迷子
私たちの馬車はオルフェ王子と一緒に通って来た道とは反対側に向かっていた。
とはいえやはりここでも町は賑わい、見たことのないものが山とあった。
馬車から降りた私たちはクロアの案内で世間でも有名な大通りを歩いた。
「うわっ!!な、何あれゾウがいる!?」
私は広場にいる二匹のゾウに早速度肝を抜かれた。
だってゾウさんなんて初めて見たんだもん。
町中にいる不似合いさったらないな。
しかもそのゾウは鼻で筆を持ちながら壁に絵を描いていた。
隣でクロアが説明してくれた。
「あれはここら辺りでは有名なパパとポポです。南国ソワデュエオと共和を結んだときに友好の証として送られたんです」
「な、何で絵描いてるんですか!?」
「ここへ来た時から得意だったそうですよ。王はユーモアのある人ですから、それを生かしてああして昼間だけ観光客用の見世物として場を設けてるんです」
「へ、へぇぇ…」
確かにインパクトは物凄いあるな。
やっぱりちょっと変わった国だぞニヴタンディ。
「どこか寄りたいお店はありますか?」
クロアが私に問いかけてきた。
私は辺りを見回したが困惑しか浮かんでこない。
行きたいも何も、どちらかというと近寄りたくない店ばかりが目にとまる。
ほら、そこも干からびた爬虫類ばかり干してるし、動物の舌ばかり瓶詰めにしてるのは一体なんなんだ。
その隣は店中わかめだらけで気持ち悪いぞ。
言いたいことが丸ごと顔に出ていたのか、クロアはくすくすと笑いだした。
「すみません。慣れない姫君にはとても奇異な眺めだったかもしれませんね。心配せずとも少し先に行けば普通にドレスや小物を扱う店もありますよ」
あるんかいっ。
「…あ、では、帽子屋は?」
「ありますよ。イザベラ姫は帽子が好きなのですか?」
「はい!!」
作るほど好きなのさ。
こんな面白そうな国のデザインとか興味あるし。
クロアはすぐに歩いて数分先の店を案内してくれた。
そこは大衆向けよりやや高級感の漂う小洒落た帽子屋だった。
「わぁ…」
寒い地域に入ったせいか温かそうな工夫をされた帽子が目立つ。
見た目は普通でも中に編み込んだ毛糸を可愛らしく忍び込ませたり、手で触ると温かみのある素材を使ったりしている。
私はすぐにうきうきしてきた。
「何これ。ヤギの毛?わざわざ染めてるのかな。うわぁこれ軽い!どうやってるんだろう!?」
すっかり興奮して店の奥まで一人で突き進む。
見たことのない帽子たちはすっかり私を夢中にさせた。
流行りものはキラキラ明るい素材を取り入れるデザインが多かったが、ニヴタンディはやはり一味違う。
一言で言えば実用的で自由な感じだ。
「はぁ、何だか素材の勉強もしたくなってきた。これとか一体何なんだろう」
あれこれと頭に乗せながらイメージを膨らませる。
やっぱりこういう時間が一番好きだな。
鏡を見ていると私の後ろにアリス姫とクロアが小さく映った。
二人は何か話しをしているようだ。
その近しい距離感はやはり二人の間に何か特別な関係があるように思えた。
私は二人の邪魔をしないように更に店の奥に進んだ。
するとそこに鏡の前に帽子を握りしめたまま立つネイカを見つけた。
「どうしたの?」
私が声をかけるとはっと顔を上げる。
私はネイカが持つ緑色の帽子に反応した。
「ネイカは可愛い感じの帽子が好きなの?」
「うっ、うるさいわね!!そんなわけないでしょ!?なに!?似合わないって笑いにきたわけ!?」
「うーん…」
眉をつり上げるネイカにお構いなく、私はまじまじと上から下までネイカの全体を観察した。
「ネイカは丸顔だからどんな帽子でも合わせやすいと思うけどな。髪の色は深い茶色だし肌も白いから…」
私はネイカの持つ帽子より淡い色の緑の帽子を手に取った。
「うん、こっちの方が似合うかな。私ならこれにネイカの瞳と同じ濃い緑のビーズをワンポイントに入れてリボンは細く三重でいれるな」
「ち、ちょっとミリ…」
ネイカは嫌そうに体を逸らしたが、私は構わず選んだ帽子をネイカに乗せてその辺の飾りを付け足した。
「ほら、可愛い!!」
「…可愛いのは帽子でしょ」
「その人に似合うから可愛いんでしょ?」
自分の見立てに満足して目を輝かせる私が本気で言っているのだと悟ると、ネイカは恥ずかしそうに俯いた。
「私なんて…どんなドレスを着ても帽子をかぶっても可愛くなんてなれないわ」
「あぁ、その気持ち分かる!!だから私も黒しか着たくないんだって。でも待って。ネイカはこれ絶対似合う!!」
「…」
私はまだうきうきとネイカの帽子をどう飾りつけようか考えていた。
「あ、そうだ閃いた!!リボンは編んでから垂らすといい感じになると思うの。うん!!」
「…」
「ちょっと待ってて。あそこの似た雰囲気のやつ持ってくるから」
ネイカは鼻歌を歌いながら離れていく私をぽかんとしながら見ていた。
鏡に映った姿を見れば、その帽子は確かにさっき手にした物より断然可愛い。
…そして自分に似合っている気がした。
ネイカは姿勢を正してもう一度自分の姿を見つめてみた。
そこに映る自分は不思議といつもと違う顔つきだ。
だがネイカはすぐに目を逸らした。
「…レイもミリも、目がおかしいんじゃないの」
顔の美醜なんてどうでもいいと言いきったレイと同じで、ミリも心底気にしていない。
こんな人たちは初めてでどう反応すればいいのか困る。
…でも。
今鏡に映る自分は何だか嫌いじゃなかった。
ネイカは一人鏡の前でレイを真似て綺麗な立ち方や礼の仕方を練習してみた。
一方、リボンを求めて店を歩いていた私はあることに気付き青くなっていた。
「あ、アリス姫がいない!?」
そう広すぎる店ではない。
早足であちこち探したがやはりアリス姫とクロアの姿がない。
私は慌てて店主に聞きに行った。
「すみません!!えと、私と一緒に店に入った二人はいつ店を出ましたか!?」
「あぁ、あの美しいレディですね。数分前くらいにお連れの方と何やら揉めた後出て行きましたよ」
やっぱり出て行ったんだ!!
揉めたってクロアと!?
な、なんで!?
私はすぐにネイカの元に戻った。
「ネイカ!!アリス姫たちがもう先に店の外に出たんだって!!」
「え…」
ネイカはかぶっていた帽子を棚に戻した。
「ミリ、落ち着いて。外に出ただけかもしれないわ」
「そ、そうだね!!行こう!!」
ネイカは私を先導するように小走りで店を出た。
外は一歩出るだけでわいわいと賑やかになる。
あちこちに視線を巡らせたがアリス姫らしき人の姿はなかった。
「どうしよう!?どうしよう!?」
「近くの店から覗いていくしかないでしょ?しっかりしなさいよ、ミリ」
「だって…」
「だってだって言ってる暇があるなら歩くの!!」
私とネイカはそれから一時間以上も町を彷徨った。
どちらも町歩きなんて慣れていないから二人揃ってもうくたくただ。
どの通りに入っても賑やかな道の途中で、私は足を止めた。
「…駄目だ。これ以上どこを歩けばいいのか分からない」
「ねぇ、そういえばここ何処なの?」
「へっ!?」
ネイカに言われて初めて全く道など分かっていないことに気付く。
「…えと。どっちから来たっけ??」
「あそこまでは分かるけど…ミリが勝手にどんどん進むからでしょ」
通り過ぎていく人の顔が段々と能面に見えてくる。
もしここで誰かに狙われたりしたら…。
私の胸は大きく上下した。
「これって、まずいよね!?」
「色々とまずいわよ。こんな所で何かあったらどうするのよ」
「戻ろう!!うん!!とにかく!!だってもしかしたらアリス姫も帰ったのかも!!」
でも既に右も左も分からないのにどうやって帰る!?
狼狽えていると人ごみの中にふとクロアが見えた。
「あ!!く、クロアさん!?」
「あっ、ミリ!!」
私はクロアを見逃すまいと必死に走り出していた。




