3話 入学試験
あの日全てが変わった。俺は1人で生きていかなければならなくなった。なにもかもわからない小学生だったあの頃、俺は必死で強くなろうとした。目の前で倒れていったあの子を救えなかった。どうしようもなかったとしても、俺は自分が許せなかった。あれから6年、鏡に映った自分を見る。不自然に赤い眼がジッとこちらを見つめていた。
「明希、鏡の前でぼーっとしてないでさっさと着替えろ。今日は入試だろう?遅刻してもしらんぞ。」
「わかってる。すぐ支度するよ。」
同居人に急かされる。いや、俺が居候してるから家主といったほうがいいのか。
「じゃあ俺は先に行くぞ。戸締りしっかりな。」
「はいよ。いってらっしゃい。」
大柄な体で窮屈そうにスーツを着た家主、御堂孟はそう言うと急ぎ足で出て行った。また軍の仕事だろう。昇進してから机に向かうことが多くなって肩が凝るとぼやいていたのを思い出す。
孟さんには感謝してもしきれない。行くあてのなかった俺を拾ってくれたのだから。まあ、打算もあるのだろうが。
「そろそろ行くかな。いってきます。」
誰もいない家に声をかけ、扉の鍵をかけ、蒼明高校へと歩き出した。
私立蒼明高等学校。皇国で唯一、普通科と魔法科が存在する学校だ。これは理事長の方針らしい。たとえ適応者として軍へと入ることが決定事項だとしても、一般教養と常識は必要不可欠である、とのことだそうだ。その方針は間違いではないようで、皇国内で1、2を争う名門校となっている。孟さんの住んでいる旧神奈川地区からも近く、実力的にも申し分ないので、蒼明に通うことにした。
「ここが…」
歩くこと約10分、スマホで表示していた地図を消す。目の前に大きい校門、その奥に見えるのが校舎だろう。もうすでに沢山の受験生が集まっていた。普通科と魔法科の受験は別の日に行われるので、今日来るのは魔法科の受験生のみだ。
「受付を済ませてない方はこちらへどうぞ。受付を終えた方は受験番号にしたがって移動してください。」
受付を済ませ受験番号を確認する。235番か。案内板には試験場は第二修練場と書いてある。ここ蒼明にある四つの修練場の一つだ。
「よし、集まったな。ここには151番から300番までの受験生がいるはずだ。間違えた受験生は速やかに正しい試験場へ移動すること。それでは試験内容について説明を始める。まず、適応者であるかどうかの確認だが、これはもう済んでいる。君たちが受付をした場所には一般人には耐えられないほどの魔素を流していた。これは事前に連絡していたから大丈夫だろう。では次に魔素放出量を測定してもらう。これはこちらで用意した魔道具により行う。測定が終わったものから私の元へ来るように。魔素操作能力を見せてもらう。魔法は何を発現してもいい。但し、危険性が高い魔法を許可なく使用した場合は失格とする。それでは、151番から前へ。」
いかにもお堅そうな金髪美女試験官のお言葉が終わり、退屈な順番待ちの時間がやってきた。どのように魔素放出量を測るのか見ていると、白い水晶玉に魔素を1秒間注いでどれほど黒く染まるかを見ているらしい。151番くんは張り切っていたようだが、灰色までしか変色しなかった。せいぜい初級の攻撃魔法程度だろう。魔素放出量は戦闘においてとても重要で、一瞬の魔素放出で勝負が決まってしまう場合もある。相手の攻撃を防ぐ際に魔素が足りなければ防ぎきれないし、攻撃の際はその逆が言える。
また、魔素保有量が多ければそれだけ放出することができるので、この試験をパスするには、魔素保有量もある程度高い必要があるということだ。魔素保有量は基本的に変わることはない。いくら適応者だからといって無限の魔素を取り込むことはできないからだ。増えるとすれば魔獣を倒した際に魂の格の上昇、いわゆるレベルアップをすれば魔素の保有量が増え、それにより身体能力なども上昇することがわかっている。魂といわれてもよくわからないから実感はないのだが。
「あの、すみません…。」
試験を眺めていると、後ろに並んでいた女の子が話しかけてきた。茶髪のショートボブでちっちゃい子だ。かわいいものに目がない俺は、これでもかというぐらい優しい声を出して尋ねた。
「ん?どうかしましたか?」
「あの、これって普通科の試験では、ないですよね…。」
この子は何を言ってるのだろう?魔素だのなんだの言って普通科の試験なわけがない。え、普通科?
「えーっと、魔法科の試験だよ。もしかして普通科を受けにきたの?」
「そ、そうなんです!間違えて魔法科の試験日に来ちゃいました〜。」
いや、来ちゃいました〜って。
「でも受付出来たってことは、適応者だったのか。」
「そうみたいですね〜。びっくりです!」
びっくりどころじゃないよ!下手すれば死んでたのに。こういうのを天然って言うのか。
「次、235番!前へ。」
係員に呼びかけられる。しょうがない。
「君、ちょっと待ってて。」
女の子にそう言い残して係員の元へ急ぐ。事情を説明すると、他の係員が彼女を連れて何処かへ行ってしまった。大丈夫だろうか。まあ気にしても仕方ない。今は試験に集中しよう。孟さんに恥はかかせられないし。
水晶玉に手を乗せる。そして一瞬。俺は魔素を解放した。真っ白だった水晶玉はどす黒く変色した。これくらいでいいか。
「ほう、大したものだ。それほどの魔素を一瞬で放出するとは。」
女試験官が話しかけてきた。この年代ではやっぱり珍しいのか。
「さ、こちらへ来い。おまえの魔素操作能力をみせてみろ。」
どこか楽しそうに言ってくる。まあいい。
「では手のひらに炎を。」
「ほう。その程度の魔法で実力を示せると?」
「魔力操作能力だけを見るのであれば、それだけで充分です。」
「…いいだろう。それでは、始め!」
宣言通り手のひらに炎を灯す。しかしただの炎ではない。純度の高い魔素で作られた純黒の炎だ。それを見ていた他の受験生は格の違いを思い知らされた。炎を一定の場所に灯し続けるだけでも魔力操作難度はかなり高い。さらに一切の無駄を排除した魔素の放出で形もはっきりとしている。
「これは、美しいな。よし、もういいだろう。私の名はマチルダ・ヴィオン。この学校の教師をしている。春からよろしく頼む。」
いきなり自己紹介されてしまった。
「音宮明希です。まだ合格したとは限りませんが、よろしくお願いします。」
「ふふっ、さすがに大丈夫だろう。あんな芸当は真似しようと思ってもそう簡単にできることではない。誇るといい。」
「はあ、ありがとうございます。」
この人の性格なんだろうが、上から目線なのに嫌味が全くない。いい先生なんだろうな。
そう思いながら、帰ってコタツにくるまりたさ故、早足で試験場をあとにした。
「ふう、これで最後か。ふっ、今年は豊作だな。楽しくなりそうだ。」
「マチルダ先生、ご機嫌ですなあ。手応えありそうな学生でもおりましたかな?」
「五条先生。ええ、とんでもない子たちが。」
「ほう!マチルダ先生にそこまで言わせるとは。いやはや、わしも楽しみになってきましたわい。」
世界適応者序列953位のマチルダ・ヴィオンにそこまで言わせるのだから、相当なのだろう。五条は年甲斐もなくわくわくしてしまっていた。