3話 戦う理由【前編】
玲愛逹が向かった第三訓練場は、収容人数約千人と、この学園で最も小さい訓練場だ。
「それでは、両者開始位置につけ」
桐山先生が観客席から指示を出す。
二人は互いに約20メートル離れた位置に立つ。これは二人ともが近接武器の場合の距離だ。
模擬戦は両者の武器によって開始位置が変わるのだ。
しかし、どちらも武器など持っていない。すると――
「両者、霊装を召喚しろ」
先生の指示に従い二人は霊装を召喚する。
「燃え盛れ! 【業火の魔剣】!」
勇輝の言霊に呼応するが如く、彼の右手に火球が現れる。その炎はやがて形を変え、彼の霊装を形作る。それは、刃の反り返った片手剣だった。
これこそが彼の霊装――すなわち、魂を具現化して生み出された魔導士の武器だ。
彼にならい、玲愛も自身の霊装の名を呼ぶ。
「我が道を照らせ! 【夢現の聖剣】!」
彼女の手に、美しい装飾が施されたレイピアが顕現する。
「それでは、戦闘――――」
武器を取ったことを確認した先生が合図を出す。
「開始!」
――瞬間、玲愛が先に仕掛けた。
「【アイス・バレット】!」
属性魔法の中で最も簡単な魔法だ。
しかし――
「――ッ! お前! 得意属性、光なんじゃなかったのかよ!」
そう、彼女が放ったのは水属性の魔法なのだ。
「確かにわたしの属性は光よ。でも、こうも言ったわ!『わたしの魔力量は世界一』だって!」
「そういうことか……」
簡単だ、彼女はただ人より多くの魔力を支払って魔法を放った。それだけのこと。
数十発目の氷弾を放った時、玲愛はある違和感を感じた。
敵から――――魔力を感じないのだ。
(どういうことなの?)
何処か不気味さすら感じてきた頃、ようやくその正体に気付く。
なぜ敵はずっと避け続けるのか。なぜ、魔力で防がないのか。
その答えは――
「あなた、【魔力防御】を使ってないの!?」
【魔力防御】――それはこの学園に入学する際、最低限覚えておかなければならない魔法の一つ。
魔力を身に纏いあらゆるダメージを軽減するというものだ。
魔導士は常にこれを発動して、敵の攻撃から身を守っているのだ。
なのに、目の前の魔導士は一切の魔力を使っていないのだ。
「ああ、この程度の攻撃には必要ないからね」
その言葉通り、彼はサイドステップのみで氷弾をかわし続ける。一切の無駄なく、寸分の狂いもなく。それはもはや学生の域を越えていた。
玲愛はこれ以上は無駄だと判断し、攻撃をやめる。
「次は、俺から行かせてもらう」
言うが早いか、勇輝が駆け出す。剣の間合いに入ろうとしているのだ。
「上等よ!」
玲愛も受けて立つ。
しかし――
「――――ッ!」
(なんて重さなの!)
勇輝が繰り出した斬撃はとてつもない重さだった。
「【身体強化】無しでこの威力って、あなたいったい……」
「ちょっとばかし鍛えててね」
玲愛は渾身の力で押し返し、彼を剣の間合いから弾き出す。
しかし、瞬時に体勢を整えた勇輝がまたも攻撃を仕掛ける。
(だったらっ!)
玲愛は左手に魔力を集める。そして、彼が再び剣の間合いに入った瞬間――
「【炸裂する太陽】!」
光属性魔法を発動した。それはただ光を放つだけの下級魔法。だが、世界一が使えば話が違う。
炸裂した光はさながら閃光榴弾の如く彼の視界を奪った。
「もらった!」
その好機を見逃さず、玲愛は渾身の刺突を見舞う。目の見えない勇輝にこれを防ぐことは出来ない。この一手で勝負が決まる。
――――――はずだった。
「――――なっ!」
目の前の光景に声をあげてしまう。
…………目を瞑ったままの彼が――――刺突を防いだのだ。
剣で刺突を防いだ彼は、その衝撃を後退する力に変え距離を取る。
「何で? 見えてなかったはずでしょ!」
玲愛の問いに、ようやく目を開けた勇輝が答える。
「確かに見えてなかったけど、俺を打ち倒すっていう意志を感じた。だからその意志が向かう先に剣を動かしただけだよ」
それだけのこと、とでも言うように肩をすくめる。そんな彼を素直に尊敬した彼女は問いかけた。
「ねぇ、何であなたは魔導師を目指すの?」
すると彼は少し恥ずかしそうに答えた。
「……昔、すっげぇ強ぇ魔導師に、危ないところを助けてもらってさぁ。その人にこう言われたんだ『此所まで来い』って。俺は絶対に追い付くって言った、だから」
「つまり……その人に憧れてってこと?」
「ああ、あの人みたいに強くなればきっと、どんな敵が来ても大切なものを守れるから」
「大切なものって?」
「まだ見つかってない」
「そう…………」
彼女は一つ息を吐き、自分の戦う理由について話始めた。
「わたしには……記憶がないの」
「――――えっ!?」
「五年前の今日、それが今のわたしにある一番古い記憶。それより前のことが思い出せないの」
「五年前!」
それは、彼がこの道を目指す決意をした日と同じだった。
なんかすげぇ長くなりました、すいません。
文字を打つ手が止まらなかったんです。