表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔払い
67/277

ミリの闇名

ベルモンティアからニヴタンディまではペンダムという横長で小さな国を縦断する。

取り立てて秀でた国ではないが、長年ニヴタンディの従属国でありそれなりに栄えている。

ペンダムで入国許可を取れればそのままニヴタンディに入れる利もあり、宿泊施設がそこかしこに見受けれた。

ネイカはその中でも一際豪華な宿泊先に通されたにも関わらず不満顔で文句を垂れていた。


「なんであんたと同じ部屋なのよ」


レイは手忙しく荷物を整理しながら適当にあしらった。


「ミリはオルフェ様の側室だ。オルフェ様が望むのなら二人を同じ部屋にすることは当たり前だろう」

「それなら私一人でこの部屋にしてよ」

「俺はまだお前を信用していない。勝手なことをされて迷惑を被りたくないからな」

「見張りってこと?」

「そうだ」


ネイカはベッドに腰掛け足をぶらぶら揺らした。


「やっとの思いでベルモンティアを出たのに騒ぎなんて起こすわけないでしょ」

「そう願う」

「言っときますけどね、私に変なことしたら殺すからね」


レイはちらりとネイカを見た。


「馬鹿げた心配だな」

「な…」


ネイカは真っ赤になり眉をつりあげた。


「そんな対象にもならないって言いたいの!?どうせ…どうせ私は醜いわよ!!」


レイは冷たく目を細めると立ち上がった。


「お前の見た目なんてどうでもいい」

「それはあんたが男のくせに綺麗な顔してるから言えるセリフでしょ!?」

「お前が直すべきはその心根だな」

「は!?」


レイは腕を組むと真顔で言った。


「背を丸めて卑屈になるより、堂々と背筋を伸ばすだけで見た目はがらりと変わる」

「な、なによ…」

「お前には人にない力がある。顔の美醜なんかよりその方がよっぽど価値があると俺は思う」

「…」


ネイカは思わぬ言葉にぽかんとした。

素っ気ない言い方とは裏腹に、それは完全に自分を肯定してくれる言葉。

今まで周りにいた人たちはそんなこと誰も言ってくれなかった。


「あ、あの…」


ネイカの顔はみるみる赤くなった。

レイは気にする事なく外に出る準備を始めた。


「どこかへ行くの?」

「町の偵察だ」

「こんな時間に?」

「それが俺の仕事だ。適当に戻るから先に灯を消しておけ」

「だって、私の見張りは!?」

「外から鍵をかけて行く。窓は開かないようにしてあるから…」


レイは窓の外に目をやった途端黙り込んだ。

ネイカもつられて窓の外を見た。


「…なに?」

「今…オルフェ様の部屋が」


一瞬だけ見えたのは小さなランプの光。

動くそれは部屋の明かりではない。


「…まさか」

「あ、レイ!?」


レイは外套を引っ掴むと部屋を飛び出した。

鍵をかけるとそのまま飛び抜けるように向かいの棟まで駆け抜ける。

木彫りの彫刻が美しい扉の前に辿り着くと、一度呼吸を整えてノックをした。


「…オルフェ様」


深夜ということもあり控えめな声にはしたが、王子がそれを聞き逃すことは決してないはずだ。

レイは借りていた鍵を取り出すと返事がない部屋を無遠慮に開いた。


「王子!!」


ずかずかと真っ暗な部屋の中に入り込む。

本来なら決して許されることではないが、レイは自分の直感を信じて大きなベッドの天蓋をひっぺ返した。


「…やはりか」


そこにはオルフェ王子の姿も、ミリの姿もなかった。

レイは部屋中の明かりを灯した。

荒らされた気配はないので賊の可能性はない。

窓辺のテーブルに近付くと一枚のメモが置いてあった。


「明後日の朝…ミリとニヴタンディに行く…」


内容を棒読みしたレイのこめかみに青筋がびしりと浮いた。


「…まったく!!あの二人は!!」


レイはメモをぐしゃりと握りつぶすと苛立たしげに部屋を出て行った。




ーーーーーーーー




私はなりふり構わず夜の町を懸命に走っていた。

黒いドレスじゃこうも走れないが、今の私と王子は簡素な庶民服に上着を羽織ったお忍びの格好だ。

動きやすさはいいものの、とにかく寒い!!


「お、おーじ!!どど、どこまで行きますかね!?」

「もう少し頑張れ」


王子は私の手を引いたまま町のど真ん中まで走った。


「も、もぅ、限界なんです、けど!?」


はぁはぁ言いながら足を止めるとオルフェ王子もやっと止まってくれた。


「思ったより走れるな、ミリ」

「い、一応、旅しながら、き、鍛えられましたから…」


王子は好奇心旺盛な顔で夜の町を見回した。


「さて、こんな真夜中でも開いてる店となれば酒場か遊郭くらいなものだが」

「ゆ、遊郭!?王子そんな所出入りしてるんですか!?」

「馬鹿を言うな。そこまで不自由はしていないぞ」


私はじっとりとした目で見たが、王子は気にもせずに歩き出した。


「あまり他国のコアな店に入るのはリスクがあるからな。あの辺の観光客向けの店に入るか」

「ま、待ってください。何うきうきしてるんですかっ」

「酒場は初めてか?」

「夜外に出ることすらまれです!!」

「暗いのはお手の物だろう?」

「それとこれとは別ですから!!」


王子は楽しそうに笑うとさっさと酒場の扉を開いた。

途端に中から夜を忘れそうなほど賑やかな音と光が漏れる。

店の者は愛想よく出迎え、私と王子は窓際のテーブルに案内された。


「この辺りは山の幸か。肉類が多いな」


私は物怖じしない王子に疑問を持った。


「…こんな庶民な店なのに随分慣れてますね、王子」

「国の外ではよく行くからな。案外こういうのが楽しめる」

「私には眩しすぎます…」

「まぁ、あんな真っ黒な部屋が好みのミリには眩しいだろうな」


黒薔薇の間を思い出したのか、王子は笑いながらあれこれと勝手に注文をした。

こんな場所でも王子の気品と華やかさは人目を引く。

私はあちこちから注がれる熱のこもった視線に冷や汗をかいた。


「お、王子…。やっぱり王子には場違いですよこのお店」

「そうか?そんなに人目が気になるなら王子と呼ぶな」

「え?あ、あぁ。そういえばそうですね」


でもじゃあ何て呼べばいいんだろう?

オルフェさん??

いやいや、なんか違和感しかないな。

どうでもいいことを考えているとテーブルにどんどん料理が並べられ始めた。


「うわぁ…。すっごい、肉」


焼いたのも炙ったのも煮込んだのも、どれもこれも味の濃そうな肉料理ばかりだ。

王子はなみなみと酒の入ったグラスを一つ私の前に置いた。


「飲めそうにないなら無理をするなよ」

「はぁ…」


私がグラスを手に持つと、王子も自分のグラスを持ち上げた。


「何に乾杯しようか」

「乾杯…??何にって…」

「そうだな。なんでもいいが、記念とかそういうやつだ」

「はぁ…」


私がついていけずにただ相槌を打っていると、王子は勝手にグラスを合わせてきた。


「では、ミリとの夜に」

「へ?」


王子はいたずらっぽく笑うと安い酒に口をつけた。


「悪くないな」

「…そんなの記念って言うんですか?」

「勿論だ」


王子は綺麗な所作で肉料理をつまんだ。


「美味いな」

「王子でも美味いとか言うんですね」

「いちいち突っかかってないでミリも食べないか」

「…いただきます」


私はとりあえず酒は横に寄せて肉料理に手を伸ばした。

濃厚な香りはしたが、それは一口食べれば意外なほどとろけるように美味しい。


「何これ。…すごい美味しい」

「これも美味い」

「やだ本当。こんな味付け初めてなのにすごく食べやすい」


私は食べ始めると止まらなくなった。

考えたら最近ろくに食べられなかったし、サクラに思い切り魔力を持っていかれたばかりだしそりゃ飢えてるわ。

王子は嬉々として食べる私を満足そうに見つめた。


「ミリが沢山食べているのは何だか不思議だな」

「そ、そうですか?食べ過ぎ??」

「いや。健康そうでいい」


私は王子と目が合うと途端に恥ずかしくなってきた。

何かを誤魔化すようにグラスを掴み一気に飲む。


「ミリ、それは…」

「はれ??変な味…」

「酒だぞ?そんな飲み方して平気なのか?」

「意外と美味しい」

「一応ミリのは飲みやすい物にしたが…」


私はもう一度赤い色のお酒を飲み、お肉をつまんだ。


「おいしー!!何だかお肉が更に美味しい!!」


何これ。

何これ何これ!!

おいしいし楽しい!!

私は久々の開放感に浮かれ調子に乗って飲み食いしまくった。


「おかわりーぃ!!」

「あまり飲むと明日に響くぞ」

「だいじょーぶですよー!!」

「ミリ…?もうまわってるのか?」

「はい!!何回でも回れますよ!?」


私は怪しい呂律で元気に受け答えした。

王子はさぞかし呆れるかと思いきや楽しそうに笑った。


「まぁいい。好きに楽しめ。後は何とでもしてやる」

「へえぇ??王子ってばやっさしーぃ!!もぅほんと誰にでもやさしーんだから!!」

「案外陽気になるんだな」

「陽気??それってあたしのこと??」

「まぁ、ミリは自分で言うほど根暗じゃないしな」

「またまたぁ。王子ってばほんと呼吸するみたいに口説くんだからぁ」


私は雲にでも乗っているかのようにふわふわ心地いい中でへらへら笑った。


「でもあたし、絶対負けまへん。王子を好きになっちゃったりしませんからぁ」


王子はグラスを置いた。


「…それは残念だな。俺はミリのことを割と本気で落としてみたいと思ったがな」

「へ?なんれ?そんなに黒魔術ひつよーですかぁ?」

「俺が今興味があるのは黒魔術にではなく、ミリフィスタンブレアアミートワレイにだ」

「へ?」


オルフェ王子は意味深に一呼吸置いた。


「ミリ…。いや、リセッカ」


その名を呼ばれた途端に私の意識は本格的に飛びそうになった。


「あ…。な、何でその名前…」

「あっていたか?ミリの長い名を古代文字の一つ、エリヤットで書き換えて黒魔女を指す記号を抜き取ればこの名になった」

「ど、どうして…」

「俺は昔からその辺りの知識に興味があってな。たまたま隠し名の炙り出し方を知っていただけだ。流石に調べ直したし時間はかかったがな」


私は何かに支配されそうな意識を無理やり引き戻しながら首を横に振った。


「だだだ、駄目です!!その名は呼ばないでください!!」

「何故だ?さして変わった名だとも思えんが…」

「駄目なんです!!母さんですらずっとリッちゃんって呼んでくれてたんですから!!」

「やっと本当のミリをひとつ見つけたんだ。別にリセッカと呼ぶくらい…」

「あ…」


私の体をまた真っ白なものが襲う。

駄目だ。

やっぱりこの名を呼ぶ人には無条件で惹き寄せられてしまう。

しかも今は酔いが回って更に自制が効かない。


「…オルフェ、王子」

「ミリ?」


王子は明らかに様子がおかしくなった私に気付いた。

私はナイフとフォークをテーブルに置くと泣きそうな顔で訴えた。


「もっと…もっと呼んでください」

「ミリ、どうした?」

「その名を呼び続けてくれるならば、なんでもしますから」

「…」


王子は驚いてただ私を見ている。

もどかしくなった私は王子に手を伸ばした。

早く、とにかく早くもう一度その名を呼んで欲しい。

王子は私の手を掴むと席を立った。


「分かった。店を出るぞ」

「へ…?」

「闇名は支配の名だというが…。そういうことだったのだな」

「へぇ??」


私はわけの分からないまま王子に引っ張られて席を立った。


外に出ればまた寒々しい風に包まれる。

数分歩くだけで私は正気に返った。

自分の口走ったことを思い出すと段々と体が芯から冷えた。


「あ…、あの。王子…」


私が呼ぶと王子は足を止めて振り返った。

私は王子から手を離すと焦って言った。


「あの、さっきのは全て忘れてください!!出来ればあの名前も!!」


王子は冷静な目で見てくる。

私はますます焦った。


「あ、あれは本当に知られてはまずい名前なんです!!」

「そのようだな」

「そうなんです!!」


王子は必死な私に笑みを浮かべた。


「ミリ。俺は知ってしまったものを忘れることは出来ない」

「えっ!?」

「だが、納得した上で一生黙ってることは出来る」

「んん??」


うまく理解できずに立ち竦んでいると、王子はそっと私の体を引き寄せた。


「ミリの話をもっと聞かせてくれないか。お前がどうやって生まれて、生きてきたのか。そしてこの先、どうなるのか」

「…」


この先…。

私がずっと意識して考えないでいた、黒魔女の末路。

私は王子の腕の中で震えた。


「き、聞いてもいいことなんか一つもないですよ?」

「構わん」

「…きっと聞き終わっても嫌な思いしかしませんし、私を見る目も変わりますよ?」

「あの悪魔を見せられた時に俺がそんなことをしたか?」

「…」


してない。

それどころか、労わるような手つきで撫でてくれた。

信じてもいいのだろうか。

この人のことを。


私はもう一度手に力を込めると、長い間振り返りもしなかった過去を思い始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ