ミリの勝利
無事オルフェ王子の部屋に行き着いた私は中に入るのをまだ躊躇っていた。
何が恐いって、扉の先に王子だけでなくレイもいるかもしれないことだ。
「ネイカ…。ちゃんとおびき出し作戦成功してるのかな」
でもこんな所でいつまでもいるわけにはいかない。
どうしようどうしようと部屋の前をうろついていると、なんの前触れもなく扉が開いた。
「誰だ」
「うはっ!!」
気配を察して出てきたのはオルフェ王子本人だった。
王子はぴょんと飛び退いた怪しげな侍女に怪訝な顔をしたが、流石にすぐ気付いたようで綺麗な目が大きくなった。
「…ミリ?」
「は、はぁい…」
「…」
「…」
「入れ」
「はぁい」
私は言われるがまま中に入った。
よ、よし。
王子一人だな。
レイはいないぞ。
王子は扉を閉めるとまじまじと私を見下ろした。
「まったく…誰かと思ったぞ」
「は、話がありまして!!」
「そんな侍女の姿に変装してまでしにくる話か?」
「はい!!どうしても内密に王子と二人で話したかったので!!」
王子は少し笑うと意気込む私を面白そうに見た。
「侍女姿も中々似合ってるな。侍女をに手を出す趣味はなかったが、試してみるのも悪くない」
「むっ…!?」
私は変な構えをした。
「王子!!やっぱり王子はそういう人ですよね!?アリス姫の話す王子は聖人君子過ぎますもん!!」
「いったい何なんだ?」
「先日、アリス姫に大体の話を聞いてきました!!」
王子は余裕で腕を組んだ。
「そうか。言っておくが本当にアリス姫には手を出してないぞ」
「はい、そう聞きました!!」
「では何を怒っている?」
私は構えを解くとじっと王子を見つめた。
王子は相変わらず綺麗な顔をしている。
一見穏やかで優しげな雰囲気をまとっているが騙されちゃだめだ。
私は率直に切り出した。
「王子…」
「なんだ」
「クロアさんに、何をしたんですか?」
「…」
王子は一瞬だけ目を細めた。
私は拳を握りながら一歩詰め寄った。
「アリス姫の話はどうも綺麗過ぎます。普通ならばどれだけ事情があったって王宮に侵入して王子に襲いかかったのに無罪放免なんてありえないですよね?」
「…」
「しかもその後レイにきちんと教育されながら望み通りアリス姫のそばに置いてあげるなんて…人がいいとかの話を通り越してませんか?」
王子はすぐに顔を取り繕った。
「そうか?アリス姫がそれで落ち着くならと配慮したつもりだが?」
「それだけなはずはありません」
「なぜそう思う?」
私は挑むように王子を見上げた。
「アリス姫のバックが、ニヴタンディだからです」
「…」
ずっと引っかかり、考えに考えた答えがこれだ。
「ニヴタンディは誰もが知る強国です。その姫を迎え入れるとなれば、王子も相当神経を使ったんじゃないですか?」
「…」
「アリス姫を側室にしたからといって、ニヴタンディがスアリザにメリットを与えるとは限りません。
逆にニヴタンディが戦争中であったなら、オルフェ王子と繋がりができたことでかなり無理な要求でも融通を効かせることもできますよね」
王子は手を伸ばすと急に私の口を塞いだ。
「んん!?」
「静かに。城のど真ん中でとんでもない話を始めるな」
王子はそのまま私を抱えると部屋の奥へ運んだ。
私は王子の手を口元からどかした。
「下ろしてください!!話はまだ終わってません!!」
「大声を出すな」
「王子!!」
「ミリ」
王子は顔を寄せた。
「話ならちゃんと聞いてやる。だからせめて外に漏れ聞こえないようにしろ」
「でも…」
「自分が今何をいっているのか分からないのか?」
私はぐっと黙り込んだ。
王子は窓辺の長椅子に私を膝に乗せて座った。
「騒ぐなよ?」
「お、おります、おります!」
「このままでいいさ」
よくないさ。
変に意識してしまうじゃないか。
私は王子を押すとずりずりとお尻をずらして王子の隣に座り直した。
「それにしてもミリには色々驚かされることが多いな。一体どこでそんな政治感覚を養ったんだ?」
「政治感覚?知りませんよそんなもの」
「それで?ミリは一体何が言いたい?」
距離の近さを無視して私はできるだけ淡々と言った。
「えと、ですから、あれですよ。こう言っちゃなんですが、スアリザとニヴタンディではニヴタンディの方が力が上だったのでしょう?だから王子は、ニヴタンディと対等に付き合う為にクロアさんを利用したんじゃないかと思ったんですよ」
「…。利用、とは?」
「はっきりとは分かりませんが。クロアさんはニヴタンディでも屈指な大貴族レミレス家の者ですからね。利用価値が見出されても不思議じゃないです」
もし王子がクロアにニヴタンディにとって何か不利なことをさせていたのなら、クロアが今ひとつアリス姫に手を伸ばせない理由が分かる。
それにこの筋書きなら色々不可解だったことの辻褄がぴたりと合う気がした。
王子はしばらく黙って私を見下ろしていた。
その目は何かを探るようでもあり、何故か優しくもあった。
「あの。…王子?」
こっちの方が耐えられなくなり身じろぎする。
せっかく意識しないようにしていたのに、言いたいことを全て出し切った私はすっかり力が抜けどぎまぎした。
「ミリ」
「は、はい?」
王子は両手で私の頬に触れた。
「最近、割と本気で思うことがある」
「はぁ…何でしょうか」
「ミリが欲しい」
「へ!?」
私は飛び上がりそうになった。
が、その前に王子に抱きしめられた。
「おお、王子!?」
「これでも随分お前に譲って我慢してきたほうだぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!!それじゃあ話が違うじゃないですか!!」
「話?」
私は王子の腕の中で懸命に抗議した。
「だから!!王子は一年間私が王子に落ちなければ私の勝ちで、落ちたら負けだって言いましたよね!?」
「…そうだったか?」
「そうです!!私まだ落ちてませんよ!?」
王子は余裕の笑みで私の頬にキスをした。
「今から落とす。それでいいだろ」
よ、よ、よ、良くない!!
何!?
何だこの急展開は!?
私は目一杯身をよじった。
「お、王子!!」
「騒ぐな」
「騒ぐわよ!!わー!!わー!!」
「あのな…」
「だいたい、こんなことで誤魔化されないんですからね!?今はクロアさんの話なんです!!」
王子の手が緩むと私は急いで立ち上がった。
既に侍女姿はぼろぼろで、ぜいぜいと荒い息をしているが強気でびしりと王子に人差し指を突きつける。
そして思い切り声を張り上げた。
「王子の悪行!!白状しなさい!!」
思わず命令形。
王子は耐えきれずに吹き出した。
「王子!!」
「わ、分かった。分かったから…」
王子はしばらく笑いの発作と戦った後、右手を挙げた。
「参った。俺の負けだ」
「へ…?」
「ミリには敵わないな」
王子は立ち上がると私の前に立った。
「ミリの言うことは大筋あっている。詳しくは言えんがクロアをアリス姫ではなく俺に縛り付けたことも認めよう」
「…」
「結局のところお前が心配しているのはアリス姫とクロアの今後の仲なのだろう?」
「は、はい」
王子は私の頭にぽんと手を乗せた。
「それなら明日にでも二人を呼び出して話をさせよう。間には俺が入る。今後二人が共に過ごせるようにすれば文句はないか」
「ほ、本当ですか!?」
「約束しよう」
私の顔はぱっと輝いた。
オルフェ王子ならその気になればことを上手く収めてくれるはずだ。
「あ、ありがとうございます!!」
「そんなに嬉しいのか?」
「はい!!だってアリス姫は…!!」
言いかけて固まってしまう。
王子は悪戯っぽく覗き込んできた。
「ミリの親愛なる友なのだろう?」
「え?」
「レイから聞いた。昨日のはしゃぎようは見ていられないほどだったとな」
私は真っ赤になった。
何だかとても恥ずかしい。
「は、はい。実は、その、友だちなんて初めて出来たものですから…」
「そうか」
「はい…」
王子の包み込むような温かな眼差しが逆に居た堪れない。
私はさっさと頭を下げた。
「朝からお邪魔しました。明日はよろしくお願いします」
「もう帰るのか?」
「はい。ネイカにレイを足止めしてもらってますし」
「そういうことか。ミリもレイ相手に懲りないな」
「いや、恐いですよ。充分」
でもやっぱりこうやって乗り込んできて良かった。
レイがそばにいれば一刀両断問答無用で切り捨てられるもんな。
とても王子に二人の間を取り持つ約束なんて取り付けられなかっただろう。
私はもう一度王子に頭を下げてから部屋を出た。
「はぁ、なんだかすっきりした気分」
るんるんと軽い足取りで廊下を歩く。
早くネイカに成果を報告したくて速足で階段を降りたが、そこで誰かが目の前に立ち塞がった。
「ご機嫌麗しゅうございますな、イザベラ姫」
「へ!?」
見上げると見覚えのある顔があった。
「ろ、ロレンツォ様…??」
「この階段を降りてくるのをお待ちして降りましたよ。少し話があるのですが、よろしいでしょうか」
私はさっきと打って変わって引きつった。
「あの、また今度に…」
「行きましょう」
ロレンツォは私に有無を言わせずに廊下の奥へと連行した。




