序章 冬国の少年
藤波真夏ともうします。新しい小説を投稿いたします。更新頻度は不定期更新です。気長に待ってくれれば嬉しいです。最後まで読んでくれたら幸いです。藤波真夏
序章 冬国の少年
国に冷たい風が吹いた。
山に永久凍土が残る冬国の森の中で馬を走らせる男がいた。気温が低いせいか吐く息が白い。白馬に乗った男はフードを外す。フードの下からは長い銀髪が流れる。水色に染まった目は鋭さを物語る。
その男、蓮紀。
冬国をまとめる首領である。三十代半ばで若くはないものの男としての味が出てきていた。白馬から降りて手綱を握り、森の奥深くに木が全く自生していない開けた場所に出る。蓮紀は大きな石碑の前へやってくる。そこに膝をつき礼を尽くす。
「お久しゅうございます。冬国は今日も平和です。これからも冬国や人々、我ら家族たちをどうぞ見守りください」
そう言うと蓮紀は石碑に一礼して白馬にまたがった。そして石碑に背を向けて白馬を走らせた。冷たい風が吹いて髪を揺らし、着物を揺らす。白馬の向かう先は大きな屋敷。蓮紀の暮らしている自宅に戻った。
「今戻った!」
蓮紀が声を出すと、少し年老いた老人が杖をついてかけてくる。
「お帰りなさいませ、蓮紀さま」
「柊のじじいか」
「じじいとは蓮紀さまも生意気な口をきくようになりましたなあ」
「俺はもう子供じゃないんだ。そりゃ生意気な口をきくさ。冬国一番の学者である柊ならわかるだろ?」
柊と呼ばれた老人は静かに笑った。柊は冬国一番の学者で蓮紀の教育係も務めた経験がある。成長した今では父親代わりのように静かに見守ってくれている。柊からしてみればまだ蓮紀は子供のようだ。
いつまでも子供扱いするな、と蓮紀は笑った。
柊はどちらに行かれていましたか? と聞くと蓮紀は墓参りだと言った。そうでしたか、と柊は呟いた。
「いつも通りだ。あそこに眠るのは父上だけじゃない。椿も眠っているからな」
「椿さま・・・。奥さまの・・・」
「ああ。椿も無念だっただろう。もっと生きていたかっただろうに・・・。本当にかわいそうなことをしてしまった」
あの森を抜けた石碑に眠っているのは蓮紀の父親だけではない。蓮紀の妻である椿も永遠の眠りについている。亡くなってしまったのは蓮紀のせいではない、と柊は言う。蓮紀はそういえば、と柊に聞く。
「柊のじじい。蓮はどうしている?」
「蓮さまなら真聖と遊んでおられると思います」
「そうか。ちょっと顔を出すか」
蓮紀はそう言うと柊を伴って屋敷の奥へと入って行った。
中庭では十歳頃の少年二人が笹の長い枝で乗馬の真似事をして遊んでいた。一人は銀髪を一つに結わき白い着物を着ている。その少年、蓮。蓮紀の一人息子である。もう一方は茶色の着物、黄色の瞳を持つ少年が遊んでいる。その少年、真聖。幼い頃から蓮の側仕えをしており、時にはこうして遊び相手にもなる親友だ。
「真聖! こっちだぞーっ!」
「蓮! 早いって!」
蓮と真聖の元気な声が中庭に響いた。すると蓮紀と柊がやってくる。
「二人とも元気にしてるか?」
蓮紀の姿を見た瞬間、蓮は駆け寄る。真聖もそれに続いてそばにより一礼をした。
「父上! おかえりなさいませ!」
「うん。相変わらず元気に遊んでいるな。真聖、お前も元気でなによりだ」
「蓮紀さま・・・。もったいないお言葉です」
真聖も蓮紀を自分の父親のように尊敬し慕っている。蓮紀がうんうん、と頷いていると真聖が蓮の手を引っ張って「蓮! 続きをしよう!」と誘った。それを聞いた柊が飛び出してきた。
「これっ! 真聖! そのような言葉遣いをしてはならないと何度も言っておるじゃろ! 敬語を使え敬語を! あと蓮さまを呼び捨てにするとはなんということじゃっ!」
真聖は柊のあまりの形相に固まってしまった。すると真聖は下を向いて蓮が普通に呼んでって言うから・・・、と呟いた。
それを聞いた柊はますます怒り出す。
「言い訳など見苦しい! 蓮紀さま、申し訳ございません。真聖にはあとできつく言い聞かせておきますので・・・」
「柊のじじいはちっとも変わってないなあ。真聖。本当に蓮がそのように言ったのかい?」
「は、はい。蓮紀さま・・・。蓮、いや蓮さまが・・・、様付けしなくていいから普通に呼び捨てで呼んでいい、敬語もいらないって言ったので・・・」
「そうか。真聖、お前は本当にいい子だ。ほら、蓮が心配そうに見てる。遊んできなさい」
「・・・はい!」
真聖は走って蓮の元へ走った。蓮紀は柊に対して言った。
「真聖は嘘をついてなどいない。本当に蓮はそう言ったみたいだ」
「しかし、一応蓮さまは蓮紀さまの跡を継ぐ方です。真聖にはその自覚が・・・」
「ったく、これだから柊のじじいは頭が固いってみんなから馬鹿にされるんだよ。いいじゃないか。二人は親友だから仲のいいことはいいことだ。真聖を叱らないでおいてくれ」
蓮紀は笑って縁側に座り、遊ぶ二人を見続けた。柊はため息をつくと蓮紀のスネを杖で叩いた。痛い! と叫んだ。
「柊!」
「蓮紀さまは甘すぎるのです。蓮さまならまだわかる気がしますが、何も真聖までも甘やかしては先が思いやられますわい・・・。儂は心配ですじゃ」
「蓮には母がいない。真聖も親の顔を知らぬ。母親の愛情は大切なものだ。二人はそれを得ることができないのだ。せめて自由に生きさせてやりたい」
蓮紀はそう言った。柊は何を言っても無駄だ、と判断したらしくこれ以上は言わなかった。
蓮紀の妻で蓮の母にあたる椿は蓮が三歳の時に病気で亡くなった。そのため椿の顔を知らない。そして真聖もほぼ同じで両親の顔を知らない。彼を育てているのは柊だが、少しでも話し相手になればと真聖を蓮の側仕えとした。
幼い頃から一緒にいるためもう二人は親友同然だ。蓮紀は真聖も息子同然にかわいがっている。親バカと言われても否定できないほどだ。
屋敷内にまた冷たい風が吹いた。何かが起こることを予感させるようなそんな冷たい風が吹いた。
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藤波真夏