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ミリのシンデレラストーリー   作者: ゆいき
魔払い
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魔払い

案内してくれた女人は重々しい扉を五つもくぐった先の小さな部屋で私とファッセを置いて出て行った。

代わりに入ってきたのは私に清めをしてくれたあの厳しい壮年の女だ。

その人は私の左手を見るなり大いに嘆いた。


「お、おぉ…!!なんという、なんという不浄!!」


女の付き人も真っ青な顔になった。


「ソマ様、これは一刻を争うのでは?」

「そのようですね」

「ですが白聖女様のご意向は…?」

「構うものですか。この姫君を一刻も早く儀式の間にお通ししなさい」


付き人は震えながらも頷いた。

全く何が何だか分からない私を振り返ると、奥の扉を開く。


「中へどうぞ」


…え?

私一人でか?

躊躇っているとファッセが前に出た。


「俺も行かせてもらう。イザベラ姫を一人には出来ないからな」


はい、逃げられないようにですね。

一緒に行くと言われても全然心強くもないぞ。

私は心の中でぶつぶつと文句を言ったが、壮年女は重々しく頷いた。


「ご一緒したところで無駄にしかなりませんが…」

「構わん」

「ではどうぞ」


意外とあっさり許可がおりたことに私は違和感を覚えた。

ファッセも訝しげな顔をしているがここで立ち止まっていても仕方がない。

私たちは開かれた扉の中へ入った。


その部屋は何か焚いているのかもうもうと白い霧が立ち込めていた。

そのせいで全容が見えない。

それに薄荷みたいな独特な臭いはちょっと辛い。

歩くことを躊躇っていると奥から透き通るような声がした。


「足元にお気をつけください。部屋の真ん中には清めの水が満たされています」


はっと顔を上げるともやの中に人がいるのが見えた。

あれが…


「白聖女…?」


その人は滑るように歩くと目の前まで来た。

私はまずその人の美しさに息を飲んだ。

緩やかにうねるブロンドの髪は腰までのび、透き通るブラウンの大きな瞳は星を散りばめたように煌めいている。

長い睫毛も薔薇色の頬と唇も、まるで凄腕の職人が一生をかけて作り上げた完璧な人形のようだ。


「あ、貴方が…白聖女…さん、ですか?」

「話は先程聞きました。こちらへ」


白聖女は部屋の隅を大回りして歩いた。

よく見れば白聖女が言った通り部屋のど真ん中に大きな堀があり、そこに水が満たされている。


「…人だ」


ファッセは水の中を見ながら険しい顔をした。

つられて見た私もぎょっとした。

堀の底には二十人ほどの人が沈められている。


「す、水死体!?」


白聖女は首を横に振った。


「いいえ。彼らは仮死状態で一時ここに沈んでいるだけです。魔払いが済めばちゃんと生きて出て来ますよ」


堀の中には私たちが連れてきたあの魔物付きの男の人も沈んでいた。

ということはこの水の中の人はみんな魔物付き中ってことか。

これで仮死状態って…一体どうなっているんだろう?

疑問はいっぱいだったが、白聖女は私に微笑みかけながらその水の中を指差した。


「さぁ、貴方もあそこへ」

「えぇっ!?」


いや、私も魔払いしてもらいに来たんだからそりゃ入らなきゃならないんだろうけどさ!!

この魔物付きだらけのプールに沈まなければならないのはかなりきつくないか!?

…泳げないし。


「む、無理です!!無理です!!無理すぎます!!」

「大丈夫。苦しくありませんよ」

「いや、その!!なんて言うか入るのすら抵抗があるというか!!」

「急がなければ間に合わなくなりますよ」


い、いやいや!!

そんなこと言われても!!

半泣きで抵抗していると白聖女は慈愛の微笑みを浮かべた。


「分かりました。お心静かに。それでは先にここでその意識を私に預けていただきましょう」


白聖女は壁から飾りのついた杖を取ると私とファッセに向けた。

何が起こるのか分からぬうちに急に視界がぼやけ始める。

自覚はなかったが、どうやら意識が勝手に薄らいできたようだ。


私はぺたりと床に座り込んだ。

そのまま眠りに落ちそうだったが、そのまどろみの中で急に耳に突き刺さるような怒鳴り声が聞こえた。


「あんた…あんたどうやってあそこから出てきたのよ!!」


意識にかかっていた霧は急に散布し、私ははっと目を開いた。

隣で片膝をついていたファッセもぶるぶると頭を振っている。

顔を上げようとしたがその途端に横から思い切り衝撃を受け、私はそのまま掘りに落ちた。


「うはっ!!はぷ!!げほっ!!」


必死にもがくと手が掘りの淵に当たりなんとかそこにしがみつく。

だがその手は容赦なく踏みつけられた。


「痛ったぁ!!」

「ネイカ!!おやめなさい!!」


私の叫びと白聖女の声が重なり響く。

ファッセは驚いた顔で見ていたが助ける気配はない。

きさま…。


どこから現れたのか、私を突き飛ばしたネイカは白聖女に取り押さえられながらも憎々しげに舌打ちをした。


「帰れ!!この雌豚!!お前なんか魔物になれ!!」


ひ、酷い。

そこまで言われること何かした!?

白聖女はネイカを抑えながら懸命に宥めた。


「ネイカ、落ち着くのよ。もう時間がないわ。これ以上遅れると皆の魔払いも出来なくなる」


ネイカはキッとファッセを指差した。


「あいつは部外者でしょう!?なんでいるのよ!!」

「すぐに眠らせるつもりだったわ。貴方が邪魔をしなければもう済んでいたことよ」


眠らせるという言葉にファッセは反発した。


「…なるほど。すんなり通したのはそういうことか」


白聖女はファッセを見上げると頷いた。


「魔払いは決して人に見られてはならないのです」

「では門前払いしなかった理由は?」

「完全に拒否をしてしまうと、逆に良からぬ噂がたつからです」

「ほぅ」


ファッセは腰の剣を抜いた。


「そう聞いてはますます眠るわけにはいかないな。そのまま続けてもらおうか」

「…」


白聖女は困り果てるとネイカを振り返った。

ネイカは舌打ちしながら忌々しそうに私とファッセを順に見た。


「いいわ。そんなに見たいなら特別に見せてあげるわよ。…正気でいられるならね」

「ネイカ!!」

「姉さんは黙ってて」


ネイカは壁に立てかけてあったもう一本の長い杖を手に取ると水の中にいる私に突きつけ、ゆっくりと言った。


「魔払いは素晴らしい力」

「…」

「清く美しい水と光に包まれて魔は浄化される」

「…」

「白聖女は女神の化身のようで浄化の力は神のごとく」


その言い方は言葉とは裏腹にまるで呪いのようだ。

ネイカはにやりと暗く笑うとその杖を一閃させた。


「はっ!!都合のいいバカな人たち!!人知を超える力がどんなものかその目で見てみるがいいわ!!」


ネイカの叫びに合わせたかのように、部屋の真ん中を満たしていた水が一斉に宙に舞った。

それは激しく渦を描きながら部屋中を駆け巡る。


「な、なに!?」


私もファッセも愕然としながら渦巻く水の流れを見上げた。

ネイカが杖をもう一閃させると水の中に大きな亀裂が走り、そこから巨大な七つの頭を持つ目がないウツボが滑り出てきた。


「ぎ、ぎゃああぁあぁあ!!何これ!!何これ!?」


ウツボは水のなくなった掘に落ちると次々とそこに眠る人を丸呑みし始めた。

私は目の前で起こるあまりにもグロテスクな光景に腰が抜けそうになった。


まずい…!!

まずいって!!

ここ絶対ウツボの射程距離内じゃないか!!


何とか掘りから這い上がろうとするが腕が震えて全く力が入らない。

そうこうしているうちにウツボの頭一つがこっちを向いた。


身体中に嫌な汗がどっと流れる。

これは…死ぬ。

恐怖に動けないでいると、ウツボは大口を開けて飛びかかってきた。


「ぎ、ぎやぁあぁああ!!」


私は咄嗟に左手で払いのけようとしたが、その手にウツボががぶりとかぶりついた。

しかもそれだけでなく他の首たちも全て私の方を向くと一斉に大口を開けて迫ってきた。


「うぎゃあぁあぁああぁああ!!やだあぁ!!王子いぃい!!」


叫びながら覚悟を決めてぎゅっと目を閉じる。

引き裂かれる衝撃に備えたが、感じたのは身体中を這う不快な感触だった。

それは最後に左腕に集中すると私の腕をもぎ取りながら離れた。


「いやあぁあぁ!!う、腕!!腕がぁ!!」


叫んでいるとぐいと体が持ち上げられファッセに掘りの外に出された。


「落ち着けイザベラ姫!!腕は何ともなってはいない!!」

「だって食べられちゃったぁ!!」

「だから落ち着け!!見ろ!!」


私の両手は後ろからがしりと掴まれ顔の前に無理やり持ってこられた。


…あ、あれ?

ほんとだ。

両手ともある。

え、だって今確かにもぎ取られた感触が…。


私はぽかんとしながら両手をぐーぱーした。

その手をぽとんと膝に落とすと辺りを見回す。

水は一滴残らずなくなり、七つ首のウツボはもうおらず、空っぽになった掘りには食べられたはずの人たちが何人も転がっていた。


後ろを見れば私を取り押さえるファッセと目が合った。

ファッセは真っ青な顔のままネイカと白聖女を睨みつけていた。


「これが…これが魔払い!?今のはどう見てもむしろ魔物の類ではないか!!」


ネイカはくすくすと笑いながらファッセに杖を向けた。


「ふふ、衝撃的だった?そぉんな青い顔しちゃって」

「きさま!!」


白聖女はネイカを庇うように前に立った。


「おやめなさい!!魔払いは嘘ではないわ!!現に貴方の姫の魔はエアラに喰らい尽くされたはずよ」


ファッセははっと私を振り返った。

言われて初めて私も左手が元に戻っていることに気付いた。

ネイカは歪んだ笑みを浮かべた。


「これがベルモンティアの人々が信仰する暁の女神、エアラの正体よ。エアラは癒しの女神でも何でもない。ふふ、単に人に取り憑いた魔が大好物な魔物なの」


ファッセはネイカを厳しく睨んだ。


「ふざけるな!!こんなことが…こんなことが許されると思っているのか!?」

「こんなことって?エアラを女神だと皆に偽り騙してること?それとも本当は魔物を囲って利用していること?」

「どちらもだ!!」


ファッセは掴みかからん勢いで怒鳴りつけたが、ネイカも負けずに睨み返している。

間に入ったのは白聖女だった。


「二人ともやめなさいと言っているのです!!今は言い争っている時間はありません。魔払いの済んだ者たちは今精神が大きく傷ついている状態です。一刻も早く癒しの処置を施さなければ苦痛に苛まれることになるのです。貴方の姫君も…」


言いかけた言葉が私を見て止まる。


「…貴女、今なんともないのですか?」


ネイカも私を見て首を傾げた。


「おかしいわね。魔払い直後なんて気絶してもいいくらいなのに。なんでミリは平気なの?」


へ、平気なもんか!!

すんごく気持ち悪かったし何だか痛かった気もするぞ!!

文句を言いたかったが、白聖女が傍目にもぶるぶると震え始めた。


「ま、まさか…まさかこの方…」

「姉さん?」


私を見てじりじりと後ずさる。


「魔払いにここまで耐性があるなんて、普通なら有り得ません。あるとすれば…」


白聖女は真っ青な顔で私を指差した。


「黒魔女のみです」


ネイカとファッセは大きく目を見張るとぽかんと座り込む私を勢いよく振り返った。

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