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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
友情と親愛
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葛藤

クロアの計らいで、朝食は部屋にいた私たちだけでテラスで頂くことにした。

風除けが張られているので、日差しだけが通るここは意外に温かく心地よい。

話の続きは白くて丸いテーブルに着いてからすぐに始まった。


「サトさん…。本当にあのサトさんですか?」

「フィスタンブレア様も。まさかイザベラ姫だったなんて…」


まだ信じられずにクロアをまじまじと見つめる。

私はすました顔で給仕に徹するレイに向き直った。


「レイは事情を全部知ってるの?」

「こいつを徹底的に完璧な侍女に仕込んだのは俺だからな」


レイの隣で給仕の手伝いをしていたネイカがぴくりと反応する。

私の混乱は更に酷くなった。


「えと。そもそも侍女にってのが全くもって意味不明なんだけど…。え?クロアって華奢だけどどう見ても男性…だよね??」


クロアは紅茶の注がれたティーカップを握りしめた。

しばらく考え込んでいたが、やがて意を決して顔を上げた。


「昨日もお話ししましたが、僕とアリス姫は幼い頃からずっと一緒に育ってきました」


私は手にしたクルミパンを皿に置くと聞きの姿勢になった。

クロアは深呼吸をするとひとつひとつ慎重に話し始めた。


「アリス姫は昔からとても美しい姫でした。ですがそれ故に色々あって…僕以外の男の人とは話すことさえ出来ない時期もありました」


予想外の話に私は首を傾げたが邪魔な発言は控え先を促した。


「ですがアリス姫は一国の王女。年頃になれば縁談が舞い込んできます。アリス姫も王の決定には逆らえず…結局スアリザ王国へ行くことが決まりました。

しかも王妃や、ましてや正妻ですらなく第三王子の側室という、はっきり言えば華のない立場でです」


当時のことを思い出したのか、クロアは暗い顔になった。

私は一瞬理解が追いつかずに反応できなかった。

だって今までオルフェ王子の側室とはとても華やかで立場のあるものだという印象だったのに、国際的な目で見るとそうでないという。


でもそうか。

ニヴタンディは今や大陸一の国だという認知だもんな。

そこの王女となれば嫁ぎ先はそこそこいい国で王妃に収まっていても不思議じゃないのか。


「僕はどうしても諦めきれませんでした。いくら国のためとはいえ、アリス姫への扱いは誰が見ても戦争に勝利するための一つの駒扱い。だから…」


意気込んでいたクロアから急に声のトーンが落ちた。


「だから、僕は…無謀にも身一つで国を飛び出しアリス姫の元へ駆けつけたんです」

「駆けつけたって…」

「文字通り駆けつけました。スアリザの、王宮まで」

「…まさか違法なやり方で侵入したんですか?」


冗談交じりに言ったが、クロアは赤くなりながら小さく頷いた。


「そ、それって見つかればその場で処刑されても文句言えないくらい危ないやつなのでは?」


王宮で追いかけ回されたことがある私はその場を想像するだけで身震いした。

よく無事だったな。


「アリス姫のお相手がオルフェ様でなければそうなっていたでしょう。僕は王宮内で身を隠し、夜中にアリス姫の部屋へ押し入りました」

「夜中に…って、側室としてきたその日の夜にですよね?」

「…はい」


クロアは更に真っ赤になった。


「今思えば本当にお恥ずかしいです。オルフェ様がアリス姫のお相手をするために部屋に訪れているなんて当たり前のことでしたのに。…僕が目にしたのは王子の目の前で泣き崩れているアリス姫です」

「…」


あ…あの猛獣王子め!!

もしかして嫌がるアリス姫を無理やり!?

私の顔から何かを察したクロアは慌てて否定した。


「あの!!誤解のないよう言っておきますがオルフェ様は決して力尽くでアリス姫を手篭めにしようとしていたわけではないですよ!?」

「…」

「ほ、本当です!!ただ、飛び込んだ時に僕も勘違いして…。その…、えと…」


言い淀むクロアの後ろからレイが冷たく睨んだ。


「こいつは恐れ多くもオルフェ様に剣を向けたんだ」

「えぇ!?」


やばい。

それはやばい。

王族には剣を向けるだけで即死刑だ。

しょげ返るクロアの代わりにレイが後を続けた。


「まぁこんな奴にやられるオルフェ様ではないがな。こいつはまんまと返り討ちにあって王子の峰打ちでその場で気絶した」

「う、うわぁ…」


とんでもない修羅場に私は首をすくめた。

っていうか咄嗟にそれだけ冷静な対処できる王子ってやっぱそこそこ強いのか。


「…本当に、よく生きてましたね」


クロアは居たたまれなくなったのか手にした紅茶を一気に飲み干した。


「で、それでどうなったんですか?」


いくらオルフェ王子といえどもこれは捨て置けないだろう。

だが私の心配をよそに、クロアは落ち着きを取り戻して言った。


「普通なら殺されているか捕らえられているはずですが…僕は牢屋ではなく温かなベッドで目が覚めました。王子は僕の精神状態が安定するまで待ってから、事情を尋ねてこられました」

「…事情を?」

「はい。僕は今までのことをオルフェ様に包み隠さず話しました。アリス姫が男の人に異常に恐怖心を持っていることや僕たちが心から互いを必要としていること。

もう勢いに任せて全部ぶちまけてしまいました」

「随分思い切りましたね」

「とにかく必死でしたので…。でもオルフェ様は僕たちのことを理解してくださりました」


理解…。

理解ねぇ。

私はその淀みない流れの先を考えた。


「それでクロアさんはアリス姫のそばにいるためにサトさんという侍女姿になったのですか?」

「はい。なにせアリス姫が入るのは後宮ですから。王子の側室に男として側にいるのは不可能です」

「で、でも今回の事件がなければずっと侍女姿でい続けるつもりだったんですか?」


いくら線が細くても流石に二十代に乗ってくれば無理があるだろう。

クロアは苦笑した。


「いえ、アリス姫と僕は来年にはユユカトに移り住む予定だったんです」

「ユユカト…?」

「スアリザ王国の端にある田舎の村です。名目上はアリス姫の養生ですね」

「え!?アリス姫どこか具合悪いんですか!?」


血の巡りの悪い私にレイが言った。


「鈍いな。そういう名目にしておいてこの二人を王宮から解放するということだ」

「あ…」


王子はそこまで考えて用意していたのか。

…でもなんだかさっきから違和感があるな。

それじゃ王子はあまりにも人が良過ぎないか??

あの人はかなり大らかではあるが甘すぎはしないはずだ。


考えこむ私をレイが後ろから冷静に観察していた。

静かに給仕をしていたネイカはそっとクロアに水のグラスを差し出した。


「それで?王子の力で晴れて一緒になれるはずだったのにアリス姫がニヴタンディに帰ることになったからしょげてるわけ?」


ネイカにずばりと言われてクロアは肩を落とした。


「アリス姫はニヴタンディに戻ることになっても一度も取り乱さずに静かに受け入れていました。それを見ていると…もしかしてもうアリス姫は僕なんて居なくても大丈夫なんじゃないかって…」


ネイカはうじうじ言うクロアの前に苛立たしげに皿を置いた。


「アリス姫は昨日あんたに会うためにわざわざ屋敷まで足を運んだんでしょう?」

「…」

「それってあんたに何かを求めて来たんじゃないの?何を言って怒らせたのよ?」


クロアは赤くなりながらぼそぼそと言った。


「その…。今までのお礼を言っただけなんですけど」

「はぁ!?まさか今までありがとうございましたとか言ったんじゃないでしょうね!?あんたバカじゃないの!?アリス姫の気持ちなんて微塵も分かってないじゃない!!」


言葉は悪いが私もネイカの言うことには賛成だった。

今一人でいるアリス姫を思うとあんまりにも可哀想じゃないか。

しばらく考えた後、私は席を立った。


「…私、アリス姫の所へ行ってくる」

「え!?」

「アリス姫がどう思っているのか聞いてくる」

「ででで、でも!!」


クロアは慌てて立ち上がったが、私は止められる前にさっさとテラスを後にした。

こういうのは思いついたその時に行かないと。

ネイカも給仕を放りだしてついてきた。


「あのアリス姫が話なんてしてくれるのかな?」

「…分からない。でもね」


私は足を止めるとネイカに向き直った。


「私、アリス姫とサトさん二人の時を見てるの」

「…」


後宮で行き倒れていた私を助けてくれた二人は、どちらも穏やかで優しい顔をしていた。

アリス姫がサクラに驚いて声をあげたとき、咄嗟に前に出て庇ったサトさんの姿を思い出す。


「すごく、信頼し合っている二人に見えた。だからきっとアリス姫もクロアさんが大切で、今苦しんでるんじゃないかな」

「ミリ…」

「だから話だけでも聞きに行きたい」


すっぱり拒否されるかもしれないけど、このまま黙ってはいられない。

私はネイカと共に城へと向かった。


一方、レイと二人になったクロアは居心地悪そうに椅子に座っていた。

レイは紅茶を注ぎ直すとクロアに渡した。


「…相変わらず、綺麗な紅茶の注ぎ方ですね」

「当たり前だ」

「リシンダ…。いや、レイ。君は一体…何者なんですか?」

「…」


レイは切り分けたパンケーキもクロアの前に置いた。


「一番初めに俺については余計な詮索はするなと言ったのを忘れたのか」

「う…でも…」

「それにしても随分甘い説明だったな。ミリはあれでいて中々勘がいいんだ。話す時にはもう少し気を配れ」

「…はい」


クロアは温かいカップに手を添えながら飴色の紅茶を見つめた。


「レイ…」

「…」

「僕はアリス姫のそばにいる資格などあるのでしょうか」


レイは目を細めたが肯定も否定もしなかった。


「僕は、国の裏切り者だ」

「…」


クロアは泣きそうに顔を歪めた。

カップを持つ手は細かく震えている。

レイは分かっていながらもただ黙々と朝食の片付けをした。

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