ショーウィンドウの人形
ある日、街で通りかかった人形屋で僕は魅せられた。
ショーウィンドウに飾られた人形たちに。
僕は今まで、これ程綺麗で可愛く繊細なものを見たことがなかった。
人形に魅せられた僕は、人形師になった。
僕は何年にも渡り、たくさんの人形を生み出した。
そして、僕が人形と出会った人形屋のショーウィンドウに今日、僕の人形が初めて飾られた。
今までの努力が全てつまった僕の人形は、このショーウィンドウで一番輝いている様に見えた。
僕が自分の人形に見惚れていると少女が話しかけてきた。
「わたしこのショーウィンドウを見るのがすきなの。お兄さんも見にきたの?」
僕は短く「ああ」と返した。
「今日はあのお人形がかがやいてる。」
そう言いながら少女は僕の人形を見た。
僕は驚きを隠せなかった。
思わず少女に「あの人形?」と確認までしてしまった。
少女は嬉しそうに「うん」と言う。
僕は大人気もなく、少女に自分が作ったと自慢したくなった。
「あの人形は僕が作った。」
「ほんとうに?」
僕は少女の問に対し、うなずいた。
少女は目を輝かせ、すごいと僕をほめる。
しかし、少女はすぐに何かを思い出したのか慌てて去って行った。
僕は少女のことが気になった。
ほんの少しだけ。
次の日、僕はまた人形屋のショーウィンドウの前にいた。
僕の人形は、まだショーウィンドウにいた。
「今日もお兄さんのお人形がいちばんかがやいてる。」
少女は突然現れ、また僕の人形をほめた。
僕は少し驚きながらも「ありがとう」と返した。
少女はその後、僕に何も話しかけて来なかったが、ずっと僕の人形を見ていた。
僕は次の日もその次の日も毎日の様に、ショーウィンドウに飾られた自分の人形を見に行った。
また、少女も毎日の様に僕の人形をほめた。
そして、とうとう僕の人形は誰かのものになり、ショーウィンドウからは消えていた。
少女はそれを見て「お兄さん、もうお人形は作らないの?」と聞いてきた。
僕は何を思ったのか「僕の人形欲しい?」と少女へ問いかけていた。
少女は驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうに「くれるの?」と言った。
僕は素っ気なくだが、すぐさま「ああ」とだけ返した。
少女は嬉しそうに喜び「やくそくだよ」と言った。
僕は、家に帰るとすぐに少女のための人形を作り始めた。
少女には僕が人生の中で、一番素晴らしいと思う人形を受け取って欲しかった。
毎日、僕の人形を飽きもせず、見続けた少女なのだから。
少女なら大事にしてくれる。
そんな事を思いながら作った。
しかし、僕が作ろうとした『人生で一番素晴らしい人形』というのは、挫折の連続だった。
頭の中には形はいつでもあるのに、手の中でできあがるものには『人生で一番素晴らしい人形』とは、言い難いものばかり。
しかし、そんな物でも人形屋の主人は「素晴らしいから、うちで売らせてくれ」と言い出す。
僕はヤケになっていたのか「すきにしろ」と言った。
人形屋の主人は後日、「いい値で売れた」と僕に金を持ってきた。
僕は人形屋の主人が売った僕の人形でも少女は、「かがやいてる」と言ってくれただろうかとも考えたが、すぐに考えるのをやめた。
僕は少女のために、作る人形を妥協することはなかった。
僕は人生を全て、少女のための人形にかけた。
しかし、何故名前も知らぬ少女に、ここまでしているのかは、自分でも解らなかった。
僕が少女のための人形を完成させたのは、少女との約束から七年後だった。
もう、少女は覚えていないかも知れないとも思ったが、僕は人形屋に向かった。
今の人形屋のショーウィンドウには、僕の人形はない。
少女が来ることを思い、ショーウィンドウの前で待ち続けた。
しかし、少女が来ることはなかった。
僕は次の日も人形屋のショーウィンドウに、足をはこんだ。
完成した人形を抱えながら。
すると人形屋の主人に声をかけられた。
「昨日もいたが、その人形は売り物か?」
その問に僕は「違う」と素っ気なく返した。
人形屋の主人は「なら、人形抱えてここで何してるんだ?」と聞いてきた。
僕は正直に「人を待っている」と答えた。
人形屋の主人は少し考えると「女の子か?」と聞いてきた。
僕は喰らいつくように「そうだ」と言った。
その後、人形屋の主人から告げられた話は、僕にとって信じがたい話だった。
あの少女は、僕の知らない間に他所へ売られたらしい。
他にも主人は、少女に関して知っている事を全て話してくれた。
だが、僕の頭の中に残ったのは「売られる日まで毎日欠かさずショーウィンドウの前にいた」という事実だった。
僕はその場で泣き崩れた。
人形を大事に抱えたまま。
その後の僕は、抜け殻の様だった。
人生をかけた人形が完成した時、少女は僕の手の届かない所へ行ってしまった。
僕には、少女を探すすべが無がった。
少女の名前すら知らなかったのだから。
僕はしつこく人形屋の主人に、少女の事を問いただした。
しかし、人形屋の主人は「風の噂で聞いた」とはぐらかすばかりだった。
絶望的だった。
毎日の様に、僕の人形を見てくれた少女。
僕は、そんな少女を見るのが好きだった。
もう一度でいい、あの少女の輝かしいまでの笑顔が見たい。
僕は少女と初めて、出会ってからのことを思い出した。
僕と少女の出会いは、ショーウインドウの前で始まった。
共通点は人形屋のショーウインドウで、人形を眺める事。
僕はふと思った。
人生をかけた人形をショーウインドウに飾れば、少女は現れるのではないかと。
僕は人形屋へと駆け込んだ。
人形屋の主人は、僕の無茶苦茶な話を聞いてくれた。
主人は「売らない」事を約束してくれた。
僕は、また人形屋で泣き崩れた。
人形屋の主人は、僕の人形をショーウインドウに飾った。
ショーウインドウには、少女と初めて会った日と同じ形になった。
僕は、自分の人形を見続けた。
しかし、少女が現れることはなかった。
僕は来る日も来る日も人形屋の主人が、僕の人形を売らないかを見張るかのように、ショーウインドウを見続けた。
雨の日も風の日雪の日も、一日たりとも休むことなく人形屋のショーウインドウを見続けた。
気づけば、僕は『お兄さん』ではなく『おじいさん』と声をかけられるような、年になっていた。
人形屋の主人は、僕の人形をショーウインドウへ飾った男から、その男の娘へと変わっていた。
娘へと店主が変わっても、僕の人形がショーウインドウから消えることはなかった。
ある日、人形屋の娘は僕に声をかけてきた。
「来てくれるといいですね。」
そう言った人形屋の娘の目は、僕を哀れんでいる様に見えた。
僕は周囲から向けられる、そんな目に耐えられなかった。
そして、僕は「今日で最後にします」と告げていた。
娘は少し驚くと、すぐ元の目に戻り「そうですか」とだけ言った。
薄々、僕だって会うことはだろうとは思っていた。
しかし、少しでも可能性があるなら、その可能性にかけたかった。
そんな希望も虚しく、今日で終わりとなる。
僕が諦めてしまったからだ。
なんだか、僕の人形までが僕を哀れみの目で、見ているようだった。
そうやって人形を見ていると、見知らぬ女に声をかけられた。
「おじいさんは、人形を見に来たの?」
それに僕は「ああ」と答えた。
女は「なら、私と同じね」と言った。
僕は人形を見続けていた。
すると女は、僕の人形を見ながら「あの人形が一番輝いてる」と言った。
僕は、その言葉に懐かしさを感じた。
僕は焦りながらも「あの人形のことか」と女に聞き返した。
女は笑いながら「うん」と言った。
僕は大人げもなく自慢したくなった。
「あの人形は僕が作った。」
「本当に?」
「ああ。」
女は僕の短い返答に、かぶせる勢いで話し始めた。
「私、小さい頃は毎日ここに来てたの。
人形を作ってるお兄さんが、私に人形を作ってくれるって言ったから。
でも、私は来れなくなったの。
けど、今は自由に外に出られるようになった。
そうすると、ここのショーウインドウに来ないといけないと思ったの。
もう、あのお兄さんだっておじいさんになっているだろうし、本当に私に人形を作ってくれたかもわからない。
けど、気づいたの。
おじいさん、あの時の【お兄さん】でしょ?」
僕は、その場に泣き崩れた。
女は、あの時の少女だったのだ。
自慢した時に、気づけなかった僕は馬鹿だ。
けど、待ってよかった。
これで、約束を果たせる。
女は泣き崩れた僕に寄り添いながら「私にくれる人形はもうない?」と言う。
僕は泣きながら「あの人形をあげる」と言った。
女は優しく「ありがとう」と僕に返してきた。
僕は立ち上がり、人形屋の娘に僕の人形をショーウインドウから出してもらった。
人形は再び、僕の手に戻ってきた。
そして、僕は女に「待たせた」と言いながら人形を渡した。
女は目尻に涙をためながら僕に「ありがとう」と笑顔で人形を受け取り、僕の人形を抱きしめてくれた。
僕は女、いや少女が僕の人形を愛おしそうに、見つめている姿を最期に目をとじた。
終