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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
黒姫
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気遣いとたまご

散々警戒していたにも関わらず、真夜中に近付く時刻になっても王子は現れなかった。


「本当に気まぐれだな…」


ほっと肩の力を抜くと急に眠くなってきた。

ベッドの中に潜り込み大きな枕を引き寄せる。

さっきは投げつけたりしてごめんよ枕さん。


目を閉じると、ここ最近ではゆっくり思い出すこともなかった母のことが頭を駆け巡った。

母さん。

大好きだった、たった一人の家族。


……一人でふさぎ込んでいても立ち直ったふりしか出来ずにいつか折れるぞ


王子の声がふとよぎる。

腹の底からむかむかとまた苛立ちが募った。


「余計なお世話よ…」


何よ…何よ。

分かったような言い方しちゃってさ。


イライラと寝返りを打つと暗闇でかたりと音がした気がした。


「ミリ」


そっと呼びかけられ、本気で心臓が止まるかと思った。


お、オルフェ王子だ!!

いつ来たの!?

今の音?

気配なさすぎ!!


「寝ているのか」


寝てます寝てます。

お願いだから早く帰って。

すっかり油断していたし備えも何もない。


だがこんな時に全く思い通りに動いてくれないのがこの王子だ。

ベッドの端がぎしりと音を立てた。


く…来るなぁあぁ!!


体を丸めて必死で目を閉じる。


「泣いているのか?」


泣いてない泣いてない。

今は哀愁に浸るよりあなたに対してイライラする方が勝ってます。

寝たふりを決め込んでいると、物音が一切しなくなった。

人が動く気配もない。

…帰ったのかな。


そっと目を開いて振り返る。

真っ暗な部屋は視界が効きにくい。

体を起こしてみると、間近で声がした。


「なんだ。やはり起きてるじゃないか」

「…っ!!」


暗闇に溶け込んだ王子は、まだそこにいた。

私にはその影が薄っすらとしか見えないのに、王子は正確に私の右手を掴んだ。


「はは、離してください!!何しに来たんですか!!」


王子は怒れる私を見て少し笑った。


「元気は損なっていないようだな。泣くくらいなら、怒ってろ」

「は…!?」

「それより灯りをつけても構わないか。ミリに渡したいものがある」


王子はさっさと立ち上がると燭台に火を灯し始めた。

王子が何を考えているのかが分からず、私はただベッドの上で座り込んでいた。

部屋がぼんやりと薄明るくなると、王子は両手で持つくらいの小箱を私に手渡した。


「…何ですか、これ」

「開けてみろ」


まさかもう宝石とかですか。

ってこんな夜中に渡しに来なくてもいいだろうが。

ぶつぶつと不満を唱えながら箱を開くと、中には意外すぎるものが入っていた。


「たまご…?」


サイズ的にはダチョウの卵。

でも色がおかしい。

こんなエメラルドグリーンの卵なんて見たことがない。


「それは俗に言う竜の卵だ」

「は、爬虫類…!?」


思わず箱ごと投げ捨てそうになったが、王子が私の手を先に押さえた。


「お前な、神の使いとも言われるドラゴンを爬虫類扱いするな」

「ど、どど、ドラゴン!?そんな危険な生物がどうして!?」


ドラゴンなんてどこぞの海か山で稀に目撃されるだけの、危険でしかない生き物だ。

幸い人間を積極的に襲うこともなく生活圏も違うから害はないが、いらぬ手出しをしようものなら国ごと滅ぼされる危険すらあると言われている。


「我が国の冒険者が荒地の果てで見つけたらしい。闇市でとんでもない額で出回ってたのを城の者に回収させた」

「そそそ、それはどうでもいいけど早く私の上からどけてください!!」


王子は箱の中からエメラルドの卵を抜き出し手に取った。


「卵は三つあったのだが、そのうちの二つはどう手を尽くしても生まれてすぐに死んだ。こいつもこのままだと生まれた直後に死ぬ」

「だ、だからなんですか!?」

「お前は幼いドラゴンに何が必要か知っているか」

「は…?」


そんなもの知るわけがない。

だが王子がわざわざ私にこんな事を聞くなんて嫌な予感しかしない。

王子は美しく微笑んだ。


「魔力だ」

「…」

「本来なら生まれた地から吸い上げるのだが、このスアリザにそんな力はない。だがお前の元でならひょっとして無事にかえるかもしれないと思ってな」

「じょ、冗談じゃありませんよ!!例え無事に生まれるとしても爬虫類なんてそばに置くだけでも耐えられません!!」


王子は卵を大事そうに撫でた。

その目は優しく、どこか愛おしげだった。


「こいつはおそらく親に捨てられ、人間に勝手に連れ出された。仲間もおらずこのまま一匹で孤独に王宮で果てる」

「…」

「だが無事に卵からかえしてやれば、ある程度育ててやれば、また自由に空へ帰れる」


王子の言葉に僅かに胸が痛んだ。

この子は生まれながらにして孤独。

それは何だか私と同じ気がしたから。


「この卵がここへ来たのは三ヶ月前だ。もう生まれるというタイミングでミリが王宮へ来たのは、一つの運命かと思い連れてきた」

「で、でも…!!」

「帰りたいと泣いている暇はないぞ。ミリ、これはお前の君主としての命令だ。こいつがかえるまで、そばにいてやってくれ」


私は唖然として王子を見上げた。

なんだこの意味不明な命令は…。

ふと王子の顔を見ると、私の顔色を伺うように見つめている。

私はある可能性にやっと気付いた。


もしかして、これは、王子なりの気遣いなのか?


わざと怒らせるようなキスをしたことも、この爬虫類の卵を押し付けることも、ひょっとするとひょっとすれば、私が悲しみに陥らないようにするためのものなのか?


いやそれなら他にいくらでも方法はあるじゃない?

嫌がらせのように危険生物の卵を任せるんじゃなくて、もっとこう、ほら、癒される子猫をプレゼントするとか…。


私は空っぽになった箱を見つめると、小さく吹き出した。


なるほど、つまり、王子は私が悲しみの涙を見せるのが嫌なのだ。

それくらいなら怒らせる方がましだなんて、なんて突飛な思考回路なんだ。

昼間の煮え繰り返る思いが嘘のように、なんだか全てが馬鹿らしくなってきた。

壊れたように笑いだした私に、王子は眉を寄せた。


「ミリ…?」

「あはは、あぁもう、なんだ。あー、怒って損した」


私は背筋を伸ばすと王子を見つめた。


「オルフェ王子。私はもう泣いたりしませんし、しばらく続く王宮暮らしにも腹を括ります。だから下手にもう構いつけないでください」

「…」

「お互い平和に過ごしましょう。それでは、お休みなさい」


勝手に完結すると、私はさっさと枕に顔を埋めた。

時間はもう深夜をとっくに過ぎている。

横になった私はすぐに睡魔に襲われた。


王子はしばらく難解な顔で私を見下ろしていた。

なぜ私が急に笑い出したのかも、さっさと寝息を立て始めたのかも全く理解できなかったようだ。


「ミリ」


呼びかけられても私はすでに夢の中。

さすがに起こしはしなかったが、オルフェ王子は手にした卵に視線を下ろすとそれを私の腕の中にそっと忍ばせた。


「おやすみ」


いたずらっぽく耳元で囁くとそのまま部屋を出て行く。

翌朝目覚めた私が腕の中の物に大絶叫を響かせたのは、言うまでもなかった。

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