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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
イザベラ姫の災難
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わずかな変化

外からは薄日が差し、小鳥たちの声が爽やかに耳に入る。

私は目が覚めると思い切り飛び起きた。

が、すぐに腕を掴まれ王子の腕の中に戻された。


「んなっ、な、な、な!!」

「騒ぐな。まだ早い」

「お、オルフェ王子!!わたし!!昨日!!わたし!!」


王子は眉間にしわを寄せると腕に力を込めた。


「静かにしろ」

「あのっ、私…私たち、その、昨日…!?でも、服…着てる…??」


王子はうっすらと目を開くと不機嫌そうにまた閉じた。


「何もしてない」

「…いや、記憶にあるだけでも充分されてますけど!?」

「ミリが途中で寝るからだろう」

「え!?」


寝た!?

私寝たの!?

え!?

寝たの!?

いくらなんでも、ね、寝るか!?

ぐるぐると混乱していると王子が小さく笑った。


「仕方のないやつだな」

「え、だって!!」

「ミリのせいじゃない。…それに、昨日はミリの意思を尊重しなくて悪かった」

「え…」


王子は私を離すと先に体を起こした。


「目が覚めた。レイに朝食を用意させよう」

「あ、王子…」


王子は私に軽いキスをした。


「着替えたら外を散歩でもしようか」

「へ…?」

「それくらいなら付き合ってくれるだろう?」


私はぽかんとしながら部屋を出て行く王子の背中を見送った。

今、ものすんごくナチュラルにキスされたような…。

いや、頬とかなら今までもあったけどさ。

ん??


「ミリ」

「うわぁ!!」

「な、何よ大きな声出して」


入ってきたのはネイカだった。


「い、居たの!?」

「ううん、今王子に言われて入って来たところ」

「は、早過ぎない!?」

「何言ってんのよもう三十分も前にレイに起こされて隣の部屋で待機してたんだから」


ネイカは私の着替えと朝の用意をてきぱき整えた。

何かを聞きたくてうずうずしているのは分かるが、自分からは切り出さない。

恐らくレイに止められているのだろう。

用意を終えると簡単な朝食を手にしたレイが部屋に入って来た。


「先に食べておけ」


それだけを言うとまた部屋を出る。

恐らく王子の朝の支度の手伝いをしに行ったのだろう。

私はパンケーキを頂いてから部屋の外へ出てみた。

昨日と全く変わらない廊下。

同じような窓の外の雪山の景色。

変わってない。

そう、世界は別に何も変わってないよな。

だって私と王子は何もしてないもん。

何も…


「う、うわぁ…!!」


急に肌に生々しく残る感触が蘇ると私は居ても立っても居られなくなった。


あれを何もなかったと言えるのか!?

いや、言えない!!

猛獣王子め!!

猛獣王子めっ猛獣王子めぇ!!


「ミリ、何スクワットなんかしてんのよ」

「へ!?」

「ふふっ」


意味深に笑われて私は更に赤くなった。


もう、もう二度と夜に王子のそばには寄らないぞ!!

絶対にだ!!


息巻いているとその王子が爽やかな笑顔で迎えに来た。


「ミリ、そろそろ出られるか」

「お、王子…」


あんなに喝を入れていたのに、姿を見た途端気力が萎えていく。

王子は挙動のおかしい私なんかに全く動じず外へ連れ出した。

朝の風は凛と冷たいが、火照った頬を冷ますにはちょうどいい。

王子はいつもの調子で私に話しかけた。


「ここまで来ると空気の違いがはっきり分かるな」

「…そうですね」

「寒くないか」

「案外平気です。やっぱりイザベラ姫は北国の姫だから寒さに強いんですかね」


王子は自然と私の手を取った。

その手は私より一回りも大きい。


「温かいな」

「は、はい…?」

「ミリの手はいつでも温かい。そういえばミリは魔力で熱も作れるんだったな」

「え、あぁ、は、はぁ…」


昨夜のことを思い出した王子は少し笑った。


「魔力のコントロールは上達してるらしいな。自分に向けられるとは思わなかったが」

「す、すみません」


私はまた真っ赤になりながら俯いた。

頼むから昨日の話題はもう、勘弁して。

幸い、王子はそれ以上昨夜のことには触れてこなかった。

ただ繋いだ手は離されることなくそのまま煉瓦で舗装された道を歩き続けた。

仲良さげに歩く私たちを、ネイカは後ろから嬉しそうに見ていた。


「ねぇ、やっぱりミリたち昨日うまくいったのかな」


レイは辺りに目を配りながらどうでもよさそうに言った。


「さぁな」

「さぁなって…冷たいわね」

「うまくいこうがいくまいが、どうせあと数日で王子は全ての姫を解放する。ミリとて例外ではない」

「え…!?」


ネイカは本気で驚いた。


「で、でもミリは本物のイザベラ姫じゃないって…。それに王子もあれだけ特別扱いしてるならスアリザへ連れて帰るんじゃないの!?」

「それはない」

「どうして!?」


レイは少し考え込むと横目でネイカを見た。

それから逆に聞いてきた。


「お前は、どこまでイザベラ姫の侍女としてついて来る気だ?」

「え…」

「この先の事ははっきり言ってどうなるか分からない。その時ミリがどうなっているのかもな」

「…」

「それでもネイカはミリのそばに居続けるつもりなのか?」


ネイカはレイの瞳をじっと見つめた。

だが底の深い漆黒の瞳からは何も読み取ることはできない。

ネイカは目をそらした。


「私…ミリのそばしか居場所がないのよ」

「…」

「今更神殿になんて絶対に帰らないわ。だから、何があっても最後までミリのそばにいる」

「どうなっても知らないぞ」

「構わないわ」


レイは僅かに目元を綻ばせたが、すぐにまたいつもの引き締まった顔に戻った。

日も高く昇ると、再び行列は出発した。

今日の夜にはミントリオに入る予定だ。


「国どうしって案外どこまでも行けるんですね」


馬に揺られながら私が言うと王子は山とは反対側を指差した。


「本来回るはずだった東回りのルートだとそうはいかなかったがな。あっちは一つ一つの国土も広く平野も山も森も多い。歩きでは限界もあるから船と荷馬車を手配していたくらいだ。

だがベルモンティアから回ると栄えながらも国土が狭い国が密集しているから国から国へは行きやすい」

「どうしてわざわざそんな難所が多いルートを先に回ろうとしたんですか?」


王子は手綱を持ち直すと遠い目をした。


「一つは、ニヴタンディを出来るだけ最後にしたかったからだ」

「どうしてですか?」

「見ていて分からんかったか?アリス姫がいるだけで他の姫たちの抑制になるからだ」

「あ…なるほど」


側室の中でも高身分なのはアリス姫とフリンナ姫。

この二人なら確かに最後まで残しておきたいのはアリス姫だよな。


「もう一つはアリス姫とヨリアンナ姫以外は殆ど東寄りの国から来た姫が多いこと。ある程度行けば一気にかたがつくはずだった」


ふんふん。

なるほど。


「そして最後の理由は…」


王子は一瞬言葉を切ったが続けて言った。


「東回りさえ済んでおけば、俺に万が一のことがあってもアリス姫もヨリアンナ姫も何とか自力で国へは帰れるだろうと踏んだからだ」

「…」


私は王子の物言いに不満を持った。


「王子、最近なんだかちょっと悲観的じゃないですか?」

「そうか?」

「そうですよ。何かあったらばかり考えてたら本当に悪いこと引き寄せちゃいますよ?」


王子は黙り込んだ。

思わず見上げたが顔を見る前に後ろから耳元にそっと囁かれた。


「そうだな」

「うひゃあ!!み、耳!!耳はほんとやめてくださいよ!!」

「弱いな」

「弱いとかそんなんじゃなくて!!もう、もうぞわぞわって!!」


王子は身震いする私に少し笑った。


「ミリ、今夜は…」

「もう二度と行きません!!」


間髪入れずに言うと今度は吹き出した。


「それは残念だ」

「な、なんで笑ってるんですか」


私はツンと顔を背けた。

王子は笑い終えるともう一度私を少し引き寄せた。


「今夜はレイに部屋までついててもらえ。一人で外には出るなよ」

「え…」

「俺はミントリオに着けば忙しくなるだろうからな。またしばらくは離れることになる」

「そうなんですか…」


…。

あれ?

なんか私思いのほか気落ちしてる…?

王子も動揺を見せた私に意外そうにした。


「ミリ?」

「…は、はい?」

「…いや」


空を見れば厚い雲がかかっている。

今夜は雨が降りそうだ。

雨の日は夕刻でもかなり薄暗い。

私たちは所々で休憩を入れながらも、なんとか本格的に降り出す前に空の国と言われるミントリオへと入った。

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