春の美しい顔に真っ赤な跡ができる。
「花魁を殴るなど言語道断! あんたら花魁に手出しする者、処罰されたしっていう花街の掟に背くことを分かってやってありんすの?!」
すると兵士は表情ひとつ変えず小春に言い放った。
「花街の掟? それはもう凍結された」
「は? 凍結?」
小春は言葉が出なかった。一体何がどうなっているのか、わからない。
兵士によると今日の早朝に首領が逃げた蓮を捕らえるために、逃げた疑いが高い花街の捜索を命じた。しかし厄介な花街の掟を蓮が見つかるまで凍結する命令を下したというのだ。
花街は完全な無法状態。花街の花魁たちが今、桜門をくぐり逃げても追われる心配もなく、逃げられる状態ということだ。
「なんということを!」
「さあ、どこだ?! 小春! 冬国の少年をどこに隠した?!」
「知りんせん!」
兵士たちは掟が凍結されたことをいいことに小春に暴行を働く。しかし小春は蓮の居場所を決して口を割らない。着物は汚れていき、肌はだんだんと露出が激しくなっていく。痣がいたるところにできる。
見ているだけでも痛々しい。
「さっさと吐け!」
小春が必死に耐えているところで物陰からひとつの影が飛び出してきた。
「やめてください!」
影は小春の前に立ちふさがる。何者だ、と聞くとフードを脱いだ。風が吹いてあらわになったのは銀色の髪。
「見つけた、わざわざ出てくるなんて結構なことだ・・・」
小春は蓮に怒鳴った。どうして出てくるんだ、と。すると蓮は涙をこらえて言った。
「小春お姐さんは僕のことを守ってくれた。冬国の人間である僕を・・・。お姐さんを傷つける人は許せません。今度は僕がお姐さんを守りたいです!」
「蓮! 馬鹿なことを言うでないよ! こいつらの言うことを聞く筋合はないんだよ!」
すると兵士の一人が蓮の心に揺さぶりをかける。
「いいのか? こっちにはこいつの仲間が人質でいるんだ。命令に従わないなら命の保証はない」
蓮の心が揺れた。親友の真聖や出会ってからも親切にしてくれた壮、返答次第で二人の命が風前の灯にもなりかねない状況だ。蓮は口を開く。
「僕がおとなしく捕まれば真聖たちに何もしないんですよね?」
「約束しよう」
「・・・分かりました。どうぞ連れて行ってください」
蓮は手を差し出す。兵士は蓮を拘束しようとする。小春はなんでこんな馬鹿なことを、と蓮に言う。すると蓮はお使いの風呂敷を小春に差し出した。
「蓮、これは」
「お使いの品です。ちゃんと買ってきました」
小春はそれを受け取る。蓮はそのまま体を紐で結ばれ拘束される。手首も拘束されて手の自由を奪われる。
「蓮! お待ちよ、わっちは!」
蓮が振り返ると胸を押さえる小春の姿が見えた。蓮は溢れる涙をたっぷり溜めて小春に笑顔を作って言った。
「小春お姐さん。僕を助けてくれて、導いてくれて、親切にしてくれてありがとうございました。お姐さん、さようなら・・・」
蓮はそう言うと兵士に連れて行かれた。
「蓮!」
小春の声は届かない。蓮は歩きながら大粒の涙をこぼしていた。真聖たちが自由と引き換えに自分を逃げさせてくれたがそれもここまでのようだ。
華札継承者は見つからないままでこのままでは目的は達成できない。今、春の華札を封印しなければ他の国が封印できない。蓮は宮殿までの長い道を裸足でトボトボと歩いて行った。
桜屋の前で取り残された小春は風呂敷の中身を見ていた。そこには形の崩れた花団子と小春が頼んだ組糸が入っていた。色は頼んだ通りの色。
「守ってあげられんかった。何ででありんしょう。どうしてわっちは誰も守りんせん? 守るためにはこれが必要になると言うん? わっちは嫌、こんな不思議な力は使いたくはないが・・・蓮にこれ以上隠し事はしとうない。なんとかせねば・・・」
小春は自分の胸を見る。たわわに実った左胸を見るとそこには桜の花の形をした痣がくっきりと残っていた。
蓮が捕まったちょうどその頃、真聖たちが捕らえられている地下牢でも大きな変化が起こっていた。
「あの」
「?」
「あなた、誰なんです?」
真聖が怪訝な顔をしている。なんと地下牢に瑠姫がいるのだ。真聖は瑠姫の姿を初めて見るので緊張と警戒が支配する。
「なんで瑠姫さまがこんなところへ?」
「知らないです。二日前にお父さまとすれ違ってそれから睡魔がひどくて目が覚めたらここにいました」
壮の質問に瑠姫が答えた。姫という身分でありながら牢屋に閉じ込められている。この光景が壮には信じられなかった。
しかし瑠姫にはここに入れられた理由がなんとなく分かった。それを瑠姫は話した。
十年前の戦の真相は、お父さまを誑かした大臣たちのせいだと思うんです。私利私欲を貪った結果が戦だったことが分かったんです。書庫にある報告書が違くて・・・。
きっとそれが知られたから・・・。
それを聞いた真聖はそれに反論した。
「今までお父さんのいいなりになって見て見ぬふりをしていたあなたも同罪だと思うけど。蓮紀さまや柊さま、椿さまがどれだけ苦しんだ思いをしたか・・・、あなたに分かるんですか?! ずっと知りもせずに過ごしていたあなたが!」
真聖の怒りの矛先は瑠姫に向く。蓮紀だけではない、蓮が追い込まれた要因を作り出したのも瑠姫だと言い放つ。
「真聖。落ち着くんだ。過去のことを攻めても仕方ないだろ」
壮になだめられ真聖は落ち着く。これが罪を背負うということだということを瑠姫は今まで以上に感じた。
「でもそれだけじゃない」
瑠姫は靴を脱ぎ、足の甲を見せる。そこには菖蒲の痣がある。それを見てまさか、と呟く。
「瑠姫さま、まさか・・・」
「私も驚いています。でもこれだけは変わりません。私は五月の札「菖蒲に八ツ橋」の花札継承者、皐月瑠姫です」
紫色の瞳が一瞬輝いた。彼女は嘘をついていない、と二人に刻まれた華札の力が呼応する。探し求めていた華札継承者が本当に近くにいた。まるで何かに引き寄せられるように。
「今、黒龍を封印する華札の力が解かれて、今この国だけではなく大陸全土が危機に瀕しています。それを阻止するためには華札継承者が再封印する必要があります。まず春がやらなければ他の封印ができません。協力していただけますか?」
壮が真聖の代わりに瑠姫に聞いた。はい、ご協力させていただきます、と承諾した。
その時、地下牢の入り口から光が差した。誰かが入ってくる足音が響く。瑠姫と真聖を守るように前へ出る壮。すると牢屋の鍵が開いて、少年が投げ込まれた。その少年の髪の毛を見て壮は声を上げた。
「蓮?!」
真聖も近寄る。顔が擦り傷だらけで赤くなり、所々血が滲んでいる。
「真聖、ごめんね。僕捕まっちゃったよ」
「蓮。今までどこに逃げてたの?」
蓮は桜門の向こう側に行った、と話した。それを聞いた壮はまさか、と驚いた。
「花街に逃げたのか?!」
あれほど行ってはいけない、と言われていたために罪悪感が今になって生まれてくる。蓮は宮殿から出てからの経緯を話し始める。
「すいません。逃げる場所はそこしかなかったので・・・。そこのお姐さんに助けてもらって・・・。見つかって捕まるその瞬間までお姐さんの店で働いていました。花街には厳しい掟があって、それには首領でさえも守らないといけない。その掟に守られて僕は捕まらずに済みました」
そうか、と壮が頷いた。
でも掟に守られていながらどうして捕まったの? と真聖が聞いてくる。
蓮は突如として首領命令で掟が凍結され、花街が無法状態となった。お世話になったお姐さんが蹴り飛ばした客が兵士に情報を流してしまった。そのせいでお姐さんが酷い暴力を受けて自分から名乗った、と話した。
「お父さまがそんなことを・・・」
瑠姫が言葉を失いかける。
「君は?」
「私は瑠姫。この国の姫です」
じゃああの時の・・・、と蓮が言った。あの神輿に乗っていた少女が今目の前にいる瑠姫なんだと理解した。でもどうして瑠姫さまがこんな場所に? と蓮が聞くと、瑠姫が自分なりに調べているときに急な睡魔に襲われ、目が覚めたら真聖たちと同じ牢屋に入っていた、というのだ。
「きっと核心に迫ったからだと思います。恐らく史悠さまに例の黒龍が取り憑いている可能性がある。十年前の戦を引き起こしたのはいい感じに史悠さまを誘導させた大臣たちの仕業だと思われます。でなきゃ、瑠姫さまをここに入れるわけがないですから」
壮は言った。
それだけじゃない、と真聖が続けた。
「ここまで華札継承者が揃ったら怖いよ」
揃ったというのは、どういうこと? と聞く蓮。そして瑠姫も自らのことを明かしたがそれ以外は聞いていない。
壮は左脇腹にあるホトトギスの痣を見せた。
「俺は四月の華札を継承する者、本名は卯月壮だ。蓮、隠していて悪かったな」
「嘘?! 壮さんが華札継承者?!」
「それだけではないよ。瑠姫さま、お願いします」
壮が言うと瑠姫は頷いて靴を脱いだ。足の甲には菖蒲の痣がくっきりとあった。蓮はまた驚く。あんなに血眼になって探した華札継承者が案外近い場所にいるということをだ。
「私は五月の華札の継承者、皐月瑠姫です。私はつい二日前にこの痣が出たの。私の母が華札継承者の家の生まれでその流れを汲んで私に痣が出たんだって母が言っていたの」
瑠姫はそう話した。その流れで真聖も首の後ろにある痣を見せて、自分も華札継承者であることを明かした。瑠姫は驚きました、と目を丸くしていた。しかし、真聖はまだ瑠姫のことが許せないらしく警戒心丸出しで瑠姫を睨んだ。
「僕はまだあなたのことを許しませんから」
蓮は一体何が起こったのか分かっていないが、とにかく蓮の前には華札継承者だらけだ。
卯月の札、皐月の札、師走の札。
春国にある封印をするために必要な札はあと一人。
「弥生の華札『桜に幕』の継承者を探さなくては封印ができないぞ」
壮が切り出すものの状況が悪い。まずはこの地下牢からでなくては行動することができない。四人が唸っていると、地下牢の扉が開いた。
見てみるとその顔を見て精神が凍りついた。
そこに立っていたのは---、
「お、お父さま・・・」
瑠姫の父・史悠がこちらを睨みつけていた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。藤波真夏




