『火星はヒトを待っている』
「おい、見てみろよこの記事」
東京の片隅にある小さなホテル。
その一室で、男と女が新聞を覗き込んでいた。
「あら、火星基地についての記事ね。あなたの好きそうな」
男と女は仲睦まじい関係なのは、二人の姿を見ればわかる。
二人とも一糸まとわぬ姿でベッドに並び、一枚の白いシーツの下で肩を寄せ合っている。
よくあるカップルの日常。
ただ一つ違いがあるとすれば、それは彼らの顔。
彼らの顔はぱっくりと二つに分かれており、その中から虫の脚のようなものがカサカサと蠢いていた。
「早く火星に来てほしいぜ。この星に俺とお前だけじゃ、一生かかっても覇権を握れそうもない」
「バカ。もう二人じゃなくなるのよ」
「……ああ、そうだったな」
男と女の身体という身体には赤い斑点が浮き上がっており、その中からザクリと蟻の頭が生えてきて、楽しそうに声をあげた。
「おはよう、パパ、ママ。この巣、最高だね。とっても美味しいし、あったかい」
それを聞いた男の方の『虫の脚』は嬉しそうに全身を震わせた。
「ああ、もうすぐ故郷にもこの『巣』が届く日が来る。そうすれば、仲間と一緒にここで暮らそう」
「うふふ、早く火星に来てほしいわ。火星には、地球の人たちが必要なの」
その夜。
そのホテルの部屋には、家族団らんの声が響いた。
その声はまるで10人家族のにぎやかさ。
命が惜しければ、そのホテルには近づかない方がいい。
――異星人から地球を守る会 アギト(31才)
ニュース by ナショナルジオグラフィック『酸素や水は? 「火星基地」に必要なもの』